第12話 最大の過ち

文字数 7,480文字

 九九村(くく)村は、大騒ぎとなりました。
 江躯(えく)の鱗粉を浴びた護衛士達が、腰の剣を抜き、同僚や村人構わず、攻撃をし始めたから。
  正気を失った護衛士は、護衛士長を含めた7人。
 早急な避難対策が必要です。

江躯(えく)だ!!」

 村中に響き渡るんじゃないかってぐらいの八咫(やた)の大きな叫びで、江躯(えく)襲撃に慣れていた九九村(くく)村の人達は、その一言だけで状況を察し、近くの民家や蔵に逃げ込み、かんぬきをかけました。どんな時も”お・か・し・も”(押さない・駆けない・喋らない・戻らない)が大事ですね。
 ですが、外で見張りをしていた為、鱗粉が降りかからずに済んでいる紗雨(しゃう)さんを含めた3人の護衛士達は、江躯(えく)の事を知らないので、何々?っと戸惑うばかり。
 そんな中、指揮をする立場の上官や、先輩達が襲ってくる。パワハラ反対!
 紗雨(しゃう)さんの横にいる神経質そうな若い護衛士が、御茶に麻薬でも入れたんだろう⁈っと喚き、村人達を疑い出しました。
 どうしてそれが麻薬の効果だって思ったのでしょう?経験が無いとその様な発想になりませんよね?麻薬検査をどうぞっ!

 蓮林(れんりん)村長は、霊視ができるよう、霊感が強い僕らの近くに寄り、頭上を舞っている江躯(えく)を見留めました。

「どうやら、一匹だけの様だね。」
「クソッ!全滅させたと思ったのに!」

 八咫(やた)は、すぐ近くの物置小屋から3本の箒を持ってきて、僕らに手渡してくれました。

『結界だって、毎日ちゃんと張り直していました。外から侵入できるはずありません!』
「おそらく、どこか見えづらい場所に繭があったんだろう。で、孵化しちまったんだね。」

 蓮林(れんりん)村長は、江躯(えく)の鱗粉が自分にかからない様、警戒しながら手拭いで口と鼻を覆い、身構えました。
 僕らも、自分の手ぬぐいで、手早く口と鼻を覆います。

 僕らは、正気を失った護衛士達に向かって、箒を振り回して突進しました。鱗粉さえ払ってしまえば、正常に戻るのですから。

 『失礼します!』

 お詫びを言いながら、僕は、紗雨(しゃう)さんを襲っている鱗粉まみれの狂護衛士の頭を目掛け、箒を振りかざし、エイッ!!
 ところが、スパンっ!っと音と共に、箒の先端がドサっと地面に落下してしまいました。

 『え?』

 顔を上げると、狂護衛士の剣先が、僕に向かっていました。

「ミツチ、何やってんだ!剣を持った相手に、箒なんかで敵う訳ないだろ!逃げろ!」

 盾を構えた紗雨(しゃう)さんが、僕を突き飛ばし、狂護衛士の攻撃から守ってくれました。
 冷静に考えれば、仰る通り。安物の使い古した切れ味の悪い農民の鎌や鍬、包丁と違い、兵士の剣はピカピカに研がれた業物。箒を切るなんて、豆腐を切るぐらい簡単。
 何も知らない紗雨(しゃう)さんからしてみれば、僕も正気を失ったと思われたでしょう。恥ずかしい!

 紗雨(しゃう)さんや、正常な護衛士二人に、僕らは江躯(えく)という怪異の説明を簡単にし、吸い込まない様、口と鼻を覆う様に注意をしました。

「吸い込んでしまうのが原因なら、箒で払っても意味ないだろ?」

 紗雨(しゃう)さんが、狂護衛士達からの攻撃を防ぎながら、聞いてきました。

『一回の吸い込み程度なら、効果は数秒なんです。でも、ずっと吸い続ければ、ずっと正気を失ったまま。だから、鱗粉を払う必要があるんです。』
「分かった。……けど、俺達にはその妖怪も鱗粉も見えないしな。」
「僕らでなんとかしますから、隙を見て、建物の中に逃げてください!」

 紗雨(しゃう)さんと神経質そうな若い護衛士は、攻撃を防ぎつつ、なんとか建物の中へ逃げ込んでくれました。
 ですが、一番大人しそうだった護衛士が、なかなか建物の中に逃げ込んできれません。鞘をつけたままの剣と盾で、思いっ切り特定の狂護衛士を殴っていました。……日頃の恨みかな?

 僕らが使える法術は、結界術と、囮になる術、そして、火練術という炎を飛ばす術。
 結界術は、道具が必要なので、今すぐは無理。
 囮になる術は、策がないと体力が減るだけで意味がありません。
 炎は、絶対にダメです。平民が貴族を殺したら、死刑になってしまいます。それに、誰も死んで欲しくありません!直ぐに治る怪異なのですから。

八咫(やた)!ミツチ!風練術だよ!」

 蓮林(れんりん)村長が、法術で発生させた風を、狂った様に剣を振り回している護衛士長に放ちました。
 風練術を放たれた護衛士長は、ボンっ!と音と共に茂みの中に吹っ飛びましたが、起き上がった後は、キョトンとし、頭の周りに沢山の?を浮かべていました。

「は?私は一体…………。」

 村長は、ポカン状態の護衛士長を助け起こすと、直ぐ様、紗雨(しゃう)さん達が隠れている建物の中へ避難させました。
 なるほど、風で鱗粉を飛ばすのですね。……ですが……。

蓮林(れんりん)村長!俺達、まだ5級だから、風練術なんて習ってねぇよ!」

 八咫(やた)の言葉に、はぁ?っという顔を村長は向け、目をパチクリさせました。

「5級だって?」

 村長の質問に、僕らは頷きました。
 そうなのです。風練術は、妖術士見習い4級から習う技。一応……上級生の練習を見ているので、詠唱は覚えていますが、実際にやった事はありません。

「私は、江躯(えく)を退治しなきゃならない!気合いでやってみな!修行しただろ?」

 まさかの精神論アドバイス。それに修行って、林業の事でしょうか?
 とはいえ、江躯(えく)は、高く飛んでしまっているので、僕と八咫(やた)レベルの法力では、火練術が届きません。
 江躯(えく)を始末しない限り、いくら村長が、狂人者を正常に戻しても、鱗粉が降りかかれば、直ぐにまた狂人に戻ってしまうという、魔のループ。騒動を早く収めるには、最優先で始末しなければなりません。

 意味不明だとボヤく八咫(やた)をよそに、僕は、迫り来る狂護衛士に向かって、うろ覚えの風練術をやってみました。エイ、ヤっ!!
 構えた手のひらから、強い風圧を感じた瞬間、僕に向かって剣を振りかざした狂護衛士と、自分の身体が弾ける様に吹っ飛びました。

「大丈夫か?ミツチ!」

 目を丸くした八咫(やた)が、走り寄り、地面に転がっている僕を助け起こしてくれました。

八咫(やた)……、今の見ました?』
「あぁ!スッゲーよ、ミツチ!」

 まさか、成功するとも思いませんでしたし、あんなに威力が出るとも思っていなかったので、踏ん張りが足りなかった様です。
 もしかして、自分には風属性に適性が⁉︎などと期待してしまっていましたが、詠唱を教えただけの八咫(やた)にも、同じぐらいの威力の風練術が出来たので、速攻しょんぼり。

「俺にも出来た!!」
『あの林業フルコース、風練術の修行だったみたいですね。』
「来月の試験には出ねぇけどな。」

 僕らは二手に別れ、次々と狂人化してしまった護衛士達を風練術で治し、蓮林(れんりん)村長が江躯(えく)を火練術で討伐して、怪異事件はなんとか沈静化したのでした。
 怪我人は出たものの、幸い、軽傷ばかり。
 ホッとした僕らは、直ぐ様、あの江躯(えく)が、どこから来たのか、繭があったのかを探す為に、村中を駆け回りました。

「やっぱりだね。」

 蓮林(れんりん)村長が、村外れにある枯れ井戸を覗き込んでから、ため息を吐きました。
 井戸の中には、江躯(えく)の気味が悪い繭が3個あり、その一つが空でした。
 幸い、他の2つはまだ孵化していないようなので、僕と八咫(やた)で、臭くドロドロの粘液に包まれた繭を、井戸の中から引っ張り上げ、火練術で燃やしました。

「気持ち悪りぃ!それに臭い!」

 炎の中で江躯(えく)になりかけていたモノがドロドロに溶けていく様を見ながら、八咫(やた)が呻きました。

「井戸の底まで、頭が回らなかった。私も、歳かね。」

 蓮林(れんりん)村長はそう言いながら、護衛士達が休んでいる自宅へと足を向けました。



 蓮林(れんりん)村長の家では、怪我をした護衛士達が、治療を受けていました。
 戻るや否や、村長は、年嵩の護衛士長に頭を下げ、今回の怪異の騒動を謝罪し、今晩はここで休んで下さいと提案をしました。

「気にするでない。蓮林(れんりん)村長。国中のあちこちで小規模の怪異が起きているとは聞いていたのだ。油断していた我らにも落ち度があった。」

 どうやら話が分かる護衛士長な様で、この件についてのお咎めは無しとなりました。良かったです。

「それと、折角の申し出だが、我々は直ぐに立たねばならん。既に日程が、だいぶ押してしまっているからな。」
「そうですか……。申し訳ございません。戊雲(ぼうん)様。」
「しかし、ここでもとなると、今後も道中、気をつけねばならんな。」
「ここでも……っと申しますと?」

 護衛士長は、ため息を吐きました。

「こんな話、誰も信じないだろうが、元妖術士だったそなたなら信じてくれよう。」

 どうやら戊雲(ぼうん)護衛士長は、蓮林(れんりん)村長が、妖術士だった事も知っている様ですね。

「実は、一昨日、雷梛(らいな)の町で一泊する予定だったので、立ち寄ったのだ……。
 ところがだ。町中の人達が、時が止まったかの様に、ぴくりとも動かない。
 歩いたままの姿、立ち話をしている姿、飲み物や、食べ物を持ったままの姿。まさに、何かをしている途中の姿のまま止まっていた。
 まるで、金縛りにでもあったかのように。」
「起きたまま……ですか?」

 蓮林(れんりん)村長が、眉間にシワをよせて訊ね、戊雲(ぼうん)護衛士長は、うんうんと頷きました。

「ただ、時が止まっている訳ではないので、涙を流してる者、よだれ、鼻水を流す者、そして、糞尿を垂れ流していた者も多くいた。」

 戊雲(ぼうん)様護衛士長は、腕を胸の前で組むと、話を続けました。

「とにかく、これは大変だと思い、早馬を隣の町の役場に向かわせ、役人が来るまで我々は、外にいる町人達を担ぎ、建物の中に移動させた。
 生きているのなら、陽にさらされたままでは、喉も乾くだろうし、夜になれば冷え込むからな。
 まぁ、素人の発想ではあるが……。」
「動かした時、手足を曲げたりする事はできたのですか?」
「いいや。銅像の様に動かなかった。だが、眼球だけは動かせる様で、一生懸命私達に、何かを訴えておった。それが、余計哀れでな……。」
「実に奇妙な……。
 町の方々のお世話をされていたから、予定が遅れたという訳なのですね。戊雲(ぼうん)様らしい。」
「世話といっても、役人が来るまでだ。護送任務があったからな……。
 だが、今となっては、去ってしまった事を後悔しておる。」

 戊雲(ぼうん)様護衛士長は、少し怒った口調で言いました。

「何かあったのですか?」
「あったのではない、なかったのだ。
 やって来た役人曰く、今、祈祷師も妖術士も各地で怪異が多発している為、予約が詰まっており、早くても一ヶ月後になると言う。
 しかも、これが怪異によるモノだという証明書がないと、依頼もできないと。
 で、その証明書は、どこで貰えるのかと聞けば、祈祷師か妖術士からだと。
 それなら、その証明書を出す祈祷師や妖術は、どうやたら来てくれるのかと聞けば、申請して待つしかないのだと抜かしおる!信じられるか⁈
 どこの役人も、自分の頭は使わず、手続き通りにしか動かん!!
 誰がどう見ても、あれは怪異以外ありえないというのにっ!!!」

 戊雲(ぼうん)護衛士長は、イライラしながら立ち上がると、玄関の方へと向かいました。そして、顔をしかめながら振り返ると、蓮林(れんりん)村長に訊ねました。

李庵(りいお)和尚様のカラス門戸は、この辺りだったな?
 雷梛(らいな)の町件、お伺いしてくれないだろうか?そなたなら、直接相談できるであろ?」

 村長は首を横に振ってから答えました。

「残念ですが、和尚様は、どこかへ出張されたようで、ずっと戻っておられないのです。妖術士も全員出払っているとか。  
 私も、至急、ご相談した事があるのですが……。」
「そうか……。」

 戊雲(ぼうん)護衛士長は、肩を落としながら馬車の方へ向かい、見事な黒い馬に跨った時、ハッという顔をした。

蓮林(れんりん)村長!依頼料は私が払うから、調査にだけでも行ってくれんだろうか?」
「私が……ですか?ですが、私は……もう。」
「勿論、とうに引退されたのは知っておる。
 だが、其方の知識と経験があれば、原因を掴んでくれるだろうと期待しているのだ。」
「期待と仰られても……。」
「頼む!」

 護衛士長は、浮かぶかと頭を下げました。

「おやめ下さい!貴族様が、平民に頭を下げるなど!」
「解決しなくてもいいのだ。何か情報が掴めておれば、それが証明となるだろ?カラス門戸の者なら、其方の証言を疑うまい。
 それに、予め捜査をしておけば、手間が省ける。妖術士が参った時、直ぐに解決できるやもしれん。」

 蓮林(れんりん)村長は、困った顔で、村人達の顔を見渡しました。

「村長、行ってあげてくだせぇ。あん町にぁ、私の娘が嫁いでんよ。あたしからもお頼み申します!」

 怪我の手当ての手伝いで来ていた中年女性が、頭を下げました。

「オラからも頼みます。あそこには、親友がおります。どうかどうか!」
「私の妹も、あん町におります!村の事は私らに任せてくんなせぇ!」

 他の村人達も、続々お願いして来ました。
 村人達と護衛士達が頭を深々と下げるのを見渡し、最後に、護衛士長の懇願する様な目を見てから、深くため息を吐いた後、蓮林(れんりん)村長は、ようやく頷いたのでした。

「分かりました。私にできる事をやってみましょう。」
「ただ、供に、この子を連れて行ってもいいですか?」

 蓮林(れんりん)村長は、そう言いながら、僕の方を向きました。

「構わんが……、その子は、お孫さんか?」

 僕の素性を知らない戊雲(ぼうん)様護衛士長が、戸惑った顔をこちらに向けました。

「いいえ。この子は、布能洲(ふのす)寺カラス門戸の妖術士見習いです。」

 ほぉっと、戊雲(ぼうん)様護衛士長の顔が、戸惑いから興味深そうな顔に変わりました。

「今の私には、霊が視えませんが、霊感が強いこの子と一緒なら、第六感が触発されるのか、視える様になるのです。」
「分かった。なら、彼の分の経費と依頼料も払おう。もちろん、後で報酬も支払う。」
「いえ。経費だけで十分です。この子は、まだ修行の身なので。」

 戊雲(ぼうん)様護衛士長は、蓮林(れんりん)村長に再びお礼を言うと、部下達と、僕の父を連れ、旅立たれました。
 その旅立ちの時、紗雨(しゃう)さんにお別れを言い終えた僕は、ふと、父をチラリと見ました。それが、最後の別れだと思ったからです。
 残念ながら、父は俯いたままで、顔はよく見えませんでした。
 でも多分、それで良かったんです。思い出なんか無い方がいいのですから……。

「おい!くそババァ!何、勝手に決めてんだよ!俺ら、それどころじゃねーんだよ!」

 八咫(やた)が、蓮林(れんりん)村長に食ってかかりました。

「誰が、ババァだって?」

 蓮林(れんりん)村長が、八咫(やた)を睨みました。

「テメェだ!鏡、見た事ねぇのかよ⁈」
「っというか、八咫(やた)、あんたについて来いって頼んだ覚えはないんだけどね。」
「俺ら、お師匠の居場所を聞いて、馬鹿げた結婚を止めに行かなきゃなんねぇんだ!だから、ミツチは行けねぇんだって!」
「一人で勝手に行きゃいいだろ?
 ミツチは、和尚様が戻るまで、私が修行を見る事になっている。だから、連れて行く。」
「修行なんかしてる場合じゃないんだって!なぁ、ミツチ?」

 いきなり振られて、僕は戸惑いました。
 お師匠さんの事も気になりますが、何よりも、厨房係で、僕の叔父にあたる太良(たら)さんに、母の祖父母の居場所を聞きたいという気持ちの方が大きかったのです。
 僕が、生きてるって事を知れば、祖母は元気になるかも知れませんし、祖父は、冤罪者の父に、復讐の為の死刑宣告をしなくて済むのですから……。
 けれど……、その事情を太良(たら)さんが知らないはずはありません。
 この11年間、ずっと祖父母に僕がまだ生きている事を知らせなかった。きっと……何か理由があるはずです。そして、それを決めたのは、おそらく和尚様。

『僕は……。僕は、行きます。雷梛(らいな)の町に。』
「よく言った、ミツチ!」

 満面な笑みで、蓮林(れんりん)村長が、僕の肩をバンバン叩きました。

「はぁ?なんでだよ!!お師匠の事が気になんねぇのかよ?心配じゃねぇのかよ?変だろ?
 あのクソビッチ、阿奈(あな)様とだぜ?
 ぜってぇ、無理やり結婚させられんだ。止めてやんねーと可哀想だろ⁈」

 怒った八咫(やた)が、僕に詰め寄りました。
 確かに、変な話だとは思います。
 鹿野宮(かのみや)家の方々には、生き霊が現れなくなるまで、安魂《あんこん》術をかけ続ける必要があるでしょうが、何日かかるか分からないとはいえ、その分の料金を鹿野宮(かのみや)家が払えないはずはありません。なので、料金を浮かす為に、お師匠さんをお婿さんに迎えるとは思えません。
 それに、阿奈(あな)様は、明らかにお師匠さんや僕らを毛嫌いしていましたので、阿奈(あな)様がお師匠さんに惚れたと言う線もないでしょう。
 お師匠さんが、阿奈(あな)様に……惚れた?
 いえいえ!いくら何でもそれは……。それに、お願いした所で、断られるはずです。

『どの様な経緯で、結婚となったのかは見当もつきませんが、別に殺される訳じゃないでしょ?
 けど、雷梛(らいな)の町の人達は、早く何とかしてあげないと、死んでしまいます。』
「霊感が無いババァと、見習い五級のお前が行った所で、何ができんだよ?
 江躯(えく)の様な小物を倒して、ちょっと天狗になっちゃったのか?
 町の奴らを、全員金縛りにしちまう様な怪異だぞ?小物なワケねぇだろ⁈」
『そうかも知れません。けど、調査だけならできます。
 その緊急性を、妖術士総本山に報告すれば、最優先で妖術士を手配してくれるはずです。
 だから、お師匠さんの件は、八咫(やた)一人でお願いします。』

 八咫(やた)は、しばらく唸りながら、頭をむしゃむしゃ掻き、「ダーッ!!!」っと叫んでから、キッと鋭い目で、僕を見ました。

「分かったよ!分かった!俺も行く!」
『え?』
「別に、あんたは来なくていいんだって。っと言うか、あんた筆記試験の方がヤバいんだろ?寺で勉強してな。」
「うるせぇババァ!黙ってろ!」

 蓮林(れんりん)村長は、やれやれと言いたげに、肩をすくめました。

「とっとと雷梛(らいな)の調査を終わらせてから、お師匠を助けに行こう!」
八咫(やた)……。ありがとう!』
「まぁ……、本当にヤバイ事になってんなら、紗里(さり)が痛い目を見てるだろうし。何もねぇって事は、お師匠は無事って事だよな。」
紗里(さり)さんの力は、自分も巻き込まれるはずだった大災難を、3割程度の災難で回避しているだけですよ。
 お師匠さんの件に、紗里(さり)さんが巻き込まれそうな要素は、微塵もなさそうですが。』
「あぁ……そっか。使えねぇなぁ〜。まぁいいや、とにかく直ぐに終わらせようぜ。それからお師匠だ!」

 この時の僕らは、それが最善な判断だと思っていましたが、実は、とんでもない判断ミスだったとは、思ってもみなかったのです。
 あの時、もし、お師匠さんの方を優先していれば……、あんな事件が起こるはずなど……なかったのですから……。





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登場人物紹介

八咫(やた)  


布能洲《ふのす》寺、カラス門戸の妖術士見習い。15歳。


性格:楽観的でお調子者だが、たまに、冴えた事を言う。素直で、努力家。

能力は:妖術士の中では、一番第六感が弱いが、体力は見習いの中で一番で、駿足は妖術士の中で、一番。

以前は、兄と住んでいたが、ある怪異事件によって兄が死んでしまった。その後、布能洲《ふのす》寺で引き取られる事になった。

ミツチ


布能洲《ふのす》寺、カラス門戸の妖術士見習い。14歳。

性格:心配性で、頭でっかちになりがちだが、謙虚で、誰にでも優しい。

能力:妖術士の中では、一番の第六感の持ち主だが、その分、邪気に当てられやすい。小柄で、痩せ気味なため、体力があまりないが、勉強家。

幼い頃、水妖に襲われ、カラス門戸の妖術士達に助けられた。だが、記憶を失っていた為、布能洲《ふのす》寺で引き取られる事になった。

嶺文(れいぶん)


八咫とミツチの師匠。

布能洲(ふのす)寺カラス門戸の上級妖術士。年齢不詳。

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