第2話 二人組

文字数 2,236文字

 とあるビジネスホテルの一室が、夜中の三時を回ったというのにまだ明かりがついていた。

「さあどうした? もう隠してはいられないだろう? 早く教えなければ、生命の危険にもつながりかねない。ギネスの世界記録に不眠の項目がなぜないのか、知っているかい? 睡眠は生きる上で必須。それを我慢することは死に直行しかねないからなのだよ?」
「教えたところで、何になる?」

 もう数十時間も眠れてない男性が、目を充血させて強がる。

「大輝、やれ」

 落蹴(おちけり)大輝(だいき)はそう言われると、喜んで行為に移る。藁人形に相手の名前を書き、釘を打つ。

「うぐ!」

 すると、打ちこんだところと同じ体の部位に、激痛が走る。血は流れてはいないのだが、背中が一部、抉り取られたような感覚だ。

「どうだ? この呪いから解放されたくなったか? その魔法の言葉は、お前だけが知っているのだぞ?」

 鎧戸(よろいど)(みどり)がそう言う。

「おい碧、こうでもしても吐かないとなると…」
「となると?」
「次は痛みだけでは済まされないぞ? 臓器の心配も必要になってくる」

 フフ、っと碧は笑った。

「結構だ。どうせ今の遅れた科学では、何もわかりやしない」

 この二人が行っていることは拷問で間違いない。だが、爪を剥いだり火であぶったりはしない。寧ろ客観的に述べるなら、男性に対して直接手を出してはいないと言うことができる。

「早く答えたらどうだ? 神代の跡継ぎが、重大な会合に向かうことは我々も既に知っている。問題はその場所と内容だ。それを知らなくては、神代の財産を奪うことができない」
「何百億、だっけか? いいや、〇が二つくらい足んねえな」

 男性が拷問に耐えている時、胸ポケットからメモ帳が落ちた。それを碧が拾う。どうやら予定が記されているようだ。

「宮城県仙台市の………。なるほど」

 大雑把な住所しか書かれていなかった。だが二人は重要な情報を掴んだ。

「もういいぞ大輝。どうやら海を越えなければいけないようだ。神代の財産が全て手に入れば、我々の彼岸も達成できる。一歩近づいた」
「あんな暮らしはもう、ごめんだぜ」
「そうだ。一度たりとも忘れたことはない。あの地獄のような日々を…」


 二人には、親戚はいない。孤児院の出だ。気が付けば生まれた時から、親の顔すら見たことがない。
 そんな二人の生活は、幸せとは程遠いものであった。学校ではいじめられ、友達はできなかった。クラスが、保護者が、先生が、二人を軽蔑して遠ざけたのだ。
 その生活の中で心が休めるのは、孤児院の中だけだった。自分たちと同じような境遇の子供は多く、お互いに励まし合いながら生活した。

 だが現実はそんなに甘くはなかった。

「お金がない」

 その一言で二人は、早々に大学への進学を諦めることになった。そして孤児院を出て働かなければいけない時期が近づき、気が付けばそれが年度末に迫っている。しかし、二人を心地良く受け入れてくれるような企業は、存在しなかった。

 いつしか二人は、こう思うようになっていた。

「幸福は金で買える」

 これは誇張表現などではない。現に孤児院で生活している仲間は、決して幸せと言えるような状況ではない。それに、養子として迎えられ孤児院を去ったかつての仲間の里親は、こぞって金持ちだ。
 そんな中、孤児院の職員が話しているのを聞いたのだ。

「神代グループの跡取りは、莫大な財産を受け継ぐらしい」

 その財産があれば、自分たち、いや自分たちだけじゃない。日本中の親のいない子供たちに幸福をわけることができる。その財産は二人にとって、喉から両腕が飛び出るほど欲しいものだったのだ。
 ならば、手段は択ばない。神代の家の一員でない二人が財産を手にするには、奪い取るほかない。
 上手い具合に二人の耳に、神代の跡継ぎがある重要な会合に出席するとの情報が入って来た。

「相手は神代の家の者だ。きっと自分たちと同じ、見えないはずのものが見える人間だろう。寧ろそうでないと跡継ぎにはなれない。どんな実力者かは未知数だが、二人がかりでどうにかならない相手ではないだろう」

 場合によっては、人を殺めることすら躊躇しない覚悟で二人は、孤児院を出た。


「…二度と繰り返さないためにも、海を渡り本州に向かう。この会合に乗り込めば、神代の財産を掴むチャンスは必ず来る!」

 碧は男性のことを忘れたのか、一人先に部屋を出た。

「ふ、ふう…」

 自分を拷問していた相手がいなくなってホッとした矢先、男性の目の前に大輝が、藁人形を指でつまんで見せつけた。

「俺は忘れてないぜ? でもよ、もう、飽きちまったしな」
「や、やめろ…。もういいだろう? 場所がわかったんだから!」

 涙目で訴える男性を余所に、大輝はどうしようかと思考を巡らせる。このまま放っておいたら、この男性は確実に神代の人間に、自分たちのことを伝えるだろう。会合の予定が変わるのは不味い。

「窓でも開けるか」

 大輝は窓を開いた。ホテルの窓は人が出入りできないほど狭いが、それでも十分だった。
 藁人形を窓の外に持って行く大輝を見ると男性は、嫌でも何をされるのか想像できてしまう。

「そ、それだけは…! やめてくれ!」
「じゃあ、放してやるよ」

 男性の悲鳴が、夜中のホテルに響き渡った。
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