第6話 呪いの代償
文字数 2,473文字
人を呪わば穴二つ、という表現がある。人を殺める呪いはその報いで自分の命をも奪う。だから用意する墓穴は二つ、という意味だ。
どんなに呪いの道に精通していても、この言葉は当てはまるようである。
「ううう、ががが…!」
碧が急に胸を押さえる。息が苦しいのか、呼吸も粗くなる。汗もびっしょりかいている。
しかし目は閉じたまま。つまりは悪夢にうなされているのだ。
「……」
それを大輝は、ただ見ていた。大輝の力を持ってすれば、何か施せるはずだ。そうしないのは二人で決めたことであり、現に大輝も苦しい時は碧に助けを求めない。
「人を呪えるのは、呪われても文句が言えねえ奴だけだ…」
幼い時から、そう心得ている。そして人を呪えば、自分も苦しむ羽目になることも、学習済みだ。
大輝は、碧が自分で目を覚ますまで、集めた情報を整理していた。
「場所と日時。これは大きな情報だな。だが肝心な会合の内容が掴めてねえ……。誰が何をするか、何を決めるのか、それも神代の情報の海からすくい上げる必要があるぜ」
今一番知りたいのは、神代の跡継ぎの名前だ。それがわかればもっと調べるのが楽になる。
逆に言えばそれすらわかっていないこの現状では、神代の財産を狙えそうにもない、ということである。
普通に考えれば、大企業の社長の息子にたどり着くだろう。しかし裏家業でより大きな成功を収めている神代グループだ。その息子が霊能力者でなかったら、跡なんぞ継げるわけがない。それ相当の実力がなければ跡継ぎにはなれない。だから苗字が同じと言うだけで、断定はできない。
「このリストのどこかにいるはずだ…。もしかしたら、跡継ぎという名目で、血縁関係のない人物が選ばれる可能性もあるからな」
急がなければ全てが終わるが、遅すぎてもアウト。そのギリギリを攻めなければいけない。
大輝は、今日入手した霊能力者ネットワークを広げている。名前、年齢、住んでいる町、電話番号、実績などが記載されているリストだ。当然これには大輝と碧の名前も含まれている。もし誰かが調べてしまえば、自分たちが動いていることが発覚する。そのことが二人に、一度足を止めてこれからのことを考えさせる要因となった。
だが大輝はあまり頭が回る方ではない。碧が起きないことには、重要なことは勝手に決められないのだ。
リストの中に、神代の名を持つ者がいた。
「こいつ…か?」
年齢は二十三。後を受け継ぐには、若すぎる。しかし実績は素晴らしいものであった。可能性は極めて大きい。住所こそ京都府となっているが、そこで修行に従事し、重要な会合は宮城県で行う、ということもあるだろう。
「それほど大きな出来事が待っているのか。これは見逃せねえ。碧が起きたら報告だ」
大輝はリストを見返した。だが数が多く、会合の内容もわからないこの状況では、複数の人物に目をつけるのは不可能だ。だとすれば会合が予定されている宮城県に行くのが合理的。
やがて大輝も眠くなってくる。耐えがたい悪夢を考えると瞼を落とす気も失せるが、積み重なって一度に一気に受けるよりはマシなので、さっきまでの思考をまとめてメモし、自分よりも先に起きるであろう碧に託して自分も眠りにつく。
「大輝にしてはよく考えてるじゃないか」
目を覚ました碧が、メモを読んで言った。
「だが私としては、このまま真っ直ぐ宮城県を目指すのは芸のない話にしか聞こえない。我々の考えに同意してくれる者は必ず存在する」
碧の計画は、同じ境遇で苦しんでいる者の力を借りることだった。もう自分たちが行動していることはバレてしまっているだろう。ならば関係のない人物に、調査させる。この時碧は、電話で連絡を取ることは頭になかった。それは安全ではない。内容が傍受される危険性が低いにしても、自分たちがメッセージを送ったら、受け取った側も神代の人間に警戒されてしまう。
ならば直接会って、伝えるまで。幸いにも時間はある。おまけに霊能力者ネットワークには住所まで記載されている。
「予定変更だ。先に秋田に向かう。そこの孤児院は東北で一番大きい。おまけにリストを信じるならば、霊能力者もい…」
言い終える前に、胸に痛みが走った。動悸ではない。これも呪いの代償なのだ。
碧と大輝は、親の存在を知らない。つまり呪術の類を先祖から受け継いでいるわけではない。実践する呪いは、ほとんどがオリジナルのもので、日本で同じ呪いを扱える者は存在しないとすら確信している。
だが逆に、これは危険だった。呪いの報いが全くわからないのだ。先駆者がいないので当然である。
「起きている間にも、体を蝕むのか……」
痛みはやがて、右腕に移っていく。いつも鏡を隠し持っている腕だ。左手で痛む箇所を押さえる。それでも誤魔化し切れないほどだ。
「何がおかしい!」
碧は怒鳴った。寝ている大輝を起こそうとしたからではない。
自分の周りにいる、死霊たち。呪いを強めるためにあえて除霊せずに憑りつかせているが、それらが苦しむ碧を見て笑ったのだ。金切り声が神経質になっている碧の耳の気に障る。だが、どこかに行かせることはできない。そもそも、二人は除霊の方法を知らないので手出しができない。呪いを専門としてきたことがここで悪影響を出している。
「いい加減、黙れ!」
もう一度、声を張り上げる。だが死霊の笑い声は大きくなるばかり。
(それは面白くもなるだろうな。我々はお前たちがいないとできない呪いがある。だから手放すことはできない。死者からすれば、生きている我々に妬くのは当たり前。その我々が、苦しんでいるのだからな…)
馬鹿は死ななきゃ治らないと言う人がいる。しかし碧は、そうは思わない。生前から腐っていた魂は、死んだところで浄化しない。
(やはり呪いの報いを受けながら色々なことに手は出せない。神代の人間にバレないように、協力者を作らなければ…!)
どんなに呪いの道に精通していても、この言葉は当てはまるようである。
「ううう、ががが…!」
碧が急に胸を押さえる。息が苦しいのか、呼吸も粗くなる。汗もびっしょりかいている。
しかし目は閉じたまま。つまりは悪夢にうなされているのだ。
「……」
それを大輝は、ただ見ていた。大輝の力を持ってすれば、何か施せるはずだ。そうしないのは二人で決めたことであり、現に大輝も苦しい時は碧に助けを求めない。
「人を呪えるのは、呪われても文句が言えねえ奴だけだ…」
幼い時から、そう心得ている。そして人を呪えば、自分も苦しむ羽目になることも、学習済みだ。
大輝は、碧が自分で目を覚ますまで、集めた情報を整理していた。
「場所と日時。これは大きな情報だな。だが肝心な会合の内容が掴めてねえ……。誰が何をするか、何を決めるのか、それも神代の情報の海からすくい上げる必要があるぜ」
今一番知りたいのは、神代の跡継ぎの名前だ。それがわかればもっと調べるのが楽になる。
逆に言えばそれすらわかっていないこの現状では、神代の財産を狙えそうにもない、ということである。
普通に考えれば、大企業の社長の息子にたどり着くだろう。しかし裏家業でより大きな成功を収めている神代グループだ。その息子が霊能力者でなかったら、跡なんぞ継げるわけがない。それ相当の実力がなければ跡継ぎにはなれない。だから苗字が同じと言うだけで、断定はできない。
「このリストのどこかにいるはずだ…。もしかしたら、跡継ぎという名目で、血縁関係のない人物が選ばれる可能性もあるからな」
急がなければ全てが終わるが、遅すぎてもアウト。そのギリギリを攻めなければいけない。
大輝は、今日入手した霊能力者ネットワークを広げている。名前、年齢、住んでいる町、電話番号、実績などが記載されているリストだ。当然これには大輝と碧の名前も含まれている。もし誰かが調べてしまえば、自分たちが動いていることが発覚する。そのことが二人に、一度足を止めてこれからのことを考えさせる要因となった。
だが大輝はあまり頭が回る方ではない。碧が起きないことには、重要なことは勝手に決められないのだ。
リストの中に、神代の名を持つ者がいた。
「こいつ…か?」
年齢は二十三。後を受け継ぐには、若すぎる。しかし実績は素晴らしいものであった。可能性は極めて大きい。住所こそ京都府となっているが、そこで修行に従事し、重要な会合は宮城県で行う、ということもあるだろう。
「それほど大きな出来事が待っているのか。これは見逃せねえ。碧が起きたら報告だ」
大輝はリストを見返した。だが数が多く、会合の内容もわからないこの状況では、複数の人物に目をつけるのは不可能だ。だとすれば会合が予定されている宮城県に行くのが合理的。
やがて大輝も眠くなってくる。耐えがたい悪夢を考えると瞼を落とす気も失せるが、積み重なって一度に一気に受けるよりはマシなので、さっきまでの思考をまとめてメモし、自分よりも先に起きるであろう碧に託して自分も眠りにつく。
「大輝にしてはよく考えてるじゃないか」
目を覚ました碧が、メモを読んで言った。
「だが私としては、このまま真っ直ぐ宮城県を目指すのは芸のない話にしか聞こえない。我々の考えに同意してくれる者は必ず存在する」
碧の計画は、同じ境遇で苦しんでいる者の力を借りることだった。もう自分たちが行動していることはバレてしまっているだろう。ならば関係のない人物に、調査させる。この時碧は、電話で連絡を取ることは頭になかった。それは安全ではない。内容が傍受される危険性が低いにしても、自分たちがメッセージを送ったら、受け取った側も神代の人間に警戒されてしまう。
ならば直接会って、伝えるまで。幸いにも時間はある。おまけに霊能力者ネットワークには住所まで記載されている。
「予定変更だ。先に秋田に向かう。そこの孤児院は東北で一番大きい。おまけにリストを信じるならば、霊能力者もい…」
言い終える前に、胸に痛みが走った。動悸ではない。これも呪いの代償なのだ。
碧と大輝は、親の存在を知らない。つまり呪術の類を先祖から受け継いでいるわけではない。実践する呪いは、ほとんどがオリジナルのもので、日本で同じ呪いを扱える者は存在しないとすら確信している。
だが逆に、これは危険だった。呪いの報いが全くわからないのだ。先駆者がいないので当然である。
「起きている間にも、体を蝕むのか……」
痛みはやがて、右腕に移っていく。いつも鏡を隠し持っている腕だ。左手で痛む箇所を押さえる。それでも誤魔化し切れないほどだ。
「何がおかしい!」
碧は怒鳴った。寝ている大輝を起こそうとしたからではない。
自分の周りにいる、死霊たち。呪いを強めるためにあえて除霊せずに憑りつかせているが、それらが苦しむ碧を見て笑ったのだ。金切り声が神経質になっている碧の耳の気に障る。だが、どこかに行かせることはできない。そもそも、二人は除霊の方法を知らないので手出しができない。呪いを専門としてきたことがここで悪影響を出している。
「いい加減、黙れ!」
もう一度、声を張り上げる。だが死霊の笑い声は大きくなるばかり。
(それは面白くもなるだろうな。我々はお前たちがいないとできない呪いがある。だから手放すことはできない。死者からすれば、生きている我々に妬くのは当たり前。その我々が、苦しんでいるのだからな…)
馬鹿は死ななきゃ治らないと言う人がいる。しかし碧は、そうは思わない。生前から腐っていた魂は、死んだところで浄化しない。
(やはり呪いの報いを受けながら色々なことに手は出せない。神代の人間にバレないように、協力者を作らなければ…!)