第12話 橋の上で

文字数 2,539文字

 一聞すると、その橋はいたって普通の橋と思えるかもしれない。だが見ればわかる。背の高い自殺防止用のフェンスが張り巡らされており、その先端は内側に折れ曲がっている。これ以上死者を出さないためにだ。

「さてと、心霊スポット? 何か馬鹿馬鹿しくない? ねえ保典?」
「俺も同意。見るからに普通の道」

 三人が碧よりも先に宮城県に入り、この橋までやって来たのには理由がある。岩手県の森では碧こそ強力な霊に出会えたが、三人は何も拾って来れなかった。だからここで調達するのだ。

「結構怖いところですね…」

 まこは、集まりつつある霊を見て言った。日が暮れそうな時間になって急に霊の数が多くなる。
 逆に言えばそれだけ、呪いに使える強力な霊をゲットしやすいということ。

「さ~てじゃあ僕が先に行こうかな? 教えてもらった呪いを早くやってみたくてウズウズしてたんだよねぇ」

 康嗣は一人で橋を渡る。吊り橋なら怖いかもしれないが、コンクリートでできた橋。車も何台も通過している。これを恐れるのは、馬鹿しかいない。

「ふあああ。楽勝過ぎてあくびが出るよ。次元が違うってことだね」

 そして、二人が来るのを待つ。霊を探すのはそれからでいい。
 だがどうしたことか、十分待っても二人は来ない。

「おかしいな? まさか怖気づいたとか? アハハ!」

 調子に乗って笑う。一番年下の自分にできて、何で二人にできない? そんなのん気な疑問が本気で、康嗣の頭にはあった。


「誰だ、お前?」

 橋の向こう側では、保典とまこがある女性に腕を掴まれていた。

「見つけたわ。観念しなさい。施設に戻るのよ」
「その前に、あなた、不審者です!」
「それはあんたたちじゃない。聞いたわ、秋田県の施設から、三人の霊能力者が行方不明ってね。それに怪しい二人組の存在も。あんたたち、霊能力者ネットワークを知らないの?」

 その女性は、妙子だった。妙子は宮城県に着くと、勝手な行動を取ったということで神代の人間から説教を受けたのだ。だが怪しい動きを見せる霊能力者を取り締まれば罰則なし、と取引も同時に結んだ。それで三人を捕えるために、ここに来たのだ。

「さてと、電話電話…」

 妙子はまこの腕は離した。保典よりもおとなしいと思ったからだ。しかし、

「ひゃああああああああ!」

 パニックになったまこは、突然全力疾走をかました。橋の上を誰よりも早く駆け抜ける。その姿は、霊の気も少なからず引いていた。

「しまった! 一人逃した…。でもあなたは離さないわよ」
「くそ…!」

 藁人形を取り出せれば、まだ保典にも勝機はあった。だが両手を掴まれたのでそれが難しい。

(この懐から取り出せば、それで万事解決…!)

 その時だ。橋の向こう側から、康嗣がやって来た。

「康嗣!」
「あれが最後の一人ね」
「……なんとなく状況はわかったよ、保典。まこは呼びかけても止まらずにどこかに逃げてしまったけど…そのお姉さんは僕と保典で倒そう!」
「そうはいかないわ。ここで食い止める!」

 睨み合う二人。お互いに相手の出方をうかがっている。下手な動きは取れない。

「うわ、わああ」

 ワザとらしく保典が悲鳴を上げた。

「何よ?」

 妙子には、意味がわかっていなかった。だが康嗣は真意をすぐに理解した。

「目を背けたね! その一瞬が欲しかった!」

 懐から藁人形を取り出した。同時に釘も何本か手に取った。

「そぉれ!」

 釘を藁人形の脇腹に刺した。

「きゃあっ!」

 その瞬間、妙子の腹に激痛が走る。反射的に手が緩み、保典は脱出した。

「そのまま維持しろ康嗣! 俺も加勢」

 保典はやっと藁人形を取り出せた。

「ねえお姉さん。見える? これのどこかを傷つけると、お姉さんが呪われるんだよ。痛いでしょ? もっと痛くしようっかな?」
「くっ…!」

 これはもらった。二人はそう確信した。対する妙子が何も対抗策を見出せていなさそうだったからだ。もはや赤ん坊の相手をするよりも簡単だ。

「ならさあ? 神代の人間に言っておいてくれないかな? 僕たちはあの二人についていくんだ。それが僕たちの目的さ。もう、施設や学校で変な目で見られるのはごめんだ。そんな生き方したくない」
「お前にはきっと、理解不可能。俺たちが感じた苦しみ…」

 二人は、怒りに飲み込まれていた。事実二人は、表立ったいじめなどには遭遇しなかったが、明らかに遠ざけられていたり、偏見を持たれたことが何度もあった。学校では、孤児院の子供だから、施設では、霊が見えるから…。子供は残酷で、理由があれば何をしても大丈夫と思い込んでいる。例えそれが、人を傷つける行いであっても。

「今度はきっと、もっと痛いよ? 二人がかりで呪うからね」
「さあ、覚悟!」

 まさに絶体絶命。だがその時、妙子の服から何か光るものが落ちた。
 しかし二人は、それに気が付かなかった。怒りに捕らわれていたためだ。

「うげえ!」
「な、なにいぃ!」

 妙子が落としたものは、鏡だ。しかもただの鏡ではない。呪いを跳ね返す特殊な加工が施されている。

「私が何の対策もしないで任務に従事すると思ったのかしら? 神代の人がくれたのよ、この鏡をね。とっても便利じゃない、これ! って言ってももう、聞こえてないのかしら?」

 二人は、自分が放った呪いが跳ね返ってしまい、痛みに耐えきれず気を失っていた。

「とにかく、この橋の上で神代の人間を待つのは危険ね。二人の中に霊が入り込むかもしれないわ…」

 橋を出て脇道に二人を運ぶと妙子は電話をかけた。神代の人間が飛んできて、二人を回収した。
 だが一人、逃してしまった。まこだ。まだそんなに遠くには行っていないはず。妙子は付近を探すことにした。

「あれ、そう言えばさっきまで霊が集まっていたのに…。急に解散してしまってるわ。こんなこともあるのね、心霊スポットだからかしら?」

 その時の妙子は気にも留めていなかった。事実妙子に霊は襲い掛かってこなかったのだから、深く考えなければいけない理由がないのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み