第39話 上空から響く声

文字数 1,613文字

 ガルディスが魔道兵器と呼んでいた人型の物体。その五体がファブリスを目掛けて一斉に動き始めた。しかし、その動きは緩慢でお世辞にも速いとは言えないものだった。

 ファブリスは片手の大剣を構えると背後にいるマーサに声をかけた。

「こいつらは俺が相手をする。マーサは残った騎士団の牽制だ」

 魔獣へと変化を遂げているマーサは了解とばかりに、銀色の毛並みを震わせながら短く一声だけ吠える。

 剣が通用しない。ガルディスの言葉が蘇った。通用するのかしないのかは試してみるまで。そう結論づけたファブリスの中でエルのことが不意に思い出された。

 あの赤毛の娘は巻き込まれないような所にいるのだろうか。ファブリスはそんなことがふと気になっていた。このような場面で何故、自分がエルの身を案じているのか。ファブリスは自身でも理解できなかった。同時にそんなことを思う自分に少しだけ狼狽するような感情も生まれる。

 マーサはといえば、意を決したように迫り来る騎士団たちへと向かって行く。統率が取れていない様に見えるあの騎士団であれば、マーサが遅れをとることはないだろうと思う。

 エルのことだけではなかった。マーサのことにしてもそうだった……。
 あの時から自分が他者を気にすることなどなかったはずだった。
 やはり自分の中で何かが変わりつつあるのだろうか。それが何なのか、どういうことなのかはファブリス自身にも分からない感情だった。

 そんな思いを飲み込んで改めてファブリスは迫りくる五体の魔道兵器と対峙する。
 最初こそ緩慢な動きに思えた魔道兵器だったが、対峙したファブリスに向かって繰り出した拳の速度は兵器と呼ぶに相応しい速さだった。

 魔道兵器が放ってきた拳をファブリスは身を翻して躱す。拳は地響きと共にそれまでファブリスがいた石畳にめり込んだ。

 ファブリスはまるで他人事のように大した威力だと単純に思う。まともに受け止めれば、人の体などは原型を留めていられないだろう。

 石畳にめり込んだ拳を引き抜こうとする魔道兵器の太い腕。その太い腕を目掛けてファブリスは片手で握っている大剣を上段から振り下ろした。

 だが、大剣があっさりと弾かれた。硬いというよりも、それ以前に斬れる気がしない。
 
 ……面倒だな。
 右腕の鈍い痺れを感じながらファブリスが音を立てて舌打ちをした時、左手から他の魔道兵器がファブリスを押し潰すかのように両手を広げて襲ってきた。
 ファブリスは石畳の上に身を投げて、それを躱す。

「苛つくわね。剣なんて通用しないのよ。さっさとぺしゃんこになって、血も内臓も撒き散らしなさいよ」

 マルヴィナが言葉の通り、苛ついた声を上げていた。

 斬れないと言うのであれば……。
 ファブリスは石畳にめり込んだ拳を引き抜こうと、未だにもがいている一体の魔道兵器に赤い瞳を向けた。

 拳を引き抜こうともがいている魔道兵器にファブリスは素早く近寄る。そして大剣の刃ではなく、幅が広い側面で魔道兵器の頭部を殴りつけた。

 鈍い衝撃がファブリスの右腕に伝わると同時に、魔道兵器の頭部らしきものが千切れ飛んでいく。

「……とんでもない馬鹿力ね。邪神の力って肉体派なのかしら?」

 それを見てマルヴィナが呆れたような声を出す。

「斬れなければ叩いてみるか。無茶苦茶な理屈だ」

 ガルディスも苦笑を浮かべているようだった。
 頭部らしきものを失った魔道兵器だったが、そのまま動きを止める気配はなかった。相変わらずにめり込んだ拳を引き抜こうと動き続けている。

 ……面倒だな。
 それを見て再度ファブリスが心の中で呟いた時、右手に回り込んだ他の一体が拳を繰り出してきた。ファブリスはそれを先程と同じように石畳の上で転がって回避する。

 ただ、剣が通用しないようだとはいえ、ファブリスの中で焦りはなかった。
 さて、どうする? 一撃で駄目なら叩きまくるか。
 ファブリスが心の中で呟いた時だった。上空から響く声があった。
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