第9話 不吉な兆し
文字数 15,399文字
『八咫 ぁぁぁぁ‼︎』
僕は、叫びながら羽起きました。
はぁはぁと息を切らしつつ、周りを見渡しました。
そこにあったのは、見覚えのある風景……、僕の勉強机、僕の箪笥。僕の本棚。そして、この布団は僕の。
窓からは、見慣れた朝の寺庭の風景。
『えっ⁉︎』
混乱しながら、隣りの寝台で「う〜……う〜……」と唸りながら寝返りを打つ、八咫 を見ました。
良かった〜……。
って……ん?、何が?
なんでしょう?物凄く嫌な夢?を見た気がしますが、全く記憶にございません。
いやいや、そもそも僕らは、なぜ布能洲 寺の自室にいるのでしょう?鹿野宮 家のお屋敷にいたはずなのに……。
『確か……、夕食後……。え?夕食中……。あれ?』
夕飯を食べた記憶はありますが、それ以降の記憶がぼんやりしています。
何が起きたのか八咫 に聞こうかと思いましたが、何やら寝言を呟いているので、起こさない方がいいでしょう。寝言を言っている人に話しかけてはいけないと言う、ナゾ迷信がありますから。
『あっ!お師匠さんなら、もう起きてるかもしれませんね。』
僕は寝巻きを脱ぐと、いつもの寺着に着替え、髪をとかし、結き直しました。
そして、扉を開くと……。
「ちょっと!!!八咫 起きてる⁉︎」
僕の一つ上で、同じ妖術士見習いの紗里 さんが、乱入し、せっかくそっとしておいた八咫 のお尻をドゴッ!と蹴り飛ばしました。
「ってーーー‼︎」
八咫 が、お尻を摩りながら、紗里 さんの方を振り返り、強腰の構えでで思い切り睨みつけました。
「何すんだよ紗里 !」
「何すんだは、こっちのセリフ!あんた、アタシの鞄、間違えて持ってったでしょ⁉︎」
そう言いながら紗里 さんは、泥だらけの革鞄を、グイッと八咫 の直ぐ目の前へというか、顔に押し付けました。
「むむっ!っむっつむ!」
『ちょっと、紗里 さん!死んじゃう!八咫 が死んじゃいます!』
慌てながら僕は、力づくで鞄を、八咫 の顔から引き剥がしました。
ぷっはーっと八咫 は、息をしてから、「殺す気か!」っと紗里 さんにつっかかり、取っ組み合いの喧嘩を始めました。
取っ組み合いの喧嘩はいつもの事なので、僕は二人を放置し、鞄を開け、本当に間違えたのか確かめる事に。
中には、グシャっと入れられた八咫 の着替えに、呪具、お泊まり道具等が、ゴチャっと入っています。
最後に、肩紐部分の泥を丁寧に落とすと、刻印された“紗里 “という名前が。
『有罪です。』
「でしょ?」
「いやいや待て待て、それは言いがかりだ!紗里 の方が間違えて俺の鞄を持ってったから、仕方なく、残ってた鞄を使ったんだって!」
「違います〜ぅ!あんた達の方が、先に出発しました〜。」
紗里 さんと八咫 は、どっちが先に間違えたのかで揉め始めました。
やれやれ。さっさと、この正直どうでもいい裁判を終わらせましょう。
『そもそも、出発前日に荷物を用意して、自室に置いておけば間違えずに済んだんじゃないですか?というより、いつも鞄を、自室に置かず、道具置き場にいつも置きっぱなしにしてるから−−−』
「「うるさい!!」」
なんだかんだと仲がいい二人です。いつまでもお幸せに。
紗里 さんは、奪うように僕から鞄をひったくると、裏側を八咫 に見せました。
そこには、大きな焦げ跡があり、中心には人差し指が突っ込めるほどの穴が……。
「なんなのよ。この焦げ跡は⁉︎」
「アレ?こんなのあったっけ?」
しげしげと八咫 は、焦げ跡を見つめます。
『あ〜。もしかすると、召喚をした時の雷!』
「あぁ〜……。」
あの時は、色々と必死で、自分たちの鞄とか気にかけてる暇がありませんでした。
かなり派手にドッカンドッカン雷が落ちてきていたので、その時に当たったのかもしれません。
「悪かったよ。紗里 。」
八咫 は弱腰の構えで負け…ではなく、非を認めました。
「悪かった?それだけ?鞄は、昇級試験に合格しないと、新しいのが支給されないんですけど?それまで、この穴が空いた黒焦げの鞄を使えと?」
昇級試験とは、まぁそのままの意味です。一年に一度、この国の最北端にある妖術士の総本山で、実技と筆記試験が行われます。
見習いだけでも等級は10あり、それを全てクリアする事で、ようやく妖術士試験に挑む事ができます。
また妖術士にも試験があり、等級は、下級、中級、上級、特級。上になればなるほど受けれる任務の幅が広がり、報酬も高くなるという仕組みです。
一見すると、夢への階段のような仕組みなのですが、せっかく受かっても、浮かれてなどいられません。
依頼人になりすました試験官が行う、抜き打ち降格試験という恐ろしいものもございます。
当然、不適格と見なされれば、降格+耳ダコのお説教となる訳です。
「はいはい、ごめんなさい!俺のと交換でいいです!」
全然謝罪している様には見えない態度で八咫 は、火に油をドボドボ注ぎました。太っ腹だね。
「イヤ!!あんたの臭いが染み付いた汚い鞄なんて!」
「はぁ?じゃあ、どうしろって言うんだよ!」
やれやれ、第3ラウンド開始の様です。
このまま放っておいてもいいのですが、「なぜ止めなかった⁉︎」っと流れ弾に当たる危険があるので、とりあえず仲裁には入りましたよという事実を作っておこうと思います。
『もう!いい加減にして下さい!』
僕は、胸ぐらを掴み合っている二人の間に割って入り、紗里 さんに自分のキレイな鞄を渡しました。
『試験は、丁度、来月にあるので、僕のと交換しましょう。』
「ダメダメ!ミツチは関係ないでしょ!コイツに、鞄を買わせるから気にしないで!」
「は?なんで俺が買わないといけないんだよ。来月の試験で受かれば貰えんだから、買う必要ないじゃん!」
八咫 が、口を尖らせながら、腕を前で組みました。
「どうせ今年も、私は試験を受けられなくなるに決まってる。だから、鞄も来年までないの!」
「は?受けられないんじゃなくて、受かんないだろ?」
「ちっがうわよ!試験勉強はバッチリだし、絶対受かりますぅ!けど、私の鞄がこんな事になっちゃったんじゃ、今年の試験も受けられない!」
『え?何を言いって…………、あっ!』
僕はハッとしました。
紗里 さんの能力……と言うか、宿命は、不幸を予知する事。能力と言い切れないのは、本人が意図して行う事ができないのと、和尚さん曰く、おそらく何らかの怪異によるものか、呪いだから。
どのように予知するのか、例で言いますと……。
例1、紗里 さんが橋を歩いていたら、全財産が入った財布が落ちて転がり、川にドボン。財布を拾おうと、急いで橋を渡り切った直後、橋が倒壊。
例2、紗里 さんのそんな特異性に気づいたご両親が、彼女を気味悪がり、人買いに売ってしまった。人買いに連れられ、村を離れた数日後、土砂崩れで村一帯が、全て流されてしまった。
例3、その後、紗里 さんは呪禁師という悪の組織に売り払われ、酷い扱いを受けていたのですが、偶然にも和尚さんが紗里 さんを救出。その数日後、その街で大地震が起きた。
最近の例ですと、先ほど紗里 さんが言っていた「どうせ今年も……」の話。
丁度去年の今頃、紗里 さんは、寺までの歩きなれた山道で、雨も降っていないのに足を滑らせ、転倒、骨折などの大怪我を負ってしまいました。
当然、試験どころか、最北端の総本山すら行けるはずもなく、布能洲 寺でお留守番。
ところが、総本山の試験会場で、実技試験で使用された侍従契約妖怪が、暴れ、制御不能となり、建物を破壊しまくり大惨事が起きてしまったのです。
負傷者76名、死者18名が出てしまった為、当然試験は中止。
因みに、受験生だった八咫 と僕も、全治3ヶ月の大怪我を負いました。
っという訳で、紗里 さんが不幸な目に遭うと、その後、彼女がいる、又は行くはずだった場所で、数倍の不幸が起こるのです。
それは彼女の特異能力が引き起こしているのか、プチ不幸を代償に、大きな災いから回避しているのかは謎ですが……。
『今回は、鞄が台無しになった程度です。去年ほど酷い不幸なんて起きませんよ。むしろ、その程度で良かったじゃないですか。』
「…………それもそうね。」
紗里 さんが、手を顎にあてて頷きました。
そこへ、紗里 さんのお師匠さんで、中級妖術士の哀流 さんがやってきました。
この方は、20半ばの女性妖術士さんです。おっとりした優しい方で、侍従契約妖怪は、治癒系妖怪。
ただ、所詮妖怪が治癒をするので、傷の度合いによっては、それなりの代償を伴います。それは彼女の体の一部。なので、いつも髪を長く伸ばしているそうです。因みに、今の髪の長さは、床につく程だそう。洗髪が大変ですね。
「見つけましたよ。紗里 さん!何をやっているのですか?言いつけた用事はどうしましたか?」
「あっ!いっけない!八咫 達の部屋の前を通ったら、いる気配がして、そうしたらムカついちゃって……。」
紗里 さんが、コイツのせいですと言いたげに、八咫 を睨みました。そうなんですけど。
『哀流 さん。ウチの師匠は、もう起きてますか?』
僕の問いかけに、哀流 さんは、人差し指を頬に当て、ゆっくり首を傾げました。
「え?嶺文 さんは昨夜、あなた達を連れて帰られてから、直ぐに、和尚さんと何処かへ出かけましたよ。」
『「え?」』
八咫 も僕も困惑しました。
和尚さんと一緒に出かけた?どう言う事でしょう?
目覚めた時のとてつもない不安感を思い出し、ゾワっとしてしまいました。
『どこかって? 』
哀流 さんは、立ち去ろうとしていた足を止め、振り返りました。
「私も聞いたのだけど、教えて頂けませんでした。ただ、来週中には戻るとだけ。」
「王都に戻ったのかな?」
八咫 が、僕の方を見て言いました。
『そうですね。鹿野宮 家の方々には、まだ安魂《あんこん》術が必要ですし。』
「違うと思いますよ。お二人とも、野営用の荷物を持って行かれましたから。それに、登山や原野をを走るのに適したショロン種を馬車に繋いでましたよ。」
哀流 さんは、人差し指を頬にあてながら教えて下さいました。
「じゃあ、鹿野宮 家の怪異は、誰が抑えてんだ?」
眉間にシワを寄せる八咫 と同じように、僕も眉根を寄せました。
「詳しい事情は分かりませんんが、祈祷師に任せたと言ってましたよ。だから、大丈夫なのではありませんか?」
ますます訳が分からないと言う顔をしている僕らに、哀流 さんは困った顔をされました。
困らせるつもりはありませんでしたが、他の妖術士に任せるならともかく、敵対関係とまでは言いわないものの、仲良しではない組織になんておかしいです。
それに、祈祷師は、鹿野宮 家と喧嘩別れをしたはず。どういう事でしょう?
「では、私は任務がありますので、失礼しますね。」
「お師匠、いってらっしゃい!」
紗里 さんに声が、ぶんぶんと哀流 さんに手を振りました。
『え?哀流 さんに、ついて行かないのですか?』
「来月の試験まで任務無し。勉強しなさいって。」
紗里 さんが、不服そうに口を尖らせました。
『でも、用事って……。』
「あぁ、麓の九九 村の村長さんに、和尚さんからの手紙を届けるだけ。今日は行けないって事も伝えに。ミツチも来るでしょ?」
『えっと…… 。ちょっと遠慮します。』
「え〜なんで?一緒に行って!あたし、あの村の村長さん苦手なの!」
紗里 さんは、僕の腕を掴むと、ぶんぶん揺すりました。
九九 村の村長さんは、70前後の女性なのですが、シャキシャキした感じの威厳があるお方なのです。
『お手紙を届けるだけでしょ?大丈夫ですよ。』
「怖いって!一緒に行って!」
『気持ちは分かりますが、……僕、なんかあの村の空気が苦手で……。』
「は?空気?皆んないい人ばかりじゃん。」
『そういう意味の空気じゃなく、別の意味で嫌な空気が……。』
「嫌な空気?あの村に、邪気なんてないでしょ?この寺の人間が、しょっちゅう出入りしてんだから。」
『そうなんですけど……。なんというか、ほら、高い所の淵に立った時の様な、すくみ上がるような感覚がするんです。村の道祖神を抜けると。』
「タマヒュンって事?」
『たっ、タマ……。まあ……。』
「変なの……。じゃあ八咫 でいいや。」
紗里 さんが、八咫 の方を向きましたが、八咫 は、プイと顔を逸らしてしまいました。
「誰が行くか!」
そう言うと八咫 は、スタスタと厠の方へ行ってしまったので、僕も便乗するように、八咫 を追いかけました。
紗里 さんが「ちょっと!」と怒鳴りましたが、まぁ無視で大丈夫でしょう。
『待って下さい。八咫 !』
「何?」
『あの、昨日、僕ら、鹿野宮 家で夕飯食べてましたよね?その後、どうして寺に戻る事になったのでしょう?』
「え?」
八咫 は、きょとんとした顔をしました。
「あぁ。俺、気づいたら、馬車の中だったんだよな〜。なんかさ、俺、飯食った後、寝ちゃったみたいでさ、椅子から落ちた時に、頭を強く打って気を失っちまったらしいんだ。
だから、寺に連れ帰る事にしたんだってさ。で、ミツチも寝てたから、一緒に。」
『……そうですか。』
明らかに不可解です。普通、隣の人が、気を失うほど頭を打つような事故が起きたら、周囲が大騒ぎすると思うんです。そうしたら、僕、絶対起きると思うんです。
それに、頭を打った怪我人を、遠くの寺まで運ぶって、下手したら死ぬレベル。
そんなツッコミ所満載な嘘をつくなんて、お師匠さん、どれだけ僕らの事を、バカだと思っているのでしょう?あっ、八咫 は信じている様でしたね。
『頭、大丈夫ですか?あ、あの、痛いですか?って意味の。』
「え?あぁ……。なんかさ、打ち身の痛さっていうより、頭痛が酷いんだ。」
『えぇ⁈なんで早く言わないんですか?哀流 さんがいらした時に言えば良かったじゃないですか。』
「ずっと痛いって感じじゃないんだ。波がある痛さっていうの?下痢の時みたいな。まぁ、寝てれば治るよ。」
八咫 はそう言うと、厠の中へ入ってしまいました。
お師匠さんが戻ったら、伺ってみよう!そう思った時でした。
「和尚様は⁈和尚様はいらっしゃいますか⁈」
麓にある九九 村の村長さんが、駆け込んできました。
何事でしょう?
事務員の茶徒 さんが現れ、和尚さんは外出中ですと、村長さんに説明しています。
「じゃあ、誰か、特級、上級以上の妖術士を寄越してくれないか?」
村長さんが、すがるように茶徒 さんの腕を掴みました。
「蓮林 村長。実は、全員で払っていて、残っているのは、私共事務員と、見習生しかいないんです。
あっ、ですが、中級妖術士の哀流 さんなら、さっき出かけたばかりです。」
「中級じゃダメだ!
なら、あんたでいい。茶徒 さん、来ておくれ!」
というのも、この茶徒 さん、実は元上級妖術士。ですが、数年前から霊が視えなくなってきた為、惜しまれつつも引退されたのです。
因みに、蓮林 村長も元妖術士。茶徒 さんと同じように、霊が視えなくなった為に引退。その後、九九 村の当時の村長さんとご結婚。そして、3年前にご主人の村長さんがお亡くなりになられた為、ご自分が村長となり、村を治めていらっしゃるのです。
「無理です!侍従妖怪も引退をした時、契約解除をしてしまいましたし、霊は視えも感じもしません。今はただの一般人です。
それより、何があったのですか?」
「ニルフさんがいなくなったんだよ!」
「え⁈本当ですか?まさか!」
「密室状態なのに、封印だけが壊されてたんだ!」
ニルフさん?
確か、九九 村の御廟 で祀られていた土地神様だと聞いていますが……、封印?
僕は、二人が見えないであろう位置の壁に、体を隠し、聞き耳を立てました。
「なら、赤烏 で、近くにいる上級以上の妖術士を、直ぐに呼び戻してくれ。」
蓮林 村長が、提案しました。
赤烏 とは、和尚さんの侍従契約した赤い烏の妖怪で、この寺の伝言係です。
「……それは難しいでしょう。」
「ナゼだい?」
「実は、各地で大物妖怪や悪鬼が、突然縄張りを放棄して、逃げたそうなのです。」
「なんだって⁈」
「そのせいで、中小の妖怪達が暴れ回ってしまい、皆、その鎮圧をしに向かっているのです。一件一件は大した事ない案件ですが、数が多すぎて……。」
各地で?
安托士 も何かから逃げ出したと言ってました。同じ理由でしょうか?
「ニルフさんも……って事か……?」
蓮林 村長が、難しい顔をして考え込みました。
「逃げただけならいいのですが……。」
「そうだね。ニルフさんは、400年近く経っても浄化できなかった程の悪鬼。このままいなくなってくれれば助かるんだけど……。」
悪鬼⁈九九 村の土地神様ではなかったのですか?
妖怪は、人間の魂が悪霊となり、更に悪事を重ねてなる存在ですが、悪鬼とは、天人が闇堕ちてなった存在。簡単にいうと、妖怪よりヤバイのです。
そんな警戒すべき悪鬼がいたのに、なぜ、僕らは嘘を教えられていたのでしょう?
「ですが、安心はできません。
ニルフさんという、魔除けのような存在がいなくなってしまったからには、各地で起きている小規模怪異が、九九 村でも起こるようになるかもしれませんね。」
「そうだね。
なら、見習いでもいい。結界が張れる子を貸してくれないか?」
「それなら……。」
茶徒 さんが、何気に辺りを見渡し始めたので、僕は、サッと身を隠しました。
「ミツチ!」
バレてました……。
「そして……そこ!ずっと聞いてたね?」
廊下の曲がり角から、紗里 さんも、もじもじしながら現れました。
「立ち聞きしてたようだから、要件は分かってるね?」
茶徒 さんは、ちょっと怒った口調で、紗里 さんと僕に言いました。
『「はい……。」』
「でも、あたし、結界はあまり得意じゃなくて。」
『僕も、結界用の塗料の調合が苦手で、いつも八咫 がやってくれてて……。』
茶徒 さんが、怖い顔で微笑みました。
「なら、丁度いい機会だね。来月には試験もあるし。」
『「で、ですよね〜……。」』
選択肢はないようです。
「そういえば、太良 さん、今朝は、九九 村へ向かったはずですよね?」
心配そうな顔で茶徒 さんは、蓮林 村長に聞きました。
「太良 さん?……いや、まだ来てなかったよ。ここへ行く途中も見かけなかった。」
太良 さんは、この布能洲 寺の厨房係です。
30代半ばの渋い感じの男性で、この方だけ唯一、生まれた時から第六感もない一般人。
美味しいご飯を作ってくれるだけでなく、僕らと鬼ごっこや影踏みやスゴロクなど、一緒に遊んでくれたり、おとぎ話や、冒険物語の本を読んでくれたりします。
和尚さんや、師匠達は、妖術士としても知識や一般教養を僕らに教えてくれますが、太良 さんは、親が子供に教えるような事を教えてくれるのです。
なので、布能洲 寺の子供達は、皆んな太良 さんの事が大好きなのです。
僕らとよく遊んでくれるから、ここで働く前は、子供でもいたのかな?っとも思いもしますが、ここに住んでいる人達は、僕も含め、全員訳あり。自分から話したりしない限りは、過去を聞いたりしないのが暗黙のルール。
太良 さんも、過去の事は、全く話さないので、余計な詮索はしてはいけません。
そんな太良 さんは、毎朝、食材などを仕入れに、九九 村へ通っていて、今日も……。
「……嫌な予感がするね。」
蓮林 村長の呟きに、僕らも真剣な顔で頷きました。
太良 さんがピンチかもと知っては、村長が苦手とか、村の感じが悪いとか気にしてられません!
脂汗を浮かべた茶徒 さんは、僕と紗里 さんに向かって、今直ぐに九九 村へ向かうよう指示を出しました。
僕らは、下山しながら、太良 さんを見つけられないかと目を配っておりましたが、残念ながら、見つける事はできませんでした。村のどこかで、無事でいてくれるといいのですが……。
幸い、九九 村のを守っているはずの道祖神を抜けても、いつも感じていたタマヒュンは起こりませんでした。
あれは、悪鬼ニルフさんが、この村に封印されていたから、感じていたっという事でしょうか?
田んぼの手前にある森の中で、紗里 さんが大声を上げました。
「見てミツチ!」
紗里 さんに促された先にあったのは、大きな木の根元に、僕の腰の高さまである大きな卵形の物体が数個。
ねっちょりした紫色の粘液に包まれ、ドクンドクンと動いています。
「なんなのあれ?卵?」
気持ち悪そうに、紗里 さんは、顔をしかめました。
『正体不明ですが、あのようなキモいものがあっていいわけがありません。』
「しまったね……。」
後からやってきた蓮林 村長が、卵のような物体の前に座り、ネチョネチョした粘液を触り、匂いまで嗅ぎ、ペロリと舐めました。
お年寄りの習性なのか?それとも元妖術士だからなのか?でも、ここは元妖術士だからと言っておきましょう。
「これは、江躯 の繭だよ。」
『江躯 ?』
「蛾みたいな姿をした妖怪だ。一匹一匹は小物で大した事ないけど、集団で襲ってくる厄介な怪異というより、災害だよ。」
『怪異が、繭を作るんですか?それは進化する為に?』
「進化する為じゃない。妖怪は、配下を増やすか、魂を喰らってなんぼだからね。
江躯 はね、浮遊霊を捕まえて、繭に閉じ込め、江躯 に変えちまうのさ。そして、自分の配下にするんだよ。」
僕らは、うへぇ……っという顔をしました。
「他にもあるかもしれないね。孵化する前に焼かないと、大変な事になるよ。」
蓮林 村長は、立ち上がると、法術を唱え出しました。
法術とは、妖術士の術とは違い、修行によって得た法力の事です。法力なら、妖力も第六感がなくてもできるのです。因みに、妖怪とまだ侍従契約をしていない僕ら見習いが使う術も、法術です。
村長がしばらく法術を唱えていると、紫色の火が発火し、繭を包み出しました。ドクンドクンと動いていた繭は、次第に動かなくなり、やがて真っ黒な炭となり、崩れ、消えてしまいました。
『「凄い……。」』
紗里 さんも僕も、あっけに取られてしまいました。
「お前達もちゃんと修行してれば、できる術さ。
さあ、ぼやぼやしてないで、他にもないか探すよ。」
「あの、手分けして探した方が良くないですか?村の人達にも協力してもらって。」
紗里 さんは、そう提案しましたが、蓮林 村長は首を横に振りました。
「あの、繭は、霊視ができないと視えないんだ。」
「でも、村長さんには、視えてるじゃないですか?」
「私は、あんた達のような、第六感が優れた人間と一緒にいる時だけにしか視えないんだ。だから、あんなデッカい繭ができていた事にすら、気づけなかった。」
「因みに、孵化って、どれぐらいでしちゃうんですか?」
「一週間ぐらいだね。まあ、ニルフさんがいなくなった後に来ただろうから、あと5、6日といったところだろう。」
「じゃあ、急ぎじゃないんですね?」
若干、紗里 さんは安心したような顔をしました。
「そうとも言えなよ。繭は孵化するまで余裕があるけど、その繭を作った江躯 達が、この村のどこかにいるはずだ。
それに、さっきも言ったけど、江躯 は集団行動する怪異。繭を潰してれば、怒って現れるだろうさ。」
『つまり、手分けしての作業は、危険って事ですね?」
蓮林 村長は頷きました。
「けど、いくら悪鬼ニルフさんがいなくなったからって、結界の役割を果たしてる道祖神があるのに、江躯 が入って来れちゃったんですか?」
紗里 さんが、僕も疑問に思っていた事を聞きました。
「あの道祖神は、外部からの怪異を侵入させない為の結界じゃないよ。ニルフさんを封印する為の結界の一部なのさ。」
『それって、ニルフさんは、そこまで厳重な結界を破ってまで逃げ出したかったって事ですか?』
「そういう事だろう。とにかく、今は江躯 だ。さっさと片付けちまおう。」
僕らは、太良 さんを探しながら、江躯 の繭を探し、焼くを繰り返しました。
それは結構な数で、これが全部孵化したら?っと思うと、ゾクリとします。
で、そのような事を繰り返していたら、なんとも毒々しい色の大きな蛾の妖怪江躯 が現れ、僕らに向かって襲いかかってきました。
僕らは、勇猛果敢に反撃をしますが、倒しても倒しても、江躯 は触覚を使って仲間を呼ぶので切りがありません。
こうなったら体力勝負です!っと意気込みたい所ですが、紗里 さんと僕は、布能洲 寺きっての、体力最弱コンビ。
「もうダメ!喉がカラカラだし、疲れた。もう逃げよう!明日でいいじゃん。」
とうとう紗里 さんが、弱音を吐きました。
よくぞ言ってくれました!
「何言ってんだい!怒らせた江躯 を村に置き去りにするのかい?村人達に怪異が起こったら、どう責任取るんだい?」
蓮林 村長が、凄く当たり前の事を言いました。そんな事分かってたから、言い出しにくかったんですけど。
もう、最後まで付き合うしかありません。それに、まだ太良 さんも見つけていませんし。
というか、江躯 が起こす怪異ってなんでしょう?こんなに頑張って、金縛り程度だったら最悪なんですけど。
やけくそで法術を唱えていると、村のあちこちから悲鳴が聞こえてきました。
家から転げ出る人、畑から飛び出してくる人、羊達と一緒に慌てて走ってくる人、あたりはてんやわんやの大騒ぎです。
「まさかっ……。」
蓮林 村長が、江躯 と戦いながら唸るように呟きました。
僕らも、江躯 を倒しながら、そちらに目をやると、逃げ惑う人々の背後から、鎌やら、鍬やら、包丁を振り回している村人達が見えました。農民一揆でしょうか?
「体力計算をしてる場合じゃないね。一気に方を付けるよ!」
『「は、はい!」』
状況は、刻一刻と悪くなっているようです。
蓮林 村長は、今までの倍以上の大きな火の玉を何個も作ると、江躯 の集団に向かって飛ばし、一気に燃やしてしまいました。っというか、全部燃やしてしまいました。凄いですね?
「行くよ!役立たず共!」
僕らの存在のおかげで、あなた妖怪が視えてるんですよ?なんて微かに思ったりしながら、役立たず認定をされた僕らは、大人しく蓮林 村長の後を追いました。
「村長!あの人達は?」
紗里 さんが、走りながら訊ねました。
「江躯 の怪異だよ。鱗粉がかかると、凶暴になっちまうんだ。」
蓮林 村長は、物置に立てかけてあった箒を掴むと、僕らにも、箒を持つように指示をしました。正気でしょうか⁈
村長は、暴れ村人と化した人の顔面に向かって、箒の穂先で思い切りぶん殴りました。クリティカルヒットとはなっていないようですが、微妙に嫌そうです。
「ぼさっとしてないで、お前達も、箒で鱗粉を払うんだよ!」
なるほど、箒で暴れ村人についた鱗粉を払取ろうって事ですね。
江躯 が小物妖怪なせいが、鱗粉は思いの外簡単に取れ、暴れ村人の方々は、次々に正気に戻っていきました。
とはいえ、道端には怪我を負った人々や、お亡くなりになった人までいます。こんな小さな村社会で、人間関係の修復は、果たしてできるのでしょうか?
そんな余計なお世話的な心配をしながら、他に暴れ村人になった人はいないか探していると、太良 さんが、鍬を持った暴れ村人に襲われる寸前。しかも、その背後には崖。深い谷底には川。落ちたら死亡確定です。
『太良 さん!!』
僕と紗里 さんは、全力疾走で駆けつけます。
僕の方が、紗里 さんよりも早く着いたので、今まさに鍬を振り下ろそうとしている暴れ村人に体当たりをしました。
ですが、暴れ村人がよろけた瞬間、鍬が太良 さんにぶつかってしまい、太良 さんは崖から落下。
慌てて僕は、太良 さんの腕を掴みますが、僕の体重と力では、重力に適うはずもなく、太良 さんと一緒に落下してしまいました。
「ミツチ!」
紗里 さんの叫び声が聞こえます。
もしかしたら、これが紗里 さんの鞄に穴が空いた代償でしょうか?
そう思いながら落下してる途中、太良 さんが僕の体を抱き寄せ、守るようにぎゅっと抱きしめてくれました。
太良 さん……。
そして、僕らはそのまま谷底へ落下したのでした。
”おい。いつまで寝てる?”
頭の中に直接響くような低くおどろおどろしい声で、僕は目覚めました。
辺りを見渡すと、何も見えない真っ暗ら闇。明かり一つありません。夢でも見ているのでしょうか?
”夢ではない。時間がないから黙って聞け。”
『あの。知らない怪しい人と話してはいけないと言われてるんですけど。』
”ワシは人間如きなどではない!それに、知らない者同士でもない。
お主、本当に記憶を失ってしまったのだな。しかも、二度も記憶を消す術をかけられてるではないか。次にやられたら、間違いなくバカになるぞ!”
4歳までの記憶がないのは自覚してますが、それは、術によるものって事でしょうか?
誰が、なんの為に?それに、二度も?
”いいから黙って聞いて、従え!”
いや……、人でないのなら、余計信じるわけには……。
”いいかよく聞け!お前は今すぐこの国から逃げろ。どこでもいい。遠ければ遠いいほどいい。”
『何からですか?』
”飛天だ。”
『飛天?僕、バチが当たるような事は、していないと思うんですけど。』
”飛天は、七つの王家を恨んでいる。その中の一つの子孫がお前だ。”
『あの、どなたかと勘違いでも?』
”しとらん。そんな話をしている場合ではない!1分でいいから黙れ!”
『……はい。』
声の主は、その飛天の話を、簡単に早口で教えてくれました。
飛天とは、天界で神に使える天人である事。
昔、天人達は天人の力を持ったまま地上に転生していた事。
愚かな人間達は、その転生した天人の力を求め、戦争まで起こしたが、その力を利用されたくなかった転生した天人達は自爆してしまった事。
その戦争を起こした七つの王家を懲らしめる為、時たま飛天が現れ、七つの王家を滅ぼしまわっている事。
そして、6つの王家は既に滅ぼされ、残るはこの七輝王国の王家だけという事を。
僕は、その話を聞いて、その転生した天上人の国って、379年前に滅んだシャル国の事なのでは?七つの王家とは、七輝王国、かつての七輝帝国の事では?と思いました。
”昔の奴らのせいで、なぜ自分たちが?って思うかもしれんが、あいつら何千年も生きてんだ。思考も化石なんだろう。
なんにせよ、お前が見つかれば、寺の連中も巻き込まれるぞ。親父と一緒に逃げろ。”
え⁈は?父親?ぼ、僕の父親が、まだ…どこかで生きているという事でしょうか?
父親の事を聞きたかったのですが、声の主が、また勝手に話し始めたので、聞きそびれてしまいました。
”言っておくが、相手は飛天だ。刃物や飛び道具などで、ちまちまと的だけ狙うなんて事はしない。
大災害を起こすほどのフルスイングをかます。
その力の源は、周辺の大物妖怪や、悪鬼を取り込んで得たもの。
だから安托士 は逃げ出した。そう言ってただろ?”
言ってませんでした!
”これまで、お前が、ちょいちょい死にそうになったのをさりげなく華麗に助けてきたが、飛天にやられれば、ワシでも助けてやれない。
しかも、お前は死ねば、あの世には行けず、ワシに取り込まれる契約だ。永遠にな。”
『え⁈それって、以前僕は、あなたに誰かを呪って欲しいと頼んだって事でしょうか?それとも、オジさんは、安托士 のような寄生型妖怪?』
”ワシはオジさんではない!それに、黙ってろって言っただろ⁈”
『もう1分過ぎてます。』
”うう……。ワシは、妖怪などチンケなもんじゃない。ワシは………蛟 ………”
「ミツチ!ミツチ!」
太良 さんの声で、僕は目を覚ましました。
景色は川と森。鬼は見当たらないので、ここは三途の川ではないようです。
「大丈夫か?ミツチ。」
よく見ると、太良 さんは目を真っ赤にし、涙を流していました。
『大丈夫です。太良 さんは?』
「私も大丈夫だ。それより、なぜ助けに来た?死んだらどうするんだ⁈」
太良 さんは、泣きながら怒っていました。
『すみません。体が勝手に動いてしまって……。』
「助かったから良かったようなものの……。」
『すみません……。』
それにしても、よく助かったものです。僕は改めて切り立つ崖を見上げました。
それも不思議ですが、もっと不思議な事がありました。
僕の服はびしょびしょに汚れ、あちこち破れているほどボロボロになっているのに、僕の体には、かすり傷一つないのです。
太良 さんも、服はボロボロなのに、怪我が全く見当たりません。
先ほど見た夢が本当なら、あの声の主が、僕らを助けてくれたのでしょうか?
「不思議だ。なぜ怪我をしていないのだろう?」
太良 さんが、きつねにつままれた様な顔をしてます。
僕は、いうべきかどうか悩みましたが、さっき夢で見た事を太良 さんに話しました。
ですが、その話を聞いた太良 さんは、心配そうな顔になってしまいました。
そうですよね。そんな変な話、一般の方からしたら信じられないですよね?
「契約は……、守られているんだな。」
怪異とは縁遠い太良 さんの口から、まさかの言葉が出ました。
『どういう……事ですか?』
「それは……。」
僕は、太良 さんに問い詰めました。初めは言えないと仰っていた太良 さんでしたが、僕の必死さが伝わったのか、死にそうになったからなのか、根負けをして、ようやく重い口を開いてくれました。
「11年ほど前、圭亜 という大都市があっただろ?」
『水神を怒らせて、消えてしまった都市ですよね?』
「……そうだ。
水神の祠があった山を、炭鉱のために、爆弾で破壊し、削り続け、その挙句に、祠まで壊してしまったからだ。
激怒した水神は、その領地一帯の川という川を堰き止め、井戸水も枯らしてしまった。
本来なら、そこで政府に報告し、祈祷師を派遣してもらわなければならなかったが、事の元凶である領主は、自分の失態を隠すために、報告はせず、その辺の生臭坊主を頼った。
生臭坊主の指示で、領主は、水神の怒りを鎮める為、孫を生贄に捧げたのだが、その行為は更に水神を怒らせる結果となった。無関係な孫に責任を取らせるとは何事だってな。
その結果、枯れた川や井戸に、血が湧き出す様になり、作物は枯れ、家畜は死に、人々は飢えと病に苦しむ羽目となってしまった。
そこで、ようやく異変に気づいた王都に住んでいた領主の息子が、祈祷師を呼び、水神の怒りを鎮める為の祈祷が行われた。
だが、一番謝罪しなければならない当の領主や、それに加担した貴族達が、そこにいないどころか、逃げてしまった事で、水神の怒りは増幅。
しかも、その領主達は、逃げる途中、水神が治める神域の森で、狩という禁忌まで犯してしまった。
人間にとってはそんな事でと思うかもしれんが、神にとっては、獣も魚も鳥も虫も人も、命は平等。まして、神域に住む生き物は、神の家族同然、怒るのは当たり前。
その怒りは、水神を邪神に変えてしまう程だった。
邪神となった水神は、生贄に差し出した領主の孫の体に憑依した。そして、その姿で領主達を油断させ、捉え、意識はそのままの状態で彼らを操り、嫌がる彼らに圭亜 の街を、民を襲わせた。
邪神に操られてしまっているとは知らない兵士達は、彼らが正気を失ったと勘違いをし、殺してしまった。正当防衛として。
事件は、領主達の死で終結するかと思ったが、邪神の怒りはそれでは鎮まらず、水は血のままだった。
そこで呼ばれたのが、布能洲 寺の妖術士達だ。とはいえ、相手は神。祈祷師と協力しても勝てるはずがない。
万事休すな所に現れたのが、まだ、ただの浮浪児であった八咫 だった。
邪神に向かって、いや、憑依されてる少年の方に向かって説得を始めた。
『なんでそんな事をしてんだよ』『お前は自分の体をそんな事に使われて平気なのか?』とか言ってたな。
八咫 の説得が中にいる少年に届いたのかは分からないが、急に少年の動きがピタッと止まり、しばらく動かなくなった。
それを機に、布能洲 寺の李庵 和尚様が、邪神を説得し、少年の体内に封印をしたんだ。
それで………………。」
太良 さんは、そこまで言うと深いため息を吐き、言いづらいのか口篭ってしまいました。
『その、少年というのが、僕……なんですね?』
「…………そうだ。」
なんという事でしょう。僕が、あの街を破壊して、八咫 のお兄さんを……。
「いいか、ミツチは何も悪くないんだ。憑依されてただけなんだから。」
『ですが、その後、僕と邪神の間で、何かがあって、邪神の動きを止める事ができた。
それって、もっと早く僕がそうしていたら、祖父達が操られる前に、阻止できてたって事ですよね?』
「違う!お前が操られなかったとしても、邪神は別の方法で、何かをしていたはずだ!」
『でも……。それに、その邪神は、まだ僕の中にいるんですよね?僕、また憑依されたら……。』
「それは大丈夫だ。邪神は、夢の中で、死後と言ったのだろ?それまで、邪神が現れる事はないはずだ。」
『けど、なぜ和尚さんは、僕の体になんか封印したんですか?』
「…………それは、ミツチの体の問題にある。」
僕は、訳がわかりませんでした。
「ミツチは……、実は、あの時、余命……三ヶ月だったんだ。だから領主は、数いる子や孫の中からお前を、選び、生贄に捧げた。」
『えっ?』
「お前が、まだ生きていられるのは、邪神の力だ。
細胞が常に死んでいく病だから、常に細胞を再生する邪神の力が必要なんだ。だから、だから、邪神をお前に封印してもらうしか……。」
太良 さんは、両手で顔を覆い、泣いてしまいました。
なぜ、太良 さんは、そこまで僕の事を知っているのでしょう?太良 さんは、料理人……。もしかしたら、その領主のお屋敷で働いていたのでしょうか?それとも……。
『あの……。』
「ミツチーーーーーー!!!太良 さんーーーーーーー!!!」
真っ青な顔の紗里 さんが、大声で僕らの名前を叫びながら駆けてきました。その背後には、蓮林 村長と、村人数人も見えます。
助かった……っというのに、心のどこかで、あのまま死ねたら……と思ってしまう自分がいます。
どおりで、圭亜 の事件が、寺では禁句となっている訳です。
八咫 は、今まで、どんな思いで僕と仲良くしてくれてたのでしょう?
そして、僕は、どんな顔で八咫 に…………。
それに、飛天の事もあります……。一体、どうしたら……。
僕は、叫びながら羽起きました。
はぁはぁと息を切らしつつ、周りを見渡しました。
そこにあったのは、見覚えのある風景……、僕の勉強机、僕の箪笥。僕の本棚。そして、この布団は僕の。
窓からは、見慣れた朝の寺庭の風景。
『えっ⁉︎』
混乱しながら、隣りの寝台で「う〜……う〜……」と唸りながら寝返りを打つ、
良かった〜……。
って……ん?、何が?
なんでしょう?物凄く嫌な夢?を見た気がしますが、全く記憶にございません。
いやいや、そもそも僕らは、なぜ
『確か……、夕食後……。え?夕食中……。あれ?』
夕飯を食べた記憶はありますが、それ以降の記憶がぼんやりしています。
何が起きたのか
『あっ!お師匠さんなら、もう起きてるかもしれませんね。』
僕は寝巻きを脱ぐと、いつもの寺着に着替え、髪をとかし、結き直しました。
そして、扉を開くと……。
「ちょっと!!!
僕の一つ上で、同じ妖術士見習いの
「ってーーー‼︎」
「何すんだよ
「何すんだは、こっちのセリフ!あんた、アタシの鞄、間違えて持ってったでしょ⁉︎」
そう言いながら
「むむっ!っむっつむ!」
『ちょっと、
慌てながら僕は、力づくで鞄を、
ぷっはーっと
取っ組み合いの喧嘩はいつもの事なので、僕は二人を放置し、鞄を開け、本当に間違えたのか確かめる事に。
中には、グシャっと入れられた
最後に、肩紐部分の泥を丁寧に落とすと、刻印された“
『有罪です。』
「でしょ?」
「いやいや待て待て、それは言いがかりだ!
「違います〜ぅ!あんた達の方が、先に出発しました〜。」
やれやれ。さっさと、この正直どうでもいい裁判を終わらせましょう。
『そもそも、出発前日に荷物を用意して、自室に置いておけば間違えずに済んだんじゃないですか?というより、いつも鞄を、自室に置かず、道具置き場にいつも置きっぱなしにしてるから−−−』
「「うるさい!!」」
なんだかんだと仲がいい二人です。いつまでもお幸せに。
そこには、大きな焦げ跡があり、中心には人差し指が突っ込めるほどの穴が……。
「なんなのよ。この焦げ跡は⁉︎」
「アレ?こんなのあったっけ?」
しげしげと
『あ〜。もしかすると、召喚をした時の雷!』
「あぁ〜……。」
あの時は、色々と必死で、自分たちの鞄とか気にかけてる暇がありませんでした。
かなり派手にドッカンドッカン雷が落ちてきていたので、その時に当たったのかもしれません。
「悪かったよ。
「悪かった?それだけ?鞄は、昇級試験に合格しないと、新しいのが支給されないんですけど?それまで、この穴が空いた黒焦げの鞄を使えと?」
昇級試験とは、まぁそのままの意味です。一年に一度、この国の最北端にある妖術士の総本山で、実技と筆記試験が行われます。
見習いだけでも等級は10あり、それを全てクリアする事で、ようやく妖術士試験に挑む事ができます。
また妖術士にも試験があり、等級は、下級、中級、上級、特級。上になればなるほど受けれる任務の幅が広がり、報酬も高くなるという仕組みです。
一見すると、夢への階段のような仕組みなのですが、せっかく受かっても、浮かれてなどいられません。
依頼人になりすました試験官が行う、抜き打ち降格試験という恐ろしいものもございます。
当然、不適格と見なされれば、降格+耳ダコのお説教となる訳です。
「はいはい、ごめんなさい!俺のと交換でいいです!」
全然謝罪している様には見えない態度で
「イヤ!!あんたの臭いが染み付いた汚い鞄なんて!」
「はぁ?じゃあ、どうしろって言うんだよ!」
やれやれ、第3ラウンド開始の様です。
このまま放っておいてもいいのですが、「なぜ止めなかった⁉︎」っと流れ弾に当たる危険があるので、とりあえず仲裁には入りましたよという事実を作っておこうと思います。
『もう!いい加減にして下さい!』
僕は、胸ぐらを掴み合っている二人の間に割って入り、
『試験は、丁度、来月にあるので、僕のと交換しましょう。』
「ダメダメ!ミツチは関係ないでしょ!コイツに、鞄を買わせるから気にしないで!」
「は?なんで俺が買わないといけないんだよ。来月の試験で受かれば貰えんだから、買う必要ないじゃん!」
「どうせ今年も、私は試験を受けられなくなるに決まってる。だから、鞄も来年までないの!」
「は?受けられないんじゃなくて、受かんないだろ?」
「ちっがうわよ!試験勉強はバッチリだし、絶対受かりますぅ!けど、私の鞄がこんな事になっちゃったんじゃ、今年の試験も受けられない!」
『え?何を言いって…………、あっ!』
僕はハッとしました。
どのように予知するのか、例で言いますと……。
例1、
例2、
例3、その後、
最近の例ですと、先ほど
丁度去年の今頃、
当然、試験どころか、最北端の総本山すら行けるはずもなく、
ところが、総本山の試験会場で、実技試験で使用された侍従契約妖怪が、暴れ、制御不能となり、建物を破壊しまくり大惨事が起きてしまったのです。
負傷者76名、死者18名が出てしまった為、当然試験は中止。
因みに、受験生だった
っという訳で、
それは彼女の特異能力が引き起こしているのか、プチ不幸を代償に、大きな災いから回避しているのかは謎ですが……。
『今回は、鞄が台無しになった程度です。去年ほど酷い不幸なんて起きませんよ。むしろ、その程度で良かったじゃないですか。』
「…………それもそうね。」
そこへ、
この方は、20半ばの女性妖術士さんです。おっとりした優しい方で、侍従契約妖怪は、治癒系妖怪。
ただ、所詮妖怪が治癒をするので、傷の度合いによっては、それなりの代償を伴います。それは彼女の体の一部。なので、いつも髪を長く伸ばしているそうです。因みに、今の髪の長さは、床につく程だそう。洗髪が大変ですね。
「見つけましたよ。
「あっ!いっけない!
『
僕の問いかけに、
「え?
『「え?」』
和尚さんと一緒に出かけた?どう言う事でしょう?
目覚めた時のとてつもない不安感を思い出し、ゾワっとしてしまいました。
『どこかって? 』
「私も聞いたのだけど、教えて頂けませんでした。ただ、来週中には戻るとだけ。」
「王都に戻ったのかな?」
『そうですね。
「違うと思いますよ。お二人とも、野営用の荷物を持って行かれましたから。それに、登山や原野をを走るのに適したショロン種を馬車に繋いでましたよ。」
「じゃあ、
眉間にシワを寄せる
「詳しい事情は分かりませんんが、祈祷師に任せたと言ってましたよ。だから、大丈夫なのではありませんか?」
ますます訳が分からないと言う顔をしている僕らに、
困らせるつもりはありませんでしたが、他の妖術士に任せるならともかく、敵対関係とまでは言いわないものの、仲良しではない組織になんておかしいです。
それに、祈祷師は、
「では、私は任務がありますので、失礼しますね。」
「お師匠、いってらっしゃい!」
『え?
「来月の試験まで任務無し。勉強しなさいって。」
『でも、用事って……。』
「あぁ、麓の
『えっと…… 。ちょっと遠慮します。』
「え〜なんで?一緒に行って!あたし、あの村の村長さん苦手なの!」
『お手紙を届けるだけでしょ?大丈夫ですよ。』
「怖いって!一緒に行って!」
『気持ちは分かりますが、……僕、なんかあの村の空気が苦手で……。』
「は?空気?皆んないい人ばかりじゃん。」
『そういう意味の空気じゃなく、別の意味で嫌な空気が……。』
「嫌な空気?あの村に、邪気なんてないでしょ?この寺の人間が、しょっちゅう出入りしてんだから。」
『そうなんですけど……。なんというか、ほら、高い所の淵に立った時の様な、すくみ上がるような感覚がするんです。村の道祖神を抜けると。』
「タマヒュンって事?」
『たっ、タマ……。まあ……。』
「変なの……。じゃあ
「誰が行くか!」
そう言うと
『待って下さい。
「何?」
『あの、昨日、僕ら、
「え?」
「あぁ。俺、気づいたら、馬車の中だったんだよな〜。なんかさ、俺、飯食った後、寝ちゃったみたいでさ、椅子から落ちた時に、頭を強く打って気を失っちまったらしいんだ。
だから、寺に連れ帰る事にしたんだってさ。で、ミツチも寝てたから、一緒に。」
『……そうですか。』
明らかに不可解です。普通、隣の人が、気を失うほど頭を打つような事故が起きたら、周囲が大騒ぎすると思うんです。そうしたら、僕、絶対起きると思うんです。
それに、頭を打った怪我人を、遠くの寺まで運ぶって、下手したら死ぬレベル。
そんなツッコミ所満載な嘘をつくなんて、お師匠さん、どれだけ僕らの事を、バカだと思っているのでしょう?あっ、
『頭、大丈夫ですか?あ、あの、痛いですか?って意味の。』
「え?あぁ……。なんかさ、打ち身の痛さっていうより、頭痛が酷いんだ。」
『えぇ⁈なんで早く言わないんですか?
「ずっと痛いって感じじゃないんだ。波がある痛さっていうの?下痢の時みたいな。まぁ、寝てれば治るよ。」
お師匠さんが戻ったら、伺ってみよう!そう思った時でした。
「和尚様は⁈和尚様はいらっしゃいますか⁈」
麓にある
何事でしょう?
事務員の
「じゃあ、誰か、特級、上級以上の妖術士を寄越してくれないか?」
村長さんが、すがるように
「
あっ、ですが、中級妖術士の
「中級じゃダメだ!
なら、あんたでいい。
というのも、この
因みに、
「無理です!侍従妖怪も引退をした時、契約解除をしてしまいましたし、霊は視えも感じもしません。今はただの一般人です。
それより、何があったのですか?」
「ニルフさんがいなくなったんだよ!」
「え⁈本当ですか?まさか!」
「密室状態なのに、封印だけが壊されてたんだ!」
ニルフさん?
確か、
僕は、二人が見えないであろう位置の壁に、体を隠し、聞き耳を立てました。
「なら、
「……それは難しいでしょう。」
「ナゼだい?」
「実は、各地で大物妖怪や悪鬼が、突然縄張りを放棄して、逃げたそうなのです。」
「なんだって⁈」
「そのせいで、中小の妖怪達が暴れ回ってしまい、皆、その鎮圧をしに向かっているのです。一件一件は大した事ない案件ですが、数が多すぎて……。」
各地で?
「ニルフさんも……って事か……?」
「逃げただけならいいのですが……。」
「そうだね。ニルフさんは、400年近く経っても浄化できなかった程の悪鬼。このままいなくなってくれれば助かるんだけど……。」
悪鬼⁈
妖怪は、人間の魂が悪霊となり、更に悪事を重ねてなる存在ですが、悪鬼とは、天人が闇堕ちてなった存在。簡単にいうと、妖怪よりヤバイのです。
そんな警戒すべき悪鬼がいたのに、なぜ、僕らは嘘を教えられていたのでしょう?
「ですが、安心はできません。
ニルフさんという、魔除けのような存在がいなくなってしまったからには、各地で起きている小規模怪異が、
「そうだね。
なら、見習いでもいい。結界が張れる子を貸してくれないか?」
「それなら……。」
「ミツチ!」
バレてました……。
「そして……そこ!ずっと聞いてたね?」
廊下の曲がり角から、
「立ち聞きしてたようだから、要件は分かってるね?」
『「はい……。」』
「でも、あたし、結界はあまり得意じゃなくて。」
『僕も、結界用の塗料の調合が苦手で、いつも
「なら、丁度いい機会だね。来月には試験もあるし。」
『「で、ですよね〜……。」』
選択肢はないようです。
「そういえば、
心配そうな顔で
「
30代半ばの渋い感じの男性で、この方だけ唯一、生まれた時から第六感もない一般人。
美味しいご飯を作ってくれるだけでなく、僕らと鬼ごっこや影踏みやスゴロクなど、一緒に遊んでくれたり、おとぎ話や、冒険物語の本を読んでくれたりします。
和尚さんや、師匠達は、妖術士としても知識や一般教養を僕らに教えてくれますが、
なので、
僕らとよく遊んでくれるから、ここで働く前は、子供でもいたのかな?っとも思いもしますが、ここに住んでいる人達は、僕も含め、全員訳あり。自分から話したりしない限りは、過去を聞いたりしないのが暗黙のルール。
そんな
「……嫌な予感がするね。」
脂汗を浮かべた
僕らは、下山しながら、
幸い、
あれは、悪鬼ニルフさんが、この村に封印されていたから、感じていたっという事でしょうか?
田んぼの手前にある森の中で、
「見てミツチ!」
ねっちょりした紫色の粘液に包まれ、ドクンドクンと動いています。
「なんなのあれ?卵?」
気持ち悪そうに、
『正体不明ですが、あのようなキモいものがあっていいわけがありません。』
「しまったね……。」
後からやってきた
お年寄りの習性なのか?それとも元妖術士だからなのか?でも、ここは元妖術士だからと言っておきましょう。
「これは、
『
「蛾みたいな姿をした妖怪だ。一匹一匹は小物で大した事ないけど、集団で襲ってくる厄介な怪異というより、災害だよ。」
『怪異が、繭を作るんですか?それは進化する為に?』
「進化する為じゃない。妖怪は、配下を増やすか、魂を喰らってなんぼだからね。
僕らは、うへぇ……っという顔をしました。
「他にもあるかもしれないね。孵化する前に焼かないと、大変な事になるよ。」
法術とは、妖術士の術とは違い、修行によって得た法力の事です。法力なら、妖力も第六感がなくてもできるのです。因みに、妖怪とまだ侍従契約をしていない僕ら見習いが使う術も、法術です。
村長がしばらく法術を唱えていると、紫色の火が発火し、繭を包み出しました。ドクンドクンと動いていた繭は、次第に動かなくなり、やがて真っ黒な炭となり、崩れ、消えてしまいました。
『「凄い……。」』
「お前達もちゃんと修行してれば、できる術さ。
さあ、ぼやぼやしてないで、他にもないか探すよ。」
「あの、手分けして探した方が良くないですか?村の人達にも協力してもらって。」
「あの、繭は、霊視ができないと視えないんだ。」
「でも、村長さんには、視えてるじゃないですか?」
「私は、あんた達のような、第六感が優れた人間と一緒にいる時だけにしか視えないんだ。だから、あんなデッカい繭ができていた事にすら、気づけなかった。」
「因みに、孵化って、どれぐらいでしちゃうんですか?」
「一週間ぐらいだね。まあ、ニルフさんがいなくなった後に来ただろうから、あと5、6日といったところだろう。」
「じゃあ、急ぎじゃないんですね?」
若干、
「そうとも言えなよ。繭は孵化するまで余裕があるけど、その繭を作った
それに、さっきも言ったけど、
『つまり、手分けしての作業は、危険って事ですね?」
「けど、いくら悪鬼ニルフさんがいなくなったからって、結界の役割を果たしてる道祖神があるのに、
「あの道祖神は、外部からの怪異を侵入させない為の結界じゃないよ。ニルフさんを封印する為の結界の一部なのさ。」
『それって、ニルフさんは、そこまで厳重な結界を破ってまで逃げ出したかったって事ですか?』
「そういう事だろう。とにかく、今は
僕らは、
それは結構な数で、これが全部孵化したら?っと思うと、ゾクリとします。
で、そのような事を繰り返していたら、なんとも毒々しい色の大きな蛾の妖怪
僕らは、勇猛果敢に反撃をしますが、倒しても倒しても、
こうなったら体力勝負です!っと意気込みたい所ですが、
「もうダメ!喉がカラカラだし、疲れた。もう逃げよう!明日でいいじゃん。」
とうとう
よくぞ言ってくれました!
「何言ってんだい!怒らせた
もう、最後まで付き合うしかありません。それに、まだ
というか、
やけくそで法術を唱えていると、村のあちこちから悲鳴が聞こえてきました。
家から転げ出る人、畑から飛び出してくる人、羊達と一緒に慌てて走ってくる人、あたりはてんやわんやの大騒ぎです。
「まさかっ……。」
僕らも、
「体力計算をしてる場合じゃないね。一気に方を付けるよ!」
『「は、はい!」』
状況は、刻一刻と悪くなっているようです。
「行くよ!役立たず共!」
僕らの存在のおかげで、あなた妖怪が視えてるんですよ?なんて微かに思ったりしながら、役立たず認定をされた僕らは、大人しく
「村長!あの人達は?」
「
村長は、暴れ村人と化した人の顔面に向かって、箒の穂先で思い切りぶん殴りました。クリティカルヒットとはなっていないようですが、微妙に嫌そうです。
「ぼさっとしてないで、お前達も、箒で鱗粉を払うんだよ!」
なるほど、箒で暴れ村人についた鱗粉を払取ろうって事ですね。
とはいえ、道端には怪我を負った人々や、お亡くなりになった人までいます。こんな小さな村社会で、人間関係の修復は、果たしてできるのでしょうか?
そんな余計なお世話的な心配をしながら、他に暴れ村人になった人はいないか探していると、
『
僕と
僕の方が、
ですが、暴れ村人がよろけた瞬間、鍬が
慌てて僕は、
「ミツチ!」
もしかしたら、これが
そう思いながら落下してる途中、
そして、僕らはそのまま谷底へ落下したのでした。
”おい。いつまで寝てる?”
頭の中に直接響くような低くおどろおどろしい声で、僕は目覚めました。
辺りを見渡すと、何も見えない真っ暗ら闇。明かり一つありません。夢でも見ているのでしょうか?
”夢ではない。時間がないから黙って聞け。”
『あの。知らない怪しい人と話してはいけないと言われてるんですけど。』
”ワシは人間如きなどではない!それに、知らない者同士でもない。
お主、本当に記憶を失ってしまったのだな。しかも、二度も記憶を消す術をかけられてるではないか。次にやられたら、間違いなくバカになるぞ!”
4歳までの記憶がないのは自覚してますが、それは、術によるものって事でしょうか?
誰が、なんの為に?それに、二度も?
”いいから黙って聞いて、従え!”
いや……、人でないのなら、余計信じるわけには……。
”いいかよく聞け!お前は今すぐこの国から逃げろ。どこでもいい。遠ければ遠いいほどいい。”
『何からですか?』
”飛天だ。”
『飛天?僕、バチが当たるような事は、していないと思うんですけど。』
”飛天は、七つの王家を恨んでいる。その中の一つの子孫がお前だ。”
『あの、どなたかと勘違いでも?』
”しとらん。そんな話をしている場合ではない!1分でいいから黙れ!”
『……はい。』
声の主は、その飛天の話を、簡単に早口で教えてくれました。
飛天とは、天界で神に使える天人である事。
昔、天人達は天人の力を持ったまま地上に転生していた事。
愚かな人間達は、その転生した天人の力を求め、戦争まで起こしたが、その力を利用されたくなかった転生した天人達は自爆してしまった事。
その戦争を起こした七つの王家を懲らしめる為、時たま飛天が現れ、七つの王家を滅ぼしまわっている事。
そして、6つの王家は既に滅ぼされ、残るはこの七輝王国の王家だけという事を。
僕は、その話を聞いて、その転生した天上人の国って、379年前に滅んだシャル国の事なのでは?七つの王家とは、七輝王国、かつての七輝帝国の事では?と思いました。
”昔の奴らのせいで、なぜ自分たちが?って思うかもしれんが、あいつら何千年も生きてんだ。思考も化石なんだろう。
なんにせよ、お前が見つかれば、寺の連中も巻き込まれるぞ。親父と一緒に逃げろ。”
え⁈は?父親?ぼ、僕の父親が、まだ…どこかで生きているという事でしょうか?
父親の事を聞きたかったのですが、声の主が、また勝手に話し始めたので、聞きそびれてしまいました。
”言っておくが、相手は飛天だ。刃物や飛び道具などで、ちまちまと的だけ狙うなんて事はしない。
大災害を起こすほどのフルスイングをかます。
その力の源は、周辺の大物妖怪や、悪鬼を取り込んで得たもの。
だから
言ってませんでした!
”これまで、お前が、ちょいちょい死にそうになったのをさりげなく華麗に助けてきたが、飛天にやられれば、ワシでも助けてやれない。
しかも、お前は死ねば、あの世には行けず、ワシに取り込まれる契約だ。永遠にな。”
『え⁈それって、以前僕は、あなたに誰かを呪って欲しいと頼んだって事でしょうか?それとも、オジさんは、
”ワシはオジさんではない!それに、黙ってろって言っただろ⁈”
『もう1分過ぎてます。』
”うう……。ワシは、妖怪などチンケなもんじゃない。ワシは………
「ミツチ!ミツチ!」
景色は川と森。鬼は見当たらないので、ここは三途の川ではないようです。
「大丈夫か?ミツチ。」
よく見ると、
『大丈夫です。
「私も大丈夫だ。それより、なぜ助けに来た?死んだらどうするんだ⁈」
『すみません。体が勝手に動いてしまって……。』
「助かったから良かったようなものの……。」
『すみません……。』
それにしても、よく助かったものです。僕は改めて切り立つ崖を見上げました。
それも不思議ですが、もっと不思議な事がありました。
僕の服はびしょびしょに汚れ、あちこち破れているほどボロボロになっているのに、僕の体には、かすり傷一つないのです。
先ほど見た夢が本当なら、あの声の主が、僕らを助けてくれたのでしょうか?
「不思議だ。なぜ怪我をしていないのだろう?」
僕は、いうべきかどうか悩みましたが、さっき夢で見た事を
ですが、その話を聞いた
そうですよね。そんな変な話、一般の方からしたら信じられないですよね?
「契約は……、守られているんだな。」
怪異とは縁遠い
『どういう……事ですか?』
「それは……。」
僕は、
「11年ほど前、
『水神を怒らせて、消えてしまった都市ですよね?』
「……そうだ。
水神の祠があった山を、炭鉱のために、爆弾で破壊し、削り続け、その挙句に、祠まで壊してしまったからだ。
激怒した水神は、その領地一帯の川という川を堰き止め、井戸水も枯らしてしまった。
本来なら、そこで政府に報告し、祈祷師を派遣してもらわなければならなかったが、事の元凶である領主は、自分の失態を隠すために、報告はせず、その辺の生臭坊主を頼った。
生臭坊主の指示で、領主は、水神の怒りを鎮める為、孫を生贄に捧げたのだが、その行為は更に水神を怒らせる結果となった。無関係な孫に責任を取らせるとは何事だってな。
その結果、枯れた川や井戸に、血が湧き出す様になり、作物は枯れ、家畜は死に、人々は飢えと病に苦しむ羽目となってしまった。
そこで、ようやく異変に気づいた王都に住んでいた領主の息子が、祈祷師を呼び、水神の怒りを鎮める為の祈祷が行われた。
だが、一番謝罪しなければならない当の領主や、それに加担した貴族達が、そこにいないどころか、逃げてしまった事で、水神の怒りは増幅。
しかも、その領主達は、逃げる途中、水神が治める神域の森で、狩という禁忌まで犯してしまった。
人間にとってはそんな事でと思うかもしれんが、神にとっては、獣も魚も鳥も虫も人も、命は平等。まして、神域に住む生き物は、神の家族同然、怒るのは当たり前。
その怒りは、水神を邪神に変えてしまう程だった。
邪神となった水神は、生贄に差し出した領主の孫の体に憑依した。そして、その姿で領主達を油断させ、捉え、意識はそのままの状態で彼らを操り、嫌がる彼らに
邪神に操られてしまっているとは知らない兵士達は、彼らが正気を失ったと勘違いをし、殺してしまった。正当防衛として。
事件は、領主達の死で終結するかと思ったが、邪神の怒りはそれでは鎮まらず、水は血のままだった。
そこで呼ばれたのが、
万事休すな所に現れたのが、まだ、ただの浮浪児であった
邪神に向かって、いや、憑依されてる少年の方に向かって説得を始めた。
『なんでそんな事をしてんだよ』『お前は自分の体をそんな事に使われて平気なのか?』とか言ってたな。
それを機に、
それで………………。」
『その、少年というのが、僕……なんですね?』
「…………そうだ。」
なんという事でしょう。僕が、あの街を破壊して、
「いいか、ミツチは何も悪くないんだ。憑依されてただけなんだから。」
『ですが、その後、僕と邪神の間で、何かがあって、邪神の動きを止める事ができた。
それって、もっと早く僕がそうしていたら、祖父達が操られる前に、阻止できてたって事ですよね?』
「違う!お前が操られなかったとしても、邪神は別の方法で、何かをしていたはずだ!」
『でも……。それに、その邪神は、まだ僕の中にいるんですよね?僕、また憑依されたら……。』
「それは大丈夫だ。邪神は、夢の中で、死後と言ったのだろ?それまで、邪神が現れる事はないはずだ。」
『けど、なぜ和尚さんは、僕の体になんか封印したんですか?』
「…………それは、ミツチの体の問題にある。」
僕は、訳がわかりませんでした。
「ミツチは……、実は、あの時、余命……三ヶ月だったんだ。だから領主は、数いる子や孫の中からお前を、選び、生贄に捧げた。」
『えっ?』
「お前が、まだ生きていられるのは、邪神の力だ。
細胞が常に死んでいく病だから、常に細胞を再生する邪神の力が必要なんだ。だから、だから、邪神をお前に封印してもらうしか……。」
なぜ、
『あの……。』
「ミツチーーーーーー!!!
真っ青な顔の
助かった……っというのに、心のどこかで、あのまま死ねたら……と思ってしまう自分がいます。
どおりで、
そして、僕は、どんな顔で
それに、飛天の事もあります……。一体、どうしたら……。
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