第78話 メイポールダンス

文字数 1,409文字

 メイは体育祭が憂鬱で仕方がなかった。出来ることなら、なんとか休んでしまいたい。けれどそんなわけにはいかなかった。

 聖花女子高等学校の体育祭には保護者だけではなく近隣の、あるいはわざわざ遠方からも、見学者がやって来る。体育祭の目玉、メイポールダンスを目当てに。

  メイポールダンスは、大正時代から続く聖花女子高等学校の伝統行事である。
 3メートルほどの高さの杉の丸木に結ばれた色とりどりのリボン。
 白いドレスに身を包んだ十二人の少女たちがリボンを一本ずつ持ち、右に左にステップを踏む。
 一人が掲げたリボンの下をもう一人が潜ったり、背中合わせにリボンを交換したりと、複雑なステップを踏みながらリボンを編み上げていくものだ。メイは、その踊り手に選ばれていた。

 メイの両脇に立つのは、よりによってルリとランだった。
 右にステップを踏み、ルリのリボンの下をくぐる。ルリはメイを睨みつけて通りすぎる。ルリがメイのリボンの下をくぐり元の位置に戻る。

 左にステップを踏み、ランのリボンの下をくぐる。ランはメイに優しく微笑みかけて通りすぎる。ランがメイのリボンの下をくぐり元の位置に戻る。

 それが延々繰り返される。メイは泣きそうになる。ステップを踏むたびに時間が、三人の関係が、元に戻ればいいのに。

 ルリとランは高校に入って一番に出来た友達だった。なかなかクラスになじめないメイを二人は仲間に入れてくれた。それからは何をするのも三人一緒だった。ランがメイに告白する、その時までは。

 リボンは杉の木の上、三分の一ほどまで編み上げられた。少女たちは隣の子と手を繋ぎ木の周りを回り始める。ルリの爪がメイの手に突き刺さる。ランがメイの手を優しく包む。
 ランの気持ちを知ったルリは途端に二人から距離を置くようになった。遠くからメイを睨みつける。ランはメイだけを見つめていて、ルリの視線に気づくことはなかった。三人は次第に離れていった。

 ステップはいよいよ複雑になり、繋いでいた手は離された。メイはほっと息を吐き自由になった手でリボンをぎゅっと握る。

 音楽がゆっくりしたリズムになり、少女たちのステップが徐々に収束に向かっていく。
 ゆっくりゆっくりと音楽が鳴りやんで、リボンは編み上がった。赤、青、黄色、その他さまざまな色が複雑に絡み合う模様を見上げて、メイはこのポールは自分の気持ちのようだと思う。

「メイ」

 ルリが背中から声をかけた。

「全部あんたのせいだからね。アタシたちがバラバラになったのは」

「メイ」

 ランが隣に寄り添う。

「私、あなたに会えてよかった。いつまでもそばにいたいの」

 ああ、ポールに絡まったリボンをほどきたい。ステップを逆回しにして、すべてを最初にもどせたら。

 けれどダンスは終わってしまった。編み上がった模様はポールと一緒に燃やされて、灰になったらおしまいだ。
 キャンプファイヤーのように焚かれたポールを見つめながら、メイは静かにステップを繰り返す。

 右に三歩、くるりと回って、左に三歩。リボンをくぐって。
 ラン、ルリ、ラン、ルリ。二人とも大好きな友だち。

 左に三歩、くるりと回って、右に三歩。リボンをくぐって。
 私を好きな、私を嫌いな、二人の友だち。

 メイポールダンスのステップはいつまでも、くるくるとポールの周りを回り続けるのだ。どこにも行けないまま、複雑に、かろやかに、色鮮やかに。
 メイはいつまでも一人、ダンスを続けた
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