第12話 柿の実の赤くなるころ

文字数 3,859文字

 物心ついたころから家の庭の東側に柿の木があった。
 兄が生まれる前、下手をするとこの家を建てたころから植えられていたものだ。
 父の部屋の窓から出て屋根に降りれば手が届くくらいに、枝を伸ばしていた。

 さくらんぼやラフランス、葡萄やスイカに隠れて目立たないが、当県は柿の産地である。
 ただ、ほとんどが地元で消費されてしまう。
 長井市でも庭に柿の木を植えている家は多く、その多くは種なしの渋柿だ。
 とはいえ隣家には大きな甘柿の樹があって、渋柿よりも早く熟する為、よく赤くなった実をいただいた。
 だが甘さと旨さは我が家の渋柿の方がずっと上だった。
 実際渋柿の方が、完熟した実の糖度は上である。
 
 桜の満開になる四月下旬、柿の木は、透き通るような、薄い黄緑色の芽をすうっと伸ばす。
 その色は輝くばかりに美しい。
 徐々にメノウの細工物のような繊細な葉を広げていく姿も、一日ごとにすくすくと少年の足のように伸びていく若枝も、新緑の季節に伸びる木々の中で群を抜いた美しさだ。
 この時期の若葉を天婦羅にして、季節を味わう事もある。
 新しい油で色づかぬよう、からりと揚げた柿の若葉の天婦羅には、甘辛い天つゆも嬉しいが旨みのある岩塩がふさわしいと思う。
 色合いを殺さぬようサクッと薄目の衣をまとった、ほんのり甘みのある柿の葉の天婦羅は、新緑の頃の隠れた御馳走だ。

 梅雨の初め、眩しいほどの輝く若葉が落ち着いた緑色になったころ、柿の木は淡い黄味がかった白い花をつける。
 ドウダンツツジやナルコユリのように俯いた花の姿は素朴で、花期は短く短期間で散ってしまう。
 地面に落ちた、いまいち武骨なスズランのような花は、香りもなく地味だが、女の子達が拾って糸に通し、ネックレスを作って遊んだ。

 夏の間葉の影で息をひそめて育つ柿の実は、暑さがひと段落着いた途端、その存在を主張し始める。
 リンゴや梨やその他の果樹のように袋かけをしてもらうでもなく、ビニールハウスで覆って守ってもらうわけでもないが、やせっぽちの少女のように固い小さな実は、秋の声を聴くと突然大きくなり、成長した姿を明らかにする。
 細い枝の先までたわわについた実は、天候の急変にも耐え、日当たりの良い方向から徐々にうすら赤く色づいていき、人びとがその成長した存在に気付くころには、夕陽に負けないほどに鮮やかな朱を身にまとっている。
 そうなったら収穫の時期だ。

 秋の天候は不順であるから、柿の実の収穫は男手のいる晴れた週末に一気に行われる。
 脚立を使って樹高の半ばまで上った男たちは、枝切りバサミを使ってバシバシと、豊かに実をつけた細めの枝ごと切り落とす。
 あらかじめ地面に敷いておいた筵の上に、朱赤の実を房のようにびっしりとつけた枝が落ちてくる。
 子供達はきゃあきゃあ言いながら、実の着いたままの枝を取りに走る。
 落ちてくる枝をよけながら、避けきれず頭や肩にぶつけられながら、度胸試しのように拾いに行くのだ。
 親たちや枝切りの大人たちが、危ないからひときりつくまで待っていろと注意しても、子供達は突進を止めない。
 もちろん帽子をかぶり、厚めの上着を着せられてはいるが、太めの枝があたった時は痛いし、傷を負う事もある。
 だがそれはおたがいさまだ。
 眼だけ傷つかないように絶対に上を見ないで、子供達、特に男の子たちは騒ぎ続ける。
 あの無謀なエネルギーは何だったのだろう。

 身軽な若者の中には、腰に命綱を結んで屋内の太い柱にしっかりと括り付け、屋根の上に出て、枝切りバサミの届かない高い所の実をもぐ者もいた。
 腰につけた深い竹籠に一杯になるまでもいでは屋内に戻り、窓辺に置いた唐箕に籠の中の柿をあけ、また戻って行くのだ。
 テレビで見る正月の、梯子の上で繰り広げられる火消しの軽業の様に鮮やかで、また危険と隣り合わせの身のこなしが格好よく、子供達は家の中に駆け戻ってはわくわくしながらその雄姿を見ていた。 
 一番てっぺんの枝の実、また先端のもぎ難い枝についた実や、樹になった状態で既に傷ついているものは、鳥のために残しておくのが習わしだ。
 柿もぎを終えた男衆は準備したお茶と茶菓子で一息つき、次いでビールや酒に移る。
 女たち、女の子達には「渋抜き」という作業が待っている。
 枝から鋏で丁寧に切り離した実は一個一個傷の有無を調べ、傷のない程よく熟したものは渋抜きしてそのまま食べる用に、皮に少しでも傷が入ったものや完熟したものは干し柿用に回された。
 
 柿の渋抜きは床に座り込んで行う。
 段ボールに大きなビニール風呂敷を敷き詰め、さらに新聞紙を敷く。
 女たちは段ボールを中心に車座に座り、手元にありったけの、ばらした柿の実を置く。
 一個一個やさしく布巾で拭いて、小丼になみなみ入れた焼酎にへたの部分を浸け、そのまま段ボールに入れる。
 押し付け合わないように、だがぴったりと一段入れたら、また新聞紙を敷いてもう一段、同様に柿の実を並べる。
 そうして段ボール箱が九分通りいっぱいになるまで続けたら、上に一枚新聞紙をかぶせてビニールシートの四隅をぎゅっと結ぶ。
 これはアルコールが揮発するのを少しでも防ぐためだろう。
 柿の渋はアルコールやお湯で抜けるので、当地ではへたを強い酒に漬けて保存するうちに渋を抜く、という方法をとっていた。
 地方によっては、煮えない程度のお湯に実を浮かべるという技もあるらしい。
 段ボール箱にふたをして涼しい日陰に置く。
 一週間ちょっと経つと渋が抜けて、トロリと甘い緻密な果肉の柿が堪能できるのである。

 干し柿はまた手間がかかり、熟練のおばちゃん達の独壇場だった。
 枝つきがTの字になるように鋏で切り揃えた柿の皮をむき、残したTの枝の部分が引っかかるように、60センチ(2尺)くらいに切った細い縄に括り付けていく。
 干して水分が抜けていくと枝も細くなり、下手をするとするりと抜けて落ちてしまうので、ぎゅっぎゅっと固く結んでいかなければならない。
 どの実にも日が当たるよう、重ならないよう、細縄のびっしりとくくりつけると、そろばん玉か葡萄のようだ。
 それを日当りのいい物干し場や軒先、庭に出した物干しざおやロープにかける。
 江戸の旅人の肩にかけた、振り分け荷物の様にかける。
 適度に風が吹き抜けるように何列も掛けた光景は、皆様もテレビなどで見たことがあるのではないだろうか。
 まさに紅色のカーテンである。

 田舎の軒先は色んなものが吊るされている。
 大根、菜っぱ、薬草、採ってきたきのこ、それに干し柿が加わる。
 夜露に濡れないよう、また地面から立ち上る湿気を吸わないように日が暮れる前に取り込み、縁側に敷いた新聞紙の上にそっと置いておく。
 朝にまた干し竿を軒にかけ、半生にしんなりとなった果物や野菜を傷つけないよう、ぞろぞろ竿に振り分けて掛けていく。
 それは毎日の事で、日々の家事に加えての季節仕事である。
 我が家は二階建てだったから、一階も二階も、南向きの軒下は紅色の柿のカーテン、時々白い大根で覆われた。
 干した柿の表面にびっしりと白い果糖が吹きだし、結晶化してしなしなと半乾きになったころが一番の食べごろである。
 出来上がった干し柿は、風通し良い家の北側の、工場との連絡廊下にそのままかけておかれた。
 一冬そのまま保存して、お茶うけやお正月のなますの甘味料にと使う。

 渋抜きが完了した柿も、少しずつ段ボールから出して、夕飯後の水菓子に、朝のビタミン補給にと剥いて食べる。
 美味しいので一人で2~3個はぺろりと食べてしまう。
 それでも最後の方は柿の実もとろとろに柔らかくなり、皮のおかげでやっと形を保っているという、半分透きとおったゼリー状になる。
 そうなれば年寄りや子供が皮に口をつけて、ちゅうちゅうと吸ったり、へた部分を切り落としてスプーンですくったりして食べる。
 まだ冬の長期保存可能種に、リンゴが品種改良されなかった頃、柿は貴重な冬場の果物だった。(蜜柑は高かった)
 
 そろそろ山形県でも柿が赤くなる頃だろうか。
 最上川を飛び交う赤とんぼのように。
(このエッセイは当初秋に書かれました)

 レシピ
 柿の白和え
 白和えの衣をゴマで作る方法と胡桃で作る方法がありますが、我が家は胡桃好きだったので胡桃バージョンで。

 木綿豆腐半丁を丈夫なキッチンペーパーで包み、軽く傾けたまな板に置き、お皿を載せて重しがわりとし、水気を切る。
 細かく切って皿に並べ、そのままレンジで1分加熱して水を切るという方法もあるが、和え衣が温かいのは良しとしないので、重しを載せる方法推奨。
 ペーパーに包んだままぎゅうっと絞り、さらに水気を切る。
 むき胡桃軽く一つかみをすり鉢でよくすり、砂糖大匙山盛り1、みりん大匙1、塩ふたつまみを加えてすり、最後に充分水気を絞った豆腐を入れて滑らかにすりまぜ、和え衣を作る。
 柿を一人1~2個(好きなだけ)剥いてへたをとり、8つ切りくらいにする。
 大きさは好き好きで小さく切っても構わない。 
 衣の中に柿を入れ、木べらで潰さないようによく混ぜてなじませ、鉢に盛る。

 デザートというよりおかずの一つとして食卓に上っていました。

 好みで胡桃をゴマに替えることもできます。
 その際はすりごまよりも市販の瓶詰の白ごまペーストを大匙2くらいまぜるのが手軽でいいと思います。(油分が分離していたらあらかじめよく混ぜて)

 食欲のない時に。ビタミン、鉄分ミネラル等とれます。
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