第13話 |雷梛《らいな》の怪異事件
文字数 9,423文字
夜明けと共に、九九村 村を出た時は、若干暑いかな〜程度の夏の陽気だったのに、 村よりも更に標高が高い雷梛 の町に近づく程、風は冷たくなり、空気が凍てつき、しまいには粉雪まで降り出す始末。一年の四季を、半日で体験できるなんてお得ですね。
「あんた達、さっさと歩きな。ちんたら歩いてると、凍え死ぬよ!」
老女とは思えない程の足の速さで、僕らの先頭を歩いていた蓮林 村長が、鬼の形相で振り返り、のろのろ歩く僕らを怒鳴りました。まぁ怖い。
「きき聞いてねぇよ!こここんなに寒いなんてぇぇぇ!」
八咫 が、鼻水を垂らし、歯をカチカチ振るわせながら怒鳴り返しました。
「聞いてねぇじゃなく、聞かなかったんだろ⁉︎!寒いと忠告したのに!
なのに暑い重いって言って、用意してやった服を勝手に置いていっちまったのは、八咫 、あんただろ⁉︎」
そうなのです。蓮林 村長と僕は、羊の毛皮の上着と冬用の服を身につけているのですが、八咫 だけ、夏服。
『八咫 、僕の上着を着て下さい。』
僕が毛皮の上着を脱ごうとした所で、八咫 がそれを止めました。
「それはダメだ。自分のケツは自分で拭く!
それに、ミツチは直ぐに風邪をひいちまうだろ?病になっちまったら元も子もねぇ。」
『でも……。』
「よく言った八咫 !バカだが、根性は認めてやろう。」
蓮林 村長が、自分に巻いていた毛織りのストールを、八咫 の首から肩に巻いてくれました。
「いいよ!村長にくたばられたら、拿理 のおっさんや、村の人達に恨まれるしさ〜……。」
あらあら、八咫 の顔が、完熟トマトのように真っ赤です。
「何、照れてんだよ。ほら、さっさと行くよ。本当にあの世に逝っちまう。」
あと100年は死にそうもない蓮林 村長は笑顔を浮かべると、またキビキビと僕らの先頭を歩き出し、気がつけば、既にかなり先を進んでいます。早すぎない?
「あのバアさん、化け物かよ?もう6時間も歩いてんのによぉ。」
『引退された後も、習慣で、朝晩の稽古を続けられているそうですよ。やらないと調子が出ないとか。』
「俺だったら、ぜってぇやんねぇけどな。引退後もなんてさ。」
口を尖らす八咫 を見て、僕は笑いました。
「なあ……ミツチ。」
いきなり神妙な面持ちで、八咫 が躊躇いながら僕に声をかけました。
「あのさ……。
もしかして……記憶……、取り戻したのか?」
一番恐れていた質問をされた僕は、ギョッとし、思わず目を背けてしまいました。
八咫 が、父に向かって僕が言いたかった事を代弁してくれた時、たまらず泣いてしまったので、バレてしまったかも?っとは危惧していました。
なので昨晩は、事務員の茶徒 さんが用意しておいてくれた答え方を思い出し、練習していたのです。
練習していたのに……いざ訊かれてしまうと、全部すっぽ抜けてしまい、頭が真っ白になってしまいました。
「父ちゃんを見て、……思い出したのか?」
僕は、首を横に振りました。
どう答えたらいいのか悩んだ末、僕は、邪神の部分だけ話す事にしました。
『……実は、崖から落ちて、気を失っている時に、邪神の声がして……。』
「え⁈」
ぽつりぽつりと経緯を話している内に、邪神が体内にいるらしいという事だけ話すつもりが、邪神から聞いた話や、太良 さんと茶徒 さんから聞いた話も、止められていたのにもかかわらず、洗いざらい全部話していました。
それは嘘をつきたくなかった訳でも、隠し事ができなかったからでもありません。
話している間、いつも口まめな八咫 が、蒼白な顔で黙って僕の話を聞いているものだから、その沈黙が怖くて、沈黙を埋める為に、白状し続けてしまっただけなのです。
『ごめんなさい!ごめんなさい!』
僕は、何度も何度も謝りました。
八咫 は、渋い顔で僕を見つめてから、先を進む蓮林 村長の位置を、チラリと確認し、今度は困った顔で、また僕を見つめました。
「なんで、ミツチが謝んだよ。おまえ、なんも悪い事してねぇだろ?」
『でも……。僕と僕の家族の所為で、八咫 のお兄さんは、死んじゃったんですよ?』
「ミツチは、利用されただけだろ?」
『違います!僕が臆病だったから、邪神に利用されたんです。
八咫 に説得されて、邪神の動きを止める事ができたようですが、それって、自分の意思で止めようと思えば、もっと早く止められたって意味で……。
だから……、八咫 のお兄さんや、町の人達が死んでしまったのは、僕のせいなんです。』
「……無理だよ。
あん時はさ、祈祷師もすんごい数がいて、和尚さんや特級・上級妖術士が勢揃いして、皆んなして、いろんな術をかけまくってたから、ちょっとだけ隙ができたってだけだよ……。
兄貴が、邪神に操られた貴族に斬り殺されたのは、祈祷師も妖術士も到着する前。
だから、ミツチがどんなに勇敢だったとしても無理だったんだ。」
『それでも、僕の家族が、邪神化させてしまうほど水神を怒らせなければ、あんな事件は起こらなかったんです。』
「家族ったって、血が繋がってるってだけだろ?
紗雨 の兄ちゃんだって言ってたじゃん。
ずっと一緒に暮らしてたのは、母ちゃんの方で、ろくでなし領主一家とは暮らしてなかったって。そんなん、赤の他人も同じだろ?」
八咫 は、同情するように微笑みながら、僕の肩を軽く叩いてくれました。
『でも……、事実を知った後、ずっと知らん顔してました。真っ先に謝らなきゃいけないのに。お寺の皆んなにも。』
「けどそれは、茶徒 さんに、黙ってろって言われたからだろ?」
『そうですけど、茶徒 さんに寺に戻らなくていいって言われた時、本当はホッとしたんです。八咫 や皆んなと顔を合わせるのが怖かったから……。
逃げたんです!僕は、ズルイんです!あの父や、祖父と同じ、ズルイ人間なんです!
ずっとバレなければいいって思ってたんです。』
怖くて顔を上げれない僕に、八咫 は僕の頭をくしゃっと撫でました。
「そっか……。良かった。」
『え?』
「いやさ、ミツチ、ずっと寺に戻らないから、なんか怒らせちまったのかって心配してたんだ。
だって、山籠りならともかく、直ぐ麓の村で修行とか、怪しすぎるだろ?いくら村長が元妖術士だからってさ。
寺の皆んなは、ミツチ、辞めんじゃないかって言い出すし……。」
僕は、頭をブンブンと横に振りました。
『そんな、まさか!』
八咫 はにっこり笑うと、僕の肩をポンポンと叩きました。
「知らん顔してていいんだ。もう誰も、あの事件の事なんか思い出したくねぇんだから。
俺らの為だと思って、黙っててくれよ。それが一番の罪滅ぼしだと思ってさ。」
『でも……。』
八咫 の笑顔を見て、僕はホッとしました。罪が消えたわけでは無いですが、八咫 は僕を恨んで無いと知ったから。
いいえ。僕は心のどこかで、八咫 なら許してくれるはずって信じていたのかもしれません。だから、全部話せたのだと思います。11年もずっと兄弟の様に過ごしてきたのだから。
「そっか……。それで、ミツチは、どうすんだ?爺ちゃん所に戻んのか?」
『へ?』
不意の質問に、僕はすっとんきょんな声で答えてしまいました。
「”へ?”じゃねぇよ。爺ちゃん、ミツチが死んでるって思い込んでんだろ?生きてるって知らせてやった方がいいんじゃないか?」
『……そう……かもしれませんけど……、僕、祖父母に会っていいのでしょうか……?』
「いいんじゃねぇの?」
『誰も、僕の家族に、僕が生きている事を知らせなかったんですよ?』
「……そうだよな。太良 さんが、叔父さんなら、太良 さんから知らせてたって良さそうだよな。なんでだろ?」
『何か……、知らせられない理由が……ある気がします。』
「父ちゃんの方の家族が、相当な恨みをいろんな人達から買ってるからか?ミツチまでも恨まれるのを心配したのかな?」
『……あの……、その父の事で、ちょっと引っ掛かかる事があるんですけど。』
「なに?」
八咫 の顔が、微かに曇ったのを見て、僕は言い出した事を後悔しました。
『若旦那様の唐久 様の生き霊に、……父が現れたじゃないですか。つまりそれは、唐久 様が、父に対して罪悪感を感じてたからで……。その……、本当は……父は……。』
呆れ顔の八咫 を見て、僕は言葉を詰まらせてしまいました。
「親父を、悪く思いたくないのは分かるけどさ……。」
予想していた言葉が返ってきました。
「百歩譲って、本当はいい奴だったとする。けど、俺らがどうこうできる感じじゃないだろ?」
八咫 の遠回しに言った言葉の意味がなんとなく分かり、僕は頷きました。
父は、たくさんの貴族の弱みを握っていますから、無罪となっても、きっと誰かが暗殺してしまうでしょう。
もう、父の事は、忘れた方がいいのかもしれません。
『そう……ですね。』
「それよりさ、飛天に狙われてるかもしれないっていう事の方が厄介だな。」
『えぇ。邪神には、今直ぐ、この国から逃げろと言われましたし……。』
「この任務から戻ったら、速攻お師匠を連れ戻そう!で、その事も相談しようぜ。」
『はい。』
喋りながら歩いている僕らを見た蓮林 村長が、また怒鳴りました。
「あんた達!!いい加減にしないか!!!遠足に来たんじゃないんだよ!!!!」
僕らは、その大きな怒声に縮み上がり、駆け足で坂道を登り切りました。
丁度、太陽が頭上真上に昇った頃、キビキビ歩いていた蓮林 村長の足が止まりました。
ずっと、下ばかり向いてひたすら山道を登っていた僕らはそれに気づかず、僕は村長の背中に頭突きをし、僕の後ろを歩いていた八咫 は、僕の背中にドンっ!
「うぁ!なんだよ急に止まんなよ!」
背が高い蓮林 村長の顔を、僕らは見上げました。
「変だね……。」
顔を曇らせながら、蓮林 村長は、山道ではなく、空を見渡しました。
頭上には、雲一つない青空。目下には、雲海と、雲から頭を出している山脈が見えるだけです。
「何が?」
「静かすぎる。」
僕らは首を傾げました。なぜなら、静かだとは思わなかったからです。
これまでも、行き交う人達は沢山いましたし、こちらに向かってくる馬車も数台見え、ガタゴトと音を立てています。
「耳が遠くなったのか?村長。」
八咫 が、やれやれと肩をすくませました。
「バカ!よく耳を澄ますんだよ。鳥の鳴き声が聞こえないだろ⁈」
そう怒鳴られた僕らは、慌てて目を閉じ、耳を澄ましました。
自然の声は、妖術士にとって注意しなければならない基本中の基本。
特に鳥類などは、人間なんかよりも第六感が何十倍も優れているから、鳥の動向は、何よりもの情報源となるのです。
確かに、一時間ほど前に休憩をした時は、トンビなどの鳥の声が聞こえていましたが、今は、風の音と、馬車のガタゴトと言う音、そして、時折、馬がいなないているのが聞こえます。まるで、何かに怯える様に。
『雷梛 の町が、もう近いという事でしょうか?』
「あぁ、この峠を越えて直ぐの渓谷だ。急ごう。」
足早に歩いていると、こちらへ向かってくるド派手なペイントが施された3台の馬車の一行が、立ち止まり、僕らに声をかけてきました。
男女共に、馬車に劣らずド派手な化粧に、目のやり場に困りるハレンチな服装。
なんだか黒ミサとかしてそうな集団です。
こんな所で、カツアゲですか?っと思いきや……。
「もしかして、あなた達も雷梛 へ?」
目の周りをパンダの様に真っ黒く塗りたくり、真っ赤な口紅をひいた年齢不詳の女性が、意外にも丁寧な口調で聞いてきました。人は見かけで判断してはいけませんよ!
「そうだけど。」
「悪い事は言わない。引き返した方がいいわ。」
「どうしたんだい?」
村長は、何も知らないふりをして聞き返しました。
「なんだか知らないけど、町の門が塞がれてるの。
せっかく3日もかけて、大道芸をしに来たというのに。大損だわ。」
なるほど、大道芸人さんだから、皆さん奇抜な格好をされているのですね。
馬車の中を見ると、楽器やらがたくさん積まれているのが見えました。
「役人は、何の説明もしなかったのかい?」
「全然。ただ”帰れ!””祭りは中止だ!”その二言だけ。中には、町の住人だって人もいたみたいだけど、問答無用って感じで、追い返されてたわ。」
「そう……。ありがとう。」
大道芸人の一行を見送ってから、僕らは再び雷梛 の町に向けて歩き出しました。
「祭りって?」
蓮林 村長は、八咫 を振り返りました。
「旧雷梛 王国の建国記念祭だよ。」
「王国?」
「この辺りは、大昔、雷梛 という国だったんだ。合併される前までね。」
「確か……七耀 王国って、7つの国が合体してなった国なんだっけ?……つまり、雷梛 が、その内の一つだったって事?」
「そう。じゃあ、他の6国を言ってみな。」
まさか、ここでクイズタイムになると思っていなかった八咫 は、ゲッとした顔をしてから、しどろもどろになりながら答えました。
「えっと……えっと……。確か……。冠馬 と…………、ネン……ネ?ゴル?ムッシュ?オカル?エデン?」
「八咫 !あんた、来月の試験大丈夫なのかい?落ちても、私の所為にしないでおくれ。」
「え?違ってた?いや、だってさ、急に聞くから〜。」
「急にねぇ……。
7つの国は、雷梛 、冠馬 、ネンネ、ゴル、マシュ、オルカ、エアデンだ。」
「そうそう!でも、3つあってたよな⁈スッゲー!」
自分に感心してる八咫 に、蓮林 村長は呆れ顔を向け、深いため息を吐きました。
険しい山道を登り、雷梛 に近づくにつれ、町に向かう人や、引き返してくる人達が増えてきました。
やがて渓谷へ下っていく緩やかな崖道を降ると、ゴツゴツした岩場の間から、ようやく城郭古都雷梛 の風景が見えました。
「でけー。こんな山ん中に、よくあんなでっけー町をつくったな。」
八咫 の質問に、蓮林 村長が答えました。
「あれが、古都雷梛 さ。昔は、都って呼べるぐらいもっと大きかったらしいけど。」
蓮林 村長が、顔を向けた大草原の中には、崩れ果てた城廓や建物らしき遺跡の様な物が、ちらほら見えます。
昔、この辺りで、戦争でもあったのでしょうか?
街道の先には、二棟の監視塔と、立派な正門が見えました。そして、その正門の前には、大勢の人達と、たくさんの馬車が集まっています。
町は、高い城郭に囲まれている為、中の様子は全く見えません。
近くの立て看板には、“この先立ち入り禁止森羅谷 町役場“と書かれた張り紙が。
「町には誰も入れるなとの御達しだ!祭りも中止!帰れ帰れ!」
体格の良い役人が、門の前で大声で怒鳴ってます。
「何でだよ!訳を言え!」
「家族が中にいるのよ!」
「家に帰してくれ!」
人々も、負けじと怒鳴り返し、中に入れてくれる様訴えています。それはそうですよね。
蓮林 村長は、人混みをかき分けながら、訪問者の対応に追われている若い役人に声をかけ、戊雲 護衛士長に書いてもらった依頼書を見せました。
初めその若い役人は、面倒くさそうに対応していましたが、戊雲 護衛士長の印を確かめた瞬間、ハッと顔色を変え、でっぷりとした色白の上司らしき人の方へ走っていきました。
上司らしき人は、僕らを手招きで呼ぶと、改めて依頼内容の件を事細かに聞き、僕らに他言無用をクドクドと約束させてから、やっと中へ通してくれました。
大きな門の脇にある、小さな潜り戸を抜け、町に入った瞬間、僕らは呆然としてしまいました。
たくさんの人達が、時間が止まったかの様に、不自然な格好のまま動かないのです。
歩いてる途中の人、荷物を運んでいる途中の人、驚いたポーズの人、逃げ出すポーズと様々です。
「なんで?確か、動かなくなった町の人達は、戊雲 護衛士長達が、全員建物の中に入れたって言ってたよな?
また、動き出して、止まっちまったって事?」
八咫 の質問に答えたのは、一番最初に声をかけた若い役人でした。
どうやら、僕らの監視役の様です。
「この者達は、立ち入り禁止の張り紙を無視し、勝手に門を開けて侵入した、盗賊団です。」
若い役人は、持っていたペンの先で、酒瓶を持ったまま止まっているあばた顔の中年男性の頬を突っつきました。
突かれたあばた男は、瞬きできず充血した眼球を、悔しそうに若い役人に向け、動かせない口で、「あぁ……。」っと唸っただけで、硬直した手足の筋肉をプルプルと小刻みに痙攣させていました。
フンっと鼻で笑ってから若い役人は、あばた男を蹴り、転倒させてしまいました。
いくら盗賊だからって、動けない相手に……。ゲス中のゲスですね。
「戊雲 護衛士長様ご一行と、私達役人が総出で、町の人達を建物の中に移動しましたのですが、原因が分からなかったので、戊雲 護衛士長様ご一行がお発ちになられた後、門を閉じ、衛兵を二人だけ残して、我々も引き上げたのです。
翌日の昼、また戻ってみいれば、衛兵達は殺され、門が開かれており、その門の中には、前日にはなかったはずの馬車が30台もあり、たくさんの荷が積み込まれていた。
そして、この方々です。全部で58名。
調べた所、雷梛 と森羅谷 の間にある伊江根 峠を根城にしている盗賊団である事が分かりました。
毎年、祭り目的の行商人や観光客を襲っていたのですが、今年は、雷梛 町の人達が全員止まってしまっているのを知り、町ごと襲撃しようと思った様です。その結果が、この有様。
我々は、一旦引き上げて正解でした。」
「正解って、衛兵達は、殺されちまったんだよ?よくもそんな事が言えるね?」
蓮林 村長の、鋭い言葉に、役人は慌てて目を逸らし、言い訳をする様に呟きました。
「殺されたのは気の毒ですが、衛兵に危険はつきもの。それだけの給金を貰っているのですから。
安全で、給金も良い仕事があるのなら、私だってそちらを選びます。」
「そりゃそうだろうが、祭り目当てに、盗賊が襲っているのが恒例となっているんなら、衛兵がたったの2人というのはあんまりだろ?」
「毎年、盗賊が襲っているのは、祭り会場ではなく、道中。伊江根 峠なんです。
なのでこの時期は、森羅谷 町の護衛士や衛兵達が、金持ちの商人や貴族達に雇われ、旅に同行してしまうんです。
そして、ここに着いて、客達と一緒に動かなくなってしまった。
人員をケチったわけではなく、完全な人手不足なんです!
そもそも、森羅谷 町の管轄じゃない!
近いからって協力に来ただけなのに、なぜ責められないといけないんですか?」
若い役人は、ヒステリックに喚きました。
「悪かったよ。
それはそうと、馬車を引いてきた馬が見当たらないようだけど、何かあったのかい?」
「馬だけはちゃんと動いていたので、手厚く保護をしましたよ。勿体ないんで。」
「…………。」
「盗んだとでも言いたいんですか?
どうせその馬だって盗んだモノでしょ?盗まれたモノを保護しただけです!」
「何も言ってないだろ?」
フンと鼻を鳴らしながら若い役人は、プイと背を向け、目の前にいる動かない女盗賊を睨むと、腹を思い切り蹴り倒しました。
その後も、スタスタと門の方へ向かうがてら、盗賊達を倒しまくってから、潜り戸から出ていきました。……見事な小物っぷりですね。
「動物は、動けたのか……。興味深いね。」
蓮林 村長は、ニッと笑いました。
『それって、金縛りの対象が人間限定って事でしょうか?』
「分からないね。そもそも動物が金縛りに遭ったなんて聞いた事がないし。それと、金縛りと決めつけるには、まだ早いよ。」
『あっ、そうでした。決め付けは判断を鈍らせるのですよね?』
「その通り。」
頷きながら蓮林 村長は、僕の頭をポンと叩き、建物の壁に張られた“建国記念日、万歳!“のポスターを見つめました。
「けど、参ったねぇ。よりにもよって、祭りの期間中に……。」
『期間?このお祭りは、何日間行われるのですか?』
「一週間だよ。」
『一週間も⁈因みに、今日は、お祭りの何日目でしょう?』
「えっと……3日目って所かね。建国記念日が、最終日だから。
あと4日、町ん中に入ってこようとするバカが増えないといいんだけど。」
『で、この盗賊達は、どうするつもりなのでしょう?このままにしておくつもりなのでしょうか?』
「さあね。役人の判断に任せるさ。
それに、勝手に動かせば、誰が盗賊で、誰が一般市民なのか分かんなくなるだろ?」
蓮林 村長はそう言いながら、動かない人達を、一人一人観察し始めました。
僕も、それに習って観察を始めましたが、これといって怪異の気配はまるで感じられません。
幸い、皆さん生きているご様子ですが、何時間も同じ体制でいるせいか、かなり辛そうです。
僕は、若い役人に倒されてしまったあばた顔の男性を観察しました。
男性は、何か訴えたそうに一生懸命唸っていますが、やはり、何を言っているのか分かりません。
せめて、日陰に移動させた方が良いかと思い、あばた顔の男性の両脇に腕を入れ、引っ張った時でした。
『あれ?』
あばた顔の男性の体重が、思いの外軽かったのです。男性は、僕とそう体格は変わりませんが、それでも軽すぎます。
それに……なんだか熟れた果物のような甘い香りが……。
『あの……。』
蓮林 村長に話しかけた時でした。
「おい!大変だ!!」
近くの洋品店らしき建物の中から、血相を変えた八咫 が飛び出して来ました。しかも、店の商品でしょうか?温かそうな毛織物の上着とズボンを、ちゃっかり着ています。
「あんた、その服っ!」
「その辺にあったから借りたんだよ。いいだろ?寒いんだから。寒くちゃ何も出来ねぇ。それより、早くこっち!」
僕らは、走って洋品店へ戻って行く八咫 を追いかけました。
蓮林 村長はぶつぶつと八咫 が服を勝手に拝借してしまった事に文句を言いながら、懐から財布を取り出し、八咫 の服の代金を、扉の直ぐ横にあるカウンターに置いた時でした。
「なんだい!?」
『えっ?』
僕も建物の中に入り……、うっ!臭いっ!!
果物が腐った様な異臭が鼻を突きました。
建物の中には、10人ほどの人達が、こちらも異様な格好で横たわっておりました。やはり何かをしていた最中に動かなくなってしまった様子です。
おそらく、戊雲 護衛士長達が、建物の中へ移動させた人達なのでしょうが、あれからずっと放置されたままなのでしょうか?
ですがこの悪臭……。
「見てくれ。ここの人達、生きたまま腐ってるんだ!」
八咫 が、ためらいも無く、カウンターの後ろに寝かされていた老婆を抱き上げました。
僕は、老婆下半身を見た瞬間吐きそうになり、外に飛び出し、思い切り吐いてしまいました。
「こ、これは!!」
蓮林 村長は絶句したものの、老婆の眼球が僅かに動いたのに気づくと、緊張した面持ちで、老婆の傍にしゃがみました。
その老婆の足先は、元が足だと分からないほど黒く変色し、干からびており、ふくらはぎは腐ったリンゴの様にブヨブヨシワシワとなり、茶色く変色し、太ももは、服で隠れていますが、腐った果物の匂いがする汁と、糞尿が染み出していました。悪臭の原因はこれでしょう。
他の方々も、地面に近い部分から腐っており、辺りには、汁と糞尿が垂れていました。
そして、残酷な事に、どういう訳か全員まだ生きていて、ううっと呻いております。
『一体、何が起きてるのでしょう?こんな酷いの、初めて見ました。』
「助けられねぇのかよ⁈村長!」
蓮林 村長は、首を横に振りました。
「残念だけど、私らの手には負えない。」
「あんた達、さっさと歩きな。ちんたら歩いてると、凍え死ぬよ!」
老女とは思えない程の足の速さで、僕らの先頭を歩いていた
「きき聞いてねぇよ!こここんなに寒いなんてぇぇぇ!」
「聞いてねぇじゃなく、聞かなかったんだろ⁉︎!寒いと忠告したのに!
なのに暑い重いって言って、用意してやった服を勝手に置いていっちまったのは、
そうなのです。
『
僕が毛皮の上着を脱ごうとした所で、
「それはダメだ。自分のケツは自分で拭く!
それに、ミツチは直ぐに風邪をひいちまうだろ?病になっちまったら元も子もねぇ。」
『でも……。』
「よく言った
「いいよ!村長にくたばられたら、
あらあら、
「何、照れてんだよ。ほら、さっさと行くよ。本当にあの世に逝っちまう。」
あと100年は死にそうもない
「あのバアさん、化け物かよ?もう6時間も歩いてんのによぉ。」
『引退された後も、習慣で、朝晩の稽古を続けられているそうですよ。やらないと調子が出ないとか。』
「俺だったら、ぜってぇやんねぇけどな。引退後もなんてさ。」
口を尖らす
「なあ……ミツチ。」
いきなり神妙な面持ちで、
「あのさ……。
もしかして……記憶……、取り戻したのか?」
一番恐れていた質問をされた僕は、ギョッとし、思わず目を背けてしまいました。
なので昨晩は、事務員の
練習していたのに……いざ訊かれてしまうと、全部すっぽ抜けてしまい、頭が真っ白になってしまいました。
「父ちゃんを見て、……思い出したのか?」
僕は、首を横に振りました。
どう答えたらいいのか悩んだ末、僕は、邪神の部分だけ話す事にしました。
『……実は、崖から落ちて、気を失っている時に、邪神の声がして……。』
「え⁈」
ぽつりぽつりと経緯を話している内に、邪神が体内にいるらしいという事だけ話すつもりが、邪神から聞いた話や、
それは嘘をつきたくなかった訳でも、隠し事ができなかったからでもありません。
話している間、いつも口まめな
『ごめんなさい!ごめんなさい!』
僕は、何度も何度も謝りました。
「なんで、ミツチが謝んだよ。おまえ、なんも悪い事してねぇだろ?」
『でも……。僕と僕の家族の所為で、
「ミツチは、利用されただけだろ?」
『違います!僕が臆病だったから、邪神に利用されたんです。
だから……、
「……無理だよ。
あん時はさ、祈祷師もすんごい数がいて、和尚さんや特級・上級妖術士が勢揃いして、皆んなして、いろんな術をかけまくってたから、ちょっとだけ隙ができたってだけだよ……。
兄貴が、邪神に操られた貴族に斬り殺されたのは、祈祷師も妖術士も到着する前。
だから、ミツチがどんなに勇敢だったとしても無理だったんだ。」
『それでも、僕の家族が、邪神化させてしまうほど水神を怒らせなければ、あんな事件は起こらなかったんです。』
「家族ったって、血が繋がってるってだけだろ?
ずっと一緒に暮らしてたのは、母ちゃんの方で、ろくでなし領主一家とは暮らしてなかったって。そんなん、赤の他人も同じだろ?」
『でも……、事実を知った後、ずっと知らん顔してました。真っ先に謝らなきゃいけないのに。お寺の皆んなにも。』
「けどそれは、
『そうですけど、
逃げたんです!僕は、ズルイんです!あの父や、祖父と同じ、ズルイ人間なんです!
ずっとバレなければいいって思ってたんです。』
怖くて顔を上げれない僕に、
「そっか……。良かった。」
『え?』
「いやさ、ミツチ、ずっと寺に戻らないから、なんか怒らせちまったのかって心配してたんだ。
だって、山籠りならともかく、直ぐ麓の村で修行とか、怪しすぎるだろ?いくら村長が元妖術士だからってさ。
寺の皆んなは、ミツチ、辞めんじゃないかって言い出すし……。」
僕は、頭をブンブンと横に振りました。
『そんな、まさか!』
「知らん顔してていいんだ。もう誰も、あの事件の事なんか思い出したくねぇんだから。
俺らの為だと思って、黙っててくれよ。それが一番の罪滅ぼしだと思ってさ。」
『でも……。』
いいえ。僕は心のどこかで、
「そっか……。それで、ミツチは、どうすんだ?爺ちゃん所に戻んのか?」
『へ?』
不意の質問に、僕はすっとんきょんな声で答えてしまいました。
「”へ?”じゃねぇよ。爺ちゃん、ミツチが死んでるって思い込んでんだろ?生きてるって知らせてやった方がいいんじゃないか?」
『……そう……かもしれませんけど……、僕、祖父母に会っていいのでしょうか……?』
「いいんじゃねぇの?」
『誰も、僕の家族に、僕が生きている事を知らせなかったんですよ?』
「……そうだよな。
『何か……、知らせられない理由が……ある気がします。』
「父ちゃんの方の家族が、相当な恨みをいろんな人達から買ってるからか?ミツチまでも恨まれるのを心配したのかな?」
『……あの……、その父の事で、ちょっと引っ掛かかる事があるんですけど。』
「なに?」
『若旦那様の
呆れ顔の
「親父を、悪く思いたくないのは分かるけどさ……。」
予想していた言葉が返ってきました。
「百歩譲って、本当はいい奴だったとする。けど、俺らがどうこうできる感じじゃないだろ?」
父は、たくさんの貴族の弱みを握っていますから、無罪となっても、きっと誰かが暗殺してしまうでしょう。
もう、父の事は、忘れた方がいいのかもしれません。
『そう……ですね。』
「それよりさ、飛天に狙われてるかもしれないっていう事の方が厄介だな。」
『えぇ。邪神には、今直ぐ、この国から逃げろと言われましたし……。』
「この任務から戻ったら、速攻お師匠を連れ戻そう!で、その事も相談しようぜ。」
『はい。』
喋りながら歩いている僕らを見た
「あんた達!!いい加減にしないか!!!遠足に来たんじゃないんだよ!!!!」
僕らは、その大きな怒声に縮み上がり、駆け足で坂道を登り切りました。
丁度、太陽が頭上真上に昇った頃、キビキビ歩いていた
ずっと、下ばかり向いてひたすら山道を登っていた僕らはそれに気づかず、僕は村長の背中に頭突きをし、僕の後ろを歩いていた
「うぁ!なんだよ急に止まんなよ!」
背が高い
「変だね……。」
顔を曇らせながら、
頭上には、雲一つない青空。目下には、雲海と、雲から頭を出している山脈が見えるだけです。
「何が?」
「静かすぎる。」
僕らは首を傾げました。なぜなら、静かだとは思わなかったからです。
これまでも、行き交う人達は沢山いましたし、こちらに向かってくる馬車も数台見え、ガタゴトと音を立てています。
「耳が遠くなったのか?村長。」
「バカ!よく耳を澄ますんだよ。鳥の鳴き声が聞こえないだろ⁈」
そう怒鳴られた僕らは、慌てて目を閉じ、耳を澄ましました。
自然の声は、妖術士にとって注意しなければならない基本中の基本。
特に鳥類などは、人間なんかよりも第六感が何十倍も優れているから、鳥の動向は、何よりもの情報源となるのです。
確かに、一時間ほど前に休憩をした時は、トンビなどの鳥の声が聞こえていましたが、今は、風の音と、馬車のガタゴトと言う音、そして、時折、馬がいなないているのが聞こえます。まるで、何かに怯える様に。
『
「あぁ、この峠を越えて直ぐの渓谷だ。急ごう。」
足早に歩いていると、こちらへ向かってくるド派手なペイントが施された3台の馬車の一行が、立ち止まり、僕らに声をかけてきました。
男女共に、馬車に劣らずド派手な化粧に、目のやり場に困りるハレンチな服装。
なんだか黒ミサとかしてそうな集団です。
こんな所で、カツアゲですか?っと思いきや……。
「もしかして、あなた達も
目の周りをパンダの様に真っ黒く塗りたくり、真っ赤な口紅をひいた年齢不詳の女性が、意外にも丁寧な口調で聞いてきました。人は見かけで判断してはいけませんよ!
「そうだけど。」
「悪い事は言わない。引き返した方がいいわ。」
「どうしたんだい?」
村長は、何も知らないふりをして聞き返しました。
「なんだか知らないけど、町の門が塞がれてるの。
せっかく3日もかけて、大道芸をしに来たというのに。大損だわ。」
なるほど、大道芸人さんだから、皆さん奇抜な格好をされているのですね。
馬車の中を見ると、楽器やらがたくさん積まれているのが見えました。
「役人は、何の説明もしなかったのかい?」
「全然。ただ”帰れ!””祭りは中止だ!”その二言だけ。中には、町の住人だって人もいたみたいだけど、問答無用って感じで、追い返されてたわ。」
「そう……。ありがとう。」
大道芸人の一行を見送ってから、僕らは再び
「祭りって?」
「旧
「王国?」
「この辺りは、大昔、
「確か……
「そう。じゃあ、他の6国を言ってみな。」
まさか、ここでクイズタイムになると思っていなかった
「えっと……えっと……。確か……。
「
「え?違ってた?いや、だってさ、急に聞くから〜。」
「急にねぇ……。
7つの国は、
「そうそう!でも、3つあってたよな⁈スッゲー!」
自分に感心してる
険しい山道を登り、
やがて渓谷へ下っていく緩やかな崖道を降ると、ゴツゴツした岩場の間から、ようやく城郭古都
「でけー。こんな山ん中に、よくあんなでっけー町をつくったな。」
「あれが、古都
昔、この辺りで、戦争でもあったのでしょうか?
街道の先には、二棟の監視塔と、立派な正門が見えました。そして、その正門の前には、大勢の人達と、たくさんの馬車が集まっています。
町は、高い城郭に囲まれている為、中の様子は全く見えません。
近くの立て看板には、“この先立ち入り禁止
「町には誰も入れるなとの御達しだ!祭りも中止!帰れ帰れ!」
体格の良い役人が、門の前で大声で怒鳴ってます。
「何でだよ!訳を言え!」
「家族が中にいるのよ!」
「家に帰してくれ!」
人々も、負けじと怒鳴り返し、中に入れてくれる様訴えています。それはそうですよね。
初めその若い役人は、面倒くさそうに対応していましたが、
上司らしき人は、僕らを手招きで呼ぶと、改めて依頼内容の件を事細かに聞き、僕らに他言無用をクドクドと約束させてから、やっと中へ通してくれました。
大きな門の脇にある、小さな潜り戸を抜け、町に入った瞬間、僕らは呆然としてしまいました。
たくさんの人達が、時間が止まったかの様に、不自然な格好のまま動かないのです。
歩いてる途中の人、荷物を運んでいる途中の人、驚いたポーズの人、逃げ出すポーズと様々です。
「なんで?確か、動かなくなった町の人達は、
また、動き出して、止まっちまったって事?」
どうやら、僕らの監視役の様です。
「この者達は、立ち入り禁止の張り紙を無視し、勝手に門を開けて侵入した、盗賊団です。」
若い役人は、持っていたペンの先で、酒瓶を持ったまま止まっているあばた顔の中年男性の頬を突っつきました。
突かれたあばた男は、瞬きできず充血した眼球を、悔しそうに若い役人に向け、動かせない口で、「あぁ……。」っと唸っただけで、硬直した手足の筋肉をプルプルと小刻みに痙攣させていました。
フンっと鼻で笑ってから若い役人は、あばた男を蹴り、転倒させてしまいました。
いくら盗賊だからって、動けない相手に……。ゲス中のゲスですね。
「
翌日の昼、また戻ってみいれば、衛兵達は殺され、門が開かれており、その門の中には、前日にはなかったはずの馬車が30台もあり、たくさんの荷が積み込まれていた。
そして、この方々です。全部で58名。
調べた所、
毎年、祭り目的の行商人や観光客を襲っていたのですが、今年は、
我々は、一旦引き上げて正解でした。」
「正解って、衛兵達は、殺されちまったんだよ?よくもそんな事が言えるね?」
「殺されたのは気の毒ですが、衛兵に危険はつきもの。それだけの給金を貰っているのですから。
安全で、給金も良い仕事があるのなら、私だってそちらを選びます。」
「そりゃそうだろうが、祭り目当てに、盗賊が襲っているのが恒例となっているんなら、衛兵がたったの2人というのはあんまりだろ?」
「毎年、盗賊が襲っているのは、祭り会場ではなく、道中。
なのでこの時期は、
そして、ここに着いて、客達と一緒に動かなくなってしまった。
人員をケチったわけではなく、完全な人手不足なんです!
そもそも、
近いからって協力に来ただけなのに、なぜ責められないといけないんですか?」
若い役人は、ヒステリックに喚きました。
「悪かったよ。
それはそうと、馬車を引いてきた馬が見当たらないようだけど、何かあったのかい?」
「馬だけはちゃんと動いていたので、手厚く保護をしましたよ。勿体ないんで。」
「…………。」
「盗んだとでも言いたいんですか?
どうせその馬だって盗んだモノでしょ?盗まれたモノを保護しただけです!」
「何も言ってないだろ?」
フンと鼻を鳴らしながら若い役人は、プイと背を向け、目の前にいる動かない女盗賊を睨むと、腹を思い切り蹴り倒しました。
その後も、スタスタと門の方へ向かうがてら、盗賊達を倒しまくってから、潜り戸から出ていきました。……見事な小物っぷりですね。
「動物は、動けたのか……。興味深いね。」
『それって、金縛りの対象が人間限定って事でしょうか?』
「分からないね。そもそも動物が金縛りに遭ったなんて聞いた事がないし。それと、金縛りと決めつけるには、まだ早いよ。」
『あっ、そうでした。決め付けは判断を鈍らせるのですよね?』
「その通り。」
頷きながら
「けど、参ったねぇ。よりにもよって、祭りの期間中に……。」
『期間?このお祭りは、何日間行われるのですか?』
「一週間だよ。」
『一週間も⁈因みに、今日は、お祭りの何日目でしょう?』
「えっと……3日目って所かね。建国記念日が、最終日だから。
あと4日、町ん中に入ってこようとするバカが増えないといいんだけど。」
『で、この盗賊達は、どうするつもりなのでしょう?このままにしておくつもりなのでしょうか?』
「さあね。役人の判断に任せるさ。
それに、勝手に動かせば、誰が盗賊で、誰が一般市民なのか分かんなくなるだろ?」
僕も、それに習って観察を始めましたが、これといって怪異の気配はまるで感じられません。
幸い、皆さん生きているご様子ですが、何時間も同じ体制でいるせいか、かなり辛そうです。
僕は、若い役人に倒されてしまったあばた顔の男性を観察しました。
男性は、何か訴えたそうに一生懸命唸っていますが、やはり、何を言っているのか分かりません。
せめて、日陰に移動させた方が良いかと思い、あばた顔の男性の両脇に腕を入れ、引っ張った時でした。
『あれ?』
あばた顔の男性の体重が、思いの外軽かったのです。男性は、僕とそう体格は変わりませんが、それでも軽すぎます。
それに……なんだか熟れた果物のような甘い香りが……。
『あの……。』
「おい!大変だ!!」
近くの洋品店らしき建物の中から、血相を変えた
「あんた、その服っ!」
「その辺にあったから借りたんだよ。いいだろ?寒いんだから。寒くちゃ何も出来ねぇ。それより、早くこっち!」
僕らは、走って洋品店へ戻って行く
「なんだい!?」
『えっ?』
僕も建物の中に入り……、うっ!臭いっ!!
果物が腐った様な異臭が鼻を突きました。
建物の中には、10人ほどの人達が、こちらも異様な格好で横たわっておりました。やはり何かをしていた最中に動かなくなってしまった様子です。
おそらく、
ですがこの悪臭……。
「見てくれ。ここの人達、生きたまま腐ってるんだ!」
僕は、老婆下半身を見た瞬間吐きそうになり、外に飛び出し、思い切り吐いてしまいました。
「こ、これは!!」
その老婆の足先は、元が足だと分からないほど黒く変色し、干からびており、ふくらはぎは腐ったリンゴの様にブヨブヨシワシワとなり、茶色く変色し、太ももは、服で隠れていますが、腐った果物の匂いがする汁と、糞尿が染み出していました。悪臭の原因はこれでしょう。
他の方々も、地面に近い部分から腐っており、辺りには、汁と糞尿が垂れていました。
そして、残酷な事に、どういう訳か全員まだ生きていて、ううっと呻いております。
『一体、何が起きてるのでしょう?こんな酷いの、初めて見ました。』
「助けられねぇのかよ⁈村長!」
「残念だけど、私らの手には負えない。」
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