第9話 個人レッスン(創世記)

文字数 2,704文字

「昨日はカインとアベルまで話したから、次はセツね。
 アダムとエバの三男セツ。実質セツが人類の系統として残っていくの。
 セツの子孫にノアが生まれて……」
「ノアの箱舟だ。大洪水の」
「そう、人々が悪に染まったので神様は人類を滅ぼすことにしたの。
 でもノアはいい人だったので生き残らせることにしたの。
 神様はノアに箱舟を創らせてノアの家族と動物を載せたの。
 で、大洪水を起こしてノアの家族以外の人類は滅亡」
「追放されたカインの子孫も死んじゃったんだ」
「そういうことになるわね。
 その後、ノアの子孫は増えていって、バベルという町を作り、塔を建てようとしたの」
「バベルの塔だ」
「その頃はまだ言語は一つだけで、みんなまとまって作業をしていたけど、天まで届くような塔を建てようとした傲慢さから、神様が人々の話す言葉をバラバラにして一緒に作業できなくしたの。
 それでバベルの塔は未完成になったの。
 次にアブラハムね。元々はアブラムという名前だったの。
 アブラムとサライの老夫婦には子供がいなかったの。
 でも神様が、子供が生まれるというお告げをして実際に生まれたの。
 それからアブラムとサライはアブラハムとサラに改名したの。
 アブラハムとサラの子は、実際は次男で、最初の子は女奴隷との子だったの」
「アブラハムは奴隷に手を出したの?」
「これは、サラは自分が高齢で子供ができると思っていなかったので、自分の所有する奴隷に生ませたの。
 当時の価値観では、所有する奴隷の子は所有者の子ということになってたの」
「すごい理屈だな」
「その後の次男は実際にサラが産んだ子なの。サラが90歳の時に出産」
「むちゃくちゃ高齢出産だね」
「この子のイサク」
「英語だとアイザックね」
「イサクにはエサウとヤコブの双子が生まれたの。
 エサウの方が長男だけど、お母さんの策略でお腹が空いたエサウから次男のヤコブが一杯の煮物と引き換えに長子の権利を貰ったの。
 ヤコブはその後も目が不自由になった父イサクに対して、兄エサウに成りすまして祝福を受けたの。
 でもそれがバレてイサクは大激怒。ヤコブは逃げ出すことになったの」
「なんか、話の流れからすると今はヤコブが主人公のような感じだけど、ヤコブ酷くない?」
「まあこれは神様の計画だから仕方ないわね。
 ヤコブは逃げた先でラケルという女性と恋に落ちるの。
 ラケルの父ラバンに『七年働けば結婚を許す』と言われて真面目に働いたの。
 で、七年後、いざ結婚式を挙げてみれば花嫁はラケルではなく、ラケルの姉のレア」
「えっ、何で?」
「父ラバンによれば、姉はまだ嫁いでいなくて、姉より先に妹が結婚することはできないって」
「酷い話だなぁ」
「でも、もう七年働いたらラケルと結婚を許すと言われて、また七年間働いたの」
「あっ、奥さん二人はOKなんだ」
「当時はそうね」
「この話は、この日本神話のコノハナノサクヤヒメみたいだね。
 天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫のニニギノミコトがコノハナノサクヤヒメに求婚したら、姉のイワナガヒメとセットで送られてきた話。
 イワナガヒメは醜かったら送り返しちゃったらしいけど」
「それもまたひどい話ね」
「神話では、イワナガヒメを妻にしておけば岩のように長生きできたらしいよ。それを自ら放棄しちゃったと」
「話を戻すわね。
 ヤコブはその後、兄エサウと仲直りするために家に戻る途中で一人の人に襲われて夜明けまで格闘したの。
 実はその人は天使でヤコブは祝福をもらったの。
 その時に、神に勝った者という意味のイスラエルという名前を与えられたの」
「イスラエルって、イスラエル人とかイスラエルっていう国の名前だよね」
「そう、ヤコブの十二人の息子がイスラエル十二部族の祖となっているの」
「次男の方が長子の権利をもらって一族の祖になるなんて、日本神話の山幸彦と海幸彦の話みたいだね」
「山幸彦? 海幸彦? どんなお話?」
「さっき話に出てきた、天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫のニニギノミコトの子供に兄ホスセリノミコトと弟ホオリノミコトの兄弟がいたんだ。
 兄ホスセリは海で漁をしていて海幸彦と呼ばれて、弟ホオリは山で猟をしていて山幸彦と呼ばれていたんだ。
 ある日、兄弟が仕事場を換えてみようって話になって、弟ホオリは兄ホスセリの釣り針を借りて釣りをしてたんだ。
 でも、大事な釣り針を無くして兄ホスセリは大激怒。
 剣を潰して代わりの釣り針をたくさん作ったけど許してもらえない。
 困っていたら塩椎神(しおつちのかみ)に教えられて、小舟に乗って海の中の海神の宮殿である綿津見神宮(わたつみのかみのみや)へ行くんだ」
「綿津見神宮で釣り針が引っかかった魚を探してもらい無事回収。
 綿津見神(わたつみのかみ)に歓迎されたホオリは、綿津見神の娘である豊玉姫(とよたまひめ)と結婚。
 数年が過ぎると地上が恋しくなって戻ることに。
 その時に潮盈珠(しおみつたま)潮乾珠(しおふるたま)という二つの玉を貰うんだ」
「浦島太郎の玉手箱みたいね」
「潮乾珠は潮を引かせて干ばつさせることができて、潮盈珠は逆に潮を呼び寄せることができるんだ。
 ホオリはその二つの玉で兄ホスセリをこらしめて忠誠を誓わせたんだ」
「確かに、ヤコブが長子の権利をもらった話を連想させるわね」
「その後、海から豊玉姫がやってきてホオリとの子を出産するんだ。
 見ちゃいけないと言われていた出産するところを見たら、豊玉姫がサメの姿になっていて、これが本当の姿だって。
 見られた豊玉姫は子供を置いて海に帰っていったんだ」
「あらあら」
「その子の名前がウガヤフキアエズノミコト。
 ウガヤフキアエズの子供が初代天皇の神武天皇なんだ。
 そして、天皇家は代々継がれていって今の天皇に行きつくと」
「あれ? そうすると、今の天皇の祖先にサメがいるってこと?」
「神話だとよく人間以外の生物と結ばれる話があって『異類婚姻譚(いるいこんいんたん)』っていうんだ。
 神話だからどこまで真実か分からないけど、古事記を全部信じると天皇家の祖先は海洋生物ということになるね。
 関係あるかどうか分からないけど、昭和天皇は海洋生物の話が大好きだったらしいよ」
「日本の天皇も、ヤコブと同じように次男の方が後の一族の祖先になったのね」
「偶然同じ状況になったのか、日本神話に聖書の影響があったのかどうかは分からないけど、似たような話が洋の東西で残っているって面白いね」
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登場人物紹介

細石 巌央(さざれいし いわお)


男子校に通う高校二年生

キリスト教の知識はほとんどない

微妙に日本の昔話に詳しい


後藤 伊吹(ごとう いぶき)


ミッション系スクール【聖ジェルジオ女学園】に通う高校二年生

現在は、細石巌央と魂が入れ替わってる最中


園原 芳愛(そのはら よしあ)


後藤伊吹のルームメイト

困っている人をほっとけない性分

記憶喪失(という設定)の後藤伊吹(中の人は細石巌央)に聖書の内容を教えてくれる

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