第23話 残念なおじちゃん
文字数 1,595文字
処刑されるはずだった子供の奴隷たちを救った後、その混乱に乗じてファブリスたちはライザックを後にしていた。幸いと言うべきか追手はいないようだった。
例え子供であったとしても魔族や人族に関係なく、その命を奪うことにファブリスの中では何の躊躇いもなかった。だからあの時、奴隷の子供がどうなろうがファブリスには正直、興味がなかった。
しかし、その無関心さをあの娘が許さなかった。
……あの娘。
ファブリスはエルに視線を向けた。今、エルは助けた奴隷の姉弟と何やら楽しげに話していた。その近くには獣人族であるマーサの姿もある。マーサにしてもその顔にはエルと同じように笑顔が浮かんでいて楽しげだ。
自分たちを見ている視線に気がついたのか、エルがファブリスに顔を向けた。そして、ファブリスの顔を見ると僅かにエルは眉間に皺を寄せた。
「……ファブリスさん、そんな顔をしてると子供が怖がります」
少しだけ怒ったかのようなエルの言葉を受けて、自分がどんな顔をしていたのかとファブリスは思う。それに、どんな顔をすればいいのかとも同時に思う。
「エル、ファブリス様はいつもこういう顔なのだ。無理強いはするな」
取り繕うつもりだったのかマーサがよく分からないことを言い始めた。そんな会話に付き合ってはいられないとばかりに視線を逸らそうとしたファブリスだったが、子供たちが下から自分を見上げていることに気がついた。
見下ろすようにしてファブリスも子供たちに視線を向けた。
姉はエリサという名で八歳。弟はマークスという名で五歳になるらしい。
ところどころが破れ、ほつれている薄汚れた服。ぼさぼさの髪の毛。どこから見ても奴隷の中ですら最底辺に位置しているように見える二人だった。
「あ、あの……助けてくれて、助けてくれてありがとうございました」
姉のエリサがそう言って頭を下げた。マークスも姉を見て慌てたように同じく頭を下げる。
「ありがとう、おじちゃん!」
おじちゃん……。
返す言葉もないままに何となく不穏な空気を感じたファブリスがエルとマーサを見ると、今のマークスの言葉に二人とも笑うのを明らかに堪えていた。それも必死で堪えているといった感じだ。
そんな様子のエルとマーサを見て一瞬、この子供たちを殺してやろうかと思ったファブリスだったが、またエルがぎゃあぎゃあと騒ぎ出すのは面倒なのでその思いを飲み込む。
「で、こいつらをどうするつもりだ。助けたはいいが、一緒に連れて行くつもりはないぞ」
こんな子供を連れて血生臭い旅などできる筈もないし、結局のところは足手纏いでしかなかった。足手纏いはそこにいる食事係だけで十分だとの思いもファブリスにはあった。
すると、弟のマークスが急に涙目になる。ファブリスの言葉を聞いて、いきなりこのような森の中で捨てられるとでも思ったのだろうか。それを見て慌ててエルがマークスに駆け寄った。
「ごめんね。変なことを言っちゃったよね」
エルはそう言ってマークスを優しく抱きしめた。
「本当にごめんね。あのおじちゃんは残念なことに少し頭がおかしいの。だから、残念なおじちゃんに言われたことなんて気にしなくていいからね。本当なんだよ。」
……残念なことに少し頭がおかしい。残念なおじちゃん。
言うに事欠いてどういうことかとファブリスは思う。
マーサに視線を送るとマーサはエルの言動に必死で笑いを堪えているようだった。ファブリスは憮然とした顔をしてマーサから視線を逸らす。
やがて辛うじて笑いを堪え切ったマーサが口を開いた。
「それにしてもエルは子供の扱いに慣れてるのだな」
「うん。私にも弟と妹がいたから。別れたのは弟が九歳で妹は六歳だったかな。あれから五年だから二人とも、もう大きくなったんだろうな……」
「……そうか。では、またいつか会えるといいな」
マーサの言葉にエルが遠い目をしながら小さく頷いている。
例え子供であったとしても魔族や人族に関係なく、その命を奪うことにファブリスの中では何の躊躇いもなかった。だからあの時、奴隷の子供がどうなろうがファブリスには正直、興味がなかった。
しかし、その無関心さをあの娘が許さなかった。
……あの娘。
ファブリスはエルに視線を向けた。今、エルは助けた奴隷の姉弟と何やら楽しげに話していた。その近くには獣人族であるマーサの姿もある。マーサにしてもその顔にはエルと同じように笑顔が浮かんでいて楽しげだ。
自分たちを見ている視線に気がついたのか、エルがファブリスに顔を向けた。そして、ファブリスの顔を見ると僅かにエルは眉間に皺を寄せた。
「……ファブリスさん、そんな顔をしてると子供が怖がります」
少しだけ怒ったかのようなエルの言葉を受けて、自分がどんな顔をしていたのかとファブリスは思う。それに、どんな顔をすればいいのかとも同時に思う。
「エル、ファブリス様はいつもこういう顔なのだ。無理強いはするな」
取り繕うつもりだったのかマーサがよく分からないことを言い始めた。そんな会話に付き合ってはいられないとばかりに視線を逸らそうとしたファブリスだったが、子供たちが下から自分を見上げていることに気がついた。
見下ろすようにしてファブリスも子供たちに視線を向けた。
姉はエリサという名で八歳。弟はマークスという名で五歳になるらしい。
ところどころが破れ、ほつれている薄汚れた服。ぼさぼさの髪の毛。どこから見ても奴隷の中ですら最底辺に位置しているように見える二人だった。
「あ、あの……助けてくれて、助けてくれてありがとうございました」
姉のエリサがそう言って頭を下げた。マークスも姉を見て慌てたように同じく頭を下げる。
「ありがとう、おじちゃん!」
おじちゃん……。
返す言葉もないままに何となく不穏な空気を感じたファブリスがエルとマーサを見ると、今のマークスの言葉に二人とも笑うのを明らかに堪えていた。それも必死で堪えているといった感じだ。
そんな様子のエルとマーサを見て一瞬、この子供たちを殺してやろうかと思ったファブリスだったが、またエルがぎゃあぎゃあと騒ぎ出すのは面倒なのでその思いを飲み込む。
「で、こいつらをどうするつもりだ。助けたはいいが、一緒に連れて行くつもりはないぞ」
こんな子供を連れて血生臭い旅などできる筈もないし、結局のところは足手纏いでしかなかった。足手纏いはそこにいる食事係だけで十分だとの思いもファブリスにはあった。
すると、弟のマークスが急に涙目になる。ファブリスの言葉を聞いて、いきなりこのような森の中で捨てられるとでも思ったのだろうか。それを見て慌ててエルがマークスに駆け寄った。
「ごめんね。変なことを言っちゃったよね」
エルはそう言ってマークスを優しく抱きしめた。
「本当にごめんね。あのおじちゃんは残念なことに少し頭がおかしいの。だから、残念なおじちゃんに言われたことなんて気にしなくていいからね。本当なんだよ。」
……残念なことに少し頭がおかしい。残念なおじちゃん。
言うに事欠いてどういうことかとファブリスは思う。
マーサに視線を送るとマーサはエルの言動に必死で笑いを堪えているようだった。ファブリスは憮然とした顔をしてマーサから視線を逸らす。
やがて辛うじて笑いを堪え切ったマーサが口を開いた。
「それにしてもエルは子供の扱いに慣れてるのだな」
「うん。私にも弟と妹がいたから。別れたのは弟が九歳で妹は六歳だったかな。あれから五年だから二人とも、もう大きくなったんだろうな……」
「……そうか。では、またいつか会えるといいな」
マーサの言葉にエルが遠い目をしながら小さく頷いている。