第2話 発端

文字数 7,652文字

 阿奈(あな)様ご一行が帰られた後、八咫(やた)は、阿奈(あな)様に掴み掛かったりした件で、和尚さんからの有難いお説教を1時間も頂きました。
 けれど、八咫(やた)の態度はふて腐れたままでしたので、「頭を冷やして来い!」っと、この山の頂上から麓までの駆け足を、10往復も命じられてしまったのです。
 とはいえ、頭に血が昇ったままの八咫(やた)を放置すれば、阿奈(あな)様の所へ殴り込みにでも行きかねないので、僕も一緒に走る事にしました。

「あの女、やっぱりまともじゃなかった。クソ女どころじゃない。鬼畜だっ!」

 案の定、頭を冷せと言われたのにも関わらず、八咫(やた)は、ずーーーーーっと悪口をわめき散らしながら、7往復目を元気に走っております。僕は……、5往復目からバテ気味だというのに……。
 ゼイゼイと息を切らしながら僕は、八咫(やた)に話しかけました。同じ様な内容の悪口は、もう聞き飽きたからです。

八咫(やた)。その様では……、修行になりませんよ。煩悩を断たないと。』
「ミツチは、ムカつかないのかよ?」
『それは…ムカつきますよ!
 けれど…、そんな事をしても、……スッキリするのは、自分だけで、お寺の皆さんに、ご迷惑がかかります。
 もう……これ以上、大切な家族を、失いたくありません……。』

 八咫(やた)は舌打ちをしましたが、反論せず、黙りました。
 この場合の舌打ちは、僕に対してではありません。彼自身に向けてのものです。黙り込んでいるのがその証拠。きっと、頭では僕の考えを理解してくれているけど、感情の整理がついていないのだと思います。

『それにしても、殺してしまうのなら……、なぜ、結婚など…されたのでしょう?阿奈(あな)様は、……死体愛好家…だったので…しょうか?』
「ありえそうだな。っつーかさ、今日のあの女、変じゃなかったか?」
『……変?前回…お会いした時も、個性的…だったと…記憶してます……が?』
「個性⁈」

 八咫(やた)が、顔をしかめて振り返り、なに言ってんだ?的な顔で、僕を見ました。

「まあ…いいや、変は変でも違う変だよ。もしかして、憑かれてたとかないか?」
『……さすがに……、それはないかと……。
 もし…怪異によって…お師匠さんを…殺したのなら、……殺される前に、お師匠さんが…気づくはず……です。
 それに…、今朝、和尚さんも、他の妖術士の皆さんも、……全員見ていたのです。誰も気づかないなど…あるでしょうか?僕だって、全然感じませんでした。』

一気に喋ったので、肺が痛いです。ついでに、脇腹も。ふ〜あともう少しで頂上。

「そうだけどさ、前に会った時は、ヒステリックなバカ令嬢って感じだっただろ?あんな落ち着いた感じじゃなかった。」
『確かに……別人の…様でした。』
「分かんないけどさ、お師匠は、バカ令嬢に怪異が起こってるって気づいた上で、あえて結婚したって事ないか?」
『えぇっ⁈そんな……、僕らにも…言わないで?』
「だって、お師匠が、あの屋敷から帰った後の行動、スッゲー変だったろ?」
『まぁ〜……。』


 初めて阿奈(あな)様にお会いしたのは、ほんの一ヶ月ほど前の事でした。


 阿奈(あな)様のご自宅、鹿野宮(かのみや)家のお屋敷は、王都の中心地にある、お堀と高い塀でぐるりと囲まれた貴族階級地区にございました。
 その貴族階級地区は、名前の通り貴族しか住む事が許されず、店の所有者も、従業員も、家人も貴族といった、貴族の為の貴族による貴族の街。平民は許可書無くしては、立ち入れない場所なのです。
 因みに、兵や従業員、家人などは、家督を継げない貴族の子息令嬢が、なるそうです。
 お師匠さんは、横柄な態度の門番さんに、依頼人から渡された赤の許可書を見せました。

「要件と、訪問先を言え。」
「依頼主の意向で言えません。ですが、この色の許可書を持っている場合は、要件は伝えなくていい事になっているはずでしょ?」
「そのような決まりはない。言え。」
「聞けば、あなたは後悔をしますよ。」
「どうせ、偽もんだろ?ドブネズミに、赤の許可書など与えるバカは、貴族にはいない。」

門番さんはそう言うと、仲間を6人呼び、僕達3人を捉えさせました。
八咫(やた)も僕も、焦りましたが、お師匠さんは慣れていらっしゃるのか、やれやれとため息を吐かれました。

「一体、なんの罪ですか?」
「許可書偽造だ。」

その騒ぎを聞きつけた貴族街の方々が集まって来て、ジロジロと汚物でも見る様な目で僕らを見ています。

「きゃぁぁぁ!平民よっ!」
「目を合わせない様に気をつけろ。唾を飛ばしてくるぞ!」
「平民は、お風呂に入った事がないらしわよ。身体中シラミだらけですって。」
「気をつけろ!奴らは通り過ぎただけで、糸くずでもスるぞ。」

凄い歓迎です。
僕らは、塀の中にある牢屋へと投げ込まれてしまいました。

「あの、約束の時間まで、あと5分しかないんですけど、それまでに出してもらえます?時間厳守と言われているので。」
「ああ、出してやるさ。お前らが死んだ頃に。」

門番の方々は、意地悪く笑うと、出て行ってしまいました。

牢屋には窓ひとつなく、灯りは壁に掛けられた松明が一本だけ。他に、囚人はおられない様ですが、ネズミや、ゴキブリが忙しく駆け回るのが見えます。

「どうすんだよ?お師匠。」
「大丈夫だ。よくある事だし、直ぐに出られる。」
『よくあるって分かってらしたのに、あえて、正門から入ったのですか?』
「しょうがないだろ。依頼人からの手紙で、正門でって言われたんだ。どうせ、どの門から入っても一緒だよ。」

三十分ぐらい経った頃でしょうか。さっき、僕らを牢屋へ放り込んだ門番さんが、不機嫌そうに現れました。

「ほら言っただろ?」

お師匠さんが、僕らに囁きました。
何が、「ほら」なのでしょう?あの門番さんの顔は、明らかに怒ってます。
ですが、その門番さんは、ガチャガチャと牢屋の鍵を開けました。

「……出ろっ。釈放だ……。」

 僕らが、案内された場所は、門にくっつく様に造られた、人気がない馬車庫でした。
そこには、家紋が無い真っ黒な馬車がひっそりと佇んでおります。
 案内をして下さった、仏頂面の門番さんは、その馬車へ走って行くと、馬車の中の人に、ひたすら頭を下げて、謝罪を繰り返しておりました。そして、ひとしきり謝罪し終えると、僕らの方へ戻って来ました。

「あちらの貴人がお待ちだ。早く行け。」

 僕らを睨みながらそう言うと、門番さんは、足早に立ち去ってしまいました。

「貴人だって。”赤の許可書を与えるバカ”じゃないのかよ?」

八咫(やた)が、門番さんの後ろ姿を見ながら、意地悪そうに僕に囁きました。

おずおずと、馬車へ近寄ると、御者の方が、扉を開いて下さいました。どうやら乗れと言う事の様です。
馬車に乗り込むと、60代ぐらいの、背筋がピンと伸びた男性が座っておりました。
きっちり後ろに束ねられた銀髪は、一本のこぼれ毛すら無く、鼻の下のお髭も、見事にビシッと揃えられ、綺麗に形が整えられた爪には、透明のマニキュアが塗られています。香水もつけていらっしゃいますが、さりげない程度の上品な香りです。

こちらの紳士が、依頼人なのでしょうか?

「私は、鹿野宮(かのみや)家の家令、明部(めいぶ)です。」
「遅くなってすみません。布能洲(ふのす)寺カラス門戸の嶺文(れいぶん)です。この二人は、助手の八咫(やた)とミツチです。」


明部(めいぶ)さんは、お手本の様なお辞儀を僕らにして下さったので、思わず僕らも、真似る様に、お辞儀を返しました。

「事情は、門兵から伺いました。鹿野宮(かのみや)家のお名前も、あなた方の目的もお話になられなかったご様子、心より感謝致します。」
「もちろんです。何度も手紙に書いてあったんで……。」

 僕は、その手紙を思い出し、吹き出しそうになりました。
 それは、文章の句点の後に、必ず「鹿野宮(かのみやけ)家の名は、お出しになりませんように。」と書かれており、たった一枚で済みそうな内容なのに、10枚ぐらいになっていたからです。

 馬車で貴族地区の中に入ると、そこは、先程までいた中流階級街とは、別世界が広がっておりました。
 街は、大理石の真っ白な壁と、明るい青緑色の屋根瓦を基調とした、お上品な建造物がずらりと並び、馬車道と歩道はきちんと舗装され、丁寧に剪定された街路樹や花壇が並び、噴水などの美しい装飾的設備が至る所にございます。
 また、街ゆく人々の服装も煌びやかで、大通りを走る馬車も金銀ギラギラ色鮮やか。全体的に眩しい街といった感じです。

「ですが、私らが囚われてしまった事で、バレてしまわれたのでは?」

お師匠さんが、申し訳なさそうに言いました。

「大丈夫です。正門の兵士は皆、鹿野宮(かのみや)家の家臣ですから。」
「……もしかして、試されたのですか?」
「はい。今回の件は、どうしても内々で処理して頂きたかったからです。とはいえ、あの者達は、こちらの事情を知ってる訳ではございませんので、あしからず。」

明部(めいぶ)さんは、また、織り目正しくお辞儀をされたので、僕らもつられてお辞儀を返してしまいました。

「貴族からの依頼は初めてでは無いので、その辺りの事情は承知してます。ただ、そんなに気になるのなら、祈祷師に頼れば良かったでしょ?」

 祈祷師とは、国家公認の聖職者で、神に奉仕し、祭儀を行い、神に代わって怪異を成敗されている組織。
 特徴としては、神通力を操る事。そして、貴族だけで構成されていて、貴族だけにしか奉仕し致しません。
 とまぁ、鼻持ちならない方々という訳なのですが、悔しい事に、怪異に対抗する技術も、知識も、超一流なのです。

「呼びました。……ですが、大旦那様と口論となり、立腹し、帰ってしまわれたのです。」
「国王すら恐れる鹿野宮(かのみやけ)家の当主と喧嘩とは、ずいぶん強気なんですね。」
「彼らは、聖職者の皮を被った政治家です。困っている人間の弱みに付け入るのが、彼らの常套手ですから。」
「口止め料でも請求したんですか?」
「まさか。祈祷師教会はお金には困っておりません。おそらく、大旦那様に、国王に面会できる便宜を図るよう、要求でもされたのでしょう。
 平民社会では、金銭がモノを言うのでしょうが、ここではお金に価値などございません。お金がいくらあっても、国王の許可がなければ土地の購入も、家を建てる事も、ビジネスも、 このような馬車も、財産となる物は購入できません。
 要するに、国王にの面会できなければ、何もできないと言う事です。」
「変なの。」

 八咫(やた)が、思わず呟きました。

「絶対君主制を維持する為には、まず権力者達を管理する必要がございます。その為のシステムです。」

 明部(めいぶ)さんは、八咫(やた)の失礼な意見にも丁寧に対応して下さったので、行儀悪く座っていた八咫(やた)は、思わず座り直してしまいました。和尚さんの授業では、何度注意されっても直さないのに。

「すみませんが、怪異について、詳しく話してくれませんか?」

お師匠さんが、本題に戻しました。このままでは、八咫(やた)の為の、社会科授業が始まってしまいそうですからね。

「失礼を致しました。」

 家令の明部(めいぶ)さんは、丁寧に経緯を話して下さいましたが、要約するとこんな感じです。

 鹿野宮(かのみや)家で、異変が起こりだしたのは三ヶ月ほど前。
 最初に様子がおかしくなったのは、阿奈(あな)様の長兄唐渡(からと)様でした。
 不眠、食欲不振となり、みるみる痩せていったそうです。
 医師に診せると、仕事によるストレスと疲労によるものとの診断。眠りさえすれば回復すると、睡眠薬が処方されました。
 ところが、唐渡(からと)様は、睡眠薬の服用を拒否されたのです。
 訳を伺うと、目を閉じただけで悪夢が襲ってくる。罵られ、殴られ、殺されそうになる等、いつも同じ夢。怖く怖くて眠りたくないのだと。
 とはいえ、このままでは生死に関わるので、飲み物などに睡眠薬を混ぜ、無理にでも眠らせたそうです。
 そんなある晩、恐ろしい事に、悪夢が現実となりました。
 お眠りになられている間に、明らかに暴行を受けた痕ができ始め、打撲や、骨折など、日増しに怪我は酷くなり、ついには刺し傷などの重傷を負う程に。

「どうやって、怪我を負ったのですか?」

 お師匠さんが、ゆっくりとした口調で訊ねました。
 明部(めいぶ)さんは、一呼吸つけると、ゆっくり声を低めて答えました。

「ご自身です。」
「自分で?自分を?」

 お師匠さんは、自分で、自分を刺す様な仕草をしました。

「いいえ、違います。もう一人の唐渡(からと)様が現れ、眠っておられる唐渡(からと)様を刺したのです。」
「えっ?もう一人?」

 明部(めいぶ)さんは、ゆっくりと二度頷きました。

「あの、失礼ですが、明部(めいぶ)さん。あなたに霊感は?」
「いいえ。幽霊など、一度も見た事がございません。一緒にいた護衛士達も見ておりましたので、幽霊ではないと存じます。」
「ん〜……。それで、もう一人の唐渡(からと)様は、どうやって現れたんですか?」
「はい。眠っておられた唐渡(からと)様が、苦しそうに呻き出したので、起こして差し上げようと近づきました。
 その時でした。急に唐渡(からと)様が、激しく痙攣し始めたのです。驚いた私は、急いで扉の外で待機している護衛士2人に向かって、大声で呼びました。
 そして、振り直りますと、唐渡(からと)様がお二人になっておられました。お一人は、寝台の上に、もう一人は、眠っておられる唐渡(からと)様の胸の上に、立っておられました。」
「つまり……、現れた瞬間は見ていないと?」
「はい。護衛士達を呼ぶ為に、振り向いたその一瞬の間に現れました。ずっと、おそばで手を握ってましたので、その場は、離れておりません。また、扉は一箇所だけ。窓は全て閉まっておりました。」

 小さく頷いてからお師匠さんは、左右に座っている八咫(やた)と僕を、交互に見ました。僕らは、その意図を汲み取って、小さく頷き返します。
 二人になるとしたら、あの怪異しか思いつきません。

「その二人目、もう一人?……えっと、ややこしいな。唐渡(からと)様2号は、何を?」
「初めは、寝台の上でお眠りになられてる唐渡(からと)様1号を、見下ろしておりました。ぶつぶつと呟きながら。
 そのつぶやきは、次第に罵倒だと聞き取れるぐらいハッキリとした口調となり、ついには怒鳴り声になっておりました。
 『恨んでやる!』『死ね!』『地獄へ堕ちろ!』など、酷い内容ばかりです。
 やがて、興奮された唐渡(からと)様2号は、唐渡(からと)様1号を、思い切り何度も何度も踏みつけだし、殴る蹴るの暴行を加え始めたのです。」
「1号様は、目覚める様子はありましたか?」
「いいえ。全く。とは言いましても、見過ごす訳にはいきませんので、私と二人の護衛士達で、唐渡(からと)様2号を、力づくで取り押さえ、拘束致しました。」
「えっ⁈2号様に実態が、あったのですか?……1号様も?」

八咫(やた)と僕は、思わず互いの顔を見合わせました。
 お師匠さんが驚くのも無理はありません。この話を聞いた時、僕らが真っ先に予想したのは、離魂体(りこんたい)という、魂が体から離れてしまう現象だったからです。
 離魂体(りこんたい)だった場合、自身を傷つける事はできても、他人が触れる事など出来ません。それは、生き霊、幻覚だからです。
 その幻覚(いきりょう)が、自身を傷つけられるのは、脳が傷を受けたと強く思い込んでしまい、身体が実際に傷を負った時と同じ反応を起こしてしまう為。

唐渡(からと)様1号も、唐渡(からと)様2号も両方触りました。護衛士達も。」
「……あの……、双子という可能性は?」
「疑うのは当然でしょう。生まれた時から存じ上げてる私でさえ、そのような可能性は、絶対にないと分かっておりましたのに、”まさか?”っと疑ったほどです。」

 明部(めいぶ)さんは、額の汗を、絹のハンカチで上品に拭いました。

「しかし、その様な疑いは、明け方頃、唐渡(からと)様2号が消えたと同時に、消え失せました。」
「消えた……?」
「はい。煙が消える様に、スッと、私共の目の前で消えました。」

 お師匠さんは、頷くと、押し黙りました。
 怪異である事には、違いないと思うのですが……、なんなのでしょう?

「祈祷師にお越し頂いたのは、その日です。
 他の鹿野宮(かのみや)家の方々は、まだ悪夢を見るだけで済んでおりましたが、今後、一斉にあの様な事が起こってしまわれたらと思い、せん越ながら大旦那様に進言をさせて頂きました。」
「なるほど。」
「まず、祈祷師の一団は、鹿野宮(かのみや)家のお一人お一人と面談をされ、その後、お屋敷の中や、屋外までお調べになられました。
 その際に、池で手がかりを見つけられたご様子で、池の水を抜きたいと申されたのです。
 しかし、その池は、大旦那様と若旦那様自らが、お手入れや、鯉のお世話をされておりましたので、大旦那様方に直接伺って頂く事になりました。
 ところが、大旦那様は、そのご提案をお気に召さなかったのか……、先ほども申した様に、祈祷師と口論になってしまわれたのです。」
「手がかりを見つけたのに?」
「ええ。」
「池に遺体でもあるのか?」
「まさか。例え、ご遺体を隠さなければならない事が起きたのだとしても、ご自分の本邸に隠すでしょうか?山などの所有地はいくらでもあるのに。」
「ごもっともですが、呪具がご遺体という事はよくあるので。……というか、この依頼、呪具には触れずに、解除しろって話ですか?」
「あの時は、まだ大旦那様もお元気でしたが、今は、大旦那様、若旦那様、若旦那様の四男の唐里(とうり)様にも2号様が現れる様になってしまったので、それどころではないと存じます。ただ……。」
「ただ?」
「池は、……埋め立ててしまわれたのです。祈祷師との口論の直後に……。」
「なんですって⁈」

 お師匠さんは、呆れ顔をしました。

「その事については、大旦那様も後悔されております。
 それは、その一週間後に、長男の唐渡(からと)様が亡くなられてしまったからです。
 加えて、その後、次男唐可(とうか)様、三男の盛唐(せいとう)様にも同じ怪異が現れる様になり、立て続けにお亡くなりになられてしまいましたので、ご自分を非常に責めておられます。」
「それは……、現れた2号様が、殺したという事ですか?」
「……分かりません。唐渡(からと)様は、看護師達が目を離した隙に、ハサミで喉を突いたそうです。
 次男唐可(とうか)様は、お屋敷の屋根から飛び降り、三男の盛唐(せいとう)様は、服毒されました。
 目撃者の話では、いずれも、お一人しかいらっしゃらなかったそうです。故に、2号様が殺したのかどうか不明でございます。」
「ん〜……。」
「今残っているのは、大旦那様の唐路(とうろ)様と、若旦那様の唐久(とうく)様に、若旦那様のご内室玲奈(れいな)様、若ご夫妻の四男の唐里(とうり)様に、長女の阿奈(あな)様の五名だけ。
 できる事なら、これ以上の犠牲が出ない様、ご尽力をお願い申し上げます。」

 お師匠さんは無言で頷きましたが、窓の外を見た瞬間、顔を強張らせました。
 八咫(やた)も僕も、つられて外を見ると、同じ様に顔をしかめました。

『お師匠さん。ここ!』
「酷いな……。」
「まさか、この屋敷?」

 一画をぐるりと囲んだ高い塀の向こうには、うっそうとした竹林が生い茂り、その奥から屋根がチラリと見えます。一見すると、よくあるお屋敷の外観です。
 異常なのは、鳥などの生き物の気配が全くなく、敷地内には真っ赤な煙のような邪気が漂い、たくさんの亡霊が彷徨っている事。
おそらく、ここが鹿野宮(かのみや)家で間違いないでしょう。
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登場人物紹介

八咫(やた)  


布能洲《ふのす》寺、カラス門戸の妖術士見習い。15歳。


性格:楽観的でお調子者だが、たまに、冴えた事を言う。素直で、努力家。

能力は:妖術士の中では、一番第六感が弱いが、体力は見習いの中で一番で、駿足は妖術士の中で、一番。

以前は、兄と住んでいたが、ある怪異事件によって兄が死んでしまった。その後、布能洲《ふのす》寺で引き取られる事になった。

ミツチ


布能洲《ふのす》寺、カラス門戸の妖術士見習い。14歳。

性格:心配性で、頭でっかちになりがちだが、謙虚で、誰にでも優しい。

能力:妖術士の中では、一番の第六感の持ち主だが、その分、邪気に当てられやすい。小柄で、痩せ気味なため、体力があまりないが、勉強家。

幼い頃、水妖に襲われ、カラス門戸の妖術士達に助けられた。だが、記憶を失っていた為、布能洲《ふのす》寺で引き取られる事になった。

嶺文(れいぶん)


八咫とミツチの師匠。

布能洲(ふのす)寺カラス門戸の上級妖術士。年齢不詳。

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