第12話 馬車
文字数 1,576文字
奴隷として自分が売られてから既に五年の月日がたっている。懐かしい家族に会いたいとの思いもある。だが、家に帰ったところでエルを養う余裕など一家にはないだろうことも容易に想像できた。
ならばどこかの都市部に行くのか。例えそうしたとしても、魔族で十六歳の自分が得られる職などあるのだろうか。普通に考えれば、体を売って生計を立てるぐらいしか生きていく方法がないような気がした。
では、このままファブリスとマーサに自分はついていくのだろうか。ファブリスは得体が知れないが、少なくともマーサはいい人のような気もする。
……いい人。
だが、二人とも人族や魔族を殺すことを目的に旅をしているのだ。ファブリスは勿論のこと、人がいいのではと思うマーサですらもあの時、まだ十歳でしかなかったセシルを躊躇いなく殺している。言ってしまえば人族や魔族を殺すことを何とも思わない恐ろしい人たちなのだ。
エルは少しだけ溜息を吐いた。あの時ゴムザは復讐という言葉を口にしていたなとエルは思う。
復讐とは何なのだろうか?
ゴムザとファブリスの間に何があったのだろうか?
分からないことだらけだなとエルは思う。そして、そんな分からないことだらけの人たちと一緒に旅をしてもいいのだろうかとも思う。
でも、今の自分にはここにしか居場所がないように思えた。三日も歩けばこの森林を抜けてダナイ皇国の中でも大きな都市に分類されるライザックに着くという。
どんな都市なのだろうか。生まれ育った貧しい村や奴隷として囲われていた館ぐらいしか知らないエルにとっては、こんな不可思議な状況でも少しだけ楽しみでもあった。
そんなことを考えながらエルは睡魔に囚われていくのだった。
翌日の正午近くだった。先頭を歩いていたマーサが足を止めた。マーサの後ろに続いていたエルも足を止めて、頭の一つ上にあるマーサの顔を見上げた。
マーサは緑色の瞳を最後尾で歩いていたファブリスの背後に鋭く向けていた。
「ファブリス様、馬車のようです」
その言葉にファブリスが頷く。
馬車? 何も聞こえないけど……。
程なくして、マーサが言ったように背後から車輪の音が聞こえてきた。やがて二頭立ての四輪馬車が姿を現した。
馬車の速度はさして速くなかった。小走り程度の速度だろうか。端に避けて馬車をやり過ごそうとしたエルたちだったが、馬車はエルたちを抜かしたところで何の前触れもなく進みを止めた。
止まった馬車では御者が背後の幌がついた荷台に向かって何やら話している。程なくして荷台から三人の男が出てきた。三人とも揃って髭面で皆が腰に長剣をぶら下げていた。
「こんな森を歩いて抜けようなんて珍しいな。しかも女連れで。お前ら、旅人か?」
頬に刀傷がある男がそう訊いてきた。この男が頭役なのだろうか。腰にある刀もそうなのだが、その風体を見る限りでは三人すべてが善良な人種とは言い難かった。
「ええ、そうです……」
マーサがそう答える。頬に刀傷がある男はマーサの返答を聞きながら、値踏みするようにエルたち三人を見ていた。嫌な視線だなとエルは思う。
「そこの兄ちゃん。てめえ、片腕もないくせにそんなでかい大剣を持ってどうするつもりだ。片手で振り回せるのか?」
刀傷の男が発した不躾な問いにファブリスは無言だった。そんなファブリスの態度に刀傷がある男は少しだけ鼻白んだようだった。
「ふん。まあいい。てめえら魔族か? そこの綺麗な姉ちゃんは違うみたいだが……」
刀傷の男は相変わらず値踏みするようにエルたち三人を見ていた。すると、この男の左手にいた細身の男が一歩前に進み出た。
「姉ちゃんは何だって魔族なんかと一緒にいるんだ。魔族なんかと一緒にいないで俺たちと来ないか?」
ほら、可愛がってあげるんだぜ。そんなことを言いながら細身の男が下卑た笑い声を上げる。
ならばどこかの都市部に行くのか。例えそうしたとしても、魔族で十六歳の自分が得られる職などあるのだろうか。普通に考えれば、体を売って生計を立てるぐらいしか生きていく方法がないような気がした。
では、このままファブリスとマーサに自分はついていくのだろうか。ファブリスは得体が知れないが、少なくともマーサはいい人のような気もする。
……いい人。
だが、二人とも人族や魔族を殺すことを目的に旅をしているのだ。ファブリスは勿論のこと、人がいいのではと思うマーサですらもあの時、まだ十歳でしかなかったセシルを躊躇いなく殺している。言ってしまえば人族や魔族を殺すことを何とも思わない恐ろしい人たちなのだ。
エルは少しだけ溜息を吐いた。あの時ゴムザは復讐という言葉を口にしていたなとエルは思う。
復讐とは何なのだろうか?
ゴムザとファブリスの間に何があったのだろうか?
分からないことだらけだなとエルは思う。そして、そんな分からないことだらけの人たちと一緒に旅をしてもいいのだろうかとも思う。
でも、今の自分にはここにしか居場所がないように思えた。三日も歩けばこの森林を抜けてダナイ皇国の中でも大きな都市に分類されるライザックに着くという。
どんな都市なのだろうか。生まれ育った貧しい村や奴隷として囲われていた館ぐらいしか知らないエルにとっては、こんな不可思議な状況でも少しだけ楽しみでもあった。
そんなことを考えながらエルは睡魔に囚われていくのだった。
翌日の正午近くだった。先頭を歩いていたマーサが足を止めた。マーサの後ろに続いていたエルも足を止めて、頭の一つ上にあるマーサの顔を見上げた。
マーサは緑色の瞳を最後尾で歩いていたファブリスの背後に鋭く向けていた。
「ファブリス様、馬車のようです」
その言葉にファブリスが頷く。
馬車? 何も聞こえないけど……。
程なくして、マーサが言ったように背後から車輪の音が聞こえてきた。やがて二頭立ての四輪馬車が姿を現した。
馬車の速度はさして速くなかった。小走り程度の速度だろうか。端に避けて馬車をやり過ごそうとしたエルたちだったが、馬車はエルたちを抜かしたところで何の前触れもなく進みを止めた。
止まった馬車では御者が背後の幌がついた荷台に向かって何やら話している。程なくして荷台から三人の男が出てきた。三人とも揃って髭面で皆が腰に長剣をぶら下げていた。
「こんな森を歩いて抜けようなんて珍しいな。しかも女連れで。お前ら、旅人か?」
頬に刀傷がある男がそう訊いてきた。この男が頭役なのだろうか。腰にある刀もそうなのだが、その風体を見る限りでは三人すべてが善良な人種とは言い難かった。
「ええ、そうです……」
マーサがそう答える。頬に刀傷がある男はマーサの返答を聞きながら、値踏みするようにエルたち三人を見ていた。嫌な視線だなとエルは思う。
「そこの兄ちゃん。てめえ、片腕もないくせにそんなでかい大剣を持ってどうするつもりだ。片手で振り回せるのか?」
刀傷の男が発した不躾な問いにファブリスは無言だった。そんなファブリスの態度に刀傷がある男は少しだけ鼻白んだようだった。
「ふん。まあいい。てめえら魔族か? そこの綺麗な姉ちゃんは違うみたいだが……」
刀傷の男は相変わらず値踏みするようにエルたち三人を見ていた。すると、この男の左手にいた細身の男が一歩前に進み出た。
「姉ちゃんは何だって魔族なんかと一緒にいるんだ。魔族なんかと一緒にいないで俺たちと来ないか?」
ほら、可愛がってあげるんだぜ。そんなことを言いながら細身の男が下卑た笑い声を上げる。