第35話 差出されたもの
文字数 1,561文字
「月に一度、洗礼儀式の時には、必ずお姿をお見せになられるわよ」
「あ、洗礼儀式……そうなのですね」
エルは愛想笑いを浮かべながら、洗礼儀式とは何ぞやと思う。
「そうよ。まだお若い教皇様なのにとても謙虚なお方で……それに、とてもお美しいのよ」
どうやらマルヴィナは信者の間でも評判は上々のようだった。
「そうですか。それで、次の洗礼儀式はいつになるのでしょうか?」
「明後日、二日後よ。あら、丁度よかったじゃない。余程特別なことがなければ、教皇様もお姿をお見せになられるはずですよ」
老婆はエルたちが教皇に会えるのではと我が事のように喜んでくれていた。根は善良な人なのだろう。
「色々とありがとうございました」
エルは赤色の頭を下げてマーサの下へと戻る。
「二日後とは急だな」
会話が聞こえたのだろう。マーサはそう呟きながら厳しい顔をエルに向けた。
「うん。ファブリスさんはどうするのかな。何か作戦みたいなのがあるのかな?」
「……まあ、単に斬り込むつもりだろうね」
はあとエルは頷く。マーサに訊いてはみたものの、まあそうなのだろうとエル自身も思う。
「……だね。根絶やしだ、とかって言いそうだもんね」
エルは少しだけ笑いながら頷く。
しかし、ファブリスは本当にどうするつもりなのだろうかとエルは思った。洗礼儀式の日となれば、教皇が現れるのだから当然警護の数も増えるだろう。教皇が姿を見せるとなれば信者の数だって相当多いはずだった。
もっともファブリスであればそんなことは関係なしに、いつものようにあの大剣を振り回す気もする。
そうなれば当然、騎士団がファブリスに殺到することになるのだろう。それをファブリスとマーサだけで斬り抜けて教皇の下に辿り着くことなどできるのだろうか。教皇がその場から逃げ出してしまえば、ファブリスたちの目論見など簡単に崩れ去るのではないだろうか。
また沢山の人が死ぬのだろうなとエルは思う。そして、そこまで考えて一体、自分は何をしたいのだろうかと思う。
マーサが言ったように確かに自分はファブリスやマーサの身を案じている。そして、一方でファブリスやマーサによって多くの人々が傷つくことを考えて、それを気に病んでいる。
私は何がしたいのだろうか?
エルはそう心の中で呟くのだった。
ファブリスは宿に戻ってきたエルとマーサから二日後にマルヴィナが洗礼儀式の時に姿を現すはずだと告げられた。
「そうか……」
ファブリスはそれだけを言って、後は押し黙った。小物だったゴムザや、実力もわきまえずに呑気な顔で姿を現したジャガルとは違って、マルヴィナの命を奪うのは厄介だろうとファブリスは思っていた。
教皇となればこの国、ダナイ皇国の中で皇帝に次ぐ力を持っているといってよいはずだった。マルヴィナの前に立ち塞がるダナ教騎士団を斬り伏せて、彼女の下へといくのは厄介なはずだった。
ただ、厄介だと思うだけでファブリスはそれが不可能だとは思っていない。何だったら、このアルガンド全住民を根絶やしにしてでも、マルヴィナへの復讐をファブリスは果たすつもりだ。
しかし、マルヴィナが大人しく自分と対峙してくれるかは疑問が残る。自分がダナ教騎士団に阻まれている間に逃げられる可能性はある。
もっとも、その時はその時だとの思いもファブリスの中にはあった。マルヴィナが逃げ出すのであれば、またそれを追えばいいだけの話なのだ。それを繰り返していれば、いずれは対峙できる時がくるだろう。
逃げるにせよマルヴィナは自分のことを無視できないとファブリスは思っている。ファブリスがマルヴィナの命を狙っていることは明白で、ならばマルヴィナはそれをいずれは対処しなければならないのだから。
ファブリスがそこまで考えた時、自分の目の前に差し出されたものに気がついた。
「あ、洗礼儀式……そうなのですね」
エルは愛想笑いを浮かべながら、洗礼儀式とは何ぞやと思う。
「そうよ。まだお若い教皇様なのにとても謙虚なお方で……それに、とてもお美しいのよ」
どうやらマルヴィナは信者の間でも評判は上々のようだった。
「そうですか。それで、次の洗礼儀式はいつになるのでしょうか?」
「明後日、二日後よ。あら、丁度よかったじゃない。余程特別なことがなければ、教皇様もお姿をお見せになられるはずですよ」
老婆はエルたちが教皇に会えるのではと我が事のように喜んでくれていた。根は善良な人なのだろう。
「色々とありがとうございました」
エルは赤色の頭を下げてマーサの下へと戻る。
「二日後とは急だな」
会話が聞こえたのだろう。マーサはそう呟きながら厳しい顔をエルに向けた。
「うん。ファブリスさんはどうするのかな。何か作戦みたいなのがあるのかな?」
「……まあ、単に斬り込むつもりだろうね」
はあとエルは頷く。マーサに訊いてはみたものの、まあそうなのだろうとエル自身も思う。
「……だね。根絶やしだ、とかって言いそうだもんね」
エルは少しだけ笑いながら頷く。
しかし、ファブリスは本当にどうするつもりなのだろうかとエルは思った。洗礼儀式の日となれば、教皇が現れるのだから当然警護の数も増えるだろう。教皇が姿を見せるとなれば信者の数だって相当多いはずだった。
もっともファブリスであればそんなことは関係なしに、いつものようにあの大剣を振り回す気もする。
そうなれば当然、騎士団がファブリスに殺到することになるのだろう。それをファブリスとマーサだけで斬り抜けて教皇の下に辿り着くことなどできるのだろうか。教皇がその場から逃げ出してしまえば、ファブリスたちの目論見など簡単に崩れ去るのではないだろうか。
また沢山の人が死ぬのだろうなとエルは思う。そして、そこまで考えて一体、自分は何をしたいのだろうかと思う。
マーサが言ったように確かに自分はファブリスやマーサの身を案じている。そして、一方でファブリスやマーサによって多くの人々が傷つくことを考えて、それを気に病んでいる。
私は何がしたいのだろうか?
エルはそう心の中で呟くのだった。
ファブリスは宿に戻ってきたエルとマーサから二日後にマルヴィナが洗礼儀式の時に姿を現すはずだと告げられた。
「そうか……」
ファブリスはそれだけを言って、後は押し黙った。小物だったゴムザや、実力もわきまえずに呑気な顔で姿を現したジャガルとは違って、マルヴィナの命を奪うのは厄介だろうとファブリスは思っていた。
教皇となればこの国、ダナイ皇国の中で皇帝に次ぐ力を持っているといってよいはずだった。マルヴィナの前に立ち塞がるダナ教騎士団を斬り伏せて、彼女の下へといくのは厄介なはずだった。
ただ、厄介だと思うだけでファブリスはそれが不可能だとは思っていない。何だったら、このアルガンド全住民を根絶やしにしてでも、マルヴィナへの復讐をファブリスは果たすつもりだ。
しかし、マルヴィナが大人しく自分と対峙してくれるかは疑問が残る。自分がダナ教騎士団に阻まれている間に逃げられる可能性はある。
もっとも、その時はその時だとの思いもファブリスの中にはあった。マルヴィナが逃げ出すのであれば、またそれを追えばいいだけの話なのだ。それを繰り返していれば、いずれは対峙できる時がくるだろう。
逃げるにせよマルヴィナは自分のことを無視できないとファブリスは思っている。ファブリスがマルヴィナの命を狙っていることは明白で、ならばマルヴィナはそれをいずれは対処しなければならないのだから。
ファブリスがそこまで考えた時、自分の目の前に差し出されたものに気がついた。