第8話 発端
文字数 15,590文字
儀式の片付けが終わったのは、日がすっかり暮れ落ちた頃でした。
大浴場で、水浸し泥だらけになった汚れを落とし、湯に浸かり、すっかり生き返った僕らは、離れにある、家人用の食事処へ向かいました。
一応、お客様専用の食堂でと明部 さんが、ご厚意で仰って下さったのですが、旦那様達は、まだ体調が優れず、自室で召し上がられるようですし、僕らだけ……というのは緊張します。それに、毎日三食豪華な食事というのは、肩が凝ってしまって……。
お食事所は、びっくりするほど広く、ゆうに100人は入りそうな程でした。さすが大勢の家人を抱える鹿野宮 家!
いくつもある食卓では、既にいろんな職場の制服をまとった家人の方々が、思い思いにお食事を始め、大変賑わってました。
どこに座ろうかとキョロキョロしておりますと、晝馬 護衛士長が、自分達の食卓に僕らを招いて下さいました。
「おつかれさん。今日は大変だったな。」
「お陰様で、なんとか無事に終わりました。」
「まあ、食いなよ。ここの火鍋は絶品なんだ。」
食卓の中央には炉が設えてあり、その上には大きな土鍋が置かれ、透き通った出汁をぐらぐらと煮立たせてます。
お師匠さんの横の護衛士の方が、お師匠さんにお酒を勧めましたが、お師匠さんは丁寧に断りました。
お食事後、もしかしたら若旦那様とお話が出来るかもしれませんからね。
「坊主達も沢山食えよ。こうやって薄切りの肉を3回出汁に浸すんだ。で、この甘辛い特製ダレと一緒に。」
晝馬 さんは、ハフハフと言いながら牛肉を頬張りました。美味しそう!
「火鍋ぐらい食べた事あるよ。」
八咫 はそう言いながら、お皿からお肉を箸でつまむと、出汁にじゃぶじゃぶ通し、たっぷりタレをつけてから口の中に入れました。
「わぁ!何これ?普通の肉じゃない!ヤバい!タレもヤバい!」
びっくりしてる八咫 の反応に、晝馬 さんが満足そうな顔をしました。
「驚いただろ?だが、この肉は特別でも何でもない。平民街でも普通に売ってるような代物だ。」
「ウソぉ!」
僕も、食べてみましたが、本当に驚くほど柔らかく、肉汁が口いっぱいに広がります。特にこのタレが、お肉をより美味しくしてます。
「切り方が上手いんだ。肉の部位や質によって、厚さや角度を見極めて切るのが、美味しさの秘訣らしい。
今度は、タレにつけないで食ってみろ。」
晝馬 さんの仰る通り、僕らは、タレなしでお肉を食べてみました。
『わぁ!美味しい!切り方次第で、こうも味が違うんですね。』
「そういう事。あと、鄧 厨房長が、弟子を上手く育ててるってぇのもあるな。どんなに腕が良かろうが、1人じゃこんなに沢山作れねぇだろ?」
「お、俺会ったひょ。そん人。めっちゃ良い人だゃった!」
八咫 が、肉を口に頬張ったまま言いました。汚いなぁ〜。
「主人も誇らしいでしょうね。そのような人が厨房長なら。
確か、貴族は、先祖代々同じ主人に使えるのですよね?となると、才能がある家人にいるかどうかは、運って事ですか?」
お師匠さんはそう聞くと、熱い花茶を飲みました。
「普通はな。だが、鄧 厨房長は、以前、ほら…昔あった圭亜 っていう大都市。あそこの領主様ん所の厨房長だったらしい。水神を怒らせて倒壊した。
……って……。」
凍りついたような顔をしたお師匠さんと八咫 を見た晝馬 さんは、言葉を詰まらせました。
「え?何?もしかして当事者だったか?」
「まぁ……。」
「あっ!そうだよな。確か、あの時は……祈祷師の手に負えなくて、布能洲 寺の妖術士も招集されたんだったか?」
「そこの和尚が、邪神と化した水神を封印して、終息したんでしたっけ?スッゲーっすよねぇ。」
晝馬 さんの横に座っている巨漢の護衛士さんが、興奮気味に言いました。
「そうそう、その腕を見込んで、布能洲 寺の妖術士を、今回呼んだって聞きました!」
細身の若い護衛士さんが、仰いました。
なるほど、そういった経緯で呼ばれたのですね。どなたかの御紹介かと思ってました。
「……らしいですね。」
お師匠さんは、困り気味に答えましたが、表情は少しゆるんでます。和尚さんを褒められたのが嬉しいんですね。
「だが、あれは十年も前だろ?……まさか……仲間が?」
まだ表情が硬い八咫 を見て、晝馬 さんが心配そうな顔をされました。
「寺からは、負傷者だけで済みました。ただ……、八咫 があの街出身で……。」
お師匠さんが、苦笑いを浮かべました。
そういえばそうでした。八咫 は、自分語りが好きなのですが、お兄さんがお亡くなりになった時の事、布能洲 寺に来る事になった経緯を話したがらないので、僕も、話題にしないようにしていたのです。なので、すっかり忘れておりました。
それに、その事件の事は、お寺でも何故かタブーとされています。過去にあった怪異による大事件は、和尚さんの授業で習うのですが、圭亜 の事件だけは教えて頂けません。僕が知っているのは、あくまで噂程度……。
「そうか……。知らなかったとはいえ、無神経な事を言った。すまなかった。」
晝馬 さんが、深々と頭を下げられました。
「いいよ。もう昔の事だし。っていうか、小さかったからあんま覚えてないし。」
八咫 は、無理に笑顔をニーッと作ると、お肉を頬張り、お米もかき込みました。
おそらく、布能洲 寺で封印されている邪神が……その時の……。八咫 は、毎朝、どのような気持ちで、その御堂のお掃除をされていたのでしょう?
食べておりますと、食事休憩にいらした護衛士の方々が次々と混ざってきて、久しぶりに、賑やかな食卓となりました。
「嶺文 さん。お食事はお済みでしょうか?」
明部 さんが、呼びにいらしたという事は、いよいよ……という事でしょうか?
「はい。若旦那様がお呼びなんですね?」
お師匠さんが、待ってましたという顔で答えました。
ですが、明部 さんのお顔は、浮かない感じ……というか、緊張している感じです。何かあった……、それとも何か起こるのでしょうか?
なんとなく、嫌な予感がしました。
明部 さんは、僕らを若旦那様のお部屋ではなく、客間へ案内しました。
中には、目が落ち窪み、頬がこけた大旦那様が、藤の簡易ベッドで横になられ、その脇の椅子には、疲れ気味の唐久 様が座っておられました。
そして、やや離れた窓際に、白いロングコート……祈祷師の制服を着た、若旦那様と同じ歳ぐらいの神経質そうな男性が立っておりました。
祈祷師は、こちらを振り向くと、嫌悪感丸出しの顔を向けました。
華奢で、細面の顔なのに、切れ長の目が鋭く、睨まれただけで後ずさってしまいそうなぐらいの眼力です。
なるほど、明部 さんの緊張の原因は、この方ですね。
僕らは、祈祷師の睨みを避けるように、大旦那様と若旦那様に挨拶をすると、明部 さんに勧められた長椅子に腰掛けました。
そして、祈祷師も、僕らを睨みながら、向かい合うように腰掛けました。貴族らしい動作で。
「彼は、祈祷師長の沙胤 だ。
この屋敷から視えた水大蛇について、調査に来たらしい。」
あぁ……。そうですよね……。ここだけ雷雲が現れて、ドッカンドッカン落ちてれば、霊感が無くても「なんだろう?」って気づくでしょうし、あの水大蛇は、霊感がない人達でも視えた怪異。ここ以外に被害がなくても、大騒ぎになってしまったでしょうね。
「単刀直入に伺いましょう。あの水大蛇と呪術契約を交わされましたか?」
沙胤 さんが、神経質そうな声で、お師匠さんと若旦那様を睨みながら聞いてきました。
呪の件をご存知という事は、一番最初に依頼を受け、大旦那様達と喧嘩をして帰られたのは、この方なのでしょう。
ですが、水大蛇と……と仰ってるという事は、安托士 が、本命だとは、気づいておられないのでしょう。
「奴を呼んだのは、呪術契約の為ではありません。なぜ、急に契約を無償で解除し、縄張りすら捨てたのかを聞きたかったからですよ。
貴方だって、気になったでしょ?」
お師匠さんが、のんびりとした口調でそう答えると、沙胤 さんは、細い目を更に細め、お師匠さんの顔から何かを読み取ろうとする様に、しげしげと見つめました。
「……で、何か分かったのか?」
「ハッキリとは答えませんでしたが、国外に逃げなければならない程の、怪異がここ七耀 王国に現われる様です。
国外へ脱出した事によって、鹿野宮 家の方々にかけた呪いは、解いたのではなく、術の範囲外となってしまった。よって、解除となったらしいです。
死なずに済んだのは、怪異が、自ら契約を放棄し、解除したから。
いやぁ、運が良かったですね。」
「あのような大物が、逃げ出す程の……怪異だと?」
沙胤 さんは、薄い唇を噛むように結ぶと、窓の外を睨みました。
「まさか、布能洲 寺に封印されている邪神が、復活した……などという事ではないだろうな?」
「それは絶対にないと保証しましょう。我々が常に見張ってますから。」
お師匠さんは、自信たっぷりに答えましたが、沙胤 さんの表情は、信用できるか⁉︎っ言いたげです。
「唐久 様。水大蛇から、何か聞きいてますか?」
沙胤 さんは、丁寧ですが、厳しい口調で聞きました。
「……何も聞いてない。」
「本当ですか?」
「本当だ。」
「これは国家に関わる事なのですよ?神通力を使って伺う事もできるのです。」
「使えばいいだろ?」
「……分かりました。」
そう静かに答えると沙胤 は、何やらぶつぶつと術を唱えました。すると、沙胤 の目が青く光り出したのです。
神通力は、何度か遠くから拝見した事はございますが、間近で見るのは初めてです。
思わず、「わぁ!」っと少し感動してしまいました。
「もう一度伺います。水大蛇から、何か聞きましたか?」
「聞いてない。」
若旦那様が、臆する事なく、沙胤 さんの青く光る目を見ながら答えました。
当然です。水大蛇は、一言も言葉を発しなかったのですから。
ですが、僕らも気になります。若旦那様は、確かに安托士 から何か聞いているはずなのですから。
「嘘は……、仰っていないようですね。」
若旦那様が、小さく安堵されました。
「ですが、大物が逃げだした理由は知ってる。そうですね?」
その質問に、若旦那様は動揺されました。
「……知ってるが。それは言えない。言ってはいけないのだ。」
沙胤 さんは、青く光る目をしたまま、若旦那様をじーっと見つめておりましたが、何かを感じ取ったのか、ハッとされ、怯えるように聞きました。
「言霊呪感染……?」
若旦那様が、コクコクと小さく頷きました。
すると、沙胤 のお顔は、みるみると青ざめ、目も普通になりました。
「言霊呪感染?」
八咫 が、囁くように僕に聞いてきました。
『言霊は、霊力を持つ言葉だという事はわかりますよね?』
八咫 が頷きます。
『良い言葉なら良い結果をもたらしますが、悪い言葉は悪い結果をもたらします。』
「それも知ってる。」
『言霊呪感染は、言葉の呪いで、誰かに同じ言葉を伝えると、その人もなんらかの呪いにかかってしまうのです。』
「じゃあさ、言っちゃいけないなら、紙に書けばいいじゃん。」
『口にするだけが、言葉ではありません。紙に描いてもダメなのです。
ほら、道場にも“努力“とか書いた字を飾ってあるじゃないですか?あれを見ると、頑張ろうとか思いますよね?』
「別に?」
『……とにかく。言っても書いても手振りでも、意味が相手に伝わってしまうのがダメなんです。』
「何だそれ。そんで、若旦那様にかけられた言霊呪感染の呪いって何?」
『それは分かりませんよ。わからないから、あの祈祷師長が、真っ青なんじゃないですか。』
「けどさ、若旦那様は呪いにかかってないって、お師匠言ったじゃん。なんで、言霊呪感染の呪いに気づけなかったのさ。」
『言霊呪感染の呪いは、起爆装置のようなものなのです。常に呪いがかかっている状態ではなく、ある条件が揃った時にだけ発動します。なので、気づけないのですよ。』
「それって、ヤバいじゃん。」
八咫 も青い顔になりました。理解して頂けた様で何よりです。
問題は、その言霊呪感染術を、誰がかけたのか?安托士 は、寄生型ですから、彼女ではないと思います。
感染経路は、普通に考えると、安托士 から鹿野宮 家の方々……。
安托士 は、うっかり鹿野宮 家の方々に言ってしまったから、その呪いから逃げる為に、国外へ……逃げたのでしょうか?
呪いによっては、呪いをかけた怪異の縄張りの外へ出れば、影響を受けずにすむそうです。が、その土地でもその内容を口にすれば、呪いが発動してしまうそうなので、永遠に黙っておかないといけません。
「唐久 様。私は、皆様やこの国を救いたいと心から思っているのですよ。
せめて、あの水大蛇と、呪いの契約をしてしまった経緯だけでも、お話して頂けませんか?」
沙胤 は、真剣な眼差しで訴えましたが、若旦那様は、悲しそうに目を逸らしてしまいました。
「確かに、最初、貴方が、今回の件の相談を私に持ちかけて来てくださった時、軽率にも国王派閥の首祈祷師長に話してしまったのは、失態でした。
ですが、もし、鹿野宮 家を失脚させるのが目的なら、今頃、あなた方を強制連行していたでしょう。」
「それは、脅しか?」
「違います!そうはさせない為に、私がこうして一人で出向いたのです。
ここで聞いた事は、決して他言しないと、それこそ言霊術で誓います。
ですから、話して頂けませんか?それが分かれば、そこから大物怪異すら逃げ出すモノの正体を、解明するヒントが読み解けるかもしれません。」
若旦那様はしばらく、睨む様に沙胤 を見つめておりましたが、大旦那様の方を見て、大旦那様が頷くのを確認すると、ようやく重い口を開きました。
「其方は、我々と目的が同じだと言ったな?それは、私の母の出自と関係しているという意味か?」
若旦那様が、困惑したような口調で、お師匠さんに尋ねました。
「おそらく。
お母様が、シャルの子孫であるなら。」
若旦那様はもちろん、大旦那様も、沙胤 さんの表情まで固くなりました。
シャル……確か、大昔、この国に滅ぼされた国だと和尚さんから習いました。今回の事とどう関わるのでしょう?
「どのように聞いてる?」
「お母様が、シャルの子孫という触れ込みで、国王に売られてきたと。」
お師匠さんの発言に、若旦那様は黙って頷いておられましたが、沙胤 さんの方は、ムカっとされた様で、怒鳴るように口を挟んできました。
「それは、祈祷師による検査の結果、否定された!今更、その様な低俗な話を持ち出すなど、失礼にも程がある!」
そっか。お母様は平民……という話は、このお屋敷では禁句でしたね。
ですがお師匠さんは動揺するでもなく、若旦那様の方に向き直り、若旦那様の言葉を待ちました。
「シャル国について、どこまで知ってる?」
若旦那様のその質問に、なぜかお師匠さんは答えず、肘で僕を突つきました。
『えっと……。379年前に、この七耀 王国に滅ぼされた国だったかと。』
若旦那様は頷くと、質問を続けました。
「その原因は?」
『はい。僕ら妖術士や、祈祷師のような、修行によって身につけた後天的能力者とは違い、シャルの異能は、先天的で、殆どの国民にその能力があったからです。それで、当時の七耀 国王は、その異能者を欲しがった為だったかと。』
「その異能力について知ってるか?」
『妖術士は契約した妖怪の妖力を引き出して使い、祈祷師は契約してる精霊の神通力を使います。ですが、シャルの異能力は先天的で、生まれた頃から、火、水、風、土を自在に操り、稀な力だと、治癒。
特に蘇生能力は非常に希少で、戦が起こる切っ掛けとなったのも、それを持つ者が誕生したからだったと。』
「よく勉強してるな。」
褒められた僕は、カーっと顔が熱くなるのを感じました。
「祈祷師や、妖術士などの特殊能力を持つ者は、昔から我が国にもいたが、シャルに比べると、数が圧倒的に少ない。特に祈祷者は、聖なる精霊と契約を交わしてる為、戦争には参加できない。
王は、シャルと我が国民との間に、子をたくさん儲ければ、戦力になると踏んだのだ。まして、蘇生能力があれば、無敵となるだろうと。」
「あの〜、シャルの国民は、異能者ばかりだったんですよね?なんで、この国が勝てたんですか?」
八咫 が、恐る恐る尋ねました。
「シャルは、小さな国で、国民が少なかったのだ。それと、それまでシャルに戦さを挑む国も無く、内乱も起きた事がなかった為、戦さをした経験がなかったのもある。」
「なるほど。」
「だが、正確にいうと、我が国は勝ったわけではない。
戦争に負けると悟ったシャルの国王が、国民ごと国土全てを、異能力で消滅させてしまったからだ。その結果、シャル人はおろか、文献も何もかも手に入れる事ができず、多くの働き盛りの自国の民を失い、多額の借金だけが残ってしまった。
今でもその跡地は、巨大な穴が空いてるだけで、草木も生えぬ死んだ土地となっている。」
一度、任務で、その辺りを通り過ぎた事があります。
本当に、隕石でも落ちたのではないか?と思ってしまう程、地面の縁が、丘と間違えるほど高く盛り上がっていて、中央にはまんまるのポッカリ空いた深い窪みがあり、土は焼け焦げたように真っ黒で、本当に何もありませんでした。
「戦で、シャル人は絶滅したとされているが、たまたま異国にいた生き残りがいるという説は、常に噂レベルであった。
その噂のせいで、それらしき人物が見つかれば、人身売買の商品とされていた。そして、不幸な事に、母もその被害者となってしまったのだ。」
若旦那様の声が低くなりました。
「母が疑われた理由は、シャル国があった付近に住んでいたという事と、シャル人特有の白みがかった薄い目の色だったというだけだ。単に白内障を患っていただけなのに……。」
「仕方ありません。愚かな輩は、白内障すら知らないのですから。」
沙胤 が、冷たく吐き捨てるようにおっしゃいました。
「当時の総祈祷師長によって、母はシャルの血筋ではないと証明され、奴隷商人は、王を騙そうとしたという罪で、処刑された。
母も、同罪とみなされ、処刑されそうになったが、哀れに思った父が救い、娶ったのだ。」
「よく、許してもらえましたね?大旦那様は、王のご子息ですよね?」
お師匠さんが、驚いた様に伺いました。
「当時、王宮は財政難でな……。代わりに自分の領地を差しだすと申し出たら。即答で了承された。丁度、私の領地で、銀鉱山が見つかったばかりだったからな。」
大旦那様はそう仰られると、ククッと笑い、言葉を続けました。
「王は、景蘭 と、化け物が棲んでいると有名なこの屋敷を、さも寛大そうに高々と押しつけてきた。私の名を間違えてな。」
「息子の名前を間違える?バカなの?」
八咫 が思わず呟きました。
「王には、子が沢山いたからな。しかも、王子と認められていたのはお気に入りの5名のみ。その他は、王宮に住む事すら許されず、身分は母親の実家の位。鹿野宮 も、母方の姓。つまり、他人同然なのだ。」
大旦那様は笑っておられましたが、どこか悲しげです。
「その後、私は景蘭 と婚姻し、この化け物屋敷で暮らす事となった。若干、怪異が起きるのでは?と心配だったが、怪異は全く起きなかった。
だが、心配すべき所は、そこではなかった。景蘭 はシャルの血筋でないと証明されたのにも関わらず、シャルの血筋らしいという噂は絶えず、忌恐れる者や、好奇な目で見る者が絶えなかった。
更に、そなたらも知っているだろうが、多くの貴族は、貴族以外の者を差別する。かわいそうに、景蘭 は勿論、子供達もその事でよく揶揄われ、シャルだ、奴隷だ、平民だと蔑まられてしまったのだ。」
大旦那様は悔しそうに仰い、その横では若旦那様が、子供のような目で、悲しそうにその姿を見つめておられました。
きっと、ご自分が虐められた事よりも、父親が、それを悲しんでおられるのが辛いのでしょう。
「長男が15歳となり、唐久 が12歳の時、ある事件が起きた。
第一王子の息子、甥の陀田也 が、たまたま大使として訪れていたリンネ王国の王子と酔った勢いで口論となり、殴り殺してしまったのだ。
ところが王は、陀田也 に責任を取らせるのではなく、ただ、背格好が似てるというだけで、全く関係のない私の長男に、全ての罪をなすりつけ、リンネ国王へ謝罪をしに行くよう命じたのだ。
しかも、付添人は私ではなく、妻を指名した。」
まさか……と僕は、嫌な予感がしました。
「王は、妻、景蘭 に対する噂を利用したのだ。」
大旦那様の声が、唸るように低くなりました。
「シャルの血筋として差し出された長男と、妻は……戻って来なかった。
後になって調べさせた所、リンネ国王は、シャルの異能力を出させる為に、妻と長男を亡くなるまで拷問しただけでなく、原型が無くなるまで解剖させたそうだ。」
『酷い!』
僕は、思わず小さく叫んでしまいました。お話の途中に、口を挟むのは失礼かと思いましたが、怒りが込み上げてしまい、止まらなくなってしまいました。
『同じ孫なのに、方や庇って、方やシャルって嘘をついて差し出すなんて!
生贄ではありませんか?酷すぎます!……だからって、他の人ならいいって訳じゃありませんけど。とにかく、酷いです!』
「言っただろ?私の家族は、王にとっては赤の他人同然なのだ。
それに陀田也 の父は、次期王候補だったと言うのもあるが、陀田也 の母は、王の寵愛を受けていた愛人でもあった。故に、特別だったのだ。」
「え?自分の愛人を、息子の嫁にしたんですか⁉︎」
お師匠さんが、思わずツッコミました。
「逆だ。息子の嫁を、愛人にしたんだ。つまり、陀田也 は王の子かもしれないと言う事だ。」
「……どうかしてる。」
八咫 が、呆れた顔で呟きました。
「だが、それだけでは終わらなかった。」
若旦那様のその言葉に、僕はハッとしました。
「そう。それは、全ての始まりにしかすぎなかった。
解剖の結果、二人がシャルの血筋で無い事が分かっては不味い。そこで、七耀 国王は、その解剖医の弱みを握り、多額の賄賂を掴ませ、偽の診断書を書かせた。
常人には無い臓器が、体内から見つかったとな。
その虚偽の発見は、徐々に各国に広がり、遂に本物のシャルの生き残りが発見されたと知れ渡った。
外交交渉に使えると目論んだ王は、唐久 に多くの女をあてがい、偽のシャルの子孫をたくさん作るよう命じた。
唐久 には、幼馴染で、許婚でもあった、愛する玲奈 がいたのに。」
大旦那様はそう吐き捨てるように仰ると、怒りで震えている沙胤 さんの方を、何故かチラリと見ました。
「断れなかったのですか?それに、総祈祷師長が、シャルでないと証明されたではないですか?」
お師匠さんが、困惑した顔で訊ねました。
その質問に答えたのは、苦々しい顔をされた沙胤 でした。
「当時の総祈祷師長が、王と結託し、やはりシャルだったと証言を覆してしまったのだよ。
しかも、あろう事か神通力を使い、いかにも唐久 様が異能力を使ったかの様に見せるという、パフォーマンスまでしてな。」
『で、でも、祈祷師は、私利私欲で神通力を使ってはいけないのですよね?宿している精霊が弱ってしまうから。』
沙胤 さんは、ゆっくりと首を縦に振りました。
「その通り。濁った心は精霊にとっては毒となり、やがて死ぬ。そうなれば、二度と神通力が使えなる。精霊を殺した者は、再契約ができなくなるからな。
それ故、総祈祷師長は、自分では行わず、己の言いなりになる祈祷師達にやらせた!」
うぬぬと、歯を食いしばりながら沙胤 さんは、天井を睨みつけました。
「あの〜、そんな事、俺達に話しちゃってもいいんすか?」
八咫 の言葉に、僕もハッとしました。
「この事は、後に報道となった。ま、お前のような子供は、知らなくて当然だろう。”うんこ”という単語で笑い転げるのに忙しいだろうからな。」
「俺を、どんな生物だと思ってんだよ?」
低俗な話で盛り上がってる八咫 と沙胤 さんを放置し、若旦那様がお話を続けました。
「私は、一生この屋敷に閉じ込められ、家畜の様に扱われる。そう思った。
だが、何よりも耐えられなかったのは、収容された多くの女達の中に、玲奈 も入れられてしまった事だった。」
「それって、……良かったんじゃ……ないんですか?好きだったんでしょ?」
沙胤 さんが、八咫 を軽蔑するような目で見下しました。
「人質という意味だ。」
「えっ?」
「唐久 様が、逃げたり、自害できなくする為の。」
「ええッ⁉︎」
「しかも、唐久 様と恋仲だと女達にバレてしまい、それを妬み、熱湯を妹の美しい顔にかけてしまったのだ!」
「「『妹!!!?』」」
お師匠さんも、八咫 も、僕も大声で驚いてしまいました。
なるほど、鹿野宮 家の力になりたいというのは、本当のようですね。
それと、玲奈 様の頭をすっぽり覆っていたスカーフ。宗教上の理由でなく、火傷を隠す為だったとは……。
「なんでそんな酷い事すんだよ?いいじゃん。元々許嫁だったんだし。それに、そんな事したら、若旦那様に嫌われちゃうじゃないですか⁈」
八咫 が、頬を膨らませました。
ですが、当の若旦那様のお顔には、怒りの色が全く見られず、むしろ辛そうです。
「彼女達も、哀れだったのだ。
集められた女達は、全て訳ありの貴族令嬢で、好き好んで来てくれたわけではなく、私と玲奈 同様に、屋敷に監禁されていた。
屋敷から解放される唯一の条件は、私の子を産む事。
なのに……当時の私は、子をなす相手は、玲奈 だけと決めていた為、そんな彼女達の事情など構っている余裕がなかった。
故に、彼女達は、自由への妨げとなってしまっている玲奈 を傷つけてしまったのだ。
あれは、妬みなどではない……。私への抗議だ……。」
そんな状況下で監禁されていたなんて、誰も、まともではいられなかったでしょうね。
若旦那様が、話を続けました。
「そんな事件が起きてしまう程になっていた為、一刻も早く、玲奈 を屋敷から出さねば、今度は命が狙われると思った。
父と私は考えた末に、この化け物屋敷に棲んでいるという怪異に、すがる事にしたのだ。
とはいえ、霊感などない為、本当に怪異がいるのかも分からない上に、いたとしても何処にいるのかも分からない。
そこで、明部 にだけ考えを伝え、怪異の情報を集めさせたのだ。」
部屋の扉の隅にいらした明部 さんが、頷きました。
「はい。私はまず、このお屋敷の、前の持ち主を調べました。
その方が申しますには、住み始めてから直ぐに怪異に悩まされ始めた為、祈祷師にお祓いを依頼したそうです。
そこで判かりましたのは、怪異は払えなかったという事。怪異は池に棲んでいるという事でした。」
若旦那様が頷くと、明部 さんは頷き返し、自分の出番は終わりですとばかりに、一歩下がりました。
「池で、何度か出て来て欲しいと呼んでいると、兄の姿をした者が、池の中から現れた。そして、兄の声で答えた。
自分は、安托士 。私を怪異と分かって呼んだのかと?」
「あぁぁぁぁぁあ安托士 ですって⁉︎」
沙胤 さんが、突然大声で叫んだので、僕らはビックリし、キーンッと鳴った耳を抑えました。
あぁ、そういえば池の怪異は、水大蛇と思ってらしたのですよね?
「そうだ。安托士 だ。」
「な、な、な、なんて、なんて恐ろしい怪異をっ!水大蛇より危険ではありませんか!」
沙胤 さんはそう叫んだかと思うと、頭に血が上りすぎたのか、引き過ぎたのかは分かりませんが、真っ青なお顔で長椅子に倒れ込み、うっぷしてしまいました。
「「『大丈夫ですか⁉︎』」」
お師匠さんも、八咫 も、僕も驚き、駆け寄りました。
「大丈夫だ。いつもの事だ。」
若旦那様は、やれやれと呆れた様に仰りました。
え〜でもっと思い、顔を近づけますと、ブツブツと何やら聞こえてきました。
「……そうか、なるほど……。通りで……分からなかったはずだ。術が解けているのに、なぜ苦しむ羽目になっていたか……。
なるほど、心が戻ったから、その反動で……罪悪感から離魂体 を起こした……。
水大蛇はなんだったんだ?……あぁ安托士 の配下か……。あんなのを配下にするほど、奴は力を……。
そんな奴が逃げ出す程の怪異が現れるとは……、なんて事だ……なんて事だ……どうする?」
若旦那様が仰られた通り、沙胤 さんはご無事で、自問自答を繰り返しておられました。
「それで、その後、どうされたのですか?」
お師匠さんが、訊ねました。
「父と私は、今置かれている状況を説明し、平穏で自由な生活が欲しいと頼んだ。
だが、安托士 は、
『くだらない。』
と嘲る様に笑ったのだ。
『そんなに酷い目に遭っているのに、憎い相手を殺さない?私を神と勘違いしてるんじゃないの?』
と呆れられた。
確かに、母と兄をしに至らしめ、私を家畜の様に扱い、愛する女性を人質にする王は憎かった。
しかし、王が亡くなっても、次の王もそのまた次の王も同じ事をするのは目に見えていた。
悩んでいると、安托士 が、ある提案をしてきた。
『だったら、お前の“心“、“良心“を頂こう。そうすれば平穏で自由な生活を与えられる。何よりも大事な家族を、愛する女を、今度こそ守れる様になるだろう。』と。
その意味は、なんとなく理解できた。
“良心“が無くなれば、おそらく私は何の躊躇もなく王や総祈祷師長、リンネ国王にも復讐をしてしまうだろう。その後、私を利用しようとする輩が現れても、容赦なく排除できるだろう。
ただ、私は怖かった。“良心“を失えば、何の罪もない人達にも非道な行いをしてしまうのではないか?父を傷つけてしまうのではないか?玲奈 に嫌われてしまうのではないか?我が家に尽くしてくれている明部 達を悲しませるのではないか?
……友を失うのではないか?と。」
若旦那様は、大旦那様、明部 さんを見てから、やや落ち着きを取り戻した沙胤 を最後に見つめました。
「私が迷っているのを見た父が、
『私が契約しよう!』と言い出した。
私は止めたが、父は頑として、聞き入れては頂けなかった。」
「当然だ。家族を守るのが、家長の務め……。もう、手からこぼれ落ちる水の様に、何もできず、家族を失うのはごめんだった……。」
大旦那様が、目を充血させて仰い、その言葉に、若旦那様が目を潤ませました。そして、言葉が詰まって話せなくなってしまった若旦那様の代わりに、大旦那様がお話の続きを話し始めました。
「安托士 に私は尋ねた。
『心を奪って、其方に何の得があるのだ?』と。
『私は、あなたに取り憑き、あなたが絶望させ、死に至らしめた者の魂を食べます。私、死にたての魂が大好物なので。』
『私も、いずれ喰うのか?』
と思い切って聞いた。
『いえいえ。あなたの魂は、寿命が尽きた後です。宿主を殺してしまうなんて、猟師が、銃を壊してしまう様なモノでしょ?
とはいえ、あなたの魂を食べたりなどしません。長い間取り憑いていると情がわいてしまうので、食べる気にはならないのです。ペットの鯉とか、食べようとか思いませんよね?
だから、私の配下にします。』
と言うので、
『それはどう言う意味だ?地獄に落ちると言う事か?』
と尋ねた。
『いいえ。地獄の方が、
と長男の姿で言い、最後に安托士 は、景蘭 の姿に変わり、言ったのだ。
『唐久 を守れるのは、貴方だけよ。』と……。
私の腹は決まった。それが、安托士 の手口だと分かりつつも。」
大旦那様は、瞼をぎゅっと閉じると、ゆっくり目を開き、続けました。
「その後は、面白い様に上手く事が進んだ。
“良心“が無くなった事で、迷いが消え、ひたすら目的に突き進む事ができた。
まずは、王の取り巻き貴族や、兄弟達を陥れ、破滅させ、外堀から崩していった。」
「ですが、直ぐに、王達が警戒してきましたね。」
若旦那様の言葉に、大旦那様が頷きました。
「当然だ。妻と跡取りを殺され、たった一人の家族すら家畜扱いされているのに、指をくわえて見ることしか出来ない小物が、復讐を始めたのだ。早く潰しておこうと思うだろ。」
若旦那様が、悲しそうに話し始めました。
「そこで、私と玲奈 も安托士 と契約をしたのだ。
父に警戒の目が向いている間に、今度は、私が動いた方がいいと思ったのだ。
玲奈 も契約させたのは、私達が動けば、玲奈 を守ってやれなくなるからだ。」
「妹は、幼少の頃から、私と一緒に武術の訓練を受けていましたからね。残念ながら、祈祷師の才はなかったようですが……。なるほど、冷酷になれば、自分の身は自分で守れると……。」
若旦那様がすまなさそうなお顔で、沙胤 さんを見ると、小さく頷きました。
長いため息を吐いてから、沙胤 さんが訊ねました。
「それは、もしかして、陀田也 様がまた大事件を起こし、失脚され、廃人となってしまった辺りですね?唐久 様……。なぜ、私に相談をして下さらなかったのですか?」
「当時のお前は、下級貴族な上に、まだ祈祷師見習いだったではないか。相談した所で、何も出来なかっただろ?
第一、妹が囚われてる屋敷に、兄であるお前を、警備兵が入れるはずないだろ?」
「うぐぐぐ……。
ですが、急に性格が変わられて、冷たい態度を取られてしまった私は、何か失礼な事をしてしまったのでは?とずっとずーっと今日まで悩んでいたのです!
悩んでいたせいで、当時の彼女にフラれるわ、昇給試験にも三度落ちるわ、財布は五度も落とすわ、愛犬が30歳で亡くなるわで、大変だったのです!全部、唐久 様のせいです!」
「……それは……言いがかりではないか……?っと言うか、シロ、30歳まで生きたのか。ずいぶん長生きだな!」
「その後、どうされたのですか?」
お師匠さんが、お話の軌道修正をしました。
「すまない。話が脱線したな。
父が、王の取り巻き達を排除した事で、目をつけられる様になってしまったが、私が屋敷に閉じ込められると言う事はなくなっていた。
安托士 に呪いをかけてもらった私は、父と協力をし、陀田也 を失脚させ、次に総祈祷師長。
そして、国王から権力を奪った。
最後に、国王を操り、リンネ王国の革命家達を支援し、革命を起こさせた。」
そう言えば、第一王子の息子さんが、大量殺人の罪で、幽閉されてしまったと、噂で聞いた事があります。
なんでも、そのお方は、酔うと暴力的になってしまわれるそうで、その日もだいぶ酔われ、王妃や側室達が住まう後宮に乱入し、王妃を含む、多くの女性を殺害してしまったとか。
きっと、それが陀田也 王子だったのでしょう。
それに、リンネ王国の君主制が廃止になり、リンネ共和国になった件は、和尚さんの授業で習いました。
確か、国王一家は……処刑された……と。
それらを仕組んだのが、大旦那様と若旦那様だとしたら、呪いが解除された今、受けておられる罪悪感はとてつもなく大きいでしょう。。
沙胤 さんが、声を震わせながら、また大声で叫びました。
「で、で、では。当時、総祈祷師長の不正を暴く証拠の数々を送ったのは……、あなた方ででですか?内部告発をさせる為に⁉︎」
「あぁ、利用させてもらった。すまなかった。」
「それでは、わわわ我々は、安托士 の力を借りてしまったと言う事ですかっ⁉︎聖なる神の下僕である我々が……、邪神の力を借りてしまったなんてぇぇぇぇぇっ!」
沙胤 さんは白目を向いてしまいました。今度こそ失神してしまいそうです。
「それは違います。沙胤 祈祷師長。
安托士 に、そのような力も知恵もありません。
ただ、宿主を選ぶ目は、持ち合わせていたようですが……。」
お師匠さんの言葉に、沙胤 さんは落ち着きを取り戻し、ブツブツと呟き始めました。
「確かに……。安托士 は、寄生タイプの怪異。寄生タイプは、総じて力が……弱い。なるほど……。
何の術も使わず、鹿野宮 家親子が、安托士 を召喚できたのも、二人の知能が高く、取り憑くのに好都合だと踏んだから……。
よって、復讐が成功したのは、鹿野宮 家親子の裁量……。そうか……。」
誤解が解けたようで何よりですが、それは、大旦那様と若旦那様の知能が、相当危険なものだと証明されてしまったという事ですよね?
そして、安托士 が恐れられる理由。それは彼女の能力というより、人を見る目……なのかもしれません。
「復讐を遂げられたという事は、今回、安托士 に呪いをかけてもらいたかった理由は、それではないという事ですよね?」
お師匠さんが、険しい顔をして訊ねました。
そうです。ついてっきり、復讐を遂げるためだとばかり思ってました。
「そうだ。復讐などではない。」
「全ての復讐を遂げられたのに、その後、息子さん達にも、安托士 と契約するように仕向けた。そこに、理由があるのですか?」
「それは違う。あの時はどうかしてたのだ。呪いのせいにしたくはないが、その時は、息子達にもやらせるのが最善だと……思ってしまったのだ。
その結果、3人も息子を死に追いやってしまった。」
若旦那様は苦しそうに、泣き崩れました。
きっと子供さん達に、呪術契約をさせてしまったのも、安托士 の計画の内なのでしょう。宿主の数が多ければ多いほど、安托士 にとっては、都合がいいのですから。
「阿奈 様の木偶だけ、偽物だったのは?」
お師匠さんが、聞きにくそうに訊ねました。
「……それは言えない……。」
若旦那様がそう仰りながら、僕らを見た時。今まで感じた事がない酷い悪寒を感じました。
それは、僕だけでなく、お師匠さんも、八咫 も、沙胤 さんも感じたらしく、思わず互いの顔を見合わせてしまいました。
これが言霊呪感染⁈っと直ぐに気づきました。
「なな何こここコレ?」
真っ青な顔で、歯をカチカチ鳴らしながら、八咫 が訊ねました。
「忘れろ!何も言うな!何も考えるな!」
お師匠さんが大声で怒鳴りました。
不思議です。先日、木偶の事について、同じような質問を若旦那様にした時は、こんな事になりませんでした。
安托士 から情報を得た事で、僕らが、その答えの意味を察してしまったからでしょうか?
考えてはダメだと分かってはいても、勝手に脳が、答えに辿り着こうとしてしまいます。
考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!
考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!
考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!
ドスンっ!
横で震えていた八咫 が、泡を吹き、白目を剥いて倒れました。
『八咫 っ!』
大浴場で、水浸し泥だらけになった汚れを落とし、湯に浸かり、すっかり生き返った僕らは、離れにある、家人用の食事処へ向かいました。
一応、お客様専用の食堂でと
お食事所は、びっくりするほど広く、ゆうに100人は入りそうな程でした。さすが大勢の家人を抱える
いくつもある食卓では、既にいろんな職場の制服をまとった家人の方々が、思い思いにお食事を始め、大変賑わってました。
どこに座ろうかとキョロキョロしておりますと、
「おつかれさん。今日は大変だったな。」
「お陰様で、なんとか無事に終わりました。」
「まあ、食いなよ。ここの火鍋は絶品なんだ。」
食卓の中央には炉が設えてあり、その上には大きな土鍋が置かれ、透き通った出汁をぐらぐらと煮立たせてます。
お師匠さんの横の護衛士の方が、お師匠さんにお酒を勧めましたが、お師匠さんは丁寧に断りました。
お食事後、もしかしたら若旦那様とお話が出来るかもしれませんからね。
「坊主達も沢山食えよ。こうやって薄切りの肉を3回出汁に浸すんだ。で、この甘辛い特製ダレと一緒に。」
「火鍋ぐらい食べた事あるよ。」
「わぁ!何これ?普通の肉じゃない!ヤバい!タレもヤバい!」
びっくりしてる
「驚いただろ?だが、この肉は特別でも何でもない。平民街でも普通に売ってるような代物だ。」
「ウソぉ!」
僕も、食べてみましたが、本当に驚くほど柔らかく、肉汁が口いっぱいに広がります。特にこのタレが、お肉をより美味しくしてます。
「切り方が上手いんだ。肉の部位や質によって、厚さや角度を見極めて切るのが、美味しさの秘訣らしい。
今度は、タレにつけないで食ってみろ。」
『わぁ!美味しい!切り方次第で、こうも味が違うんですね。』
「そういう事。あと、
「お、俺会ったひょ。そん人。めっちゃ良い人だゃった!」
「主人も誇らしいでしょうね。そのような人が厨房長なら。
確か、貴族は、先祖代々同じ主人に使えるのですよね?となると、才能がある家人にいるかどうかは、運って事ですか?」
お師匠さんはそう聞くと、熱い花茶を飲みました。
「普通はな。だが、
……って……。」
凍りついたような顔をしたお師匠さんと
「え?何?もしかして当事者だったか?」
「まぁ……。」
「あっ!そうだよな。確か、あの時は……祈祷師の手に負えなくて、
「そこの和尚が、邪神と化した水神を封印して、終息したんでしたっけ?スッゲーっすよねぇ。」
「そうそう、その腕を見込んで、
細身の若い護衛士さんが、仰いました。
なるほど、そういった経緯で呼ばれたのですね。どなたかの御紹介かと思ってました。
「……らしいですね。」
お師匠さんは、困り気味に答えましたが、表情は少しゆるんでます。和尚さんを褒められたのが嬉しいんですね。
「だが、あれは十年も前だろ?……まさか……仲間が?」
まだ表情が硬い
「寺からは、負傷者だけで済みました。ただ……、
お師匠さんが、苦笑いを浮かべました。
そういえばそうでした。
それに、その事件の事は、お寺でも何故かタブーとされています。過去にあった怪異による大事件は、和尚さんの授業で習うのですが、
「そうか……。知らなかったとはいえ、無神経な事を言った。すまなかった。」
「いいよ。もう昔の事だし。っていうか、小さかったからあんま覚えてないし。」
おそらく、
食べておりますと、食事休憩にいらした護衛士の方々が次々と混ざってきて、久しぶりに、賑やかな食卓となりました。
「
「はい。若旦那様がお呼びなんですね?」
お師匠さんが、待ってましたという顔で答えました。
ですが、
なんとなく、嫌な予感がしました。
中には、目が落ち窪み、頬がこけた大旦那様が、藤の簡易ベッドで横になられ、その脇の椅子には、疲れ気味の
そして、やや離れた窓際に、白いロングコート……祈祷師の制服を着た、若旦那様と同じ歳ぐらいの神経質そうな男性が立っておりました。
祈祷師は、こちらを振り向くと、嫌悪感丸出しの顔を向けました。
華奢で、細面の顔なのに、切れ長の目が鋭く、睨まれただけで後ずさってしまいそうなぐらいの眼力です。
なるほど、
僕らは、祈祷師の睨みを避けるように、大旦那様と若旦那様に挨拶をすると、
そして、祈祷師も、僕らを睨みながら、向かい合うように腰掛けました。貴族らしい動作で。
「彼は、祈祷師長の
この屋敷から視えた水大蛇について、調査に来たらしい。」
あぁ……。そうですよね……。ここだけ雷雲が現れて、ドッカンドッカン落ちてれば、霊感が無くても「なんだろう?」って気づくでしょうし、あの水大蛇は、霊感がない人達でも視えた怪異。ここ以外に被害がなくても、大騒ぎになってしまったでしょうね。
「単刀直入に伺いましょう。あの水大蛇と呪術契約を交わされましたか?」
呪の件をご存知という事は、一番最初に依頼を受け、大旦那様達と喧嘩をして帰られたのは、この方なのでしょう。
ですが、水大蛇と……と仰ってるという事は、
「奴を呼んだのは、呪術契約の為ではありません。なぜ、急に契約を無償で解除し、縄張りすら捨てたのかを聞きたかったからですよ。
貴方だって、気になったでしょ?」
お師匠さんが、のんびりとした口調でそう答えると、
「……で、何か分かったのか?」
「ハッキリとは答えませんでしたが、国外に逃げなければならない程の、怪異がここ
国外へ脱出した事によって、
死なずに済んだのは、怪異が、自ら契約を放棄し、解除したから。
いやぁ、運が良かったですね。」
「あのような大物が、逃げ出す程の……怪異だと?」
「まさか、
「それは絶対にないと保証しましょう。我々が常に見張ってますから。」
お師匠さんは、自信たっぷりに答えましたが、
「
「……何も聞いてない。」
「本当ですか?」
「本当だ。」
「これは国家に関わる事なのですよ?神通力を使って伺う事もできるのです。」
「使えばいいだろ?」
「……分かりました。」
そう静かに答えると
神通力は、何度か遠くから拝見した事はございますが、間近で見るのは初めてです。
思わず、「わぁ!」っと少し感動してしまいました。
「もう一度伺います。水大蛇から、何か聞きましたか?」
「聞いてない。」
若旦那様が、臆する事なく、
当然です。水大蛇は、一言も言葉を発しなかったのですから。
ですが、僕らも気になります。若旦那様は、確かに
「嘘は……、仰っていないようですね。」
若旦那様が、小さく安堵されました。
「ですが、大物が逃げだした理由は知ってる。そうですね?」
その質問に、若旦那様は動揺されました。
「……知ってるが。それは言えない。言ってはいけないのだ。」
「言霊呪感染……?」
若旦那様が、コクコクと小さく頷きました。
すると、
「言霊呪感染?」
『言霊は、霊力を持つ言葉だという事はわかりますよね?』
『良い言葉なら良い結果をもたらしますが、悪い言葉は悪い結果をもたらします。』
「それも知ってる。」
『言霊呪感染は、言葉の呪いで、誰かに同じ言葉を伝えると、その人もなんらかの呪いにかかってしまうのです。』
「じゃあさ、言っちゃいけないなら、紙に書けばいいじゃん。」
『口にするだけが、言葉ではありません。紙に描いてもダメなのです。
ほら、道場にも“努力“とか書いた字を飾ってあるじゃないですか?あれを見ると、頑張ろうとか思いますよね?』
「別に?」
『……とにかく。言っても書いても手振りでも、意味が相手に伝わってしまうのがダメなんです。』
「何だそれ。そんで、若旦那様にかけられた言霊呪感染の呪いって何?」
『それは分かりませんよ。わからないから、あの祈祷師長が、真っ青なんじゃないですか。』
「けどさ、若旦那様は呪いにかかってないって、お師匠言ったじゃん。なんで、言霊呪感染の呪いに気づけなかったのさ。」
『言霊呪感染の呪いは、起爆装置のようなものなのです。常に呪いがかかっている状態ではなく、ある条件が揃った時にだけ発動します。なので、気づけないのですよ。』
「それって、ヤバいじゃん。」
問題は、その言霊呪感染術を、誰がかけたのか?
感染経路は、普通に考えると、
呪いによっては、呪いをかけた怪異の縄張りの外へ出れば、影響を受けずにすむそうです。が、その土地でもその内容を口にすれば、呪いが発動してしまうそうなので、永遠に黙っておかないといけません。
「
せめて、あの水大蛇と、呪いの契約をしてしまった経緯だけでも、お話して頂けませんか?」
「確かに、最初、貴方が、今回の件の相談を私に持ちかけて来てくださった時、軽率にも国王派閥の首祈祷師長に話してしまったのは、失態でした。
ですが、もし、
「それは、脅しか?」
「違います!そうはさせない為に、私がこうして一人で出向いたのです。
ここで聞いた事は、決して他言しないと、それこそ言霊術で誓います。
ですから、話して頂けませんか?それが分かれば、そこから大物怪異すら逃げ出すモノの正体を、解明するヒントが読み解けるかもしれません。」
若旦那様はしばらく、睨む様に
「其方は、我々と目的が同じだと言ったな?それは、私の母の出自と関係しているという意味か?」
若旦那様が、困惑したような口調で、お師匠さんに尋ねました。
「おそらく。
お母様が、シャルの子孫であるなら。」
若旦那様はもちろん、大旦那様も、
シャル……確か、大昔、この国に滅ぼされた国だと和尚さんから習いました。今回の事とどう関わるのでしょう?
「どのように聞いてる?」
「お母様が、シャルの子孫という触れ込みで、国王に売られてきたと。」
お師匠さんの発言に、若旦那様は黙って頷いておられましたが、
「それは、祈祷師による検査の結果、否定された!今更、その様な低俗な話を持ち出すなど、失礼にも程がある!」
そっか。お母様は平民……という話は、このお屋敷では禁句でしたね。
ですがお師匠さんは動揺するでもなく、若旦那様の方に向き直り、若旦那様の言葉を待ちました。
「シャル国について、どこまで知ってる?」
若旦那様のその質問に、なぜかお師匠さんは答えず、肘で僕を突つきました。
『えっと……。379年前に、この
若旦那様は頷くと、質問を続けました。
「その原因は?」
『はい。僕ら妖術士や、祈祷師のような、修行によって身につけた後天的能力者とは違い、シャルの異能は、先天的で、殆どの国民にその能力があったからです。それで、当時の
「その異能力について知ってるか?」
『妖術士は契約した妖怪の妖力を引き出して使い、祈祷師は契約してる精霊の神通力を使います。ですが、シャルの異能力は先天的で、生まれた頃から、火、水、風、土を自在に操り、稀な力だと、治癒。
特に蘇生能力は非常に希少で、戦が起こる切っ掛けとなったのも、それを持つ者が誕生したからだったと。』
「よく勉強してるな。」
褒められた僕は、カーっと顔が熱くなるのを感じました。
「祈祷師や、妖術士などの特殊能力を持つ者は、昔から我が国にもいたが、シャルに比べると、数が圧倒的に少ない。特に祈祷者は、聖なる精霊と契約を交わしてる為、戦争には参加できない。
王は、シャルと我が国民との間に、子をたくさん儲ければ、戦力になると踏んだのだ。まして、蘇生能力があれば、無敵となるだろうと。」
「あの〜、シャルの国民は、異能者ばかりだったんですよね?なんで、この国が勝てたんですか?」
「シャルは、小さな国で、国民が少なかったのだ。それと、それまでシャルに戦さを挑む国も無く、内乱も起きた事がなかった為、戦さをした経験がなかったのもある。」
「なるほど。」
「だが、正確にいうと、我が国は勝ったわけではない。
戦争に負けると悟ったシャルの国王が、国民ごと国土全てを、異能力で消滅させてしまったからだ。その結果、シャル人はおろか、文献も何もかも手に入れる事ができず、多くの働き盛りの自国の民を失い、多額の借金だけが残ってしまった。
今でもその跡地は、巨大な穴が空いてるだけで、草木も生えぬ死んだ土地となっている。」
一度、任務で、その辺りを通り過ぎた事があります。
本当に、隕石でも落ちたのではないか?と思ってしまう程、地面の縁が、丘と間違えるほど高く盛り上がっていて、中央にはまんまるのポッカリ空いた深い窪みがあり、土は焼け焦げたように真っ黒で、本当に何もありませんでした。
「戦で、シャル人は絶滅したとされているが、たまたま異国にいた生き残りがいるという説は、常に噂レベルであった。
その噂のせいで、それらしき人物が見つかれば、人身売買の商品とされていた。そして、不幸な事に、母もその被害者となってしまったのだ。」
若旦那様の声が低くなりました。
「母が疑われた理由は、シャル国があった付近に住んでいたという事と、シャル人特有の白みがかった薄い目の色だったというだけだ。単に白内障を患っていただけなのに……。」
「仕方ありません。愚かな輩は、白内障すら知らないのですから。」
「当時の総祈祷師長によって、母はシャルの血筋ではないと証明され、奴隷商人は、王を騙そうとしたという罪で、処刑された。
母も、同罪とみなされ、処刑されそうになったが、哀れに思った父が救い、娶ったのだ。」
「よく、許してもらえましたね?大旦那様は、王のご子息ですよね?」
お師匠さんが、驚いた様に伺いました。
「当時、王宮は財政難でな……。代わりに自分の領地を差しだすと申し出たら。即答で了承された。丁度、私の領地で、銀鉱山が見つかったばかりだったからな。」
大旦那様はそう仰られると、ククッと笑い、言葉を続けました。
「王は、
「息子の名前を間違える?バカなの?」
「王には、子が沢山いたからな。しかも、王子と認められていたのはお気に入りの5名のみ。その他は、王宮に住む事すら許されず、身分は母親の実家の位。
大旦那様は笑っておられましたが、どこか悲しげです。
「その後、私は
だが、心配すべき所は、そこではなかった。
更に、そなたらも知っているだろうが、多くの貴族は、貴族以外の者を差別する。かわいそうに、
大旦那様は悔しそうに仰い、その横では若旦那様が、子供のような目で、悲しそうにその姿を見つめておられました。
きっと、ご自分が虐められた事よりも、父親が、それを悲しんでおられるのが辛いのでしょう。
「長男が15歳となり、
第一王子の息子、甥の
ところが王は、
しかも、付添人は私ではなく、妻を指名した。」
まさか……と僕は、嫌な予感がしました。
「王は、妻、
大旦那様の声が、唸るように低くなりました。
「シャルの血筋として差し出された長男と、妻は……戻って来なかった。
後になって調べさせた所、リンネ国王は、シャルの異能力を出させる為に、妻と長男を亡くなるまで拷問しただけでなく、原型が無くなるまで解剖させたそうだ。」
『酷い!』
僕は、思わず小さく叫んでしまいました。お話の途中に、口を挟むのは失礼かと思いましたが、怒りが込み上げてしまい、止まらなくなってしまいました。
『同じ孫なのに、方や庇って、方やシャルって嘘をついて差し出すなんて!
生贄ではありませんか?酷すぎます!……だからって、他の人ならいいって訳じゃありませんけど。とにかく、酷いです!』
「言っただろ?私の家族は、王にとっては赤の他人同然なのだ。
それに
「え?自分の愛人を、息子の嫁にしたんですか⁉︎」
お師匠さんが、思わずツッコミました。
「逆だ。息子の嫁を、愛人にしたんだ。つまり、
「……どうかしてる。」
「だが、それだけでは終わらなかった。」
若旦那様のその言葉に、僕はハッとしました。
「そう。それは、全ての始まりにしかすぎなかった。
解剖の結果、二人がシャルの血筋で無い事が分かっては不味い。そこで、
常人には無い臓器が、体内から見つかったとな。
その虚偽の発見は、徐々に各国に広がり、遂に本物のシャルの生き残りが発見されたと知れ渡った。
外交交渉に使えると目論んだ王は、
大旦那様はそう吐き捨てるように仰ると、怒りで震えている
「断れなかったのですか?それに、総祈祷師長が、シャルでないと証明されたではないですか?」
お師匠さんが、困惑した顔で訊ねました。
その質問に答えたのは、苦々しい顔をされた
「当時の総祈祷師長が、王と結託し、やはりシャルだったと証言を覆してしまったのだよ。
しかも、あろう事か神通力を使い、いかにも
『で、でも、祈祷師は、私利私欲で神通力を使ってはいけないのですよね?宿している精霊が弱ってしまうから。』
「その通り。濁った心は精霊にとっては毒となり、やがて死ぬ。そうなれば、二度と神通力が使えなる。精霊を殺した者は、再契約ができなくなるからな。
それ故、総祈祷師長は、自分では行わず、己の言いなりになる祈祷師達にやらせた!」
うぬぬと、歯を食いしばりながら
「あの〜、そんな事、俺達に話しちゃってもいいんすか?」
「この事は、後に報道となった。ま、お前のような子供は、知らなくて当然だろう。”うんこ”という単語で笑い転げるのに忙しいだろうからな。」
「俺を、どんな生物だと思ってんだよ?」
低俗な話で盛り上がってる
「私は、一生この屋敷に閉じ込められ、家畜の様に扱われる。そう思った。
だが、何よりも耐えられなかったのは、収容された多くの女達の中に、
「それって、……良かったんじゃ……ないんですか?好きだったんでしょ?」
「人質という意味だ。」
「えっ?」
「
「ええッ⁉︎」
「しかも、
「「『妹!!!?』」」
お師匠さんも、
なるほど、
それと、
「なんでそんな酷い事すんだよ?いいじゃん。元々許嫁だったんだし。それに、そんな事したら、若旦那様に嫌われちゃうじゃないですか⁈」
ですが、当の若旦那様のお顔には、怒りの色が全く見られず、むしろ辛そうです。
「彼女達も、哀れだったのだ。
集められた女達は、全て訳ありの貴族令嬢で、好き好んで来てくれたわけではなく、私と
屋敷から解放される唯一の条件は、私の子を産む事。
なのに……当時の私は、子をなす相手は、
故に、彼女達は、自由への妨げとなってしまっている
あれは、妬みなどではない……。私への抗議だ……。」
そんな状況下で監禁されていたなんて、誰も、まともではいられなかったでしょうね。
若旦那様が、話を続けました。
「そんな事件が起きてしまう程になっていた為、一刻も早く、
父と私は考えた末に、この化け物屋敷に棲んでいるという怪異に、すがる事にしたのだ。
とはいえ、霊感などない為、本当に怪異がいるのかも分からない上に、いたとしても何処にいるのかも分からない。
そこで、
部屋の扉の隅にいらした
「はい。私はまず、このお屋敷の、前の持ち主を調べました。
その方が申しますには、住み始めてから直ぐに怪異に悩まされ始めた為、祈祷師にお祓いを依頼したそうです。
そこで判かりましたのは、怪異は払えなかったという事。怪異は池に棲んでいるという事でした。」
若旦那様が頷くと、
「池で、何度か出て来て欲しいと呼んでいると、兄の姿をした者が、池の中から現れた。そして、兄の声で答えた。
自分は、
「あぁぁぁぁぁあ
あぁ、そういえば池の怪異は、水大蛇と思ってらしたのですよね?
「そうだ。
「な、な、な、なんて、なんて恐ろしい怪異をっ!水大蛇より危険ではありませんか!」
「「『大丈夫ですか⁉︎』」」
お師匠さんも、
「大丈夫だ。いつもの事だ。」
若旦那様は、やれやれと呆れた様に仰りました。
え〜でもっと思い、顔を近づけますと、ブツブツと何やら聞こえてきました。
「……そうか、なるほど……。通りで……分からなかったはずだ。術が解けているのに、なぜ苦しむ羽目になっていたか……。
なるほど、心が戻ったから、その反動で……罪悪感から
水大蛇はなんだったんだ?……あぁ
そんな奴が逃げ出す程の怪異が現れるとは……、なんて事だ……なんて事だ……どうする?」
若旦那様が仰られた通り、
「それで、その後、どうされたのですか?」
お師匠さんが、訊ねました。
「父と私は、今置かれている状況を説明し、平穏で自由な生活が欲しいと頼んだ。
だが、
『くだらない。』
と嘲る様に笑ったのだ。
『そんなに酷い目に遭っているのに、憎い相手を殺さない?私を神と勘違いしてるんじゃないの?』
と呆れられた。
確かに、母と兄をしに至らしめ、私を家畜の様に扱い、愛する女性を人質にする王は憎かった。
しかし、王が亡くなっても、次の王もそのまた次の王も同じ事をするのは目に見えていた。
悩んでいると、
『だったら、お前の“心“、“良心“を頂こう。そうすれば平穏で自由な生活を与えられる。何よりも大事な家族を、愛する女を、今度こそ守れる様になるだろう。』と。
その意味は、なんとなく理解できた。
“良心“が無くなれば、おそらく私は何の躊躇もなく王や総祈祷師長、リンネ国王にも復讐をしてしまうだろう。その後、私を利用しようとする輩が現れても、容赦なく排除できるだろう。
ただ、私は怖かった。“良心“を失えば、何の罪もない人達にも非道な行いをしてしまうのではないか?父を傷つけてしまうのではないか?
……友を失うのではないか?と。」
若旦那様は、大旦那様、
「私が迷っているのを見た父が、
『私が契約しよう!』と言い出した。
私は止めたが、父は頑として、聞き入れては頂けなかった。」
「当然だ。家族を守るのが、家長の務め……。もう、手からこぼれ落ちる水の様に、何もできず、家族を失うのはごめんだった……。」
大旦那様が、目を充血させて仰い、その言葉に、若旦那様が目を潤ませました。そして、言葉が詰まって話せなくなってしまった若旦那様の代わりに、大旦那様がお話の続きを話し始めました。
「
『心を奪って、其方に何の得があるのだ?』と。
『私は、あなたに取り憑き、あなたが絶望させ、死に至らしめた者の魂を食べます。私、死にたての魂が大好物なので。』
『私も、いずれ喰うのか?』
と思い切って聞いた。
『いえいえ。あなたの魂は、寿命が尽きた後です。宿主を殺してしまうなんて、猟師が、銃を壊してしまう様なモノでしょ?
とはいえ、あなたの魂を食べたりなどしません。長い間取り憑いていると情がわいてしまうので、食べる気にはならないのです。ペットの鯉とか、食べようとか思いませんよね?
だから、私の配下にします。』
と言うので、
『それはどう言う意味だ?地獄に落ちると言う事か?』
と尋ねた。
『いいえ。地獄の方が、
マシ
、という意味です。父上。』と長男の姿で言い、最後に
『
私の腹は決まった。それが、
大旦那様は、瞼をぎゅっと閉じると、ゆっくり目を開き、続けました。
「その後は、面白い様に上手く事が進んだ。
“良心“が無くなった事で、迷いが消え、ひたすら目的に突き進む事ができた。
まずは、王の取り巻き貴族や、兄弟達を陥れ、破滅させ、外堀から崩していった。」
「ですが、直ぐに、王達が警戒してきましたね。」
若旦那様の言葉に、大旦那様が頷きました。
「当然だ。妻と跡取りを殺され、たった一人の家族すら家畜扱いされているのに、指をくわえて見ることしか出来ない小物が、復讐を始めたのだ。早く潰しておこうと思うだろ。」
若旦那様が、悲しそうに話し始めました。
「そこで、私と
父に警戒の目が向いている間に、今度は、私が動いた方がいいと思ったのだ。
「妹は、幼少の頃から、私と一緒に武術の訓練を受けていましたからね。残念ながら、祈祷師の才はなかったようですが……。なるほど、冷酷になれば、自分の身は自分で守れると……。」
若旦那様がすまなさそうなお顔で、
長いため息を吐いてから、
「それは、もしかして、
「当時のお前は、下級貴族な上に、まだ祈祷師見習いだったではないか。相談した所で、何も出来なかっただろ?
第一、妹が囚われてる屋敷に、兄であるお前を、警備兵が入れるはずないだろ?」
「うぐぐぐ……。
ですが、急に性格が変わられて、冷たい態度を取られてしまった私は、何か失礼な事をしてしまったのでは?とずっとずーっと今日まで悩んでいたのです!
悩んでいたせいで、当時の彼女にフラれるわ、昇給試験にも三度落ちるわ、財布は五度も落とすわ、愛犬が30歳で亡くなるわで、大変だったのです!全部、
「……それは……言いがかりではないか……?っと言うか、シロ、30歳まで生きたのか。ずいぶん長生きだな!」
「その後、どうされたのですか?」
お師匠さんが、お話の軌道修正をしました。
「すまない。話が脱線したな。
父が、王の取り巻き達を排除した事で、目をつけられる様になってしまったが、私が屋敷に閉じ込められると言う事はなくなっていた。
そして、国王から権力を奪った。
最後に、国王を操り、リンネ王国の革命家達を支援し、革命を起こさせた。」
そう言えば、第一王子の息子さんが、大量殺人の罪で、幽閉されてしまったと、噂で聞いた事があります。
なんでも、そのお方は、酔うと暴力的になってしまわれるそうで、その日もだいぶ酔われ、王妃や側室達が住まう後宮に乱入し、王妃を含む、多くの女性を殺害してしまったとか。
きっと、それが
それに、リンネ王国の君主制が廃止になり、リンネ共和国になった件は、和尚さんの授業で習いました。
確か、国王一家は……処刑された……と。
それらを仕組んだのが、大旦那様と若旦那様だとしたら、呪いが解除された今、受けておられる罪悪感はとてつもなく大きいでしょう。。
「で、で、では。当時、総祈祷師長の不正を暴く証拠の数々を送ったのは……、あなた方ででですか?内部告発をさせる為に⁉︎」
「あぁ、利用させてもらった。すまなかった。」
「それでは、わわわ我々は、
「それは違います。
ただ、宿主を選ぶ目は、持ち合わせていたようですが……。」
お師匠さんの言葉に、
「確かに……。
何の術も使わず、
よって、復讐が成功したのは、
誤解が解けたようで何よりですが、それは、大旦那様と若旦那様の知能が、相当危険なものだと証明されてしまったという事ですよね?
そして、
「復讐を遂げられたという事は、今回、
お師匠さんが、険しい顔をして訊ねました。
そうです。ついてっきり、復讐を遂げるためだとばかり思ってました。
「そうだ。復讐などではない。」
「全ての復讐を遂げられたのに、その後、息子さん達にも、
「それは違う。あの時はどうかしてたのだ。呪いのせいにしたくはないが、その時は、息子達にもやらせるのが最善だと……思ってしまったのだ。
その結果、3人も息子を死に追いやってしまった。」
若旦那様は苦しそうに、泣き崩れました。
きっと子供さん達に、呪術契約をさせてしまったのも、
「
お師匠さんが、聞きにくそうに訊ねました。
「……それは言えない……。」
若旦那様がそう仰りながら、僕らを見た時。今まで感じた事がない酷い悪寒を感じました。
それは、僕だけでなく、お師匠さんも、
これが言霊呪感染⁈っと直ぐに気づきました。
「なな何こここコレ?」
真っ青な顔で、歯をカチカチ鳴らしながら、
「忘れろ!何も言うな!何も考えるな!」
お師匠さんが大声で怒鳴りました。
不思議です。先日、木偶の事について、同じような質問を若旦那様にした時は、こんな事になりませんでした。
考えてはダメだと分かってはいても、勝手に脳が、答えに辿り着こうとしてしまいます。
考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!
考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!
考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!考えるな!
ドスンっ!
横で震えていた
『
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