第14話 ごみ虫
文字数 1,907文字
「言っただろう? 俺は人族も魔族も全てを殺すと。それ以外の理由などない」
「じゃあ、じゃあ、こうしてずっと意味もなく殺し続けるんですか!」
「そうだ。俺はこの世の魔族と人族全てを殺す。だが、それは無理な話だ。人族も魔族もごみ虫のようにうじゃうじゃいるのだからな。だから、俺は目の前にいる者をただ殺す。捻り潰す。俺が死ぬまでそれを繰り返す。ただそれだけだ」
「そんな……そんな意味のないことを……」
「意味はある。俺は人族と魔族を殺したいのだからな」
死ぬまで手当たり次第に魔族と人族を殺し続ける。そこに何の意味があるのだろうかとエルは思う。
だがファブリスは殺すことに意味があるという。エルには到底理解できないことだった。
「気に入らないか? 魔族の娘。この理不尽さが気に入らないか? ならばお前も理不尽に死ね。俺は人族や魔族にとっては災厄だ。俺と出会ってしまった運のなさを呪うんだな」
ファブリスの持つ大剣が振り上げられた。瞬間的にエルは固く目を閉じる。
「ファブリス様、申し訳ございません。エルには私が後で言い聞かせますので……」
マーサの鋭い声が飛んだ。目を開くと大剣を振り上げているファブリスとエルとの間にマーサが立っていた。
そんなマーサを見てもファブリスは表情をひとつも変えることはなかった。そのままの顔で大剣を振り上げ続けていた。
……結局、殺されるのか。
エルはごくりと唾を飲み込んだ。
死ぬことは嫌だったが、感情が高ぶっているためなのだろうか。こうなってしまったことにエルは不思議と後悔がなかった。
今は自分を庇おうとしてくれているマーサも根っこの部分では悪い人ではないようだった。だけれども、結局は躊躇いもなく人族や魔族をも殺してしまう存在なのだ。
ファブリスに至っては手当たり次第に人族も魔族も殺してしまう。そんな彼らとこれ以上、自分が同行する理由はない気がしていた。
暫く表情を変えることもなく無言でエルを見つめていたファブリスだったが、唐突にその剣を引いた。
「俺に意見するな。次は殺す……」
ファブリスはそう言って踵を返した。それに合わせてマーサが大きく息を吐き出した。
「エル、死にたいのか? それともやっぱり馬鹿なのか?」
マーサが大きな息を吐き出した後、呆れた声で言う。エルはそれには答えず、ファブリスの背に顔を向けた。そして、その背に向かって、いーっといった顔をしてみせた。
それを見てマーサが苦笑する。
「エル、その辺にしておいてくれ。ファブリス様は我ら獣人族の主だ。流石に咎めたくなってくる。エルが同族の魔族を殺されるのに我慢がならないのは分かる。そこは私も今後は気をつけるとしよう」
マーサの言葉を聞いてエルは、そうではないのだと思う。魔族だからとか人族だからではないのだ。そもそも、どんな理由があったとしても命を簡単に奪ってしまっていいはずがない。
「違うの。そういうことではないの。こんな風に命を簡単に奪ってはいけないってことなの。獣人族が人族を恨んでいるのは分かるけど……」
エルの言葉を聞くとマーサの表情が一変した。
「分かるだと? 命を奪うなだと? 聖職者にでもなったつもりか? エル、分かるなどと二度と軽々しく私の前で言うな。獣人族が人族にどんな目に合わされたか知っているのか? エルも家族や仲間を惨たらしく虫けらのように目の前で殺されてみろ。それでも今みたいなことが言えるのか? ファブリス様とて同じだ。人族と魔族を殺す理由があるのだ」
違う。自分が言いたいことはそうではないのだとエルは思う。ファブリスやマーサが言い表せないほどの仕打ちを人族や魔族から受けたからといって、人族や魔族の命を奪ってしまっていいのかということなのだ。
だけれどもマーサが言うように、それをされたこともない自分がファブリスやマーサを非難できるのかとも思う。
「……なあ、エル。エルはあの館で奴隷として酷い仕打ちを受けていたんだろう? 主人たちを殺したいと思ったことはないのか? 自分をそんな境遇にした人族を恨んだことはないのか?」
「それは……」
エルは言い淀んだ。
「その気持ちと同じなんだよ。そこに違いがあるのはそれを実際に行うのか、行わないのか……なのさ」
「マーサ……」
エルにはそれ以上に言う言葉を見出すことができなかった。
そう。マーサの言う通りなのだ。自分だってゴムザたちには奴隷として酷い仕打ちを受けてきた。彼らを殺したいと思ったことだってあった。魔族をこんな境遇にした人族すべてを恨んだこともあった。
でも……。
マーサに返す言葉を持ってはいないのだったが、それでもエルはでもと思うのだった。
「じゃあ、じゃあ、こうしてずっと意味もなく殺し続けるんですか!」
「そうだ。俺はこの世の魔族と人族全てを殺す。だが、それは無理な話だ。人族も魔族もごみ虫のようにうじゃうじゃいるのだからな。だから、俺は目の前にいる者をただ殺す。捻り潰す。俺が死ぬまでそれを繰り返す。ただそれだけだ」
「そんな……そんな意味のないことを……」
「意味はある。俺は人族と魔族を殺したいのだからな」
死ぬまで手当たり次第に魔族と人族を殺し続ける。そこに何の意味があるのだろうかとエルは思う。
だがファブリスは殺すことに意味があるという。エルには到底理解できないことだった。
「気に入らないか? 魔族の娘。この理不尽さが気に入らないか? ならばお前も理不尽に死ね。俺は人族や魔族にとっては災厄だ。俺と出会ってしまった運のなさを呪うんだな」
ファブリスの持つ大剣が振り上げられた。瞬間的にエルは固く目を閉じる。
「ファブリス様、申し訳ございません。エルには私が後で言い聞かせますので……」
マーサの鋭い声が飛んだ。目を開くと大剣を振り上げているファブリスとエルとの間にマーサが立っていた。
そんなマーサを見てもファブリスは表情をひとつも変えることはなかった。そのままの顔で大剣を振り上げ続けていた。
……結局、殺されるのか。
エルはごくりと唾を飲み込んだ。
死ぬことは嫌だったが、感情が高ぶっているためなのだろうか。こうなってしまったことにエルは不思議と後悔がなかった。
今は自分を庇おうとしてくれているマーサも根っこの部分では悪い人ではないようだった。だけれども、結局は躊躇いもなく人族や魔族をも殺してしまう存在なのだ。
ファブリスに至っては手当たり次第に人族も魔族も殺してしまう。そんな彼らとこれ以上、自分が同行する理由はない気がしていた。
暫く表情を変えることもなく無言でエルを見つめていたファブリスだったが、唐突にその剣を引いた。
「俺に意見するな。次は殺す……」
ファブリスはそう言って踵を返した。それに合わせてマーサが大きく息を吐き出した。
「エル、死にたいのか? それともやっぱり馬鹿なのか?」
マーサが大きな息を吐き出した後、呆れた声で言う。エルはそれには答えず、ファブリスの背に顔を向けた。そして、その背に向かって、いーっといった顔をしてみせた。
それを見てマーサが苦笑する。
「エル、その辺にしておいてくれ。ファブリス様は我ら獣人族の主だ。流石に咎めたくなってくる。エルが同族の魔族を殺されるのに我慢がならないのは分かる。そこは私も今後は気をつけるとしよう」
マーサの言葉を聞いてエルは、そうではないのだと思う。魔族だからとか人族だからではないのだ。そもそも、どんな理由があったとしても命を簡単に奪ってしまっていいはずがない。
「違うの。そういうことではないの。こんな風に命を簡単に奪ってはいけないってことなの。獣人族が人族を恨んでいるのは分かるけど……」
エルの言葉を聞くとマーサの表情が一変した。
「分かるだと? 命を奪うなだと? 聖職者にでもなったつもりか? エル、分かるなどと二度と軽々しく私の前で言うな。獣人族が人族にどんな目に合わされたか知っているのか? エルも家族や仲間を惨たらしく虫けらのように目の前で殺されてみろ。それでも今みたいなことが言えるのか? ファブリス様とて同じだ。人族と魔族を殺す理由があるのだ」
違う。自分が言いたいことはそうではないのだとエルは思う。ファブリスやマーサが言い表せないほどの仕打ちを人族や魔族から受けたからといって、人族や魔族の命を奪ってしまっていいのかということなのだ。
だけれどもマーサが言うように、それをされたこともない自分がファブリスやマーサを非難できるのかとも思う。
「……なあ、エル。エルはあの館で奴隷として酷い仕打ちを受けていたんだろう? 主人たちを殺したいと思ったことはないのか? 自分をそんな境遇にした人族を恨んだことはないのか?」
「それは……」
エルは言い淀んだ。
「その気持ちと同じなんだよ。そこに違いがあるのはそれを実際に行うのか、行わないのか……なのさ」
「マーサ……」
エルにはそれ以上に言う言葉を見出すことができなかった。
そう。マーサの言う通りなのだ。自分だってゴムザたちには奴隷として酷い仕打ちを受けてきた。彼らを殺したいと思ったことだってあった。魔族をこんな境遇にした人族すべてを恨んだこともあった。
でも……。
マーサに返す言葉を持ってはいないのだったが、それでもエルはでもと思うのだった。