第2話 発端
文字数 7,652文字
けれど、
とはいえ、頭に血が昇ったままの
「あの女、やっぱりまともじゃなかった。クソ女どころじゃない。鬼畜だっ!」
案の定、頭を冷せと言われたのにも関わらず、
ゼイゼイと息を切らしながら僕は、
『
「ミツチは、ムカつかないのかよ?」
『それは…ムカつきますよ!
けれど…、そんな事をしても、……スッキリするのは、自分だけで、お寺の皆さんに、ご迷惑がかかります。
もう……これ以上、大切な家族を、失いたくありません……。』
この場合の舌打ちは、僕に対してではありません。彼自身に向けてのものです。黙り込んでいるのがその証拠。きっと、頭では僕の考えを理解してくれているけど、感情の整理がついていないのだと思います。
『それにしても、殺してしまうのなら……、なぜ、結婚など…されたのでしょう?
「ありえそうだな。っつーかさ、今日のあの女、変じゃなかったか?」
『……変?前回…お会いした時も、個性的…だったと…記憶してます……が?』
「個性⁈」
「まあ…いいや、変は変でも違う変だよ。もしかして、憑かれてたとかないか?」
『……さすがに……、それはないかと……。
もし…怪異によって…お師匠さんを…殺したのなら、……殺される前に、お師匠さんが…気づくはず……です。
それに…、今朝、和尚さんも、他の妖術士の皆さんも、……全員見ていたのです。誰も気づかないなど…あるでしょうか?僕だって、全然感じませんでした。』
一気に喋ったので、肺が痛いです。ついでに、脇腹も。ふ〜あともう少しで頂上。
「そうだけどさ、前に会った時は、ヒステリックなバカ令嬢って感じだっただろ?あんな落ち着いた感じじゃなかった。」
『確かに……別人の…様でした。』
「分かんないけどさ、お師匠は、バカ令嬢に怪異が起こってるって気づいた上で、あえて結婚したって事ないか?」
『えぇっ⁈そんな……、僕らにも…言わないで?』
「だって、お師匠が、あの屋敷から帰った後の行動、スッゲー変だったろ?」
『まぁ〜……。』
初めて
その貴族階級地区は、名前の通り貴族しか住む事が許されず、店の所有者も、従業員も、家人も貴族といった、貴族の為の貴族による貴族の街。平民は許可書無くしては、立ち入れない場所なのです。
因みに、兵や従業員、家人などは、家督を継げない貴族の子息令嬢が、なるそうです。
お師匠さんは、横柄な態度の門番さんに、依頼人から渡された赤の許可書を見せました。
「要件と、訪問先を言え。」
「依頼主の意向で言えません。ですが、この色の許可書を持っている場合は、要件は伝えなくていい事になっているはずでしょ?」
「そのような決まりはない。言え。」
「聞けば、あなたは後悔をしますよ。」
「どうせ、偽もんだろ?ドブネズミに、赤の許可書など与えるバカは、貴族にはいない。」
門番さんはそう言うと、仲間を6人呼び、僕達3人を捉えさせました。
「一体、なんの罪ですか?」
「許可書偽造だ。」
その騒ぎを聞きつけた貴族街の方々が集まって来て、ジロジロと汚物でも見る様な目で僕らを見ています。
「きゃぁぁぁ!平民よっ!」
「目を合わせない様に気をつけろ。唾を飛ばしてくるぞ!」
「平民は、お風呂に入った事がないらしわよ。身体中シラミだらけですって。」
「気をつけろ!奴らは通り過ぎただけで、糸くずでもスるぞ。」
凄い歓迎です。
僕らは、塀の中にある牢屋へと投げ込まれてしまいました。
「あの、約束の時間まで、あと5分しかないんですけど、それまでに出してもらえます?時間厳守と言われているので。」
「ああ、出してやるさ。お前らが死んだ頃に。」
門番の方々は、意地悪く笑うと、出て行ってしまいました。
牢屋には窓ひとつなく、灯りは壁に掛けられた松明が一本だけ。他に、囚人はおられない様ですが、ネズミや、ゴキブリが忙しく駆け回るのが見えます。
「どうすんだよ?お師匠。」
「大丈夫だ。よくある事だし、直ぐに出られる。」
『よくあるって分かってらしたのに、あえて、正門から入ったのですか?』
「しょうがないだろ。依頼人からの手紙で、正門でって言われたんだ。どうせ、どの門から入っても一緒だよ。」
三十分ぐらい経った頃でしょうか。さっき、僕らを牢屋へ放り込んだ門番さんが、不機嫌そうに現れました。
「ほら言っただろ?」
お師匠さんが、僕らに囁きました。
何が、「ほら」なのでしょう?あの門番さんの顔は、明らかに怒ってます。
ですが、その門番さんは、ガチャガチャと牢屋の鍵を開けました。
「……出ろっ。釈放だ……。」
僕らが、案内された場所は、門にくっつく様に造られた、人気がない馬車庫でした。
そこには、家紋が無い真っ黒な馬車がひっそりと佇んでおります。
案内をして下さった、仏頂面の門番さんは、その馬車へ走って行くと、馬車の中の人に、ひたすら頭を下げて、謝罪を繰り返しておりました。そして、ひとしきり謝罪し終えると、僕らの方へ戻って来ました。
「あちらの貴人がお待ちだ。早く行け。」
僕らを睨みながらそう言うと、門番さんは、足早に立ち去ってしまいました。
「貴人だって。”赤の許可書を与えるバカ”じゃないのかよ?」
おずおずと、馬車へ近寄ると、御者の方が、扉を開いて下さいました。どうやら乗れと言う事の様です。
馬車に乗り込むと、60代ぐらいの、背筋がピンと伸びた男性が座っておりました。
きっちり後ろに束ねられた銀髪は、一本のこぼれ毛すら無く、鼻の下のお髭も、見事にビシッと揃えられ、綺麗に形が整えられた爪には、透明のマニキュアが塗られています。香水もつけていらっしゃいますが、さりげない程度の上品な香りです。
こちらの紳士が、依頼人なのでしょうか?
「私は、
「遅くなってすみません。
「事情は、門兵から伺いました。
「もちろんです。何度も手紙に書いてあったんで……。」
僕は、その手紙を思い出し、吹き出しそうになりました。
それは、文章の句点の後に、必ず「
馬車で貴族地区の中に入ると、そこは、先程までいた中流階級街とは、別世界が広がっておりました。
街は、大理石の真っ白な壁と、明るい青緑色の屋根瓦を基調とした、お上品な建造物がずらりと並び、馬車道と歩道はきちんと舗装され、丁寧に剪定された街路樹や花壇が並び、噴水などの美しい装飾的設備が至る所にございます。
また、街ゆく人々の服装も煌びやかで、大通りを走る馬車も金銀ギラギラ色鮮やか。全体的に眩しい街といった感じです。
「ですが、私らが囚われてしまった事で、バレてしまわれたのでは?」
お師匠さんが、申し訳なさそうに言いました。
「大丈夫です。正門の兵士は皆、
「……もしかして、試されたのですか?」
「はい。今回の件は、どうしても内々で処理して頂きたかったからです。とはいえ、あの者達は、こちらの事情を知ってる訳ではございませんので、あしからず。」
「貴族からの依頼は初めてでは無いので、その辺りの事情は承知してます。ただ、そんなに気になるのなら、祈祷師に頼れば良かったでしょ?」
祈祷師とは、国家公認の聖職者で、神に奉仕し、祭儀を行い、神に代わって怪異を成敗されている組織。
特徴としては、神通力を操る事。そして、貴族だけで構成されていて、貴族だけにしか奉仕し致しません。
とまぁ、鼻持ちならない方々という訳なのですが、悔しい事に、怪異に対抗する技術も、知識も、超一流なのです。
「呼びました。……ですが、大旦那様と口論となり、立腹し、帰ってしまわれたのです。」
「国王すら恐れる
「彼らは、聖職者の皮を被った政治家です。困っている人間の弱みに付け入るのが、彼らの常套手ですから。」
「口止め料でも請求したんですか?」
「まさか。祈祷師教会はお金には困っておりません。おそらく、大旦那様に、国王に面会できる便宜を図るよう、要求でもされたのでしょう。
平民社会では、金銭がモノを言うのでしょうが、ここではお金に価値などございません。お金がいくらあっても、国王の許可がなければ土地の購入も、家を建てる事も、ビジネスも、 このような馬車も、財産となる物は購入できません。
要するに、国王にの面会できなければ、何もできないと言う事です。」
「変なの。」
「絶対君主制を維持する為には、まず権力者達を管理する必要がございます。その為のシステムです。」
「すみませんが、怪異について、詳しく話してくれませんか?」
お師匠さんが、本題に戻しました。このままでは、
「失礼を致しました。」
家令の
最初に様子がおかしくなったのは、
不眠、食欲不振となり、みるみる痩せていったそうです。
医師に診せると、仕事によるストレスと疲労によるものとの診断。眠りさえすれば回復すると、睡眠薬が処方されました。
ところが、
訳を伺うと、目を閉じただけで悪夢が襲ってくる。罵られ、殴られ、殺されそうになる等、いつも同じ夢。怖く怖くて眠りたくないのだと。
とはいえ、このままでは生死に関わるので、飲み物などに睡眠薬を混ぜ、無理にでも眠らせたそうです。
そんなある晩、恐ろしい事に、悪夢が現実となりました。
お眠りになられている間に、明らかに暴行を受けた痕ができ始め、打撲や、骨折など、日増しに怪我は酷くなり、ついには刺し傷などの重傷を負う程に。
「どうやって、怪我を負ったのですか?」
お師匠さんが、ゆっくりとした口調で訊ねました。
「ご自身です。」
「自分で?自分を?」
お師匠さんは、自分で、自分を刺す様な仕草をしました。
「いいえ、違います。もう一人の
「えっ?もう一人?」
「あの、失礼ですが、
「いいえ。幽霊など、一度も見た事がございません。一緒にいた護衛士達も見ておりましたので、幽霊ではないと存じます。」
「ん〜……。それで、もう一人の
「はい。眠っておられた
その時でした。急に
そして、振り直りますと、
「つまり……、現れた瞬間は見ていないと?」
「はい。護衛士達を呼ぶ為に、振り向いたその一瞬の間に現れました。ずっと、おそばで手を握ってましたので、その場は、離れておりません。また、扉は一箇所だけ。窓は全て閉まっておりました。」
小さく頷いてからお師匠さんは、左右に座っている
二人になるとしたら、あの怪異しか思いつきません。
「その二人目、もう一人?……えっと、ややこしいな。
「初めは、寝台の上でお眠りになられてる
そのつぶやきは、次第に罵倒だと聞き取れるぐらいハッキリとした口調となり、ついには怒鳴り声になっておりました。
『恨んでやる!』『死ね!』『地獄へ堕ちろ!』など、酷い内容ばかりです。
やがて、興奮された
「1号様は、目覚める様子はありましたか?」
「いいえ。全く。とは言いましても、見過ごす訳にはいきませんので、私と二人の護衛士達で、
「えっ⁈2号様に実態が、あったのですか?……1号様も?」
お師匠さんが驚くのも無理はありません。この話を聞いた時、僕らが真っ先に予想したのは、
その
「
「……あの……、双子という可能性は?」
「疑うのは当然でしょう。生まれた時から存じ上げてる私でさえ、そのような可能性は、絶対にないと分かっておりましたのに、”まさか?”っと疑ったほどです。」
「しかし、その様な疑いは、明け方頃、
「消えた……?」
「はい。煙が消える様に、スッと、私共の目の前で消えました。」
お師匠さんは、頷くと、押し黙りました。
怪異である事には、違いないと思うのですが……、なんなのでしょう?
「祈祷師にお越し頂いたのは、その日です。
他の
「なるほど。」
「まず、祈祷師の一団は、
その際に、池で手がかりを見つけられたご様子で、池の水を抜きたいと申されたのです。
しかし、その池は、大旦那様と若旦那様自らが、お手入れや、鯉のお世話をされておりましたので、大旦那様方に直接伺って頂く事になりました。
ところが、大旦那様は、そのご提案をお気に召さなかったのか……、先ほども申した様に、祈祷師と口論になってしまわれたのです。」
「手がかりを見つけたのに?」
「ええ。」
「池に遺体でもあるのか?」
「まさか。例え、ご遺体を隠さなければならない事が起きたのだとしても、ご自分の本邸に隠すでしょうか?山などの所有地はいくらでもあるのに。」
「ごもっともですが、呪具がご遺体という事はよくあるので。……というか、この依頼、呪具には触れずに、解除しろって話ですか?」
「あの時は、まだ大旦那様もお元気でしたが、今は、大旦那様、若旦那様、若旦那様の四男の
「ただ?」
「池は、……埋め立ててしまわれたのです。祈祷師との口論の直後に……。」
「なんですって⁈」
お師匠さんは、呆れ顔をしました。
「その事については、大旦那様も後悔されております。
それは、その一週間後に、長男の
加えて、その後、次男
「それは……、現れた2号様が、殺したという事ですか?」
「……分かりません。
次男
目撃者の話では、いずれも、お一人しかいらっしゃらなかったそうです。故に、2号様が殺したのかどうか不明でございます。」
「ん〜……。」
「今残っているのは、大旦那様の
できる事なら、これ以上の犠牲が出ない様、ご尽力をお願い申し上げます。」
お師匠さんは無言で頷きましたが、窓の外を見た瞬間、顔を強張らせました。
『お師匠さん。ここ!』
「酷いな……。」
「まさか、この屋敷?」
一画をぐるりと囲んだ高い塀の向こうには、うっそうとした竹林が生い茂り、その奥から屋根がチラリと見えます。一見すると、よくあるお屋敷の外観です。
異常なのは、鳥などの生き物の気配が全くなく、敷地内には真っ赤な煙のような邪気が漂い、たくさんの亡霊が彷徨っている事。
おそらく、ここが
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