第19話 私にできる精一杯のこと
文字数 1,627文字
……人族より頭が悪い……か?
ファブリスの予想外の返答に驚いたのか、セリアは目を丸くして明るい笑い声を上げた。
……違うわ、ファブリスったら。それは教育を受けている魔族が人族と違って絶対的に少ないだけの話なのだから。決して魔族の頭が悪いわけではないのよ。
……ふん、そんなもんかね。
……あ、またそんな捻くれた顔をして。あなたたち魔族は、私たち人族に対して劣等感を持つ必要なんてないんだからね。
セリアはそう言うと背伸びをして、頭ひとつ半は高いファブリスの頬を両手で挟み込んで引き寄せた。そして小声で言ったのだった。
……魔族に劣等感を敢えて持たせたのは私たち人族。その方があなたたち魔族を支配するのに都合がよかっただけよ。こんなことを第一皇子のアズラルトに聞かれたら怒られるけどね。
両手で引き寄せられた自分の顔とセリアの顔が思いの他に近くて、両手の温もりもあってかファブリスの顔が少し上気する。セリアはそれに構うことはなく、ファブリスの赤い瞳を凝視した。
……人族と魔族に違いなんてどこにもないのよ。あるのは瞳の色だけなんだから。それすらも互いの血が交われば、その違いがなくなってしまうぐらいの不確かなものなのよ。
そう言ってセリアは微笑んだ。
セリア。人族、魔族を分け隔てなく接していた人族の娘。それを貴様らは……。
ファブリスの口に苦い味が広がっていく。
そこまで考えたところでファブリスの意識は現実に戻った。
やはりエルと会って以来、昔のことを思い出すようになったと改めてファブリスは感じていた。
エルたちに意識を戻すと、奴隷と思しき二人の子供は道の端で焼き菓子を頬張っていた。その横では、エルがどこか悲しそうな顔で子供たちを見守っている。
やがて、二言、三言と互いに言葉を交わすと、二人の子供はエルに頭を下げて何度も手を振りながら雑踏の中に消えて行く。
ファブリスはそんなエルの背後に近づくと口を開いた。
「……偽善か?」
声をかけられたエルは驚いた顔で背後のファブリスを振り返った。振り返ったエルの赤い瞳が丸くなっている。
驚いた時の顔。そんな顔も、顔の作り自体は全く違うのに、雰囲気がセシリアと何故か似ているとファブリスは思う。
「……偽善か?」
ファブリスはもう一度同じ言葉を繰り返した。
「そうですね。きっと自己満足だと思います。でも、そんな言い方はしないで下さい。今、私にできる精一杯のことですから」
……私にできる精一杯のこと。
言うことまで似ているな。そんなエルに少しの苛立ちを覚えて、ファブリスは腹の中で舌打ちをする。
……邪神に苦しめられている人族や魔族を私は助けたいの。でも私には邪神を封じる力なんてないわ。だから、私にできる精一杯のことをするだけ。
ファブリスの中でセリアの言葉が鮮やかに蘇る。
「それに、私はファブリスさんのお金を勝手に使っただけですから」
そう言ってエルは屈託なく笑った。
ファブリスはそんなエルから視線を逸らした。自分の心がざわつくのを感じていた。何をもって心がざわつき、そして動かされているのか、ファブリスは自分でもそれを掴みかねていた。
そんなファブリスを見てエルは不思議そうな顔をして見せた。それを取り繕うようにしてファブリスは口を開いた。
「お前が心を痛めたところで何も変わらない。ここで焼き菓子を与えたところで何も変わらない。あいつらはこれからも奴隷のままで、この先もあいつらには不幸しか待っていない」
「そうかもしれない。いえ、きっとそうなのだと思う。だけれども、それでも何もしないよりかは……ですよ」
エルは少しだけ寂しげに微笑んで言葉をつづけた。
「誰でもすぐに殺しちゃおうとするファブリスさんには、分からないでしょうけどね」
エルはそう言って鼻に皺を寄せるとファブリスに、いーっといった顔をしてみせた。その顔に面食らった様子のファブリスを見て、エルは満足したような笑い声を上げたのだった。
ファブリスの予想外の返答に驚いたのか、セリアは目を丸くして明るい笑い声を上げた。
……違うわ、ファブリスったら。それは教育を受けている魔族が人族と違って絶対的に少ないだけの話なのだから。決して魔族の頭が悪いわけではないのよ。
……ふん、そんなもんかね。
……あ、またそんな捻くれた顔をして。あなたたち魔族は、私たち人族に対して劣等感を持つ必要なんてないんだからね。
セリアはそう言うと背伸びをして、頭ひとつ半は高いファブリスの頬を両手で挟み込んで引き寄せた。そして小声で言ったのだった。
……魔族に劣等感を敢えて持たせたのは私たち人族。その方があなたたち魔族を支配するのに都合がよかっただけよ。こんなことを第一皇子のアズラルトに聞かれたら怒られるけどね。
両手で引き寄せられた自分の顔とセリアの顔が思いの他に近くて、両手の温もりもあってかファブリスの顔が少し上気する。セリアはそれに構うことはなく、ファブリスの赤い瞳を凝視した。
……人族と魔族に違いなんてどこにもないのよ。あるのは瞳の色だけなんだから。それすらも互いの血が交われば、その違いがなくなってしまうぐらいの不確かなものなのよ。
そう言ってセリアは微笑んだ。
セリア。人族、魔族を分け隔てなく接していた人族の娘。それを貴様らは……。
ファブリスの口に苦い味が広がっていく。
そこまで考えたところでファブリスの意識は現実に戻った。
やはりエルと会って以来、昔のことを思い出すようになったと改めてファブリスは感じていた。
エルたちに意識を戻すと、奴隷と思しき二人の子供は道の端で焼き菓子を頬張っていた。その横では、エルがどこか悲しそうな顔で子供たちを見守っている。
やがて、二言、三言と互いに言葉を交わすと、二人の子供はエルに頭を下げて何度も手を振りながら雑踏の中に消えて行く。
ファブリスはそんなエルの背後に近づくと口を開いた。
「……偽善か?」
声をかけられたエルは驚いた顔で背後のファブリスを振り返った。振り返ったエルの赤い瞳が丸くなっている。
驚いた時の顔。そんな顔も、顔の作り自体は全く違うのに、雰囲気がセシリアと何故か似ているとファブリスは思う。
「……偽善か?」
ファブリスはもう一度同じ言葉を繰り返した。
「そうですね。きっと自己満足だと思います。でも、そんな言い方はしないで下さい。今、私にできる精一杯のことですから」
……私にできる精一杯のこと。
言うことまで似ているな。そんなエルに少しの苛立ちを覚えて、ファブリスは腹の中で舌打ちをする。
……邪神に苦しめられている人族や魔族を私は助けたいの。でも私には邪神を封じる力なんてないわ。だから、私にできる精一杯のことをするだけ。
ファブリスの中でセリアの言葉が鮮やかに蘇る。
「それに、私はファブリスさんのお金を勝手に使っただけですから」
そう言ってエルは屈託なく笑った。
ファブリスはそんなエルから視線を逸らした。自分の心がざわつくのを感じていた。何をもって心がざわつき、そして動かされているのか、ファブリスは自分でもそれを掴みかねていた。
そんなファブリスを見てエルは不思議そうな顔をして見せた。それを取り繕うようにしてファブリスは口を開いた。
「お前が心を痛めたところで何も変わらない。ここで焼き菓子を与えたところで何も変わらない。あいつらはこれからも奴隷のままで、この先もあいつらには不幸しか待っていない」
「そうかもしれない。いえ、きっとそうなのだと思う。だけれども、それでも何もしないよりかは……ですよ」
エルは少しだけ寂しげに微笑んで言葉をつづけた。
「誰でもすぐに殺しちゃおうとするファブリスさんには、分からないでしょうけどね」
エルはそう言って鼻に皺を寄せるとファブリスに、いーっといった顔をしてみせた。その顔に面食らった様子のファブリスを見て、エルは満足したような笑い声を上げたのだった。