第17話 窓香の決意・中編

文字数 3,676文字

「うむ?」

 今、碧は感じ取った。強い闘争心の消失を。消えたのは彼女が良く知る人物の心だ。

「まさか大輝が、負けたのか!」

 怒りに任せて、近くに生えていた木の枝を引き千切った。自分の怒りでもあり、そして異霊の怒りでもあった。

「ああ、憎い。憎いぞ、この女は。必ずこの手で仕留める。逃がしはしない」

 ちょうど都合がいいことに、向こうの方からこっちに向かってくる。商店街を抜け、横断歩道を渡った。そして公園に差し掛かった。

「来たか…」

 碧は、相手のことを知らない。顔も名前も、そして何のために会合に参加するのか、その理由でさえも。ただわかることは、自分と同じ要素を二つ持っているということ。

「霊能力者の女」

 今までに、同じような人物を二度目にしたことがある。だが一人は自分の目的を語っても付いて来てくれず、もう一人については力をつけて反旗を翻した。だからなのか、碧はその霊能力者と仲良くなれる気がしない。

「だが…」

 一方で、どんな人生を送っているのかは聞いてみたいと思った。きっとあの二人とは異なり、孤児院の出ではないのだろう。何せ、神代の跡継ぎが参加する会合に呼ばれるのだから、それ相当な人物と考えるのが妥当か。自分が見たことのない世界を目にしているはず。それを聞いてみたいとすら感じる。

 仲良くなれるだろうか? そんなことが頭をよぎる。

「駄目だ。私がナーバスになってどうする?」

 その思考は、破棄した。相手は大輝を退けるほどの強者なのだ。こちらも一切手を抜けない。碧は気を引き締めた。

「決めなければ。一撃で仕留める。魂を喰らってな」


「ここが、勾当台公園…?」

 おぞましい空気に包まれたその公園に一瞬、入ることを躊躇ってしまった。よく観察すると、女性が一人、中央に立っている。

「あの人が、碧ですな?」

 向こうはこちらの存在に気が付いてないのか、辺りを見回している様子だ。ならば不意打ちができる。だが窓香の善良心がそれを許さなかった。話し合って解決できるとは思わないが、碧は自分を見て、何を言うのだろうか…。さっきの大輝には、笑われた。今度も嘲笑されるのだろうか?

「……!」

 近づこうとしたが、それを見た瞬間に反射的に、窓香は口を押えながら物陰に隠れた。

 あれは、人間か? それとも霊か? いいや、霊界重合しているから、それが曖昧に見えるだけか? 普通じゃない感じはさっきからわかっていたが、これほどとは聞いていない。

「今まで、出会ったことのないタイプの霊?」

 何をどうしたら、そこまで堕ちるのだろうか。あれは地獄に片足を突っ込んでいる。死神と同レベルの存在になりつつあるのだ。

「だったら、どうしましょうか?」

 無論、救い出すしかない。窓香は覚悟を決めて物陰から出た。

「碧! 私はこっちですぜ!」

 大声で叫んだ。

「おお、来たか」

 碧の返事が聞こえた。

「なるほど。こうして面と向き合っているだけで、強い意志を感じる。猛者だな。大輝が負けたのにも頷ける」

 碧は一人、納得した。

「あなたも、お金が全てって思ってるんですかい?」
「変なことを聞くな?」
「さっきの彼がそうでして」
「では、イエスと答えよう」

 その答えで、窓香は説得は不可能であることを悟った。

――本人の意志が駄目なら、私にできることは除霊だけですぜ。碧に憑りつく霊さえ払えば、まだ間に合いますぜ。

 その意気込みが、窓香に前進させた。
 懐からお札を取り出すと、これを相手に勢いよく投げつける。さっき大輝に対して行ったのと同じ。お札には強い除霊作用があるため、碧に憑りつく霊は容易に取り除けるはずだった。

「え…?」

 お札が何と、弾かれたのだ。前代未聞の出来事に、窓香の本能は距離を取ることを決め、体が勝手に動いた。

「残念だったな」

 碧が、地面に落ちたお札を見ながら言う。お札は黒い炎に包まれ、燃えカスに変わっていく。

「私と一つになった異霊は、除霊不可能な存在なのだよ。だからそんなものを使っても意味はない」
「一つになった? 異霊?」

 意味のわからない言葉が飛んでくるが、この現状から察するに何が起きているのかを把握した。

――まさか、この世に成仏不能な霊がいるってことですかい? しかも碧と一つになって、霊の力を完全にコントロールしてるってことですかい?

 ありえない。だが、霊界重合の起こっているこの街ならば、不可能でもないのか。そう考えると、窓香は霊界重合を解除する策を探した。

――何かが引き起こしているはずですぜ。それを叩けば、碧を止めることは可能。でもその何かは、彼女ではない。私がまだ遭遇してない何かが、この街に?

 その考えは正しかった。街に放たれた災霊が、制御不能に陥り、霊界重合を維持してしまっているのだ。しかし、同時に窓香はその霊を目撃していない。霊の気配で溢れているこの街で、見つけ出すのは無理だ。

「異霊を知らないか。なら、一撃で教えてやろう、その力を。人の魂を食らい続ける貪欲さ…。お前に止められるか!」
「魂を食べる?」

 いきなり、碧が動きだして窓香に迫った。間一髪窓香は避けた。

「触るだけでいい。それだけでお前の魂は体を離れ、私の飢えを満たすのだ」
「そんなことは、死んでもごめんですぜ!」
「ならばどうする? お前に何ができる? 私に見せてみろ」

 何もできない。窓香はそうわかっていながらも、打てる手を探した。

――除霊ができないなら、封印は? 霊を鎮める方法は成仏以外にもありますぜ。それができれば…。

「あ!」

 反応に遅れていたら、窓香の体は死体になっていただろう。碧の動きに目を向けなければいけない中、思考を巡らせるのは危険極まりない。こうなってしまったら、もう封印するしかない。

「もう諦めろ!」

 何か憑代にできるものがないかと公園内を見る。その間にも碧はこちらに向かって走り、手を伸ばしてくる。

――アレが良さそうですな。

 公園内にいくつか存在する、オブジェ。これなら滅多なことがない限り破壊はされず、封印も解かれない。
 だがここにも問題がある。そのオブジェまでどうやってたどり着くか。

「ん? 妙ですな…」

 さっきまで機敏な動きを見せていた碧が、急に動かなくなった。その場に立ち止まったままでいる。

「ならば、今がチャンス!」

 窓香はオブジェの方に向きを変えた。
 だがこれは、チャンスではなかった。

「これで終わりにしてやろう!」

 碧の叫び声と共に、強烈な風が公園内に吹いた。木々は折れ、花は散り、窓香の体が宙に浮いた。

「っぐ!」

 全くの反対方向に吹き飛ばされた。滝噴水の目の前だ。この滝の上にもオブジェはあるが、階段を登らせてはくれないだろう。

「さあ、終わりだ…。逃げることはできない」

 立ち上がる暇もない。碧が目前に迫る。

「…私が死んだら、神代の跡継ぎには会えない。違いますかい?」

 窓香は動かなかった。

「ほう。私を試すか。だが安心しろ。この街中の霊が私の味方をしてくれる。簡単に探すことができるだろう。お前は必要ない」

 碧の腕が、窓香に振り下ろされた。

「はっ!」

 だがそれが窓香に当たることはなかった。窓香は滝噴水の中に飛んだ。ザパン、と音がし、水しぶきがあがる。当然、全身がずぶ濡れになる。

「何? お前、まだ諦めていないのか!」

 その精神力を碧は高く評価するほかなかった。
 滝噴水は横の階段の方にも続いている。そこにすぐに移動すると、水が流れる坂を登る。

「この上に、オブジェが!」
「何をしようというのだ?」

 当然碧は階段を登り、同じ高さを保って窓香に触れようとする。しかし窓香はジャンプし、滝噴水の崖にしがみついた。そしてそのまま、水に濡れながら上に登った。

「むう…。ちょこまかとうっとうしい! 次の一撃で決める!」

 滝噴水の上には、茂みがあった。窓香がその茂みを越えている最中、碧は階段を駆け上った。窓香はオブジェを、碧は窓香を狙って動く。

 先に目標にたどり着けたのは、窓香の方だった。

――これで封印ができますぜ。あとは碧が変なことをしなければ!

 オブジェにお札を貼り、お経を詠唱する。その一連の動きが決まれば、除霊はできなくても霊を封印することができた。

「え…?」

 そのお札が、服をどう探しても、ない。宮城県に入る前に、大量に作っておいたはずなのに、一枚も残ってないのだ。

 窓香の誤算だった。滝噴水の水に飛び込んだ時に、残りのお札を水に落としてしまったのだ。

「もらった!」

 碧の手が、窓香の頬に触れた。その手は人間の温もりを保ちつつ、霊の冷たさも宿っていた。
 そして、窓香の意識が飛んだ。同時に体が崩れ落ちた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み