第17話 ローストチキンとクリスマス

文字数 1,882文字

 私は鶏肉が大好きだ。しかも骨付きのもも肉が好きだ。
 塩コショウと日本酒で下味をつけ、あっさりと焼いたものなど堪らない。
 小さい頃、父や祖父が会合の際に持ち帰った折り詰めに、必ずと言っていいほど鶏のもも焼きが入っていて、鶏があまり好きではなかった兄はお寿司を、私は鶏をもらう事が常だった。
 手づかみでお肉を美味しく頂いたら、真ん中の関節から二つに折り、さらに軟骨を齧り、骨について僅かな肉も歯でこそげてしゃぶるようにして食べる。
 私の食べた後の皿には裸の骨が載っているだけで、犬が齧るよりもきれいに食べると感心された。
 俗にいう「猫またぎ」、猫すら見向きもせず跨いでいくほどお残りがない、という状態だ。
 祖父母に合わせた料理が多かった我が家では、鶏肉も野菜と一緒に煮たものが多かった。
 肉じゃがの鶏肉版、大根と手羽元のあっさりスープ煮、シチューに春雨と鶏肉とねぎのお汁。
 焼き物は豚肉が多く、揚げ物はコロッケ以外あまり供されなかった。
 今思うと、塩分と「作り過ぎ」以外は大変健康的な献立だったかもしれない。
 だから鶏ももの焼いたものは、子供の私にとっては大変なご馳走だったのだ。(当時米沢牛は今ほど有名ではなかった)

 煮もの主流の家でも、クリスマスは子供に合わせて骨付きの鶏の脚が出た。
 いつもは肉屋から塩焼きの鶏もも肉を届けてもらって、他のオードブル(長井市でポピュラーな丸い大きな器に盛られたおかずの盛り合わせ)と一緒に食卓に出すのだが、一度だけ『鶏の丸焼き』が食卓に上ったことがある。
 細かい記憶が曖昧なのだが、私が幼稚園の年中さんの頃だと思う。
 クリスマスの季節には珍しく、雪の積もったお昼間だった。
 ぐえっぐえっという妙な鳴き声がするので、庭で兄達と雪遊びをしていた私は、長靴に手袋のまま急いで音のする方へ走った。
 父と、屈強な工場の従業員さんで、暴れまわる白いものを苦戦して抱えていた。
 ぐえっぐえっという奇声はその生き物が発していた声だった。
 父達の手の中で、生き物が暴れまわる度に白い羽が白い雪に飛び散った。大きな白い鶏だった。

「かやちゃん、あっちさ行ってろ、お兄ちゃんたちと一緒に居ろ」

 父は私に声をかけると、暴れる鶏をしっかり押さえつつ小屋の裏に行った。
 今度はインコや文鳥の他に、あんな大きな鶏を飼うのかな。
 私がワクワクしていると、小屋の後ろから一際大きな奇声が上がった。
 ぐええええ
 父が鶏に噛まれたのかもしれない。私は心配で急いで父たちの元へ走った。
 小屋の角を曲がって裏に回ると、白い雪の上に真っ赤な血が飛び散り湯気を立てていた。
 振り返る父はピクリとも動かない白い鶏の体を抱え、従業員さんの手には斬られた鶏の首がだらんと下がっていた。
 まだ温かい血を雪の上にたらたらとこぼして。

 そこからの記憶ははっきりしない。覚えているのはその夜の食卓に、母が苦労して焼いた鶏の丸焼きが上がっていたことだ。
 コショウと塩が効いた鶏肉は骨が多くて、結局これまでどおり鶏の脚でいいわ、という結論になったようだ。
 肉も魚も野菜も、命を奪って食べている。だから美味しく無駄なく残さずに食べなければ。
 そんな考えに至ったのはずっと後だ。
 当時の私の中では、血まみれの手をした父が抱えていた鶏が、食卓に上がっているこんがり焼けた料理と同じものだという認識はなかった。
 ただ、私はそれからも鶏肉が好きであり続け、値段が手ごろなこともあって、夕飯に翌日のお弁当にと連続登場させ、家族を辟易させている。

 レシピ
 鶏せせりのレモン焼き
 鶏のネック、せせりは首の肉。一切れが鶏一羽分。
 新鮮な鶏ネック3パック見当に玉ねぎ一個の千切り、多めのレモン汁、黒コショウ多目を混ぜ、よく揉みこみ、一晩冷蔵庫で味をしみこませる。
 鶏の色が白っぽくなったら良い状態。
 熱したフライパンにネック肉を隙間なく並べ、きつめに塩を振る。
 中火で蓋をして焼き、肉の色が白くなりいい焦げ目がついたら蓋を外し、肉をひっくり返して焼く。
 肉はびっくりする程縮んでいるはず。
 途中大量に脂が出てくるのでクッキングペーパーでフライパンの中で吸い取らせるか、フライパンを傾けて流しに捨てる。
 焼けたら、最後は強火にしてフライパンを揺すり、焼き脂をまんべんなく絡ませて出来上がり。
 細かくちぎったレタスやベビーリーフ、クレソン、千切りキャベツの上にフライパンの焼き脂ごと盛りつけ、葉野菜と一緒に食べる。
 サラダ菜に包んで食べても美味しい。
 大根おろしと醤油を添えたり、柚子胡椒やワサビで食べるのもお勧め。
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