第9話 シャトンブリアン、のち徳川園

文字数 2,806文字

 竜党である娘のモッさんと一緒に名古屋ツインタワーの金時計を訪れた。マスコットキャラのドアラが磔にされているとのこと。ハリツケって穏やかじゃないし、マスコットキャラだぞ。



「これハリツケちゃうで」
「だってX(旧Twitter)のポストだと磔に見えたんだもん」

 まぁともかく見たいものは見たということで、地下鉄へ。

 地下鉄名城線、大曽根駅で降りて、南へ向かい歩き徳川美術館を目指す。
 ……が、途中のとんかつ屋で腹ごしらえだ。

 11時ちょっと過ぎに店へ入り、数量限定という文字につられて「シャトンブリアン定食」なるものを注文した。シャトーブリアンではなくシャトンブリアン。メニューには、豚1頭から2人前分しか取れない希少部位を使用しています、ロゼでお楽しみください、と書かれていた。

 ロゼって何だと調べてみる。フランス語でバラ色を指し、ピンク色の例えとしても使われるようだ。低温調理、肉にじっくり火を通す料理でよく使われる表現らしく、それゆえ調理には時間がかかるみたい。

 モッさんも同じくシャトンブリアン定食を選択。本日、家を出る前にクチコミやX(旧Twitter)で徳川美術館周辺の食事処を調べていた。この定食の画像を見た瞬間、ふたりの総意にて昼食はココに決まったのだ。
 そして超・超ウマそうな定食がテーブルに置かれるゴクリ。



「こちらはカラシ、ワサビ、西洋ワサビ、塩、胡麻ソース、とんかつソースです。お好きなものを付けてお召し上がりください」

 と店員さんは言って去る。これは、色んな楽しみ方ができるというわけか。オイラなんだかワックワクしてきたぞ。とりあえず何も付けずにパックン。ジューシーでハッキリと溢れ出る豚の味、それでいて分厚い肉は……。

「これさ、やわらかさを例えるなら、何だろ」
「うーん、そうだなぁ……。赤ちゃんでも噛み切れる?」

 歯が無くても噛み切れそうな程に柔らかい。大きなカツのかたまりを半分ちぎり食べ、半分は白っぽい西洋ワサビを乗せて、少し塩もつけていただく。

「うっっマ! あふれる肉汁が塩とワサビで……ウッま!」
「ワサビ、キツイ?」
「全然。めちゃくちゃ味が変わるぞ。良い方に」
「ふぅーん……」

 モッさんは緑のワサビと西洋ワサビを少しずつ箸で取り、肉に擦り付け、ひと切れのカツを口にお迎えする。噛みついて半分近くを削る。ゆっくり咀嚼すると、次第に表情が晴れやかになっていく。

「何これウマッ! 美味い! これが、とんかつ……?」

 おおむね同じ感想だ。ひと口目で神店舗と決定した。これがまだ五切れもあるんやでぇ。どないせぇっちゅうねん。ソースにつける? カラシはどうだ? いっそのこと全部混ぜてみるか?

 合間にパリッとした漬物をはさむ。鰹節の風味も合わさって、こちらもご飯をススメてくれる。ご飯が割と多めで助かった。味噌汁もしっかり出汁を取っている味だ。定番の構成なのに、薬味の多さと副菜・味噌汁の高品質感で満足度がぐんぐん上昇していく。

 僕は食べるのが早い。それは美味いものでも変わらなくて、六切れのとんかつを食べ終わった時まだモッさんの盆には四切れのカツが残っていた。

「食べ切れないなら、もらってやろうか?」
「……すぞ。矯正器具が着いてるから、そんな早く食べられないんだよ」
「そっか。じゃ、ゆっくり食べて」
「言われなくてもそうするけど」

 いやはやしかし、ロゼで楽しむシャトンブリアン。凄いとんかつであった。こういう時いつも思うことがある。店内を見渡しながら。

「ウチの近くに来ないかなぁ」
「来るわけないじゃん。ウチの近くにあるのはチェーン店だけだって」
「田舎じゃ本格料理は無理か。都会はエエな……」

 ゆっくり、ゆっくりカツを食べて、モッさんはなぜかご飯をかなり残しており、最後に味噌汁とともにかき込んでいた。ご飯も味噌汁も平らげてから、最後にひと切れ残してあったカツをバクゥっと丸ごと口の中へ放り込む。

「なんちゅう順番。ちょっとずつ、バランス良く食べないのか」
「モグ……ほえはへはぁほ。モグモグ」

 これはデザート。そう言っているようだ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 風味絶佳のとんかつを腹に入れたあとは、再び徳川美術館を目指す。なぁんて、歩き始めたらすぐ傍に徳川園があった。街の中にあるわりに大きな龍仙湖、落差6メートルもある大曽根の滝、檜造りの大きな木橋である虎仙橋など、美しい景観を持つ日本庭園だ。園の入り口で美術館との共通券を購入する。モッさんは学生証を持って来なかったけど、高校生だと信じてもらえて割引を受けられた。



 園に入ってすぐ、鯉の餌が100円で売っていた。ポストに百円玉を投入して、棚の中の餌入りカップをひとつ取る。

「これ、やったことある?」
「小学生の時に、一回あげたかな。どっかで」

 小学生っていうと、僕と一緒に暮らしてなかった頃だな。

「じゃあ、お先にどうぞ。僕は旅で何回か鯉やらアザラシやらにあげたから」
「肝心のコイはどこ?」



 龍仙湖のほとり、石段を降りた所に鯉の群集ができていた。餌のカップを持つ者を見つけた奴らは一気に押し寄せる。石段の最下部と湖の水面が近くて、鯉が今にも飛びかかって来そうなくらい間近に見られる。ド迫力だし、ドアップで見るとコイって結構怖い顔をしている。目がギョロギョロ、クチはまん丸に開いて、頭をしきりに振って少しでもエサに近付こうと躍起になっているのだ。



 こんなに鯉と近付いたのは初めてで、指を出したら吸われて持っていかれそう。モッさんも撒いた餌に勢いよく群がる20匹ほどの鯉たちに少し引いていた。どっかのおっさんが新しめのカメラで餌の奪い合いを撮りながら「えっぐ……」と呟く。決して綺麗や素敵とは言えない光景。でも面白くって、僕もモッさんもずっと笑っていた。

 以下、ズラズラっと園内の写真を載せておきます。













 僕はちょっと前にした旅で、日本三名園「兼六園」「岡山後楽園」「偕楽園」を全て訪れていた。梅や桜の木がすごく寂しい夏から秋にかけて。けれど春待つ季節の本日は、綺麗な梅の花をたくさん観ることができた。季節が変われば庭園もその季節ならではの景色を見せてくれる。旅は続いてる。まだまだ続いていくんだって、そう思わせてくれた。

 園を出て、蓬左文庫という尾張徳川家の駿河御譲本等を所蔵する建物へ立ち寄る。建物の前に、一本の早咲き桜があった。満開だ。



「この一本だけっていうの、風流だね。こんな早く咲く桜があるんだぁ」



 モッさんも花を大写しで撮影していた。目の高さに満開の桜がある。かなりの迫力だ。いい時期に来たと思う。この桜、一週間後には散っているのだろうか。

 蓬左文庫に入ると続日本紀などの古い資料が陳列されていた。奥には資料閲覧室というか図書室のような空間があって、そこはちょいと入りにくい雰囲気だったのでススッと撤退。ココはそこそこにして徳川美術館へ向かう……。
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