第39話 思い出と、公園と、次の旅の始まり

文字数 6,087文字

 最終回という3文字で、思い出した。

 時は少々さかのぼり2023年11月下旬。僕は前作「日々雑記番外地」の最終回のあと、鳥取から帰ることができず、急遽ホテルに泊まり、翌日の予定をキャンセルして山登りをした。鳥取城跡は久松公園内にあり、標高263メートルの山頂から眺望を楽しめるという。



 あれは完全に山である。どうやって登るんだろう。そう思いながら公園内をウロウロして、とりあえず目についた階段を上っていく。



 そのうち登山道入口を見つけ、大きな石を積み上げただけの山道を一歩一歩踏みしめて進む。11月下旬にしては暖かい日で、強い日差しもあって汗がダラダラ流れ始める。



 木の看板で、「二合目」「三合目」「四合目」……。そのカウントを頼りに、とにかく足を上げて登り続けていた。

 「七合目」の看板を過ぎて突然、足が痛み出す。前日、日本海に沿って、あるいは鳥取の街中を計およそ9時間ほど歩いたのだ。まだ疲れが取れていないのに無茶なことをするもんだぜ。

 しかし半分以上は進んでいるわけで、ここから引き返すのはイヤだ。膝がピリピリするだけ、太ももを上げるたびハムストリングスが悲鳴をあげているだけ。山登りしたら帰って、帰ったら何日か寝れば治るっしょ! 大丈夫、大丈夫ゥ!

 そうして山頂に到着した頃には、僕の顔が汗と涙でびしょ濡れになっていた。
 山頂にはすでに何人かの登山客が居て、写真を撮ったり全然関係ない話(たしか仕事の愚痴か何か)をしていた。タオルで顔をわっしわっし拭いて、いったんぐるりと鳥取城天守跡を歩く。







 日本海の手前に鳥取砂丘。昨日、あそこに居たんだよな。すごく広くて迷子になりそうだったのに、ここから眺める砂丘はなんだかちんまりしている。やはり現地に行かないとそのスケール感は分からんものだ。この山だって、遠くからは低山としか思えなかったのに、登ってみたら僕の膝を破壊するわ喉はカラカラになるわ全身汗まみれになるわで大変だった。これが体験ってヤツなんだよな。

 下山時も、痛む左膝を庇っているうちに右膝まで破壊されてしまい、しかも何度か足を滑らせた。そうして鳥取城跡の登山は悲惨なものとなった。景色は最高だったけど。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 なぜこの話を今書いているのか。それは、文字数稼ぎ……ではなく、いやそれもあるけど、その時痛めた両膝が完治していないから。走っても痛い時と痛くない時があって、不思議な状態だ。病院には行ってない。

 さて、この日記は最終回。
 朝7時30分に起きて、庭のサクランボを見る。2本のサクランボは別の品種で、去年それぞれ3つずつくらいの実をつけた。今年はもっとたくさん実をつけてほしいものだ。確か大きな陶器の鉢に植えてから4年目のはず。最初は50センチくらいの木の棒だったのに、いっぱしの木になっているのが感慨深い。



 メダカもたくさん生まれた。たくさん生まれたからどうこうなるものでもないけど、季節が変わったことを教えてくれるありがたい存在。植物も小さな生き物も、ちゃんと生きてるんだ。



 今日は何の予定も無い。そうすると、どれだけ頑張ってここまでの総括をしたとしても、2,000文字程度が関の山である。10万字に達するには5,573文字、なんとかしなければ。ちょっと前に書いた短編「スターティングオーバー from ラ・ラ・グッドバイ」でも5,147文字だ。通勤の時にポチポチポチポチとスマホで書いて2週間かけて、10年前に作った歌の歌詞を貼り付けて5,000文字くらい、日記の1話でそれを超えるなんて厳しすぎる。

 などとパソコンに向かって入力していると、娘のモッさんが起きてきた。午前9時に起きるとか重役出勤すぎるのでは。髪の毛はボサボサ、飲み物を求めリビングを彷徨っている。

「桜でも見に行かないか? 写真が撮りたくてさ」
「えぇー……。日曜日だよ、お休みですよお休み」
「だから行くんだけど。うーん、そうだなぁ……スタバも行くぞ」
「行く!」

 スタバにつられた娘は、ボサボサ髪もとかず、着の身着のままで自転車に跨った。
 僕はランニングで行くことにした。目的地まで4~5キロあるし肩掛けカバンに入れたデジカメが重いけど、まぁなんとかなるでしょ。休みで予定の無い日はどのみち10キロ近く走ってるんだ。

 スタバに早く行きたくて容赦なくスピードを上げる娘について走る。目的の公園へは30分程度で到着。その頃には僕の左膝がピキピキと痛み始めていた。







「すごい、スゴイ! ねぇ桜満開!」

 モッさんは大喜びでスマホを構え、桜風景を撮る。確かに桜は満開で、今日からだんだん散り始めるというグッドタイミングな日に来てしまったみたいだ。桜だけでなく、たくさんの花が咲き誇る遊歩道を歩いて行く。







「あ、テントウムシ」
「どこ?」
「そこ。花の向こう」



 デジカメってすごい。日本をぐるっと周遊した時に持ってたらなぁ、良い写真がたくさん撮れただろうに勿体ないことをしたものだ。次は……ないだろうけど、単発の旅はしていくつもりだから、その時は必ずバッグに忍ばせておこう。まだ行きたい水族館や動物園がある。

 さらに、藤棚に伸びる藤の枝から、つぼみが出ていた。





 これらが5月初旬には大きくなって垂れさがり、夏の始まりを告げるのだ。また撮りに来なきゃ。藤が一面咲く写真はnoteに載せたらいい。……まだnoteを続けていれば、だけど。

 鯉が泳いでいて、近くの屋台で鯉のエサを買えるみたい。もちろんエサを買って、モッさんがばら撒く。ナマズもいる。エサを取り合う姿は徳川園でも見たけれど、やっぱりちょっと引く。なんだろう、エサを吸い込む際の動作も表情も、決してカワイイとは言えない雰囲気があるんだ。鯉は澄んだ池の中を優雅に動く様を見るのが良い。エサをあげたら奴らは獣と化す。



 屋台が立ち並ぶ少しぬかるんだ道を、腹減りなふたりは歩く。ベビーカステラ、生フランク、お好み焼き、串、たこ焼き、どて煮、わたがし、唐揚げ、たません、焼きそば、イカ焼き、チョコバナナ、フルーツ飴、かき氷。午前10時30分、ふたりとも朝食抜きゆえ、食べ物や調理の放つ匂いのせいで徐々に屋台へと引き寄せられていく。

「あ、たしは……トルネート……ポテト、がいい……」
「で、ではオイラは……、唐揚げ……」



 空きっ腹に唐揚げの油が広がっていく。あぁー、この先でビールも売ってるなぁ。冷やしビール、ビール……。

「ダメだよ。明日は平日でしょ」

 やはり許されないか。アルコールを摂取してよいのは基本、翌日がお休みの日だけって約束なのだ。しかたネェ我慢すっぜ。【トルネードポテト500円・唐揚げ500円】

 僕は唐揚げを食べ終え、モッさんもトルネートポテトを平らげ、公園内にゴミ箱が無いことに気付く。ビニール袋は持っていない。さてどうしようか。

「コンビニか、スタバのゴミ箱に入れちゃダメかなぁ」
「ダメ。家に持って帰るよ」

 警察官を目指す娘はこういう時やたらと厳しい。まぁ、竹串をバキバキに折ってカップに入れて潰して持っていくか。……竹串硬っ!

 ともあれスターバックスへ。店内は案外空いていて、ゆったりできそうだ。
 コーヒーをまったく飲めないモッさんはマンゴーパッションティーフラペチーノを、僕はダークモカチップフラペチーノを注文した。提供を待っている間に娘が聞いてくる。

「フラペチーノって何だっけ」
「なぜ頼んでから聞くんだ。ええと、コーヒーとか果汁を氷とともに細かく砕いたフローズン状のもので、スタバ語なんだってさ。要はシェイクみたいなやつ? かな」
「お腹が冷えるじゃん」
「じゃあなんで頼んだ」
「おいしそうだったから」

 ……。よし、何も話してない。何も話していないぞ。
 【スターバックス ダークモカチップフラペチーノ541円・マンゴーパッションティーフラペチーノ528円】



 トールサイズでもかなり多い。持ち帰りにしたら良かった、なんて後悔してももう遅い。店内はエアコンが効き過ぎなくらい効いてて若干寒い、そこでさらにフローズンなフラペチーノを飲めば……うまっ。喉が渇いていて、さらに唐揚げで口の中が油っぽい状態からの爽やかフラペチーノ、最高だ。だがお腹は格段に冷えてしまう。まぁ、まだ帰りも走るんだから、いっかな。

 お腹が冷えないよう、ゆっっっくり飲むモッさんを待つ間、店の外を眺める。花見客でごった返しており、人、ヒト、ひと。別に他人に興味があるわけじゃない。僕は今日このあと何をしようか考えていた。帰ったら布団を干して、洗濯物をして、……そろそろ庭の空いた鉢に野菜か何か植えたいな。それより今日の出来事だけで5,000文字も日記を書けるだろうか。あと何か他にもやりたいこと、やりたいことは……。

 ようやくマンゴーなんちゃらを飲み終わったモッさん。

「なぁ、帰りはお前、走ったらどうだ」
「エッ? イヤですけど。飲んだばっかなのに」
「それはこっちも同じだよ。運動不足だろ」
「昨日運動した。今日はお休み」

 帰りもランニングだ。スピードをそれほど落とさず自転車で走りゆく娘を追いかけるようにして、左膝を庇いながら足を前に出し続ける。

「パパ、走り方ヘンじゃない?」
「膝が痛いんだよなぁ」
「なんか、だいぶ前から言ってるような気がするけど」
「そうそう、ずっと痛いんだ」
「病院行け」

 厳しい言葉。僕は病院が嫌いだ。3か月に1回の歯医者ですらめちゃくちゃ嫌なのに、もし膝の治療に通院が必要だとかなったら毎日凹んだまま暮らすことになる。なんとかスーパー銭湯の薬草風呂で治らんもんかな。もしくは各地の神社を参詣したことで不思議な力が働いて、なんてことあるわけないか。とにかく病院はイヤだ。

 途中でホームセンターに寄り、売っている花を見た。そうだ、いつもこのくらいの時期にミニトマトを植えるんだ。それで夏になるとガンガン実が出来て、ちょっと皮が分厚いけどフレッシュなミニトマトを食べてる。庭で出来たと思うだけで市販のミニトマトよりちょっと美味しい。今年も植えてみるか。

 しかし土も一緒に買わなきゃなので、いったん家へ戻ってから出直すことにした。
 そして、僕はホームセンターから出る際、娘の自転車を奪い逃げ去るのであった。

「待てぇぇぇぇぇえええ!!」

 かくしてホームセンターから1キロほど、娘は走ることとなった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 家に戻って昼食を取り、撮った写真を整理して、独りでホームセンターへ向かった。

 ミニトマトは確定として、あとナスやピーマンも育成候補となる。ピーマンやトウガラシは育てて食べたことがあり、小さいけれど鉢植えでもそこそこ収穫できることを知っている。ナスは一度もないから、挑戦してもいいな。キャベツやレタスなど甘みのある葉物は、青虫の餌食になるから無理だ。僕は農家じゃないので、毎日面倒を見るなんてことはしないから。農薬も使わないし、最初に肥料とともに植えたなりで放っておく人なのだ。それでも育つものは育つし、ブルーベリーみたいに何度も育成失敗して枯らしてしまったものもある。

 とりあえずミニトマトを2株、トマト用の培養土と一緒に買った。また他の鉢が空いたらナスに挑戦してみよう。ナスの天ぷら、おひたし、焼きナス。きっと美味いぞ。
 【トマトの培養土25L 767円・ミニトマトシュガープラム327円・カゴメこあまちゃん382円】



 鉢にトマト用培養土を詰め、それぞれにミニトマト株を植えた。シュガープラムは大きくて安定しているが、こあまちゃんは放っておくと倒れてしまいそうなので細い支柱を立ててあげた。

 よっし。なんか膝の調子が良くなってきたから、もう一度ランニングだ。
 デジカメも持って行って、最後にもう少し道端の花でも撮って終わりにしよう。

 田舎の田んぼ道や畦道を走り、橋を渡り、堤防沿いを走る。さすがに雑草しか生えてないけど、とりあえずパシャパシャ撮った。







 走りながら、この日記のことを考えていた。
 別名義で小説を2つ書いて、それが終わってすぐにまた次の小説を書き始めたけれど、急に冷めたというか小説を書くことが少し面倒くさくなった。僕にとって、小説を書くことは趣味の一つでしかない。だから面倒なら書かなきゃいい。それで、もうこの名義で書いたものも別名義で書いたものも全部消そうかなって思いながら、前作の「日々雑記番外地」を読んでいた。
 前作の最終回のサブタイトルを「旅の終わり」としたけれど、本当に旅は終わったのかな。今の状況でも旅はできるんじゃないかな。そもそも旅って何なんだ。そんなことを考えていて、じゃあもう一回エッセイもどきを書いてみようって。だからこの日記を書き始めた。これを途中でやめるなら、もう小説を書くこと自体やめよう。そう決めていた。

 それで、他の人がオンラインで書いてる日記を読んでみようとして、noteのことを知った。幾つかの記事を読んで、自分もnoteで書いてみたいなと思ってnoteのアカウントを同じ名義で作り、日記や短編をアップしてみた。

 実はもうnoteには飽きてるんだけど、それでもこの日記を書く推進力にはなってくれたので感謝しているし、今後も(多分)週イチくらいで更新していくつもりだ。

※2024/4/11追記:noteについて、検索やハッシュタグからの閲覧に慣れたら面白くなりまして……他の方の記事を読んで、毎日のように記事をアップしています。飽きたとか失礼しました。まぁ、あんまり読まれてなくてスキ返しばっかりですケド。しばらく続けようと思います。



 喉が渇いたので、セブンイレブンのアイスカフェオレを買った。セブンイレブンのコーヒーマシンを使うのは初めてで、店員さんにどのマシンを使えば良いのか質問してしまった。マシン自体は画面をワンタップするだけの簡単操作。そしてカフェオレうっま。
 【セブンイレブンのアイスカフェオレ300円】
 【本日の出費 計3,845円】

 今日これを書き終えたら、来週はちょっと休んで、そのあと「明日もきっとイマイチ」の続きを書こうと思う。その次は「虹ノ像」。で、GWには別名義の方の小説の続きかな。そんな上手くいくでしょうかね。

 日常を旅とする、そういうテーマでこの雑記を書いてきた。前みたいに日本全国を周るのではなく、普段の生活プラスちょっとした日帰り旅なんかだけでも、こうして書き続けることができた。だからもう日記やエッセイが苦手なんて思わない。

 終わらない、これからも続いていく日常という旅の中で、明日はどんな新しい出来事が、発見が待っているのだろう。どんな美味しいものを食べて、何をこの目に映すのだろう。

 いつかまた、これが僕の「旅」なんだって、自信をもって言える日が来るといいな。

 そんなことを考えながら家に戻ると、モッさんが廊下を足早に歩いてきた。
 桜満開の笑顔である。

「中日、3タテしたよ! 12年ぶりの3試合連続完封勝利だって!!」
「ほぇー、すっごい」

 〈了〉
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