第36話 おかしな奴
文字数 1,577文字
「何だ、これは?」
それを差し出しているエルにそんな言葉をファブリスは返した。
「外套です。マーサと一緒に買ってきたんですよ。片腕で大剣を持っている。これなら、そんな分かりやすいファブリスさんの目印を隠せるかなって」
エルの言葉を聞きながらファブリスは差し出された黒い外套を見つめていた。
「おかしな奴だな……」
ファブリスはそう呟いてエルに赤色の瞳を向けた。エルは言われた意味が分からないといった顔をしている。
そのようなエルの顔を見ながら、また自分は多くの人族、魔族を傷つけ殺すのだろうとファブリスは思う。それを望んでいるのだから、そのこと自体に悔やむ気持ちなどファブリスの中にありはしない。
だが、エルはそういったファブリスの行動を否定するのだろう。それはエルに訊くまでもなかった。でも、そんなファブリスの行動を否定しながらも、この外套を差出した赤毛の娘はファブリスやマーサの身を一方では案じているのだ。
単に食事係、雑用係として連れてきただけだったはずだった。エル自身、これまでにファブリスたちから逃げ出す機会はいくらでもあっただろうにとも思う。
……食事係。
それ以上でもそれ以下でもないはずだった。あの時、殺さなかったのも単なる気まぐれだったはず。
そんなことを思いながらファブリスは薄く笑って口を開いた。
「ありがたく頂戴するぞ」
エルはファブリスの言葉を聞いて、どこかほっとしたように破顔するのだった。
洗礼儀式の当日、大聖堂前にある広場は、それまで以上に信者たちで溢れ返っていた。エルはその一番後方でその様子を見ている。
エルの背後には信者たちを取り囲むようにして、完全武装をしたマナ教騎士団が取り囲んでいた。もし仮に何かが起こったとしても、すぐに対処ができる構えをみせているようであった。
周囲は静かだった。時折、囁き声や赤子が泣き出す声は聞こえてくるが、広場内は総じて静かといってもよかった。
だが、静寂の中に表現し難い熱気のような物をそこに感じることがエルにはできた。これが信仰というものなのかもしれない。エルはそう思いながら左右を見渡していた。
そんな信者たちの中にファブリスとマーサが紛れ込んで行ったのはつい先刻のことだった。まだ信者たちの間からファブリスの後ろ姿、濃い灰色の頭を時折確認することができた。
エルは視線を大聖堂に向けた。大聖堂の正面には城門のような大きな扉がある。その扉から教皇マルヴィナが姿を見せるとのことだった。扉の左右には二十名ほどの騎士が左右一列に並んでいる。
マルヴィナが姿を見せたら、ファブリスとマーサは間髪を入れずに行動に出るのだろうとエルは思う。
そして、また沢山の人が死ぬのだ。改めてエルは思う。その事実を知りながら放置しているのは間違っているのだろうか。いや、やはり間違っているのだろう。
しかし、そう思う一方でファブリスとマーサの無事を心から願っている自分もいた。
ファブリスの濃い灰色の頭が信者たちの影に隠れて見えなくなった。
もうすぐ始まるのだ。
エルは懐にあるマーサに貰った短剣を握りしめた。そして、その短剣をエルは懐の中で強く、強く握るのだった。
ファブリスは信者たちをかき分けて進んでいた。背後からはマーサもついてきてるはずだった。信者たちの先頭へ近づくに連れて先に進むのが困難になってくる。
面倒を感じて大剣を振り回そうかと考えたファブリスの背後からマーサが声をかけてきた。
「ファブリス様……」
軽く舌打ちをしてファブリスは足を止めた。マーサに諭されるとは思ってもいなかったが、マルヴィナが現れる前に騒ぎを起こすことが得策ではないのはファブリスも十分に分かっている。
そう。今はその時ではないのだ。
ファブリスは奥歯を噛み締めて、マルヴィナが姿を現すはずの正面にある扉を無言で睨む。
それを差し出しているエルにそんな言葉をファブリスは返した。
「外套です。マーサと一緒に買ってきたんですよ。片腕で大剣を持っている。これなら、そんな分かりやすいファブリスさんの目印を隠せるかなって」
エルの言葉を聞きながらファブリスは差し出された黒い外套を見つめていた。
「おかしな奴だな……」
ファブリスはそう呟いてエルに赤色の瞳を向けた。エルは言われた意味が分からないといった顔をしている。
そのようなエルの顔を見ながら、また自分は多くの人族、魔族を傷つけ殺すのだろうとファブリスは思う。それを望んでいるのだから、そのこと自体に悔やむ気持ちなどファブリスの中にありはしない。
だが、エルはそういったファブリスの行動を否定するのだろう。それはエルに訊くまでもなかった。でも、そんなファブリスの行動を否定しながらも、この外套を差出した赤毛の娘はファブリスやマーサの身を一方では案じているのだ。
単に食事係、雑用係として連れてきただけだったはずだった。エル自身、これまでにファブリスたちから逃げ出す機会はいくらでもあっただろうにとも思う。
……食事係。
それ以上でもそれ以下でもないはずだった。あの時、殺さなかったのも単なる気まぐれだったはず。
そんなことを思いながらファブリスは薄く笑って口を開いた。
「ありがたく頂戴するぞ」
エルはファブリスの言葉を聞いて、どこかほっとしたように破顔するのだった。
洗礼儀式の当日、大聖堂前にある広場は、それまで以上に信者たちで溢れ返っていた。エルはその一番後方でその様子を見ている。
エルの背後には信者たちを取り囲むようにして、完全武装をしたマナ教騎士団が取り囲んでいた。もし仮に何かが起こったとしても、すぐに対処ができる構えをみせているようであった。
周囲は静かだった。時折、囁き声や赤子が泣き出す声は聞こえてくるが、広場内は総じて静かといってもよかった。
だが、静寂の中に表現し難い熱気のような物をそこに感じることがエルにはできた。これが信仰というものなのかもしれない。エルはそう思いながら左右を見渡していた。
そんな信者たちの中にファブリスとマーサが紛れ込んで行ったのはつい先刻のことだった。まだ信者たちの間からファブリスの後ろ姿、濃い灰色の頭を時折確認することができた。
エルは視線を大聖堂に向けた。大聖堂の正面には城門のような大きな扉がある。その扉から教皇マルヴィナが姿を見せるとのことだった。扉の左右には二十名ほどの騎士が左右一列に並んでいる。
マルヴィナが姿を見せたら、ファブリスとマーサは間髪を入れずに行動に出るのだろうとエルは思う。
そして、また沢山の人が死ぬのだ。改めてエルは思う。その事実を知りながら放置しているのは間違っているのだろうか。いや、やはり間違っているのだろう。
しかし、そう思う一方でファブリスとマーサの無事を心から願っている自分もいた。
ファブリスの濃い灰色の頭が信者たちの影に隠れて見えなくなった。
もうすぐ始まるのだ。
エルは懐にあるマーサに貰った短剣を握りしめた。そして、その短剣をエルは懐の中で強く、強く握るのだった。
ファブリスは信者たちをかき分けて進んでいた。背後からはマーサもついてきてるはずだった。信者たちの先頭へ近づくに連れて先に進むのが困難になってくる。
面倒を感じて大剣を振り回そうかと考えたファブリスの背後からマーサが声をかけてきた。
「ファブリス様……」
軽く舌打ちをしてファブリスは足を止めた。マーサに諭されるとは思ってもいなかったが、マルヴィナが現れる前に騒ぎを起こすことが得策ではないのはファブリスも十分に分かっている。
そう。今はその時ではないのだ。
ファブリスは奥歯を噛み締めて、マルヴィナが姿を現すはずの正面にある扉を無言で睨む。