第4話 呪具
文字数 7,087文字
「鹿……野宮……
お師匠様が、木偶を裏返すと、そこにも何か書いてあります。ですが、普通の文字ではないようです。
「……ん……なんだ?これは……。」
「なぁ、それ妖字だろ?怪異と契約する時の。呪具だよな?呪具?」
『ええ。これが妖字なら、契約した怪異の署名、怪異本人しか知り得ない、本当の名が書かれているはずです。この怪異を探し出せれば、何もかも解決です。』
「さすが俺!やった!」
大喜びをする
『呪源はこれですね。ご遺体が出ると思い込んでいたので、うっかり見落としました。』
「でかしたぞ
お師匠は嬉しそうにそう言うと、わしゃわしゃと
「やめろよ!もう〜。他の人の木偶もあるかな?」
僕らは、大きな土山を崩しながら、木偶を探す事にしました。
ご家族分を全て見つけられるか不安ですが、せめて、まだ生きてらっしゃる方々の木偶は、見つけて差し上げたいです。
案外、律儀な良い方なのかもしれません。
「呪具は危険ですので、決して素手では触らないで下さい。見つけたら、直ぐに知らせて下さい。」
お師匠さんが、素手で土を掘っている
「それぐらい知ってる。祖母が祈祷師だったからな。」
護衛長が僕らを手伝い始めてしまったので、他の護衛士の方々もしぶしぶ手伝ってくれました。
小さい物を探すのは、埋立地を掘り返すより一苦労で、作業は深夜にまで及んでしまいました。
「
「これが呪いの原因で間違いないよな?お師匠!」
この木偶が呪源であり、呪具なのは間違いないでしょう。けれど、最初の段階で、僕らはその木偶を見落とし、何もないと思ってしまった……。
いくらご遺体が出てくると思い込んでいたとしても、呪源となってる呪具に気づかないなど、あり得るでしょうか?
呪具を探すと言う事は、どんなに小さくても、土の中に埋まっている熱々の石炭を探し出す様なもの。近づけば近づくほど邪気は濃く見え、嫌でも気づくはずですし、うっかり触れば……。
『お師匠さん!それっ!』
「あぁ……。残念だが、これは……抜け殻だな。」
お師匠さんも僕と同じ事に気づいた様です。
「抜け殻?」
「
「あっ!……そういえば……。普通に……触ってた。」
「コラっ
普通、なんの処理も対策もしないで触れば、大怪我をするか、その呪術をかけた怪異か、その下僕が現れるはずなのです。
「この木偶には、もう呪う力はない。ただの板だ。」
「はぁ?お師匠、どう言う事だよ?俺にだって分かるぜ?邪気はこれから出てるって!」
『
人には読めない妖字で書かれた署名を、僕は指差しました。
「この池が、その怪異の元棲家で、この敷地全体が縄張りだったんだろう。今はもう居ないみたいだな。」
「残留気?なんで居ないってわかんだよ?」
『この池にいた怪異は、この残留気の濃さから察するに、かなりの大物だと思います。居ないと言えるのは、もし今も居たのなら、この敷地内で彷徨っている下級霊達全員、今ごろ餌食となってしまっていたはずだからです。その怪異によって。』
僕は、成仏もできず、恨みの対象に復讐する力すら持たず、ただ彷徨う事しか出来ない哀れな怨霊達を見上げました。
「じゃあ、怪異の原因はなんなんだよ?あの下級怨霊達の数が多すぎるから?残留気が濃すぎるから?」
「
「だってさ!」
「なぁ、お師匠。この妖字で書かれてる名前、なんて読むんだ?」
「妖字なんか読める訳ないだろ?」
「なんで?それでも師匠かよ?」
「それでもって、和尚だって読めねぇよ。人間が発音できない字なんだ。」
「え〜っ!なんだよ偉そうにしてるくせに。」
「関係ないだろ!それに、実際お前より偉いんだから、偉そうにしていいんだ。」
「せっかく見つけたのに……。あ〜あ、役に立たないのか〜。」
「そんな事はないぞ、
お師匠さんはそう言うと、召喚術で
「今日か明日にでも、返事が来るだろう。
とりあえず、下級霊の浄霊をしとくか。原因がそれかどうかはともかく、これ以上増えれば、新手の大物が狩に来てしまう。」
お師匠さんはそう言いながら、浄霊の準備を始めました。
浄霊の方法は、色々ありますが、今回は除霊灯で行う様です。
一見、ちょっと派手な提灯の様に見えますが、もちろん普通の提灯ではありません。
中心の特殊な蝋燭に火を灯すと、提灯がくるくると回り始め、聖水が含まれたシャボン玉がぶくぶくと飛び出し、霊がそれに触れると捕らわれてしまう仕掛けとなっております。
シャボン玉の中に囚われた霊は、聖気が満ちた空間によって浄化され、浄化が終わるとシャボン玉が割れ、成仏されます。
霊の数が多い時には、とても便利な道具なのです。まぁ……便利は便利なのですが……、これは、狙い撃ちできないのと、下級霊にしか効かないという弱点がございます。
幸い、昼間に設置した翡翠の浄化装置も、効果を表し始めている様で、設置前に比べると、霊達の動きが弱々しく、数も減ってきた様に見えます。今回は除霊灯だけで済むかもしれません。それでも浄化できない場合は、お師匠さんが直接浄霊か除霊をするでしょう。除霊灯が効かない程の霊だと、
「おい、妖術士。何か手伝える事はあるか?」
僕らの会話を聞いていた
「いや、もう大丈夫です。こんな時間まで手伝わせてすみませんでした。」
「そうか。手伝える事があればいつでも言ってくれ。今夜は大旦那様のお部屋で警護をする予定だ。
それと……、俺は、あんたの奴隷だからな。」
「あぁ……、その賭けは無かった事にしましょう。呪具は、もぬけの殻でしたし。半分は、あなたが正しかったと言う事です。」
「……いいのか?」
「はい。
そうだ、一つだけお願いがあります。もし、母屋で怪異が起きたら、直ぐに知らせて下さい。」
「分かった。部下達にも知らせておく。」
その間、きっと怪異が起きるだろうと思っていたのですが、その晩は何も起こりませんでした。
毎晩は、起こらないのでしょうか?それとも、除霊灯で全ての下級霊を浄霊したから?翡翠によって邪気が薄れたからでしょうか?
朝日が登り始めた頃、ようやく浄霊を終わらした僕らは、銭湯ですか?っというぐらい大きなお風呂につかり、僕らには不相応な上品な客間の寝台に倒れ込み、お昼近くまで休ませて頂きました。フリフリと花と鳥の刺繍が施された絹地の枕に、ヨダレを垂らしながら……。
到着したばかりは邪気に当てられて、屋敷に居られないほどだったのに眠れたの?ですか?
ご心配ありがとうございます。先程も申しました様に、邪気が薄れてくれたおかげで、その頃には何とも感じない程度にはなっておりましたので、ぐっすり眠れましたよ。しかも、目が覚めた頃には邪気はすっかり無くなっておりましたので、気分良く目覚める事ができました。
気分が良くなったのは、僕だけではありませんでした。屋敷の家人の方々も、「空気が綺麗になった気がする。」「良い香りがする。」「体調が良い。」などと噂し合っているのが聞こえます。
僕らは、呪具だった木偶を持って、
「あれ?ミツチ、食わねぇの?」
『美味しいのですが……。もう……。』
っと言いかけた時、
「あっそ。じゃあ俺が変わりに食ってやるよ。」
『……やぁ……、もう、召し上がってますよね?』
まあ、残すよりは、誰かが美味しく食べた方がいいですよね。
お食事が終わった後、珈琲とやらを頂きながら、本題に入りました。苦っ!
「呪われてない?ただの病気という事ですか⁈」
珈琲を思わずこぼしてしまう程、
「そういう意味ではありません。今分かっているのは、この呪具を使った呪いが、もう解けていると言う事。そして、その呪いをかけた怪異も、もうここにはいないと言う事です。」
お師匠さんは、
「ますます不可解です……。」
「要するに、かつて何者かが、
「そうなります。」
もう一度、
「今回の事以外で怪異が起こっていたなど、全く思い当たらないのですが……。」
「確か、大奥様と、その息子さんが亡くなられたとか?それは、いつ頃ですか?」
「大奥様方がお亡くなりになられたのは、もう30年以上も前の話です。
それが呪いによるものだとしたら、若奥様やお子様達のお名前が、その呪具に書かれているのはおかしいです。」
「そうですか……。他にお身内が亡くなられたとか、仕事が上手くいかなくなったとか、体調を崩されたとかありませんか?」
「思い当たりません。ご存知の通り、
むしろ、今回の怪異が起こるまで、順風満帆だったと言えます。」
お師匠さんも
「なあ、お師匠、この木偶の怪異、呪いに失敗しちゃったって事ないのかよ?」
「小物怪異と契約したのなら、呪いが失敗するという事はあるが、あの池に棲んでいた怪異は、残留気の濃さから絶対大物だ。呪いが失敗するなどありえない。」
速攻否定されてしまった
「とにかく怪異を実際に見てから判断しましょう。そういえば、昨晩は、起こらなかった様ですね。怪異。」
「……えっ?あぁ……ええ……まぁ。」
変ですね?
「怪異は
毎晩
だと伺っていたと思いますが?」「……ええ……。あぁ……、その事ですね。」
「……申し上げにくいのですが……、既に、
そこで……、医師と相談を致しまして、大旦那様の許可の元、ここ最近は
冥府の華
を使用し、夢さえも見れないぐらい深い眠りについて頂いていたのです……。昏睡状態になる事は、非常に危険であるのは承知しておりますが、殴られるよりはマシでございましょ?」
冥府の華
とは、いわゆる御禁制の麻薬であり、麻酔薬の原料。ですが、医師が処方されたのなら、違法では無いはずですが?
「まさか、昨日の昼間、
冥府の華
だったのですか?」「……おそらく。」
「で、昨晩にも?同じ日に二度も?殺す気ですか?」
お師匠さんは、不快そうに尋ねました。
なるほど。それで、給仕の方々を下がらせたのですね。歯切れが悪いお答えも。
「殺す気などっ!そのような事は、誓ってございません!」
「危険なのは承知しております。
ですが、
冥府の華
の効果も短時間で、最近では免疫ができてきてしまっておられるらしく、更に効かなくなってきている次第でございます。故に、一刻も早く、解決をして頂きたいのです。」
「分かりました。とりあえず今日は、
冥府の華
を使わないで頂けませんか?全員。」「はい。医師に指示をしておきます。」
「あと、この呪具ですが、もう影響がないとはいえ、今回の怪異と無関係とは思えません。この呪具を作った術者の方も探しましょう。」
「術者を特定できるのですか?」
「この呪具に書かれた怪異を特定し、その怪異から、どの様な呪いをかけたのか、術者は誰なのか聞き出す事ができれば。
今、寺の方に問い合わせているので、今日明日にでも返事が来るでしょう。」
「それは……、ここに、その怪異を呼び出すと言う事でしょうか?危険では……ありませんか?」
確かに危険です。しかも、呼び出した所で、素直に話してくれるとは限りません。
「それが、最短なのです。別の方法も一つだけありますが、時間がかかるでしょう。」
「時間…ですか……。因みに、どのような方法なのでしょう?」
「この呪具には、呪いたい相手の名前を、契約者の血液で書いてあります。その血液から、探索術を使って契約者を辿ります。犬が、持ち物から持ち主を探す様に。」
「要するに、その契約者が遠くに住んでいるかもしれないから、時間がかかるという事ですか?」
「その可能性もありますが、それ程単純な話ではありません。」
「怪異と契約するという事は、怪異にもよりますが、大抵は契約者の命を捧げるという事。贄になると言う事です。
怪異がそれを望むのは、永遠に自分の下僕にするか、取り込んで、己の力にする為です。」
「命を捧げると言う事は、相手を呪った後、術者が死ぬと言う事ですか?」
「はい。」
「となりますと……、この呪具による呪いが解かれていると言う事は、大旦那様達を呪った術者は、もうお亡くなりになっている。亡くなっている故、どの様な呪いをかけたのか聞き出せない。そういう事ですか?」
「契約者と術者が同一人物なら。」
「同一?違う場合があるのですか?」
「人の世でもたまにある話ですが、例えば、私が、ヤクザ者から借金をする事になったとしましょう。ですが、借用書には、自分の名前ではなく、
「あぁ……、そう言う事ですね。」
「怪異としては、
お師匠さんのその言葉に、
「なんのリスクも負わずに済むのなら、誰でも気軽に呪いがかけられるではありませんか⁈」
「いいえ、そうはなりません。この呪具を見て下さい。呪いたい相手の名が書かれていますが、ここで使われてる墨は、先程も申した様に契約者の血液です。」
お師匠さんは、木偶に書かれてる『
「なるほど……。ある程度の血液を、採取しないといけないわけですね?」
「はい。」
「それを聞いて安堵致しました。勝手に生贄にされては敵いませんから。」
「ホッとされるのは、まだ早いです。」
「はい?」
「昔から、闇市で呪術用の血液を売る医師や看護師がいるんです。かなりの高値で売れるので。
それで、時間がかかるかも……という訳です。」
「何ですって⁈なんと恐ろしい!それは、ここ貴族街の話ではございませんよね?」
「残念ながら、貴族街ほど、そういった取引が行われてます。庶民が買える金額ではないので。で、それを買った貴族は、呪禁師と言うヤクザ者に依頼をし、呪いをかけてもらう。」
「……そ、そんな……。」
「なので、検査とかで、やたら血を採取された場合は、気をつけた方がいいですね。」
「……そうします。」
「とにかく、あの池を棲家としていた怪異を呼び出すかどうかを決めるのは、大旦那様方に起こってる怪異を見た後です。それまで、もう一つの方法も試してみましょう。」
早速、僕らは追跡術を使って、8枚の木偶から匂う血を辿る事にしました。
内心、この方法で術者を探し出し、なんの呪いをかけたのか知り、解除できる事を願っておりました。僕らだって、できる事なら大物怪異など呼び出したくないのですから。
僕らの願いが通じたのか、意外にも契約者は、このお屋敷内で発見できました。
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