第15話 誘う祠

文字数 4,351文字

「はい。はいはい! はい…」

 窓香が電話で話している間、風悟は財布を覗いていた。お金は十分にある。

「わかりましたぜ。では失礼」

 電話を切る。

「何だって?」
「昨晩、行方不明になっていた秋田県の孤児院の女子高生が保護されたみたいですぜ。不思議なことに記憶は一昨日の夜からないみたいでして…」

 それが何を意味しているのかは、風悟にもわかった。

「本当に妨害者が出るなんて…。大変なことになった、じゃなくてなっているんだね…」
「そうですぜ。邪魔者は妙子だけじゃない。もしかしたら、ここにも来るかもしれませんぜ?」

 東京で立てた計画では、新幹線に乗ってそのまま宮城県に向かうはずだったが、窓香たちは福島駅で新幹線を降りた。窓香のスマートフォンに、終日移動を禁ずる、と通達が来たからである。

「きっとまあ、神代の人たちが血眼になって安全策を探してるんですぜ。ですので今日は観光でもしちゃいましょうぜ!」
「…のん気なこった…」

 だが、そのポジティブな思考が心強かった。

「ならさ、会津若松にでもいかない? 俺、白虎隊の話を詳しく聞きたいなって思ってたんだよ」
「それ採用! では、出発ですな」


 午後には飯盛山に着いた。早速山を登る。ご丁寧に備え付けてあるエスカレーターには乗らない。窓香によれば、健康な人はその足で登らないと御利益がないんだとか。

「ふ、ふう。ちょっと運動不足だな…」

 息を切らしながら登った。対する窓香は平気だ。

「だって私、霊能力者ですぜ? 体力のつけ方が普通の人とは違うんですぜ!」

 白虎隊の資料館に入り、展示を見る。高校の頃に少しかじった程度の歴史に、新たな一ページが刻まれていく。思わず見入ってしまう。
 資料館を出ると、さらに登る。白虎隊の墓があるところは、昼間でも少し薄暗い。

「ここで、自刃したのか…」

 近くに蝋燭の火が灯っていたので、賽銭に小銭を入れると線香を立てた。さらに奥に進むと、会津の街を一望できる。

「この先に、鶴ヶ城が?」

 風悟が目を細めてみるが、全然わからない。窓香は近づけば見えるかもしれないと、崖のギリギリのところまで迫った。

「ちょっと! それ以上は危な…」

 遅かった。窓香の体は崖から落ち、腕を掴んで引っ張ろうとした風悟も巻き込まれて落ちた。


「いてて…。窓香さん、大丈夫?」
「服が汚れただけですぜ。痛いところはどこもありませんな」

 不幸中の幸いか、二人は怪我をせずに済んだ。どうやらそれほど下に落ちてはないらしい。

「どうやって上に登ろうか? それとも救助を待つ?」
「ちょっと待ってくれますかい? 興味深いものがありますぜ…」
「何?」

 窓香が指差す先には、洞窟があった。

「こんなところに? 地図には載ってないけれど…」
「おお、それは魅力的なフレーズですな!」

 ここで駄目だと言っても、聞かないだろう。そう思った風悟は窓香に黙ってついて行く。

「戊辰戦争時代に掘られたのかな? それとも、防空壕?」

 そのひんやりした空間の奥に、それは鎮座していた。

「これは、祠?」

 相当古いものだろう。一部壊れている。

「何でこんな、隠すように置かれてるんだ? 何を祀っているんだかこれじゃあ全くわからないぞ?」

 風悟が察したようにこの祠は、目立たないところに存在した。人目を避けるためなのか、太陽の光すらも届かない暗闇の中。何か、製作者の意図を感じる。

「窓香さん、この祠は一体?」
「…」

 注意深く観察する窓香。そして答えを出す。

「わかりましたぜ。これは……白虎隊の怒りを鎮めるための祠、で間違いないぜしょう。確か白虎隊、新政府にお墓を建てることを禁じられていたとか言われてましたな。その時の怒り、会津を守れなかった無念…。ここに感じますぜ」
「おい、それって…」

 よくないことだ、と言う前に目の前が真っ暗になった。


「大丈夫ですかい?」

 頬を暖かい手で叩かれる。目を開けると、窓香が目の前にいた。

「どうやら無事のようで何よりですぜ。んでもってここは、どこでしょうかな…?」

気が付くと、辺りが明るい。さっきまで洞窟の中にいたはずなのに、である。

「えっ…。こんな開けたところだったっけ?」
「恐らく、祠に宿っていた霊力のせいでどこかに飛ばされたんぜしょうぜ」
「そうか…」

 風悟は、こんな状況に置かれているのに窓香の説明を聞いて取り乱すこともしない自分に驚いていた。

「じゃあ戻るには、あの祠が必要ってこと?」
「そうですぜ。でも祠も、ただでは戻させてくれないと思います。きっと込められた願いか何かを遂げてやる必要が…」

 目の前に急に、白い虎が現れた。驚いた窓香は口を開けたまま硬直する。

「…これは、本物の虎? そんな馬鹿な、日本じゃ動物園にしか生息してないだろ。きっと幻覚だ」

 だが、虎は吠えると凄まじい気迫で牙を見せつける。

「…何か言っているようだけど、何を?」
「…ふむふむ。どうやら私たちが西の人間であることが気に食わないようですぜ」
「西?」
「新政府がどうの、とも言ってますぜ。まあ、そういう見方もあるでしょうな。せっかく自分の怒りを鎮めてくれるであろう人に巡り合えたのに、それが新政府の息のかかった者では死んでも死にきれないと」
「随分と自分勝手なことを言ってくれるじゃないか」

 風悟がそう言うと、また虎は吠える。向こうの言葉は全くわからないが、相手はこちらの言っていることを理解しているようだ。

 窓香はここで一つ提案した。

「虎さん。私たちも暇じゃないんですぜ。苦しませることは絶対にしないと約束しますから、ね?」

 しかし返事は暗い。

「まいりましたぜ…」

 窓香の頭に、東北出身の神代の人間に頼むという手が浮かんだが、元の場所に戻れなければ意味がない。

「そもそもここはどこなんだ? 虎に聞いておくれよ」

 すると虎は、向きを変えて歩き始めた。窓香たちは後ろをついて行った。
 林の中を抜けると、そこには十数人の男性がいた。みんな若い。窓香よりも年下だ。だがみんな、表情は険しい。

「あれ…白虎隊じゃないか?」

 服装は風悟たちとかなり異なる。おまけに腰には、刀を引っ提げている。他に背負っているのは火縄銃だろうか。
 その幼い武士たちは鶴ヶ城の方を見ている。城は、燃えているように見えた。これは会津藩の作戦であり、城下町を燃やすことで敵の侵入を妨げるのが目的だったのだ。

 窓香が木々の中から出ようとしたが、風悟が止めた。

「今なら、彼らは死なずに済むかもしれませんぜ。風悟さんも資料館で見たぜしょう? あの悲惨さを!」
「でも、彼らの決断に水を差すのは虎も望んでないと思う。こればっかりは、変えられない史実だ。でもその通りなら、一人だけ助かる…」
「じゃあみすみす死なせるんですかい!」
「違うよ! 虎がこの時この場所に俺たちを招いたのは、彼らを止めるためじゃない。彼らの霊を成仏させてやるためだろう。ここで止めたら怒りはきっと鎮まらない! それを窓香さんが、やるんだ」
「…」

 窓香もわかっていた。だが感情がどうしても、何もしないことを許さなかったのだ。

 やがて、彼らは刀を抜いた。時が来たのだ。腹を切る者、喉を突く者、互い違いに切り合う者…。みんながみんな、望んで尊き命を絶つ。
 最後の一人が倒れた。それを見て窓香は、その惨状に足を踏み入れ、地面にしゃがみ、詠唱する。

――凄い。私よりも若いというのに、覚悟が全然違いますぜ。でも無念が怒りに変わりそうでもありますな。これは私じゃないと、鎮められませんぜ…。

 風悟は木々の隙間から見守っていた。虎に、

「これで、いいのかい?」

 と聞くと、虎はうんと言わんばかりに首を縦に振った。
 木の上に止まるカラスが鳴き出した。

「言い伝えが本当なら、この後婆さんが一人やって来るんだよな。窓香さん! 早く引き上げないと!」
「わかりましたぜ!」

 窓香が立ち上がった時、誰かの体が動いた気がした。

――彼が生き残って、この惨劇を語り継ぐんですな。安心して下され、死を決意した者にはその負の感情を嗅ぎ付けて悪霊や死神が寄り付きやすいぜすが、抗えるように守護霊を強化しておきましたから。是非、受け取っておいて下さいな。

 窓香は、ここに向かって移動している老婆と鉢合わせないように茂みの中に隠れた。
 そして、目覚めた場所に戻る。すると虎は白い光を放った。

「うわ、眩しい…!」
「この光に乗れば元の場所に、戻れますぜ。虎がそう言っていますな」
「本当だろうね? また変な場所に出やしないか?」
「信じる者は救われる。さあ、飛び込みましょう!」

 二人は、その光の中に入った。


 今度は風悟が先に目覚めた。窓香の体を揺さぶって起こす。

「最初の洞窟だよ。どうやら戻れたらしい」
「そのようですな」

 目の前の祠は、最初に目にしたもので間違いない。

「彼ら…成仏できたよね?」
「ええ。大丈夫なはずですぜ。私の腕を疑うんですかい?」
「いや、そういうわけじゃないけど…。返事がないって心配じゃない?」

 風悟がそう言った瞬間、祠がひとりでに開いた。

「……」

 突然の出来事に二人は目をキョトンとさせた。

「もしかして、まだ何かあるのか!」

 窓香が祠に近づいた。中の布袋に手を伸ばす。

「おいおい、触って大丈夫なのかよ?」
「これから強い意志を感じますぜ…」

 取り出してみると、白い数珠が入っていた。

「…まさか、怒りを鎮めてくれたお礼とか? 祠が開いたタイミング的にもピッタリだし」
「なら、ありがたくもらっておきますか! 私の体の一部としましょう」

 窓香は白い数珠を手に入れた。ちょうどサイズは腕に合う。左手に通した。
 すると、何やら地響きが聞こえる。洞窟の天井から石が落ちてくる。

「もしかして、崩れるんじゃないか?」
「霊的な力の消失を感じますぜ…。出ましょう!」

 二人は急いで洞窟を出た。すると洞窟は、崩れて塞がった。

「きっと、この数珠には何か、意味があるはずですぜ。だって虎が、私たちが来るまで守っていたんですから」
「俺には、綺麗な数珠にしか見えないけど…。でも窓香さんが言うなら間違いないか! その数珠に込められた思いは、無駄にはしないでよ!」
「わかってますぜ。さあ、今日はもう宿にでも向かいますかい?」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み