ひるがえす、袖

文字数 669文字

鴨居に掛けた喪服の陰が、畳の上に長く伸びている。



義母が死んだ。



玲子が押し入れから喪服を出したのは、祖父の葬式以来だから10年はたっている。

クリーニングに出さずに、葬式が終わったら捨ててしまおう。

そう思い、玲子は埃を払いもしなかった。



義父は背中を丸めてダイニングの椅子に座っている。

喪主は義父になるのだが、実際の采配は玲子の夫がふるっていた。



「お義父さん、そろそろ着替えないと……」



義父が着る服は玲子が用意した。義父はそういったことをしたことがない人だ。

自室に移る義父を見送り、玲子も着替えのために夫婦の寝室に戻った。



玲子の喪服は実家の祖父の葬式用に買ったものだ。

若い頃、実母に買ってもらった和服は持っていたのだが、

家紋入りの喪服は婚家の葬儀で着るものだという母の言で、洋装の喪服にしたのだった。





押し入れに和服は入っている。

着付けもできる。

けれど玲子は洋装の喪服を着る。





義母の死に顔はとても醜かった。

生前、玲子を怒鳴り付けた時と同じ顔をしていた。

それは義父も夫も知らない顔。

玲子だけが見ていた。

どんなに化粧しても品性のかけらも、その顔に現せないと玲子は思う。

下品な死に顔。

その顔のために、私の家紋を穢したりしない。

そう心に決めたのだ。



義父に渡したのは濃いグレーの背広。夫には濃紺のスーツを着せた。

どちらもパッと見、黒に見える。

義母のために喪服を洗ったりなどしないと決めていた。

どんなに洗っても、義母の醜さは清くなどならないのだから。



玲子は薄く微笑んで、埃だらけの黒いワンピースに袖を通した。



その笑顔は醜く歪み、義母の死に顔にそっくりだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み