第31話  心配

文字数 1,603文字

「でも、マルヴィナって言えば、マナ教の指導者、教皇なんだよ? そんな偉い人に簡単には会えないと思うんだけど」
「ん? 会えなければ会いにいけばいいさ。マナ数で一番偉い人なんだから、信者たちの前に出てくることだってあるだろうしさ」
「ん……」
「何かさっきから煮え切らないね。何が気に入らないんだい?」

 マーサが早くも苛ついた声を出し始めた。

「前はともかくとして、今はファブリスさんが復讐する気持ちも少しばかりは分かるんだ。ほんの少しだけれど。それを認めるつもりはないんだけどね」
「それで?」

 マーサが苛ついたままの様子でエルの言葉を促す。

「でも、いつまでそんなことを続けるのかなって。それこそ人族、魔族を殺しつくすまで続けるのかなって。それなら本当に邪神そのものじゃない。ファブリスさんは邪神になるつもりなのかな?」
「いや……人族、魔族を殺しつくすのは、例え邪神様そのものになっても無理じゃないか? 私だってそこまで頭がお花畑じゃないぞ。それこそまた新しい勇者とやらが現れるかもしれない。実際、先の邪神様は勇者の人族と魔族に敗れているしな」

 エルは何を言っているのだといった感じで、マーサが呆れたような声を出した。

「そう。その勇者も問題なんだよ。邪神の天敵が勇者だとすれば、その勇者って前の邪神を討伐した、アズラルト殿下なんだよ? ファブリスさんは、そのアズラルト殿下にも復讐しようとしているのかな? そんなことができるのかな。だって前の邪神を倒した勇者様なんだよ。国の皇子様なんだよ。」

 エルがそう一気に言うと、マーサも流石に返す言葉がなくて言い淀んだようだった。

「今回だってそうだよ。教皇ってマナ教で一番偉い人なんだよ。あちらこちらにいる騎士は教皇のためにいる騎士なんだよ。それなのに、あんなに沢山の騎士がいるのに教皇をどうにかするつもりだなんて……」
「……何だ。エルはファブリス様の心配をしているのか」
「え……?」

 マーサの言葉を聞いてそうか、そうなのかとエルは思う。自分はファブリスの心配を……ファブリスとマーサの心配をしているのかと思う。ファブリスが行おうとしていることを理解して認めるわけではないけれど、自分はファブリスたちの心配をしているのだ。

 そのまま黙り込んでしまったエルにマーサは好意的に見える苦笑をする。

「何、心配することはないさ。ファブリス様だって馬鹿じゃない。一人でマナ教騎士団を相手にしようなんて思っていないさ」

 それはどうなのだろうかとエルは思っていた。これまでにあったファブリスの言動を考えると教皇のマルヴィナを見た瞬間、後先を考えずにファブリスなら大剣を手にしてしまうような気がする。

「まあ、考えてばかりではどうにもならないさ。二人でこうして言い合っていてもね。ファブリス様にも言われているし、取り敢えずは敵情視察といこうじゃないか」

 マーサはそう言って端正な顔に笑顔を浮かべた。別に私の敵ってわけではないのだけれども。エルはそんなことを思いながら、マーサの言葉に頷いたのだった。




 大聖堂に続く大通りをエルとマーサは歩いていた。宗教都市アルガンドのほぼ中心に位置している大聖堂。教皇のマルヴィナがいるとすれば、その大聖堂内と考えて間違いないだろうとエルやマーサは思っていた。

「マーサ、大聖堂の中には信者でなくても入れるものなのかな?」

 エルの言葉にマーサは首を傾げる。その顔を見ている限りでは、マーサもあまり深くは考えていなかったようだった。

「どうだろうね。ただマナ教は戒律も緩くて開かれているからね。自由に入れるんじゃないかな」

 ……よく分からない、ふわっとした理由だなとエルは思う。
 その言葉がマーサらしいと言えばその通りなのだったが。

 黙ってしまったエルを見てマーサはエルが納得したと思ったのか、エルの横を鼻歌交じりで歩いている。エルはそんなマーサの横顔をそっと盗み見た。
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