第4話 加速する狂気

文字数 2,292文字

 島木(しまぎ)という男がいる。この男はとあるデパートで占い師として生計を立てている。彼の占いは、当たると評判だ。

「さて、今日はどんなお客が来るのかな?」

 人それぞれ悩みがある。そして自分は霊能力を持ってそれに応える定め。と彼は思っている。

 彼が仕事場に向かうと、二人の男女が既に並んでいた。評判が良くても行列ができるわけではないので、こんなに珍しいことはない。

「私のことを占ってもらおうか?」

 女性が言い出した。

「それは、出来んな」

 島木は、断った。相手がスピリチュアルな話ができない奴だからとか、非科学的な要素に反対している類の人間だからではない。見ればわかる。
 二人には、守護霊が憑いていない。いや、もっと悪い霊が、二人に引き寄せられている。このフロア全体が、怪しい雰囲気に包まれているのだ。

「どこで拾った? こんな悪い霊は滅多に見かけない」
「拾った? フフフ、面白い冗談を話せるのだな? 神代の息のかかった人間の情報網は凄まじいと聞いていたが、まさか耳に届いていないとは」
「何?」

 島木は身構えた。目の前にいる二人は、村本を病院送りにした犯人。その可能性が高い。わずか数時間のうちに、海を渡って青森までやって来るとは夢にも思っていなかった。

「さあ教えてもらおうか? 神代の会合の時間と内容。お前なら知っているだろう?」
「それも断ろう」
「じゃあ覚悟しな。自分から喋らせてやる!」

 大輝が藁人形を懐から取り出した。

「噂に聞いたことがある。呪いを専門とする霊能力者。その末裔が今の日本に存在していたとは!」

 耳にしたことがある存在ではあった。とっくの昔に血が途切れていると思っていたが、それは嘘だった。目の前に、二人もいるのだ。
 島木の視線は、大輝の藁人形に釘づけだ。何をしてくるのか、全くわからないからだ。そしてそれをいいことに碧は、鏡をこっそり袖に忍ばせた。

「やめるのだ。何が目的かは知らんが、今ならまだ止まれる。それを捨てよ。神代の人間には、私から説得に向かおう」

 お互いに感情が高ぶっている。この状況では衝突は避けられないかもしれないが、可能性があるなら賭けてみるのが島木のスタンス。
 だが二対一。人数で勝っている碧と大輝は、島木の言葉に耳を貸さなかった。

「まずは一撃」

 大輝が釘を、藁人形に刺した。直後に激痛が、島木の左腕に走る。

「こ、これが…抗えぬ呪い、か! だが…」

 島木は念じた。自分に憑く守護霊の力を最大限に引き出すのだ。呪いをかけるのが霊の力なら、呪いを解くのも霊の力。

「はあああ!」

 一瞬、フロアの照明が消えた。心霊現象が起きたのだ。そして痛みに悶えていた島木は、何もなかったかのように立ち上がる。

「北海道の男のようにはいかないか」
「村本君はまだ修行中だった。だが私はそう簡単にはいかんぞ?」
「そうらしいな」

 この戦いを見守る者は誰もいない。異様な雰囲気に一般人は誰もついていけないからだ。
 不意に、大輝が藁人形を島木に向かって投げた。

「何をする?」

 これも作戦か。ならば相手の意図を読み取らなければ負ける。そう感じた直後、島木の足元が、まるで体を宙に投げられたかのようにフラッとした。

「まだ呪いが、残っていたのか!」

 意識を集中させなければいけない中での、この攻撃はかなり効果的であった。左腕の痛みが蘇る。

「うぐ、ぐ!」

 だがここで白旗を上げる島木ではない。自分も作戦を切り替える。守護霊の力を上げるよりも、相手の霊を弱めた方が効果的だと判断した。

「あの男に憑りつく悪霊は…」

 見える。はっきりと。ここで除霊する。そうすれば呪いの力は弱まる。
 パチンと手を合わせ、それを大輝の上に見える霊に向ける。そして念仏を唱える。

「フン。それを待っていた」

 その時、碧が鏡を投げた。それもちょうど島木の姿が自身に跳ね返るように。
 投げられた鏡は、宙に浮いている。その鏡面には島木の姿のみが映り込んでいる。

「何を…」

 する、と言おうとする前に、島木は全てを理解した。

 自分の行動は全て、読まれていたのだ。

 恐ろしいことにこの二人は、島木が除霊してくることを予期し、その態勢に入ると同時に、鏡で跳ね返すことをやってみせた。大輝の行動は、島木の除霊を誘発するためのただの陽動だった。
 除霊は島木の守護霊を見事に成仏させた。

「ああうぉ…」

 喋れないほどの激痛が全身に走る。

「大輝、手加減しろ」
「わかった」

 藁人形を広い釘を少し抜いた。すると島木は少し落ち着いた。

「また喋れなくなる前に教えてもらおう。会合の目的は? お前の役割は何だ? なぜ隠そうとする?」
「い、言うものか…!」
「強めろ」

 今度は大輝は、釘の本数を増やした。

「これでどうだ? ああ?」

 フロア中に響きわたるほどの叫び声が、島木の口から出てきた。

「知りたいのはそれじゃない。大輝、荷物を調べろ。前の男のように、メモしてあるかもしれない」

 ごそごそと荷物を探ると、手帳が出てきた。

「あったぜ。日付は…」

 日時を読み上げる大輝。

「なるほど。それでいい。この男はもう、用済みだ」

 碧は島木に背を向け、歩き出した。

「もっと遊びてえのによ」

 大輝は不満そうな顔をしたが、藁人形を踏みつけることで貯まりそうだったストレスを発散した。島木の悲鳴が再度、こだましたことは言うまでもない。
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