影を写して

文字数 847文字

美術室のドアを開けると、部長が窓から外を見てスケッチしていた。
アタシは邪魔しないように音がしないように、そっとドアを閉め、部長の後ろをすり抜けて自分のスケッチブックを取りに行った。

美術部員は名簿上だけは20人以上いるのだけれど、ほとんどが幽霊部員で、毎日まいにち活動しているのは部長とアタシ、二人だけだった。

それはとっても好都合で。
今日もアタシは部長の背中をスケッチする。
肩幅が広くて肩甲骨が目立つ背中を。
スケッチブックにはもう何十人もの部長の背中が並んでいるというのに。
軽くため息がもれた。

アタシが一枚のスケッチを仕上げ終わっても、部長はまだ描き続けていて。いったい何を描いているのか、肩越しに覗いてみた。

「かげ?」

思わず漏らした声に、部長がチラリと視線をアタシの方に投げる。
視線があって慌てたアタシは思わず顔を伏せ、部長のスケッチブックに集中するフリをする。

「そう。夏のかげ。」

紙の上には、校庭で駆け回っている生徒たちのかげだけが描いてあった。
ただ、かげだけなのに、夏の暑さが立ち上るようだった。
首をかしげ、不思議な影絵について考え込むアタシに、部長が解説をくれた。

「かげってのは黒じゃない。蛍光灯のかげは青みがかってる。秋は木漏れ日を吸い込んで金色に輝く。夏のかげは灼熱の炎のように赤い」

そう聞いてから見ると、紙の上に木炭で描かれた黒一色に見えていたかげに色彩を感じた。
かげろうがたつ時のムッとする湿気さえ感じた気がする。

「すごいなあ。部長の目から見た世界は、そんなに豊かなんですね。アタシにはその景色、見えそうもありません」

「俺もお前がいつも描いてるものは絶対見られないな」

いつもアタシが描いてるもの?
一瞬、なんのことかわからなかったけれど、
突然、血液が頭のてっぺんまでかけ上って顔がカッとほてった。
アタシは慌てて、スケッチブックを背中に隠す。

「今日は早じまいするか」

部長が木炭を置き、振り向いて言った。

「たまには一緒に帰るか?」

アタシの顔はきっと夏色に染まってる。
暑い暑い、夏の色に。
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