第15話 兄と妹と、冬至カボチャ

文字数 3,282文字

 カボチャは案外好き嫌いの多い食べ物だと思う。
 甘くて何とも言えない滋味があって私と母は大好きなのだが、実家の祖父や父、嫁ぎ先の義両親、夫と義兄、全員好きではない派だ。

 親世代が敬遠する理由は分かる。
 戦中・戦後の食べ物の無い時代、腹持ちもよく甘味のあるカボチャが頻繁に食卓に上ったからだ。
 しかも調味料も乏しかったので薄味。
 現代ならエコな方々が喜びそうな『素材の味を生かした』蒸かしカボチャや茹で物、煮ものである。
 カボチャ自体も肥料不足で、美味しいものではなかったと母たちは言う。
 かたや旦那、義兄、平成生まれの息子など戦後バリバリ世代の男衆も、カボチャは苦手なのだ。
 こちらはもっさり、ざらざらとした口触りを好まないらしい。
 あとは特有の香り。
 こうなると「ホクホクと美味しい煮もの」を作っても通じない。
 ホクホクが仇となるからだ。
 とはいえ、葉物野菜が軒並み高くなる時期にも値段が安定している、優秀な緑黄色野菜なので、身体のためにはぜひ食べてほしいもののひとつではある。
 コロッケのジャガイモと半々にしたり、ペースト状に冷凍しておいて、ホットケーキの生地に混ぜたり。
 しかしなかなか難しい。

「カボチャが入っていない方がいいー」

 とクレームが来てしまうのである。
 おかしい。息子は離乳食時から幼稚園くらいまでは喜んで食べていたのに。
 いつの間に苦手になったのだろう。

 さて冬至にはカボチャを食べるものらしい。
 らしいというのは、山形県長井市の我が実家では、しょっちゅうカボチャの煮ものが出ていたからである。
 兄は中心部の柔らかい部分が好き、そして私は皮の味が好きなので、よく二人で分担し合って食べていた。
 祖父や母は「お行儀の悪い食べ方だ」と顔をしかめたが、子供に甘い父は「すきなように食べればいい」と赦したし、祖母は黙ってにこにこしていたように思う。
 カボチャが熟れる夏以降しょっちゅう登場し、いい加減煮ものにも飽きるので、薄く切った状態の天婦羅やフライもよく食べた。
 フライは他所ではあまり見かけないが、ホクホクカリカリで美味しい。
 だかなんといっても冬になると母たちが作り始める「あずきカボチャ」が一番好きだった。
 
 他所の地域ではおそらく「冬至カボチャ」と言われるカボチャと小豆の煮もの。
 北陸地方や奈良、山口県などの「いとこ煮」とも似て非なるものである。
 あちらは醤油味の根菜や昆布のお煮しめに、茹でた小豆がパラパラと入る甘辛風味だと聞くが、こちらの小豆カボチャは、文字通り小豆とカボチャだけ。
 粒餡になる一歩手前まで甘く煮込まれ、半ば潰れた小豆の味に、お日様を思わせる温かい匂いと日向色の角切りカボチャ。
 そしてしっかりとした皮の歯ごたえ。
 小豆の利尿作用とか、カボチャの良質のビタミンと豊富なカロチンとか、健康にいい理由は幾つもあるが、単純においしい。
 そして温かくても冷たいままでもいけるし、おかずの一品として食卓に並べても、大皿に盛ってお茶うけとして出してもいい。
 山形のじっちゃばっちゃの三時のお茶や、大工様にお出しするお茶の盆には、漬物、菓子、小豆カボチャ、そしてヤガイのサラミが今でも並ぶのではなかろうか。
 
 そして一鉢の小豆カボチャの食べ方も、兄と私では違っていた。
 柔かいもの好きの兄はあんこ状の小豆のとろとろした部分から食べ、角切りのカボチャを残す。
 反対に私はカボチャ、しかも皮の部分からほじくり出して食べ、小豆はあってもなくても良いレベル。
 なので暗黙の了解で、兄妹の間に置かれた一つの鉢の両側からお互いの好きな部分のみ食べ、くるりと左右回転してまた小豆担、カボチャ担に分かれて食べるのだ。
 さすがに家族全員から注意され、一人一皿ずつ「これは給食」と置かれるようになったが、二人でこっそり分担しあって食べていた。
 兄はカボチャが苦手というわけではなく、私も小豆が嫌というわけではない。
 ただ好きな物から食べたいのだ。そして利害が一致するだけだ。
 
 二つ年上の兄とは幼児の頃からしょっちゅう一緒にいた。
 兄が小学校に上がるまで、年上の兄の友人の男の子達についていこうとして、ライダーごっこにもウルトラマンごっこにも野球にも、がんばって混ぜてもらった。
 小学校に上がり、学年が進むにつれ次第に避けるようになり、お互いの世界が分かれて行った。
 そして中学生ともなると口をきかなくなったし、学校で見かけても無視するようになった。
 兄も、友人からあそこにお前の妹いるじゃん、とからかわれるのが嫌だったらしい。
 私ぱ家以外の場所で兄を見るのはなんとなく気まずかったし、友達にも同じようにからかわれた。
 兄が専門学校を終え、私も大学を終えてお互い働き始めてからだ。
 ぎこちなくとも再び会話が成立するようになったのは。

 まだほんの幼い頃、私はいつも兄の背中に隠れていた。
 冬の吹雪の時など、毛糸の帽子の上からアノラックのフードを被り、赤い長靴を履いて兄の背中にくっつき、手袋をはめた手を兄の胴に回してひっついて歩いた。
 兄はうざがって

「足が邪魔。一人で歩がんねなだが」(足が邪魔だ。一人で歩けないのかよ)

 と文句を言ったが、手を振りほどいたり突き飛ばしはしなかった。
 自分の脚元に絡みそうになる妹の足をよけながら、それでも一緒に歩いてくれた。私を背後にくっつかせてくれた。
 一鉢の小豆カボチャを分け合って食べていた頃は二度と戻らない。
 いいおっさんになった兄には、今でもそういう、むすっとだんまり誤解されるが優しいところがある。
 面と向かっては、絶対に言ってやらないが。


 レシピ
 冬至カボチャ(小豆カボチャ)

 市販の小豆1袋をざっと洗って、大きめの鍋に入れ、被るくらいの水を入れ、中火で煮る。
 煮立ってアクの泡が出てきたら静かにざるにあけ湯を捨て、茹でこぼす。
 空になった鍋に戻し、再び被るくらいの水を加えて煮立つまでは中火で、煮立ったら弱火で何度か差し水をしながら、豆が柔らかくなるまで煮る。
 それでも出てくるアクはすくうか、あく取りシートを使うと良い。
 目安は一粒指で潰してみて、簡単につぶれるようになるまで。
 潰れてあんこになってしまうのであまりかき混ぜない。鍋を揺すって混ぜる。

 その間にカボチャの準備をする。
 カボチャ四分の一個(~好きなだけ)はスプーンで種とワタを取り除き、皮ごと3センチ角位に切る。厚みはそのままでいい。
 小豆が柔かく煮えたら刻んだカボチャを加え、砂糖100グラム位を加えて煮る。
 15分くらい。
 カボチャが柔らかくなったら塩3つまみくらいと、砂糖を50グラム位入れ(味を見ながらすきな甘さになるまで)、弱火で水分がなくなってぽってりしてくるまで煮る。
 原則鍋を時々揺すりながらだが、煮詰まってきたら木杓子でなべ底から返すように混ぜて、焦げ付かないようにする。
 こっくりと艶よく煮詰まったら出来上がり。

 出来たてより少し寝かせて味を馴染ませてから食べた方がよりおいしいです。
 実家では大鍋で煮て、毎日食べていました。
 寒冷地なので数日なら室温でも悪くなりませんでしたが、関東以南では冷蔵庫に入れレンジでチンするか、毎日鍋を火にかけ熱したほうが安全だと思います。 


 レシピ2
 冬至カボチャ超簡単バージョン。

 缶入りの「ゆであずき」を使います。
 カボチャ半個分の種とワタを取って(包丁の背か大きいスプーン使用) 3センチ角程度に刻み、水から茹でます。
 はじめ強火で煮立ったら弱めの中火。
 箸がスッと通るくらいまで柔らかくなったら湯を切り、そのまま火にかけて軽く混ぜながら水分を飛ばします。焦げ付き注意。
 缶入りのゆであずき(大きめの缶がいいです)を開け、中身を全部カボチャの鍋に入れ、強めの弱火で煮ます。
 木べらで底の方からまぜながら、焦げ付かないように水分を飛ばし、塩を2~3つまみ加えてぽってりとなるまで煮詰めたら出来上がり。
 茹で小豆缶が甘いので砂糖はほとんど必要ありません。
 缶詰でも美味しくできますよ。
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