第1話 序章

文字数 5,555文字

 僕と親友の八咫(やた)は、山の中にある古寺で、妖術士になるべく幼い頃から暮らしておりました。
 寺の名は布能洲寺(ふのすじ)といい、妖術士カラス門戸の本拠地です。
所属する妖術士+見習いの数は30人ほど。皆が、幼い頃からここで育っている為、仲が良く、師弟関係は一応ございますが、家族のような仲間です。
 因みに、妖術士というのは、妖怪と侍従契約をし、体内に宿す事によって妖力を得、妖術を使う方の事です。
 見習いとは、まだ妖怪と侍従契約をしていない者の事。妖怪が見える程度の第六感さえあれば、誰でもなれます。ただ、契約ができる様になるまでの鍛錬が、非常に過酷な上に、平均20年もかかる為、脱落者が非常に多いのです……。因みに八咫(やた)と僕は、やっとこ11年目になったばかり、……まだまだ先は遠いです。

 布能洲(ふのす)寺に、八咫(やた)と僕のお師匠さん、海山嶺文(みやまれいぶん)のご遺体が届いたのは、今朝方の事でした。

 秋晴れの気持ちが良い朝で、僕らは、日課である庭掃除や、植木の世話をし、そして、かつて水神だった邪神を封じ込めている御堂を、ビクビクと掃除しながら、今後の事について話しておりました。

「まさかお師匠が、妖術士を辞めて、婿入りしちゃうなんてな。しかも、あんなネジが外れたクソ女とだなんて。」
『失礼ですよ、その様な言い方は。何か事情があったのかもしれません。お相手は、貴族様なのですから。』
「今までも、助けた貴族に言い寄られた事は、何度もあったじゃないか。けど、その度に傀儡の術を使って、諦めさせてきただろ?今回も、そうすれば良かったじゃん。」
『ん〜……。ナゼでしょう?
 阿奈(あな)様は、どう見ても、何の能力も無い、極々普通で、我儘で、情緒不安定なお方。術がかからなかったとは思えませんね。』
「おい!ミツチ。人に小言を言っといて、ナニしれっと俺よりも失礼な悪口を連発してんだよ。」
『幻聴ですよ。』
「そんな訳あるか!
 つーかさ、煩悩を断ち切る為に異性と関係を持たないんだって、お師匠はいつも言ってたけど、本当は、ああいったゲテモノが好みなだけで、まともな女に興味がなかっただけだったのかもな。」

「ゲテモノとは、随分な言われようですね。」

 声の方を振り向くと、そこには喪服を着た阿奈(あな)様が立っておられました。その背後には、阿奈(あな)様のお屋敷でお会いした事がある護衛士さんが6人ほどおり、大きな棺を担いでいます。

「おはようございます。八咫(やた)さん。ミツチさん。」

 八咫(やた)の悪口を気にした様子もなく、阿奈(あな)様は上品なお辞儀をすると、ニッコリと可愛らしく微笑みました。

『お、おはようございます……。』
「……和尚さん、呼んでくる。」

 八咫(やた)は、挨拶も返さず、ブスッとした顔で僕にそう告げると、和尚さんがいそうな本殿へと、踵を返しました。僕も、ペコリと頭を下げてから、その後を追いかけます。
 阿奈(あな)様と一緒に待つなんて、気まずいです。
 丁度そこへ、和尚さんと5人の妖術士の方々が、庭を横切るのが見えました。しかもこちらに気づいたみたいです。
 和尚さんは、阿奈(あな)様がお師匠さんの新妻とは知ってはいたものの、直接お会いした事がなかった為、八咫(やた)が適当にご紹介しました。

「あいつだよ。無理矢理お師匠を結婚させた、クソおん……」

ゴンっ!っと、和尚さんが、八咫(やた)の頭に拳骨を落としました。

「あいったー!」
八咫(やた)。失礼な事を言うんじゃない!」
『あはは……、ですよね〜?では、まだ掃除の途中なので、僕らはこれで〜……。』

 僕は、涙目になっている八咫(やた)を引っ張って、逃げようとしました。……が、阿奈(あな)様がそれを止めました。

「ちょっとお待ちになって。お二人にも聞いて頂きたいの。」

 スッゲー嫌です!という顔で振り返った八咫(やた)を、和尚さんがギンッっと睨みました。
 仕方がないので、僕らはとぼとぼと戻り、和尚さんと妖術士の皆さんの背後へ。
 一体、何の話でしょう?僕らと、その棺、何か関係があるのでしょうか?……というか、お師匠さんは、ご一緒ではないのでしょうか?
 
「それで阿奈(あな)様。本日は、どなたかの葬儀のご依頼でしょうか?あいにく当方は、普通の寺と違い、葬儀などのご依頼は、承っておりませんが。」
「ええ、それは存じております。」

阿奈(あな)様は、そう答えながら漆黒に金の縁が施されったツヤツヤの棺を、スーッとゆっくり撫でました。

「ただ……ご身内は、別かと思いましたので。」
「……身内?」

 和尚さんの顔色が、サッと蒼白になりました。
 心当たりでも……あるのでしょうか?
 妖術士の方々や八咫(やた)を見ますが、皆さんは、怪訝そうに互いの顔を見合わせるだけで、心当たりなど無いご様子です。
 というのも、布能洲(ふのす)寺の妖術士達も、見習い達も、内勤の方々も、本日の定例会議の為に、昨日から全員ここにいるからです。
 となると、和尚さんの身内?
 ……いえ、和尚さんにも身内はいないはずです。
 ………………一人います。大切な身内が!
 皆さんも気がついた様で、ハッとしました。

「……まさか……。」

 僕らの反応を見た阿奈(あな)様は、手を口にあてると、クスっと笑いました。

「ええ。わたくしの最愛の夫、海山嶺文(みやまれいぶん)の……葬儀です!」
「うっ、嘘だ……。」
「ありえない……。」

 皆が口々に呟く中、阿奈(あな)様は満足そうに皆んなを見渡し、うんうんと頷いております。

「お悔やみを申し上げます。
 わたくしも、いまだに信じられません。できましたら、わたくしが葬儀を執り行いたかったのですが、まだ正式に籍を入れておりませんし、諸々の事情がございまして……。」

 阿奈(あな)様は、ハンカチを目に当てて、涙を拭う様な仕草をしておりますが、口角は上がっているのが見えます。
 何がそんなに面白いのでしょう?

「ふざけんなっ!何の冗談だ?悪趣味にも程があんだろ⁈」

 八咫(やた)の怒鳴り声に、阿奈(あな)様は仕方がないという風にため息を吐かれると、棺の蓋を開けるよう手を軽く上げて、護衛士達に命じました。
 和尚さんを先頭に、皆が恐る恐る棺を囲み、覗き込みます。
 間違いであります様に!たちの悪い冗談であります様に!っと心で念じながら、そっと僕も覗きました。
 棺には、真っ赤な彼岸花が沢山敷き詰められ、その中に、白装束を着せられた男性のご遺体がございました。
 僕は息を呑んで、隣の和尚さんを振り仰ぎました。
 棺の淵を握っている和尚さんの両手は、ワナワナと怒りで震え、ぎゅっと顔をしかめております。

「頭はどうされた⁈」

 そう……、そのご遺体には、頭がなかったのです。

「頭は、形見分けという事で、わたくしが所有する事に致しました。」

 阿奈(あな)様は、僕らの反応を楽しそうに見ながら、そう答えました。

「形見分け?死者を侮辱されるおつもりか⁈」

 妖術士長の夜杜(よるず)さんが、ドスが効いた低い声で怒鳴りました。

「憐れに思って下さい。結婚したばかりなのに、未亡人となってしまったわたくしを。
 生前お世話できなかった分、妻として、大事に大事に毎日お世話をするとお約束致しますので。」

 信じられません。何を仰っているのでしょう?阿奈(あな)様の背後にいらっしゃる護衛士の皆さんも、呆れられております。

「はぁ⁈何を言ってんだっ⁈
 そもそもこの身体が、海山(みやま)のだという証拠は⁈」

 夜杜(よるず)さんは、物凄い形相で阿奈(あな)様を睨みますが、阿奈(あな)様は微笑んだままです。
 ハッとした八咫(やた)は、ご遺体の左腕の裾をめくり上げ、カラス門戸の刺青を確認し、その刺青の模様の中にある、認識番号も確認を致しました。
 
 「……そんな……。」

 夜杜(よるず)さんも同じ様に確認すると、「クソッ!」っと小さく呟きました。
 その刺青は、普通の刺青と違って、霊感がないと視えないインクで彫られており、そのインクは特殊で、各門戸の歴代和尚さんにしか、調合法は伝授されておりません。因みに、このカラス門戸の色は瑠璃で、門戸ごとに違う色となっております。
 なので、偽物など……、彫れないのです。

「そもそも、何で海山(みやま)は死んだんだ?あいつは上級妖術士だぞ。簡単に死ぬ奴じゃない!」
「そうだ。あいつは、高い崖から落ちてもケロッとしてる様な奴だ。」
「猛毒キノコを間違えて喰っても、臭い屁をかますだけ。頑丈だけが取り柄なんだ。」

 皆さんの意見に、僕も頷きます。
 これまで、何度も何度もお師匠さんが、厄介な妖怪やら悪鬼と戦うのを、ずっと見てきました。ですが、その際に負う傷は、いつもかすり傷程度。大怪我などした事がございません。
 人間との対峙でも同様で、お相手が武器を使おうが、いつも怪我をするのはお相手だけ。
 しかも、風邪すらひいた事もございません。
 そんな……お師匠さんが、お亡くなりになるなんて……、ありえません。

「そのご説明が、まだでしたね。うっかりしておりました。」

 まるで財布でも忘れてきましたっという風に、阿奈(あな)様は自分の頬を軽く叩きました。

「私どもの婚儀に、皆様をご招待致しませんでしたから、何があったのかご存知ないのは、当然ですわ。」

 阿奈(あな)様のお家は、鹿野宮(かのみや)家という大貴族。。
 そういう事もあり、婚儀の参列者は貴族のみとなったのです。よって、平民集団の僕らは、ご招待されませんでした。当のお師匠さんも、ど平民なのに……。

「実はお式の際、なんと申しましょうか……、幸せのあまり気分が高揚いたしまして、その極みに達しました時……。」

 そこまで言うと、阿奈(あな)様は頬をポッと染めました。

「思わず……、」

 阿奈(あな)様は焦らす様に、小指を軽くくわえると、目を輝かせ、仰いました。

「首を刎ねてしまいました。」

 皆さんも、僕も、ご満悦な阿奈(あな)様の顔を見つめました。
 ……信じられません。人の皮を被った化け物とは、まさに、このお方だと思いました。

「訳が分からない怪異でもなく、息が臭いならず者でもなく、最愛のわたくしに殺されたのです。
 夫も、本望だった事でしょう。」
「何が本望だ!何で殺したんだ⁈卑怯な手を使って、無理やり結婚させたくせにっ!」

 ずっと我慢をしていた八咫(やた)が、つかつかと阿奈(あな)様に近寄ると、グイッと胸ぐらを掴んでしまいました。

「いい加減にせんかっ!!!!」

 和尚さんは、八咫(やた)の首根っこを片手でグイッと掴むと、後ろへブンっと投げ飛ばしてしまいました。
 その勢いで、八咫(やた)はゴロゴロと転がり、さっき手入れをしたばかりの植え込みを抜け、大木にドッシーン!と激突した所で、ようやく止まりました。
 余談ですが、この時の和尚さんは、妖術を使っておりません。腕力だけです……。

「失礼致した。八咫(やた)は、嶺文(れいぶん)の事を親の様に慕っておりましたので。」
「いいえ。謝罪をするのはわたくしの方です。二人の関係が師弟以上という事は、存じておりましたのに。
 ですので、八咫(やた)さんとミツチさんにも、話を聞いて頂こうと思いましたし、責められるのは当然だと、覚悟をしておりました。」

 阿奈(あな)様は、乱れた襟元を直しながら、八咫(やた)を憐れむ様に見下ろしました。
 本当に、そう思っていらっしゃるのでしょうか?いえ、絶対思ってません!その顔は!
 明らかに、僕らが悲しみに打ちひしがれる様を見物する為に、僕らを呼び止めたに違いありません!

「……なんで、なんでそんな殺人鬼が、こんな所、ウロウロしてんだよっ⁈」

 植え込みから、八咫(やた)が怒鳴りました。

「まぁ、ご存知ないのですか?」

 阿奈(あな)様は、少し驚いた顔をしてから、目を細め、蔑む様な目で八咫(やた)を見下ろしながら、ゆっくりした口調で続けました。

は、

を殺しても、罪にはならないのですよ。
 要するに、ここで、貴族のわたくし共が、平民であるお寺の皆さんを、皆殺しにしても、無罪なのです。」

 流石にその発言には、皆さんも「は?」とムカつかれたご様子で、和尚さん以外の全員が身構え、建物の影でこちらの様子を伺っていた他の方々も、妖刀(妖魔が宿った刀)を取り出し、戦闘体制をとるのが見えました。中には、朱厭(しゅえん)(巨大な猿)や白虎(びゃっこ)(巨大な虎)などの妖獣まで召喚しているお方までおります。
 それに対抗する様に、6人しかいない阿奈(あな)様の護衛士の皆さんも、剣の柄に手をかけました。冷や汗を流しているのは見えますが、それは決して怯えているわけではなく、無意味な戦いなどしたく無いのだと思います。ですが、主人に逆らう事など、決してできないお立場です。

 場は、一触即発となりました。

 そんな中、和尚さんの豪快な笑い声が、響きました。

「ハハハハハッ!!!阿奈(あな)様。ご冗談が過ぎますな。」

 ニッと微笑みながら和尚さんは、僕らを制しました。

「申し訳ございません。配慮に欠けた物言いを致しました。どうぞお許し下さい。」

 阿奈(あな)様は、膝を折って、頭を下げ、貴族風の謝罪ポーズをとりました。
 ですが、妖刀や妖獣は引っ込めたものの、布能洲(ふのす)寺の皆んなの怒りはまだ治っておらず、あと一言でも阿奈(あな)様が余計な事を言えば、何が起こるか分からないといった空気のままです。

阿奈(あな)様。今日の所はどうぞお引き取り下さい。皆、突然の嶺文(れいぶん)の訃報に、動揺しております故。」
「そうでしょう。では、李庵(りいお)和尚、布能洲(ふのす)寺の皆様、ごきげんよう。」

 阿奈(あな)様は立ち去る際、八咫(やた)と僕の前で立ち止まりました。

八咫(やた)さん。ミツチさん。またお会いしましょうね。」
「冗談じゃない!」

 そう怒鳴り、殴りかかった八咫(やた)は、速攻、大柄で上級妖術士の砂太(しゃた)さんによって、壁へ押さえつけられてしまいました。
 ですが、押さえつけられても八咫(やた)は、怒鳴り続けました。

「絶対復讐してやる!覚えておけクソ女!一生後悔させてやる!」

 悔し涙を流しながら怒鳴る八咫(やた)を、咎める者は、一人もいませんでした。
 なんせ、その間も阿奈(あな)様は、怒り狂う八咫(やた)を、満足そうにニコニコと眺めていたのですから。わざと挑発したとしか思えません。

 僕らを挑発するだけ挑発して帰られた阿奈(あな)様。一体、何がしたかったのでしょう?
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登場人物紹介

八咫(やた)  


布能洲《ふのす》寺、カラス門戸の妖術士見習い。15歳。


性格:楽観的でお調子者だが、たまに、冴えた事を言う。素直で、努力家。

能力は:妖術士の中では、一番第六感が弱いが、体力は見習いの中で一番で、駿足は妖術士の中で、一番。

以前は、兄と住んでいたが、ある怪異事件によって兄が死んでしまった。その後、布能洲《ふのす》寺で引き取られる事になった。

ミツチ


布能洲《ふのす》寺、カラス門戸の妖術士見習い。14歳。

性格:心配性で、頭でっかちになりがちだが、謙虚で、誰にでも優しい。

能力:妖術士の中では、一番の第六感の持ち主だが、その分、邪気に当てられやすい。小柄で、痩せ気味なため、体力があまりないが、勉強家。

幼い頃、水妖に襲われ、カラス門戸の妖術士達に助けられた。だが、記憶を失っていた為、布能洲《ふのす》寺で引き取られる事になった。

嶺文(れいぶん)


八咫とミツチの師匠。

布能洲(ふのす)寺カラス門戸の上級妖術士。年齢不詳。

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