第17話  リョウタ・フォン・アシヤ

文字数 2,594文字

 公爵で芦屋亮太(リョウタ・フォン・アシヤ)と名乗る青年の初代は、芦屋祐一郎と言い、今から25年前、祐真が5才の時に亡くなった父親と同じ名前であった。

「その名は、亡くなった私の父と同じ名前です。驚きました。偶然でしょうが・・・」
「ええ、僕も驚いています。でも、多分間違いなく貴方の父上だと思いますよ・・・」
「どういうことでしょうか? 父は亡くなって火葬にされました。それに今更ですが・・ここはどこでしょうか? 見たこともない風景ですし、貴方の衣装も私にはとても珍しいものです・・・」
「ハハハッ、貴方の衣装も珍しいですよ。でも、困惑されるのも尤もです。まずは私の屋敷へお越しください。屋敷はこの近くですから。道々お話しもしましょう」
「・・ご親切ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます・・・」

 祐真は、これから何が起こるのか一抹の不安があったが、何も分からない以上この青年の言葉に従うしかなかった。

 半透明のドームは難なく通り抜けることが出来た。
 ドームを通り抜けた祐真を見た青年は少し驚いているようだったが、何か納得したように頷いたのだった。

 屋敷は近くにあるとのことだったが、半透明のドームの外は鬱蒼とした森であり、道も人がやっと通れる獣道だった。
 森にはよく見かける草や木もあるのだが、見たこともないような大木も生い繁り、近くにあるという屋敷の影さえ見えなかった。
 道中はいたるところに根が地上に出ており、祐真は恐縮して断ったのだが青年は構わず祐真のキャリーバッグを軽々と持ち、祐真に合わせるようにゆっくりと歩きながらこの世界について話し出したのだった。

「祐真さんは、地球から来たのではありませんか?」
「!?・・はい、そうですが・・ここは地球ではないのですか?」
「祐真さんは、腹が据わっているとお見受けするので何でも話そうと思いますが、いいですか」
「はい、お願いします・・」
「ここは、『エスタムンド』という世界です。貴方にとっては異世界です。驚きましたか」

 祐真は、薄々そうではないだろうかと思っていたが、改めて聞くとまさかという気持ちが(まさ)ってくるのであった。

「貴方が座っていた場所は、『次元近接点』と言い、地球世界とこのエスタムンドの次元が最も近い場所だと言われています。ごく稀に二つの次元が交錯する場所とも言われています」
「では、私は二つの世界が交錯した時にたまたまそこに居合わせたと・・・」
「そうですね。貴方が(もた)れていた樹は『毒消しの樹』と言い、初代様が植えたもので異世界から入ってくる毒を消す働きがあります。初代様は毒のことを「細菌」とか「ウイルス」と言っていたそうです」
「あの半透明のドームのような膜は何でしょうか?」
「あれは、空気の流れを最小限に抑え毒の拡散を防ぎ、ある程度の大きさを持つ動物や人間その他の侵入も止めるための結界です。初代様の血を受け継いだ者しか通り抜けたり解除することは出来ません」
「では、私はなぜ?・・・」
「初代様の血を受け継いでいるからです。はっきりとね」
「?!・・・」
「初代様のことは一言では話せないので、屋敷に着いてから改めて話しましょうね」

 それから、青年は、この森はエルフの森であり、アシヤ家はエルフの王から公爵の地位とこの辺りを領地として授けられていること。
 領地の広さは、東西に二百km、南北にも二百km程でほぼ正四角形であること。
 次元近接点は領地の中心に位置していること。
 領都は『ソーラシヤ』と言い、次元近接点から西へ百kmの場所にあり隣国に接した国境の街であること。
 青年は、領主として領都にある政庁で執務をしているが、住まいは、領都に本邸、次元近接点の近くに別邸があるとのこと。
 青年の妻は『ソフィア』と言い、エルフであるため森に囲まれた別邸を好み、青年と家族は普段は別邸で暮らしているとのこと。

「え! それでは毎日百kmを通勤しているんですか?」
「ええそうですよ。でも地球でも百kmぐらいの通勤は珍しくないと、初代様は言っていたそうですよ。それに転移魔法でひとっ飛びですから」
「!?・・(転移魔法!?・・本当なら、いよいよ、異世界確定か・・・)」
「あっ、それから僕が特殊な公爵と言ったのは、アシヤ領の西に広がるソウラ王国の公爵でもあるからです。ソウラ王国では、法衣貴族として貴族年金だけ受け取っており領地はありません。
 ソウラ王国の貴族は、現在全て領地を持ちません。一部の貴族は政務や軍務に携わっていますが、殆どの貴族は、年二回開催される貴族院に出席するだけです。このシステムも初代芦屋祐一郎の提言が基になっています」

 その他にも、太古には次元近接点の規模が今より大きかったこと。
 次元近接点は太古からエルフの領域であり、感覚の鋭いエルフは、この地を危険視して誰も近づけさせなかったが、地球から人や動物が病気や植物の種も持って頻繁に入って来ていたらしいこと。
 そのため、動植物はエスタムンド独自のものと、地球のものが多く併存していること。
 病気も地球と同じものが多いこと。
 エスタムンドの人族と地球の人族は、魔力による体力の差以外は同じ人族と考えられること。
 だが、そのうち地球からの来訪者は、急減し、三千年前から来訪者の記録が全く無くなったのだが、芦屋祐一郎が言う細菌やウイルスは時々侵入していたのではないかということ。
 千年前に初代芦屋祐一郎が、結界を作り、中心に毒消しの樹を植えてからは地球からと思われるような新たな病気の発生はないこと。
 『次元近接点』という呼び名は、古では『異界の門』と言われていたのだが、そう呼ぶことが禁止され、わざわざ難しい名称に変更し、やがて人々の記憶から消えていったこと。 
 今では、次元近接点は最高国家機密であり、これらのことを知っているのはエルフ王室とアシヤ家、それにソウラ王室だけであること。
 
 祐真は、リョータ青年が機密であるこれらのことをすらすらと語ることを疑問に思ったのだが、
 リョータ青年は、
「僕がこんなことまでしゃべるのを疑問に思われるかもしれませんが、その理由もすぐに分かります。あっ、着きました。あれが我が家です。祐真さん、ようこそエスタムンドへ、そしてアシヤ家へ」
 歓迎の言葉を述べた後、リョータ青年は心の中でそっと、
 (おかえりなさい)と付け加えたのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み