第3話 呪源となっているモノ
文字数 7,050文字
馬車の窓から見えた、禍々しい雰囲気のお屋敷は、案の定鹿野宮 家の本邸でした。
僕らを乗せた馬車は、屋根がある巨大な正面門は潜らず、人目を気にしてか、人通りがまるでない小道にある地味目な裏門から入りました。
天下の鹿野宮 家のお屋敷とは、どんなに豪華なのだろうと、竹林の隙間から徐々に姿を現す母屋を、僕は不謹慎とは思いつつも少しワクワクしながら、馬車の窓から見ていました。
ですが、意外にも鹿野宮 家の母屋は、今まで見てきたどの貴族のお屋敷よりも小さく古く、非常に質素でした。
「がっかりだな……。お城みたいなのかと思ってたのに。これじゃあ、中流階級街にある大商人の屋敷の方が豪華だな。」
八咫 が、僕も思っていた事を口にしました。
「失礼だぞ!八咫 」
「だって……。」
「まぁ、皆様、驚かれます。大旦那様が、兄君様から賜ったからという理由もございますが、大旦那様は亡くなられた奥様や長子様と過ごされた思い出を大切にされておられる為、どんなにお偉くなっても、このお屋敷はその時のままなのでございます。」
「そのお二人は、ご病気か何かで?」
「……えぇ、まあ。」
明部 さんは、とても悲しそうに答えました。
今回の怪異と関係があるのかしら?と思い、いつお亡くなりになったのか伺いたかったのですが、その悲しそうなお顔を見てしまうと、とても聞く気にはなれませんでした。
馬車は、裏玄関の前に到着しました。
間近で見たお屋敷は、塀の外で見た以上に禍々しい邪気に包まれ、夥しい数の亡霊が、屋内外問わず、うじゃうじゃおりました。
横の八咫 を見ると、僕と同じように圧倒されてしまったのか、ポカンと口を開けたまま、建物を見上げています。
『八咫 。あまり口を開けてると、顎が外れてしまいますよ。』
「ミツチ、お師匠……。あれ……。」
『え?』
僕とお師匠さんは、眉をひそめ、八咫 と同じ様に屋根の天辺を見ました。
逆光で、何があるのかはハッキリ見えませんが、フラフラしている黒い物体が見えます。
『何か……立ってる?』
僕がそう言う呟いた時、お師匠さんが「クソッ!」っと言うや否や、早口で召喚術を唱えました。
その直後です。屋根にいた影が、倒れる様に落下し、地面に激突!
……したかと思いましたが、お師匠さんが召喚した大きな山犬の妖怪盤瓠 が、寸前でソレを咥えたので、激突は免れたようでした。良かった……。
なんだろう?とソレを見ると、酷くやつれた20歳前後ぐらいの男性でした。顔色は青白く、肩ぐらいまである黒髪はボサボサで、真夜中に見たら、幽霊と間違えてしまいそうです。
「唐里 様⁈」
山犬の妖怪が、スーッと消えると、蒼白なお顔の明部 さんが、その男に慌てて駆け寄りました。
「どうしてこんな⁈」
「もう限界なんだ!死なせてくれ!私に、生きる資格などないのだ!」
目はちゃんと開いており、視線は明部 さんを見据えております。会話のやり取りもできてます。
う〜ん、眠っては……いらっしゃらない様ですね。
周囲にも、屋根の上にも……誰もおりません。
つまり、ご自分のご意志で……という事でしょうか?
「誰か‼︎早く誰か‼︎」
泣いて暴れる唐里 様を強く抱きしめながら、明部 さんが大声で叫ぶと、お屋敷の中から、「ヤバい‼︎」っと言う顔をした医師や看護師達、そして護衛士達がバタバタと現れました。
「何をやっているのですか⁈」
「すみません。ちょっと目を離した隙に。」
医師は診察しながら謝罪をすると、注射器を看護師から受け取り、唐里 様の骨と皮だけの腕に刺そうとしました。
「やめろ!その薬はもう嫌だ‼︎」
注射器の中身は鎮静剤とかなのでしょうか?問答無用で注射をされた唐里 様は、直ぐにぐったりしてしまいました。
「唐里 様は、若旦那様の四男です。」
息切れをしておられる明部 さんが、額の汗をハンカチで拭いながら仰いました。
「あれは……、呪いの仕業でしょうか?2人目が現れ、飛び降りる様に仕向けたのでしょうか?」
お師匠さんは、お屋敷の中へ運ばれて行く唐里 様を気の毒そうに見つめ、周辺をゆっくりと見渡してから、首を横に振りました。
「この敷地内には、多くの下級霊が彷徨っていますが、人に害をもたらす程の力を持つ霊や、怪異は見当たりません。唐里 様の周囲にも。」
「つまり?」
「飛び降りたのは、呪いでも怪異の仕業でもないかと。」
「そんな……。」
「とにかく、調べてみない事にはなんとも……。」
「分かりました。屋敷の使用人達には、全面的に協力をする様言いつけておりますので、何なりと指示をして下さい。」
早速、僕らは、大旦那様の部屋へ通される事となりましたが、お屋敷内の濃い邪気にあてられてしまった僕は、すっかり気分が悪くなってしまいました。
『お師匠さん。僕、気分が……悪い……。』
「確かに、邪気が濃いな。外で待ってろ。」
お師匠さんは、辺りを見渡しながらそう言いました。
『ごめんなさい。』
「八咫 は大丈夫か?」
「俺は平気だよ。ミツチほど霊感無いから。」
『外で待ってます……。』
情けないです。霊感が鋭い僕こそ、呪いにかかっている人に会うべきなのに。
後から聞いた話では、大旦那様のご様態は虫の息といった所だったそうです。
埋め立ててしまった池の調査に関しても、特に反対される事など無く、あっさり許可が得られたと。と言うか、「あ……」しか仰られなかったとの事。
「あれは、もう末期だな。」
見事に手入れがされた庭園を歩きながら、お師匠さんが、お屋敷の方を振り返りました。
『そんなに酷いのですか? 』
「年齢的なものもあるが、体力がもう限界だ。怪異を解決しても回復は難しいだろうな。」
『他の人達は?』
「同じ様なもんだ。かなり参ってる。一番若い阿奈 様は、元気そうだが、一番、情緒不安定だった。」
「元気ねぇ……。『出て行け!』って花瓶を俺らにブン投げられるぐらいは、元気だったな。」
呆れ顔の八咫 が、鼻で笑いました。
「貴族の大半が、平民は害虫だと思ってるんだ。普通の反応だろ?
まずは、この邪気をどうにかしないとだな。こんなに濃くちゃ、呪がなくても具合が悪くなる。」
お師匠さんは、庭園の中にある東屋に入ると、邪気浄化の道具を鞄から取り出し、机に並べ、明部 さんからお借りしたお屋敷の図面も机に広げると、睨めっこを始めました。
「けどさ、変だよな〜。あんなに具合が悪そうなのに、あの人達の寝室にも、屋敷にも、呪具らしきもんは全く見当たらないなんてさ。」
八咫 はそう言いながら、懐から白桃を取り出すと、美味しそうにかぶりつきました。
「おい、八咫 。それ、勝手にくすねてきたんじゃないだろうな?」
「失礼だな、お師匠。ちゃんと断ったよ。両手が切断されて、その手を探し回ってる怨霊に。」
『いや……。それは断ったと言いませんよ。』
「じゃあ、返す?」
見事な歯形がついた白桃を、差し出してきました。
『もう!』
「金を払って、謝罪しろ!」
「そんな!お師匠ぉ〜。」
「盗みは犯罪だと、何度も言ってんだろ⁈ダメなんだ!」
お師匠さんのその言葉に、八咫 が、悲しそうな顔をしました。
「……取れる物は取れ……。食える時に食え……。それは死んだ兄ちゃんから教わった唯一の教え。そして、遺言……。それを、お師匠は否定するのか?」
八咫 のご両親は、八咫 が物心ついた頃には失踪されていた様で、5つ年上のお兄さんが、幼い八咫 を養ってくれたらしいです。
そのお兄さんも、八咫 が5歳の時、街を襲った怪異の騒動で、お亡くなりになったとの事。
「断固否定する!っていうか、そのネタはもう飽きたぞ。新しいネタを探せ!」
「うう……。」っと八咫 が、黙り込みました。
可哀想な生い立ちではありますが、寺の妖術士たちの殆どが孤児なので、同情…………するには、ちょっと弱いのです。僕も孤児ですし、家族の事すら記憶にありません。むしろ、お兄さんとの思い出がある分、羨ましいです。
「とにかく、ダメなものはダメだ。謝って、罰でもなんでも受けてこい!」
八咫 は、溜息を吐くと、厨房の方へ走って行きました。やれやれ。
『そうそう呪源は、元池があった辺りで間違いなさそうです。祈祷師達は、そこで何かを見つけたのでしょう。』
「……行ったのか?なんで待ってなかったんだミツチ⁈いつも言ってるだろ!一人で水辺に近づくなと!」
『……ごめんなさい。でも、水辺じゃないですよ……。池はキチンと埋め立てられてましたから。』
「それでもダメだ!もう二人共、なんでいつも勝手な事をするんだ⁈」
僕は覚えておりませんが、幼い頃僕は、水妖に襲われた事があったそうです。なのでお師匠さんは、僕が水辺に近づく事を大袈裟に心配するのです。
八咫 が戻ってくるまで僕らは、広大な敷地内に邪気を浄化する翡翠を置き、翡翠の力が増強する術を一つ一つ施しました。この処置は、丸一日掛かりますが、確実に邪気が消えます。
無事に戻ってきた八咫 が僕らを手伝い、浄化装置の設置を2時間ほどで終わらせると、僕らは、本題の埋め立てられてしまった元池へと向かいました。
池の埋立地は、赤い煙の様な邪気が、温泉地の様に黙々と地面から噴き出しておりました。
「くっせー!なんだこの臭い。ヤバいな!」
鼻をつまんだ八咫 が、手で赤い煙を払っています。
僕も、鼻をつまみました。邪気の臭いは、基本血生臭いのですが、ここのはヘドロの様な臭いまで混ざっているので最悪です。
「呪源は、この下で間違いないな。しっかし……、なんで、こんな事するかな〜……。」
口元を襟巻きで覆ったお師匠さんは、元池の上を歩きながら嘆きました。
「そういや、ミツチ。体調は大丈夫なのか?」
八咫 が、心配そうに、僕の顔を覗き込みました。
『屋外なので、大丈夫です。』
「お師匠の強烈な屁と一緒か。外じゃ、分散されるもんな。」
「こら八咫 !他人を例えにするんじゃありません!」
お師匠さんが、八咫 の頭に、拳骨をくらわせました。
「あいったー!するじゃ〜ん……。……で、どうすんだよ?お師匠。こんな広い所、まさか全部掘り返すの?掘ってる間に、依頼人が死んじゃうよ。」
八咫 はそう言うと、頭をさすりながら座り込み、イチゴをいくつか懐から取り出しました。
『八咫 、それ!また、盗んだのですか?』
「違うよ。鄧 さんって言う厨房長がさ、貴族のくせに良い人で、よく正直に言った!偉い!ってくれたんだよ。
あっ、鄧 さんは、霊とかじゃなくて、生者だからな!」
「なに、偉そうに言ってんだ……。」
そんな事より、どうやって呪源となっているモノを掘り出すかです。
霊が彷徨っている場合、大抵呪源は、その霊のご遺体。しかも、たくさんの怨霊がここにいるという事は、たくさんのご遺体がここに埋まっている可能性が高い……という事になります。
「どうすっかな……。」
「死体が出たらどうすんだよ。お師匠。」
「俺らは、罪を裁く立場にない。出たら出たで、この家の人に任せるしかないさ。さっき大旦那様から頂いた前金がズッシリだったのは、その為だろう。」
「口止め料って事か。」
『それなら、僕らで掘るしかないと言う事でしょうか?』
「大丈夫だ。情報収集も兼ねて、彼らに頼む。」
お師匠さんはそう言うと、怪訝そうにこちらを見ている兵士達を指しました。
「貴様らか?明部 のおっさんが呼んだ詐欺師は?」
体格の良い強面の偉そうな中年男性が、お師匠さんの前に立ちはだかりました。
「妖術士の嶺文 です。布能洲寺 から参りました。」
「俺は、護衛士長の晝馬 だ。ここで何をしてる?詐欺師。」
ぬーっ!詐欺師とは失礼な!
「許可を得て、この埋立地の調査をしてます。」
「何もないぜ?」
「呪源となっている呪具が、この土の下にあるはずです。できたら、掘り起こすのを手伝ってくれませんか?」
「言っただろ何もないと。聞こえなかったのか?」
「必ずあります。」
晝馬 さんや、他の護衛士の方々がゲラゲラ笑いました。
何がおかしいのでしょう?
「鹿野宮 家の方々が死のうが、構わないと?」
「ひでぇ事言ってくれるな。構うに決まってるだろ?平民と違って、貴族社会じゃ、主人をコロコロ変えられないんだ。主人が没落すれば、配下も共倒れさ。」
「なら、手伝って下さい。」
「だから、何も無いんだって。俺らは、埋め立てる時、水を全部抜いたんだ。そん時は、馬鹿高い鯉と、デカい蛙しかいなかった。」
晝馬 さんが、ニヤけながら答え、同意を求めるように、仲間の方を向きました。
「鯉は売っちまったが、デカい蛙ちゃんなら、まだその辺にうじゃうじゃいるぜ。聞いてみたらどうだ?『何にもないケロ』って言うと思うがな。」
2m以上はありそうな巨漢の護衛士がそう言うと、仲間達がまたゲラゲラ笑いました。
「なあ、賭けないか?今日、あんたが大旦那様からせしめた前金があるだろ?それでどうだ?」
晝馬 さんが、ニヤニヤしながら言いました。その表情には余裕があります。
確実に呪源があるのは確かです。ですが、その余裕に満ちた表情を見ていると、ないかも……と不安になります。
「いいでしょう。で、あなたは?」
「そうだな……。呪具だっけ?それが出てきたら、一生あんたの奴隷になってやるよ。」
「いいでしょう。」
晝馬 さんの一声で、鹿野宮 家の護衛士の方々が、100名ほどぞろぞろ集まりました。
そして、ほんの数時間ほどで、埋め立てた全ての土が掘り出され、最後に中央にあった大岩までどかしました。
「……嘘だろ?何もない……。臭えのに!」
泥だらけの八咫 はそう嘆くと、地面の上にへたり込んでしまいました。
『確かに、ここです!今だって邪気は、この辺りに充満しています。』
「だが……何もない。どう言う事だ?」
お師匠さんも愕然とし、おでこに手を当てております。
予想では、土さえ掘り起こせば、邪気を放っている呪源、呪具が見つかるはずでした。
「死体でも見つかるかと思ったか?」
「もっと掘れば、恐竜のご遺体でも見つかるかもな。」
晝馬 さん達が、馬鹿笑いをしました。
お師匠さんは、大旦那様から頂いたばかりの前金がズッシリ詰まった袋を、しぶしぶ晝馬 さんに渡しました。
「ありがとさん!」
僕も、お師匠も、何度も何度も空になった池底の中を歩き回り、呪具を探しましたが、何も見つかりませんでした。
「参ったな……。」
「お師匠。こうなったらさ、呪具じゃなくて、術者を探すしかなくね?」
八咫 が、小石をもて遊びながら、諦め気味に言いました。
『どうやって探すんです?』
「明部 って人の話だとさ、今回の怪異は、離魂体 だろ?となると、術者っていうか原因は本人だろ?」
「離魂体 だとするなら、ここから感じる呪源はなんだ?
それに、明部 さんは、その怪異に触れたと言っていただろ?離魂体 って〜のは、他人が触れたりできないんだ。まして、霊感がない者なんかには、無理。」
お師匠さんが、呆れながら答えました。
「分かった!離魂体 亜種が、出来ちゃったって説はどう?そうだよ!この池でさ、なんか変な儀式をして、ワザと離魂体 を発生させたんじゃね?心の病で、自然に起きちゃったとかじゃなくてさ。
ほら、離魂体 を本人が見るのは、死の前兆とかって言うじゃん?それを見せて、ビビらせるのが目的なんだよ!」
「明部 さんの話、本当に聞いてたのか?珍しい景色に見惚れてたか、寝てたんじゃないか?八咫 。」
「えっ?……そんな事……ねぇよ?」
「疑問系なのが怪しいぞ。
明部 さんの話では、2人目が現れた時、オリジナルは、ずっと寝てたんだ。」
「そういえば……。うん言ってたな。」
八咫 が、うんうんと偉そうに頷きました。もう〜……。
『とにかく、憶測だけで判断するのはまだ早いです。僕らは、まだ怪異すら見ていないのですから。』
「その通りだ。ミツチ!お利口さんには、今朝買ったばかりの、このほっかほか大福をやろう!」
お師匠さんは、泥だらけのお尻のポケットから取り出した、微妙に温かく、完全に潰れた大福を手渡してきました。
この温かさって……。お尻の下にあったから、温かいんじゃないのかな……?
優しい僕は、背後で羨ましそうに見てる八咫 に、大福を譲って上げました。
「やった!ありがとうな、ミツチ!」
「おいおい!なんで、やっちゃうんだよ?ミツチ!」
『…………。』
「いただきます!」
八咫 は嬉しそうに、大福をパクリ……。
「あれ?この大福、くせぇ!屁の匂いがする。」
だと思いました……。
「そういえば、護衛士達から何か聞けたか?」
『あ……はい。それが……、役に立つ情報かは分かりませんが、皆さんが仰るには、鹿野宮 家の方々は、阿奈 様以外、本当にお優しかったけど、ある日を境に、急にお人柄が変わってしまったのだと。』
「ある日?」
『大旦那様と、若旦那様の時は、大奥様が亡くなられた後で、若旦那様のご子息の皆さんは、学童に上がった頃からガラリと変わったと。』
「学童……?」
お師匠さんは、首をかしげました。
『まぁ……貴族の学童は、ただの学ぶ場ではなく、主に政治の駆け引きの場となるそうなので、性格が変わってしまう事はよくあるそうです。』
「うむ……。」
『関係あると思いますか?』
「わかんないな〜。大奥様が亡くなられた後って事も、誰かの死を切っ掛けに、人柄が変わるって〜のもよくある話だしな。だが、気に留めておこう。」
途方にくれていると、「えっ⁈」っと八咫 が驚く声が聞こえました。
掘り返した土の山から、何か見つけた様です。
「ねぇ、お師匠。この木札……木偶かな?」
僕らを乗せた馬車は、屋根がある巨大な正面門は潜らず、人目を気にしてか、人通りがまるでない小道にある地味目な裏門から入りました。
天下の
ですが、意外にも
「がっかりだな……。お城みたいなのかと思ってたのに。これじゃあ、中流階級街にある大商人の屋敷の方が豪華だな。」
「失礼だぞ!
「だって……。」
「まぁ、皆様、驚かれます。大旦那様が、兄君様から賜ったからという理由もございますが、大旦那様は亡くなられた奥様や長子様と過ごされた思い出を大切にされておられる為、どんなにお偉くなっても、このお屋敷はその時のままなのでございます。」
「そのお二人は、ご病気か何かで?」
「……えぇ、まあ。」
今回の怪異と関係があるのかしら?と思い、いつお亡くなりになったのか伺いたかったのですが、その悲しそうなお顔を見てしまうと、とても聞く気にはなれませんでした。
馬車は、裏玄関の前に到着しました。
間近で見たお屋敷は、塀の外で見た以上に禍々しい邪気に包まれ、夥しい数の亡霊が、屋内外問わず、うじゃうじゃおりました。
横の
『
「ミツチ、お師匠……。あれ……。」
『え?』
僕とお師匠さんは、眉をひそめ、
逆光で、何があるのかはハッキリ見えませんが、フラフラしている黒い物体が見えます。
『何か……立ってる?』
僕がそう言う呟いた時、お師匠さんが「クソッ!」っと言うや否や、早口で召喚術を唱えました。
その直後です。屋根にいた影が、倒れる様に落下し、地面に激突!
……したかと思いましたが、お師匠さんが召喚した大きな山犬の妖怪
なんだろう?とソレを見ると、酷くやつれた20歳前後ぐらいの男性でした。顔色は青白く、肩ぐらいまである黒髪はボサボサで、真夜中に見たら、幽霊と間違えてしまいそうです。
「
山犬の妖怪が、スーッと消えると、蒼白なお顔の
「どうしてこんな⁈」
「もう限界なんだ!死なせてくれ!私に、生きる資格などないのだ!」
目はちゃんと開いており、視線は
う〜ん、眠っては……いらっしゃらない様ですね。
周囲にも、屋根の上にも……誰もおりません。
つまり、ご自分のご意志で……という事でしょうか?
「誰か‼︎早く誰か‼︎」
泣いて暴れる
「何をやっているのですか⁈」
「すみません。ちょっと目を離した隙に。」
医師は診察しながら謝罪をすると、注射器を看護師から受け取り、
「やめろ!その薬はもう嫌だ‼︎」
注射器の中身は鎮静剤とかなのでしょうか?問答無用で注射をされた
「
息切れをしておられる
「あれは……、呪いの仕業でしょうか?2人目が現れ、飛び降りる様に仕向けたのでしょうか?」
お師匠さんは、お屋敷の中へ運ばれて行く
「この敷地内には、多くの下級霊が彷徨っていますが、人に害をもたらす程の力を持つ霊や、怪異は見当たりません。
「つまり?」
「飛び降りたのは、呪いでも怪異の仕業でもないかと。」
「そんな……。」
「とにかく、調べてみない事にはなんとも……。」
「分かりました。屋敷の使用人達には、全面的に協力をする様言いつけておりますので、何なりと指示をして下さい。」
早速、僕らは、大旦那様の部屋へ通される事となりましたが、お屋敷内の濃い邪気にあてられてしまった僕は、すっかり気分が悪くなってしまいました。
『お師匠さん。僕、気分が……悪い……。』
「確かに、邪気が濃いな。外で待ってろ。」
お師匠さんは、辺りを見渡しながらそう言いました。
『ごめんなさい。』
「
「俺は平気だよ。ミツチほど霊感無いから。」
『外で待ってます……。』
情けないです。霊感が鋭い僕こそ、呪いにかかっている人に会うべきなのに。
後から聞いた話では、大旦那様のご様態は虫の息といった所だったそうです。
埋め立ててしまった池の調査に関しても、特に反対される事など無く、あっさり許可が得られたと。と言うか、「あ……」しか仰られなかったとの事。
「あれは、もう末期だな。」
見事に手入れがされた庭園を歩きながら、お師匠さんが、お屋敷の方を振り返りました。
『そんなに酷いのですか? 』
「年齢的なものもあるが、体力がもう限界だ。怪異を解決しても回復は難しいだろうな。」
『他の人達は?』
「同じ様なもんだ。かなり参ってる。一番若い
「元気ねぇ……。『出て行け!』って花瓶を俺らにブン投げられるぐらいは、元気だったな。」
呆れ顔の
「貴族の大半が、平民は害虫だと思ってるんだ。普通の反応だろ?
まずは、この邪気をどうにかしないとだな。こんなに濃くちゃ、呪がなくても具合が悪くなる。」
お師匠さんは、庭園の中にある東屋に入ると、邪気浄化の道具を鞄から取り出し、机に並べ、
「けどさ、変だよな〜。あんなに具合が悪そうなのに、あの人達の寝室にも、屋敷にも、呪具らしきもんは全く見当たらないなんてさ。」
「おい、
「失礼だな、お師匠。ちゃんと断ったよ。両手が切断されて、その手を探し回ってる怨霊に。」
『いや……。それは断ったと言いませんよ。』
「じゃあ、返す?」
見事な歯形がついた白桃を、差し出してきました。
『もう!』
「金を払って、謝罪しろ!」
「そんな!お師匠ぉ〜。」
「盗みは犯罪だと、何度も言ってんだろ⁈ダメなんだ!」
お師匠さんのその言葉に、
「……取れる物は取れ……。食える時に食え……。それは死んだ兄ちゃんから教わった唯一の教え。そして、遺言……。それを、お師匠は否定するのか?」
そのお兄さんも、
「断固否定する!っていうか、そのネタはもう飽きたぞ。新しいネタを探せ!」
「うう……。」っと
可哀想な生い立ちではありますが、寺の妖術士たちの殆どが孤児なので、同情…………するには、ちょっと弱いのです。僕も孤児ですし、家族の事すら記憶にありません。むしろ、お兄さんとの思い出がある分、羨ましいです。
「とにかく、ダメなものはダメだ。謝って、罰でもなんでも受けてこい!」
『そうそう呪源は、元池があった辺りで間違いなさそうです。祈祷師達は、そこで何かを見つけたのでしょう。』
「……行ったのか?なんで待ってなかったんだミツチ⁈いつも言ってるだろ!一人で水辺に近づくなと!」
『……ごめんなさい。でも、水辺じゃないですよ……。池はキチンと埋め立てられてましたから。』
「それでもダメだ!もう二人共、なんでいつも勝手な事をするんだ⁈」
僕は覚えておりませんが、幼い頃僕は、水妖に襲われた事があったそうです。なのでお師匠さんは、僕が水辺に近づく事を大袈裟に心配するのです。
無事に戻ってきた
池の埋立地は、赤い煙の様な邪気が、温泉地の様に黙々と地面から噴き出しておりました。
「くっせー!なんだこの臭い。ヤバいな!」
鼻をつまんだ
僕も、鼻をつまみました。邪気の臭いは、基本血生臭いのですが、ここのはヘドロの様な臭いまで混ざっているので最悪です。
「呪源は、この下で間違いないな。しっかし……、なんで、こんな事するかな〜……。」
口元を襟巻きで覆ったお師匠さんは、元池の上を歩きながら嘆きました。
「そういや、ミツチ。体調は大丈夫なのか?」
『屋外なので、大丈夫です。』
「お師匠の強烈な屁と一緒か。外じゃ、分散されるもんな。」
「こら
お師匠さんが、
「あいったー!するじゃ〜ん……。……で、どうすんだよ?お師匠。こんな広い所、まさか全部掘り返すの?掘ってる間に、依頼人が死んじゃうよ。」
『
「違うよ。
あっ、
「なに、偉そうに言ってんだ……。」
そんな事より、どうやって呪源となっているモノを掘り出すかです。
霊が彷徨っている場合、大抵呪源は、その霊のご遺体。しかも、たくさんの怨霊がここにいるという事は、たくさんのご遺体がここに埋まっている可能性が高い……という事になります。
「どうすっかな……。」
「死体が出たらどうすんだよ。お師匠。」
「俺らは、罪を裁く立場にない。出たら出たで、この家の人に任せるしかないさ。さっき大旦那様から頂いた前金がズッシリだったのは、その為だろう。」
「口止め料って事か。」
『それなら、僕らで掘るしかないと言う事でしょうか?』
「大丈夫だ。情報収集も兼ねて、彼らに頼む。」
お師匠さんはそう言うと、怪訝そうにこちらを見ている兵士達を指しました。
「貴様らか?
体格の良い強面の偉そうな中年男性が、お師匠さんの前に立ちはだかりました。
「妖術士の
「俺は、護衛士長の
ぬーっ!詐欺師とは失礼な!
「許可を得て、この埋立地の調査をしてます。」
「何もないぜ?」
「呪源となっている呪具が、この土の下にあるはずです。できたら、掘り起こすのを手伝ってくれませんか?」
「言っただろ何もないと。聞こえなかったのか?」
「必ずあります。」
何がおかしいのでしょう?
「
「ひでぇ事言ってくれるな。構うに決まってるだろ?平民と違って、貴族社会じゃ、主人をコロコロ変えられないんだ。主人が没落すれば、配下も共倒れさ。」
「なら、手伝って下さい。」
「だから、何も無いんだって。俺らは、埋め立てる時、水を全部抜いたんだ。そん時は、馬鹿高い鯉と、デカい蛙しかいなかった。」
「鯉は売っちまったが、デカい蛙ちゃんなら、まだその辺にうじゃうじゃいるぜ。聞いてみたらどうだ?『何にもないケロ』って言うと思うがな。」
2m以上はありそうな巨漢の護衛士がそう言うと、仲間達がまたゲラゲラ笑いました。
「なあ、賭けないか?今日、あんたが大旦那様からせしめた前金があるだろ?それでどうだ?」
確実に呪源があるのは確かです。ですが、その余裕に満ちた表情を見ていると、ないかも……と不安になります。
「いいでしょう。で、あなたは?」
「そうだな……。呪具だっけ?それが出てきたら、一生あんたの奴隷になってやるよ。」
「いいでしょう。」
そして、ほんの数時間ほどで、埋め立てた全ての土が掘り出され、最後に中央にあった大岩までどかしました。
「……嘘だろ?何もない……。臭えのに!」
泥だらけの
『確かに、ここです!今だって邪気は、この辺りに充満しています。』
「だが……何もない。どう言う事だ?」
お師匠さんも愕然とし、おでこに手を当てております。
予想では、土さえ掘り起こせば、邪気を放っている呪源、呪具が見つかるはずでした。
「死体でも見つかるかと思ったか?」
「もっと掘れば、恐竜のご遺体でも見つかるかもな。」
お師匠さんは、大旦那様から頂いたばかりの前金がズッシリ詰まった袋を、しぶしぶ
「ありがとさん!」
僕も、お師匠も、何度も何度も空になった池底の中を歩き回り、呪具を探しましたが、何も見つかりませんでした。
「参ったな……。」
「お師匠。こうなったらさ、呪具じゃなくて、術者を探すしかなくね?」
『どうやって探すんです?』
「
「
それに、
お師匠さんが、呆れながら答えました。
「分かった!
ほら、
「
「えっ?……そんな事……ねぇよ?」
「疑問系なのが怪しいぞ。
「そういえば……。うん言ってたな。」
『とにかく、憶測だけで判断するのはまだ早いです。僕らは、まだ怪異すら見ていないのですから。』
「その通りだ。ミツチ!お利口さんには、今朝買ったばかりの、このほっかほか大福をやろう!」
お師匠さんは、泥だらけのお尻のポケットから取り出した、微妙に温かく、完全に潰れた大福を手渡してきました。
この温かさって……。お尻の下にあったから、温かいんじゃないのかな……?
優しい僕は、背後で羨ましそうに見てる
「やった!ありがとうな、ミツチ!」
「おいおい!なんで、やっちゃうんだよ?ミツチ!」
『…………。』
「いただきます!」
「あれ?この大福、くせぇ!屁の匂いがする。」
だと思いました……。
「そういえば、護衛士達から何か聞けたか?」
『あ……はい。それが……、役に立つ情報かは分かりませんが、皆さんが仰るには、
「ある日?」
『大旦那様と、若旦那様の時は、大奥様が亡くなられた後で、若旦那様のご子息の皆さんは、学童に上がった頃からガラリと変わったと。』
「学童……?」
お師匠さんは、首をかしげました。
『まぁ……貴族の学童は、ただの学ぶ場ではなく、主に政治の駆け引きの場となるそうなので、性格が変わってしまう事はよくあるそうです。』
「うむ……。」
『関係あると思いますか?』
「わかんないな〜。大奥様が亡くなられた後って事も、誰かの死を切っ掛けに、人柄が変わるって〜のもよくある話だしな。だが、気に留めておこう。」
途方にくれていると、「えっ⁈」っと
掘り返した土の山から、何か見つけた様です。
「ねぇ、お師匠。この木札……木偶かな?」
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