第6話 個人レッスン(天地創造)
文字数 2,557文字
「最初から旧約聖書はハードルが高いから新約から読むのをお薦めしたけど、教えるとなるとやっぱり天地創造から始めないとね」
「七日間で世界を作ったっていうやつだね」
ヨシアさんが旧約聖書の最初を開いた。『創世記』だ。
「一日目、神様は『光あれ』と言って光を創りました。
これで昼と夜ができました。
二日目は大空を創りました。
三日目は大地と植物を創りました。
四日目は太陽と月と星を創りました。
五日目は水の生き物と鳥を創りました。
六日目は獣と家畜と這うものを創りました。
それから神様の形をした人間を創りました。
七日目にお休みになりました。
神様は最初に創った人間アダムをエデンの園に置きました。
その頃まだ人間はアダム一人だけだったので、アダムの肋骨 を一本抜いて、アダムのパートナーとして女のエバを創りました」
「アダムとイブじゃないんだ」
「キリスト教ではイブでなくエバと言っているわ。読み方の問題ね」
「そうか、『エヴァンゲリオン』でもアダムとエヴァだったしね」
「エヴァンゲリスト?」
「いや、何でもないです。続けてください」
「昔は解剖学とか発達してなかったから、男性は女性よりも肋骨が一本少ないなんて言われてたりしたのよ。
もちろん迷信だけど」
「エデンの園には善悪を知る木があって、神様はそれを食べることを禁止していました。
でもヘビにそそのかされたエバが善悪を知る木の実を食べてしまったの。
しかもアダムにも食べさせて」
「リンゴじゃないんだ」
「聖書には善悪を知る木の実がリンゴとは書いてないわ。
後世の人が絵画に描くときにリンゴのイメージで描いたんでしょうね。
喉仏のことを英語で "Adam's apple" というけど、これはアダムが善悪を知る木の実を食べるときに喉に詰まらせたからということになってるの。
「へー」
「で、善悪を知るようになった二人は裸なことに気がついて急に恥ずかしくなって、イチジクの葉で隠すようにしたの。
そして、善悪を知る木の実を食べたことを知った神様は罰を与えたの。
原因となったヘビは地を這う生物にされ、女は子供を産んで苦しみを背負うようにされ、快適だったエデンの園を追放されて、人間は自分で食べ物を調達しなければならなくなったの」
「あれ? そうすると、ヘビは最初の段階では地を這う生物じゃなかったんだ。ということは、脚があった!?」
「そういうことになるわね」
「へー、四本足のヘビか。元々トカゲみたいな形だったんかな」
「ちなみに、このヘビの正体はサタンだっていう説もあるわ」
「サタンか……」
ボクは、イブキさんと入れ替わらせたサタンのことを考えながら、『創世記』をパラパラと読んでいた。
「あれ? 第一章では六日目に人間の男女を作ってるよ。
〝生めよ、ふえよ〟って言ってるよ。つまり、もうこの時点で女性が子供を産むようになってる。
そうすると第二章のアダムとエバの話は六日目に起こった出来事なのかな?
それとも、六日目に創った人間とは別に、エデンの園の管理人としてアダムを創ったのかな?」
「キリスト教の教えでは最初の人間はアダムということになっているわ」
「なんか腑に落ちないな……」
「神様の言いつけを守らなかった罪で、アダムとエバはエデンの園を追放されたの。
その後、エバはカインとアベルという男の子を産むの。
カインとアベルは神様への供え物をするんだけど、神様は弟アベルの供え物を喜んで兄カインの供え物は喜ばなかったの。
それが気に入らなかったカインはアベルを殺しちゃうの。
人類最初の殺人事件ね。
アベルを殺した罪により、カインは神様のところを去ることになったの」
「なんとなくヤマトタケルのエピソードを思い出したよ」
「日本神話の?」
「そう。
ヤマトタケルは若い頃は小碓 という名前で、大碓 というお兄さんが居たんだ。
ある日、お父さんである景行 天皇に呼ばれたときにお兄さんが顔を出さなくて『大碓はどこだ』と聞かれたときに殺しちゃったんだよ」
「カインは『弟アベルは、どこにいますか』と聞かれてるわね。既に殺したあとだけど」
「あと、殺す対象が兄と弟で違ってるね」
「洋の東西でも兄弟の確執はあるみたいね」
「あと、ヤマトタケルはそれ以来、景行天皇から疎ましく思われるようになって旅に出されるんだ。
あれ? ここでカインは〝わたしを見付ける人はだれでもわたしを殺すでしょう〟って言ってるよ。
この段階で人類はアダムとエバ、カインしかいないのに、まるで他の人が既にいるよう話をしているよ」
「聖書には書かれていないアダムとエバの子供がたくさん居たのかもしれないわね。
聖書に書かれているアダムとエバの子供はカイン、アベルの他にセツという人が出てくるけど、女の子が生まれたという記述はないの。
でも子孫が増えているから生まれているはずなの。ただ聖書に書かれなかっただけで」
「そうなのかな?
カインはエデンの東に移り住んでから妻がいて、子供もできているみたいだね。
この妻もアダムとエバの子供だったのかな?
それよりも、世界にはアダムとエバ以外の人間もたくさんいて、カインはその人たちのことを恐れていたとか、妻に貰ったとかの方が自然じゃないかな?」
「そんなことはないわ。人類の祖先はアダムとエバよ」
「人類って言っているのはアダムとエバの系統だけで、その他は人類として認められなかった亜人類だったりとか……」
「まあ、なんて恐ろしいことを。でも興味深いわ。そんな発想が出てくるなんて。
イブキさんやっぱり記憶を失ってから別人のようになったのね」
ヨシアさんがボクの頬に手を添えた。
「私、あなたのこともっと知りたいな 」
ヨシアさんがじっとボクの目を見つめる。
顔が近い……。
思わず目を逸らし、聖書の方へ視線を移した。
そこにはこう書いてあった。
〝人はその妻エバを知った 〟
聖書に書かれた『知る』という単語がそのままの意味でないようにボクには思えた。
「七日間で世界を作ったっていうやつだね」
ヨシアさんが旧約聖書の最初を開いた。『創世記』だ。
「一日目、神様は『光あれ』と言って光を創りました。
これで昼と夜ができました。
二日目は大空を創りました。
三日目は大地と植物を創りました。
四日目は太陽と月と星を創りました。
五日目は水の生き物と鳥を創りました。
六日目は獣と家畜と這うものを創りました。
それから神様の形をした人間を創りました。
七日目にお休みになりました。
神様は最初に創った人間アダムをエデンの園に置きました。
その頃まだ人間はアダム一人だけだったので、アダムの
「アダムとイブじゃないんだ」
「キリスト教ではイブでなくエバと言っているわ。読み方の問題ね」
「そうか、『エヴァンゲリオン』でもアダムとエヴァだったしね」
「エヴァンゲリスト?」
「いや、何でもないです。続けてください」
「昔は解剖学とか発達してなかったから、男性は女性よりも肋骨が一本少ないなんて言われてたりしたのよ。
もちろん迷信だけど」
「エデンの園には善悪を知る木があって、神様はそれを食べることを禁止していました。
でもヘビにそそのかされたエバが善悪を知る木の実を食べてしまったの。
しかもアダムにも食べさせて」
「リンゴじゃないんだ」
「聖書には善悪を知る木の実がリンゴとは書いてないわ。
後世の人が絵画に描くときにリンゴのイメージで描いたんでしょうね。
喉仏のことを英語で "Adam's apple" というけど、これはアダムが善悪を知る木の実を食べるときに喉に詰まらせたからということになってるの。
「へー」
「で、善悪を知るようになった二人は裸なことに気がついて急に恥ずかしくなって、イチジクの葉で隠すようにしたの。
そして、善悪を知る木の実を食べたことを知った神様は罰を与えたの。
原因となったヘビは地を這う生物にされ、女は子供を産んで苦しみを背負うようにされ、快適だったエデンの園を追放されて、人間は自分で食べ物を調達しなければならなくなったの」
「あれ? そうすると、ヘビは最初の段階では地を這う生物じゃなかったんだ。ということは、脚があった!?」
「そういうことになるわね」
「へー、四本足のヘビか。元々トカゲみたいな形だったんかな」
「ちなみに、このヘビの正体はサタンだっていう説もあるわ」
「サタンか……」
ボクは、イブキさんと入れ替わらせたサタンのことを考えながら、『創世記』をパラパラと読んでいた。
「あれ? 第一章では六日目に人間の男女を作ってるよ。
〝生めよ、ふえよ〟って言ってるよ。つまり、もうこの時点で女性が子供を産むようになってる。
そうすると第二章のアダムとエバの話は六日目に起こった出来事なのかな?
それとも、六日目に創った人間とは別に、エデンの園の管理人としてアダムを創ったのかな?」
「キリスト教の教えでは最初の人間はアダムということになっているわ」
「なんか腑に落ちないな……」
「神様の言いつけを守らなかった罪で、アダムとエバはエデンの園を追放されたの。
その後、エバはカインとアベルという男の子を産むの。
カインとアベルは神様への供え物をするんだけど、神様は弟アベルの供え物を喜んで兄カインの供え物は喜ばなかったの。
それが気に入らなかったカインはアベルを殺しちゃうの。
人類最初の殺人事件ね。
アベルを殺した罪により、カインは神様のところを去ることになったの」
「なんとなくヤマトタケルのエピソードを思い出したよ」
「日本神話の?」
「そう。
ヤマトタケルは若い頃は
ある日、お父さんである
「カインは『弟アベルは、どこにいますか』と聞かれてるわね。既に殺したあとだけど」
「あと、殺す対象が兄と弟で違ってるね」
「洋の東西でも兄弟の確執はあるみたいね」
「あと、ヤマトタケルはそれ以来、景行天皇から疎ましく思われるようになって旅に出されるんだ。
あれ? ここでカインは〝わたしを見付ける人はだれでもわたしを殺すでしょう〟って言ってるよ。
この段階で人類はアダムとエバ、カインしかいないのに、まるで他の人が既にいるよう話をしているよ」
「聖書には書かれていないアダムとエバの子供がたくさん居たのかもしれないわね。
聖書に書かれているアダムとエバの子供はカイン、アベルの他にセツという人が出てくるけど、女の子が生まれたという記述はないの。
でも子孫が増えているから生まれているはずなの。ただ聖書に書かれなかっただけで」
「そうなのかな?
カインはエデンの東に移り住んでから妻がいて、子供もできているみたいだね。
この妻もアダムとエバの子供だったのかな?
それよりも、世界にはアダムとエバ以外の人間もたくさんいて、カインはその人たちのことを恐れていたとか、妻に貰ったとかの方が自然じゃないかな?」
「そんなことはないわ。人類の祖先はアダムとエバよ」
「人類って言っているのはアダムとエバの系統だけで、その他は人類として認められなかった亜人類だったりとか……」
「まあ、なんて恐ろしいことを。でも興味深いわ。そんな発想が出てくるなんて。
イブキさんやっぱり記憶を失ってから別人のようになったのね」
ヨシアさんがボクの頬に手を添えた。
「私、あなたのこともっと
ヨシアさんがじっとボクの目を見つめる。
顔が近い……。
思わず目を逸らし、聖書の方へ視線を移した。
そこにはこう書いてあった。
〝人はその妻エバを
聖書に書かれた『知る』という単語がそのままの意味でないようにボクには思えた。