第17話 貴族市街地の悲劇
文字数 17,165文字
王都にある貴族市街地が飛天達に襲撃されたと、祈祷師教会から応援要請を受けた妖術士カラス門戸は、総出で現場へと向かったのでした。
大貴族鹿野宮 家の阿奈 様にお師匠さんが殺されてしまったので、僕らは、殆ど面識がない世檀 さんという、下級妖術士の元に配属されたのですが、控えめに言っても不安しかありません。
というのも、通常班長は、移動中に任務の詳細や、作戦などを説明するのに、僕らの新しい班長世檀 さんは、全く話してくれません。こちらから訊ねても無視。ただ、ブスッとした顔で馬車の御者台に座り、無言で馬を操るだけ。
因みに各班ごとに馬車で移動しているのは、術に使う道具を運ぶのはもちろんですが、後に怪我人などを運ぶ事を想定してでもあります。
「ったく、やってらんねぇよな。何が起きてるのかも、何をするのかも分からねぇ。おまけに班長は、俺らをシカト。
もしかして、小鳥の様に可愛らしい声だから、恥ずかしくて喋れないのかな〜?」
僕と荷台に座っている八咫 が、聞こえよがしに大声で嫌味を言ってみました。が、やはり世檀 さんは、完全無視。
まぁ、こんな安い挑発に乗るほど単純な人ら、今頃ペラペラお喋りをしてるはずですね。
お兄さんの夜杜 さんと、言い争いをしているのを何度か見た事があるので、耳が悪いとかではないと思います。
『世檀 さん。せめて作戦だけでも教えて下さい。でないと僕ら、知らずに作戦の邪魔をしてしまうかもしれませんよ。
それは、世檀 さんにとっても不都合ですよね?』
…………………………やはり無視かと思いきや、世檀 さんが、チラリと振り返りました。
「俺から離れるな。」
ボソっとですが、世檀 さんが答えたので、僕らはびっくり仰天。
「喋った!ミツチ、聞いたか?
まさかのイケボとは、ムカつく!」
それは別にいいと思いますが……。
っというか、“離れるな“が作戦なんて、まるで子供達を買い物に連れて行く保護者のセリフ。良い子にしてたら、おやつでも買ってくれるのでしょうか?
太陽がすっかり落ちた頃、カラス門戸一行は、ようやく王都の城郭正門に辿り着きました。
一番外側の平民市街地に入ると、驚いた事に、住人達は普通に過ごしていて、大通り沿いには露店が立ち並び、酔っ払い達が楽しそうに歌ったり、はしゃいだり、喧嘩したりしています。それに、焼き鳥の香ばしい匂いが……。
「なあ、ミツチ。変じゃねぇか?飛天が襲ってきたんじゃねぇのかよ?」
『ええ、僕もそれを思ってました。現れたのは、貴族市街地だけという事でしょうか?』
「だとしても変じゃね?貴族達が逃げて来る様子もねぇし。」
『です……ねぇ……。』
緩やかな石畳の坂道を登り、宿場街へ出ると、高い防壁に囲まれた貴族市街地が見えてきました。王都の貴族市街地は、地方の大きな町ほどもある広さで、中央には祈祷師教会の総本山である大聖堂と王城があります。
馬車に揺られながら貴族市街地の方を見ていると、八咫 と僕は、異変に気づきました。
「ミツチあれ!空が真っ赤だ。」
『火事……ですかね?』
「だとしたら、余計変じゃね?火事なら平民街の奴らだって気づきそうだろ?」
八咫 はそう言いながら、呑気にイチャイチャしながら歩いているカップルを指しました。自分達しか見えてないんでしょ?
っとも思いましたが、他の人達も、普通に歩いてます。
『そうですね……。』
「それにさ、焦げる煙の臭いもしねぇ。普通の人はに視えてねぇのかな?」
『なるほど……。普通の火事なら黒い煙も見えるはずですしね。空が赤いのは、怪異のよる現象だって事でしょうか?』
一方その頃、列の一番先頭を走っていた河洲 班の馬車では、簡単な任務の詳細と、作戦が告げられていた。
「詳細は祈祷師教会から直接聞かないと分からないが、数刻前、飛天らが突然現れたらしい。
今、王都にいる祈祷師達は下っ端ばかりで、指揮が出せる様な上層部は全員任務の為に不在。戻るのは、早くても明日。
そんな訳で、我々妖術士に救援要請が来たわけだ。」
よく日焼けした壮健な上級妖術士の河洲 が、緊張した顔で自分を見つめている6人の部下達に説明した。
「師匠。飛天の人数はどれぐらいなんですか?後、飛天達の目的はなんですか?」
河洲 の弟子で、見習いの菜六 が、不安そうに訊ねた。
「いずれも不明だ。」
「つまり……何もって事でしょうか?」
中級妖術士の哀流 が、心配そうに真っ赤に染まっている貴族街を見上げた。
「おそらく、祈祷師教会は、情報を出し渋っているんだろう。
祈祷師教会最高権力者のお膝元、王都貴族市街地で事件が起きただけでも不名誉極まりないのに、平民集団である妖術士になんかの手を借りなければならない事態だ。恥辱とでも思ってんだろうな。
よって祈祷師教会からの指示は、住民の保護のみ。注意事項としては、絶対に戦闘はしてはいけないと言う事。」
河洲 の解説に、全員がざわめいた。
「それは、私達平民が、戦闘の際に貴族を怪我させてしまうと、後々訴えられてしまうから?又は、招き入れてしまった祈祷師教会の責任となってしまうからでしょうか?」
哀流 が、首を傾げた。
「そうかもしれないな。まぁ、どちらにしろ飛天の集団と戦闘なんて無理な話だ。しなくていいと言ってくれてるのだから、有り難く受け取っておこう。」
「あの……河洲 師匠。分からないのですが、飛天が降臨だなんて、むしろ縁起がいいというか、ありがたい事なんじゃないですか?なのに、何が問題なんです?
事件じゃなく、貴族達に天罰が降ったってだけの話ですよね?なぜ、僕らが、神の以降に逆らって助けなきゃならないんです?」
菜六 が、不服そうな顔を皆に向け、見習い一同がそれに賛同し、「そうだ!そうだ!」と何度も頷いた。
「あぁすまん。会議の内容を、見習いのお前達にはまだ説明していなかったな。」
河洲 は、ミツチが邪神に憑かれていた事で、邪神から情報を得たという以外の内容を、話して聞かせた。
悪鬼は今まで、飛天が闇堕ちした存在だと知られてきたが、実はそれは人間が勝手に思い込んでいただけで、悪鬼も飛天も同じだという事などなど。
「じゃあ、飛天は天の使いでも何でもないただの生物で、僕ら人間と同じ様に、良い人もいれば悪い人もいたり、怒ったり恨んだり……普通の感情を持っている。
で、今貴族市街地にいる飛天達は、貴族達に激怒してる奴らって事ですか?」
菜六 の感想に、河洲 が頷いた。
「そういう事らしい。だから、飛天様だ!って祈ったりするなよ。祈ってる間に殺されるかもしれないからな。
とにかく作戦は、各班ごとに各門から央広場にある祈祷師教会の大聖堂を目指し、救助できる人々を保護しつつ、大聖堂へ誘導する事。」
「けど、分からないわ。
保護だけなのに、なんで全国の妖術士を集める必要があるの?保護だけなら、祈祷師教会だけでやればいいのに。そもそも御貴族様は、あたしら平民なんかに保護されたいかしら?『イヤ〜ん触らないで〜近づかないで〜』って逃げられると思うんだけど?」
紗里 が貴族女性の真似を大袈裟にしたので、見習い達がクスッと笑った。
「分からん。まぁ、逃げるなら、羊飼いになったつもりで、大聖堂まで追い回してやればいい。楽しそうだろ?」
その河洲 が羊飼いの真似をしながら、指笛を上手い具合に吹くので、皆んなが大笑いをした。
「それと紗里 。お前にはお前にしか出来ない重要な仕事があるだろ?」
河洲 が、ニッと白い歯を見せて笑った。
「あ〜、私に起こる不幸度で、未来に起こるであろう大事件を占うアレですね。
けど、今の所、何も起きてないし、大丈夫なんじゃないですか?」
「だといいがな。」
「それより、ミツチ達の方が心配だわ。」
「なんで?」
河洲 のもう一人の弟子で、見習いの九雷 が、紗里 に訊ねた。
「知らないの?世檀 さん、あの人、いつも仲間を盾にしてたらしいわ。
だから、あの人だけはいつも無傷で、仲間はボロボロ。
仲間の事、自分を守る為の道具としか思ってないから、妖術士総本山の精鋭部隊から外されちゃったんだって。」
九雷 や、他の仲間達が驚きの声を上げた。
「コラ!それは、あくまで噂でしょ。自分で見た訳でもないのに、人にペラペラいうんじゃありません!」
真面目な顔で哀流 が、ピシャリと紗里 に注意した。
「だって〜……。この間、町で会った総本山の子達が言ってたんです。注意した方がいいって〜……。」
紗里 が、ムッとした顔をしながら、最後尾の馬車を見つめた。
不安と緊張を乗せた妖術士カラス門戸の一行は、何事かと好奇な目で見つめる平民市街地の人達の視線を集めつつ、貴族市街地の正門前の跳ね橋に辿り着きました。
そこは、以前鹿野宮 家の依頼の為に通った門。つい一ヶ月ほど前にお師匠さんと一緒に通ったなんて、信じられません。もう随分昔の事の様に感じます。
通常なら固く閉じられた門の前には、沢山の兵が立ち並び、貴族市街地を囲む高い防壁の上にも松明を持った兵が巡回し、平民が入ってこれないよう目を光らせているはず。なのに、今日は人っ子一人どころか、松明の明かりすら見当たりません。
あと気になるのは、跳ね橋です。日暮と共に、跳ね橋は上げられてしまうのですが、カラス門戸に連絡が来たのは昼間。
事件が起きたから跳ね橋を上げたのか、それとも住民が逃げられない様に飛天が上げたのか……。一体、この塀の中では何が起きているのでしょう?
跳ね橋が上がったままなのと、門がしっかり閉じられているので、皆んなが見守る中、治療担当の哀流 さん以外の河洲 班全員が馬車から降り、緊張した面持ちで堀の淵に立ち、紗里 に異変が起きていないかを確認してから、夜杜 さんの方を振り返りました。
夜杜 さんが、力強く頷くと、まずは河洲 さんと紗里 さんが、上がったままの跳ね橋に鉤縄をひっかけ、スイングをして正門に飛び移り、軽快によじ登って門の内側に侵入。
河洲 さんは、勝手知ったるとでもいうように、迷いなく跳ね橋のスイッチを下ろしてから、正門を開くスイッチまで手早く稼働させ、紗里 さんを一緒に夜杜 さんの前に戻ってきました。
「中には誰もいませんね。番犬も。
荒れた様子もない事から、都市封鎖をしたとも思えませんし、住民達が脱出したとも思えません。
ただ……これを見て下さい。」
河洲 さんが、千切れた太い縄を夜杜 さんに見せました。
「犬の縄……か?食いちぎって逃げたようだな。」
「動物は、怪異に敏感ですからね。事が起こる前に逃げたのかもしれません。」
一行は、しばらく紗里 さんの様子を見ていましたが、特に何も起こらない様子だったので、安堵の溜息が皆んなから漏れました。
つまり、この任務は、大した事にはならないと保証されたのです。
「では、計画通り、正門からは上級妖術士河洲 班。
北門は、特級妖術士砂太 班。
南門、上級妖術士狗廉 班。
西門、上級妖術士蘭 班。
南西門に世檀 班。
そして東門からは、私、夜杜 班が突入する。
我々の任務は、民の保護をし、中央広場にある大聖堂に連れて行く事。戦闘は一切許可されていない。
また、紗里 の能力のおかげで、危険度は低いと分かったものの、決して油断しないように!」
世檀 さん以外の全員が、気合を込めて「はい!」と返事をしました。
未だ何が起きてるのかは不明ですが、大聖堂が目的地だという事は分かりました。
僕らは、馬車で貴族市街地の門の中では一番小規模の、住宅街に通じる南西門へ向かいました。
門はやはり閉じられ、跳ね橋も上がったまま。衛兵も番犬もいません。
無言で世檀 さんは、馬車から飛び降りると、鉤縄を跳ね橋の一番高い所に引っ掛け、堀をヒュンと颯爽と飛び越え、その勢いで高い門までも一気に飛び越えしまいました。オマケに、3回転着地。
あまりにも優雅で曲芸の様な動作に、うっかり八咫と僕は見惚れ、「スッゲ〜」『凄い』と声をあげてしまいました。悔しいですが、天才と謳われただけはあります。
僕も!……と感化されたものの、跳ね橋を一回で飛び越えるのに精一杯で、門までは全然足りませんでした。
八咫も感化された様で、鉤縄を一番高い場所にひっかけ、いつもよりも助走を長めにつけ、豪快にジャンプ!!!
八咫の体が高く宙を舞い、堀を飛び越え、そのまま門を飛び越え………………ガンッ!!!!!
後もう少しでしたが、門の天辺の角に思い切り頭突きをし、「フゲッ!」っという情けない声をあげて落下し、勢い余って堀にも落下。ドッボーン!!!!!!
……笑でも取りに行ったのかな?堀の底で見つかるといいですね。
馬車の中で、予備の服に着替えている八咫を尻目に、僕は門をえっちらおっちらとよじ登り、天辺を跨いだ……ブルッ!
突然、悪寒が全身に走りました。これは雷梛 の町で感じたタマヒュンどころではありません。思わず当たりをキョロキョロして、飛天がいないか探しましたが、人の姿は全然見当たりません。
「おい!ミツチ早くしろよ。アイツ行っちまったぞ!」
いつの間に追いつかれたのでしょう?着替え終わった八咫が、僕の横で怒鳴りました。
『あ、はい。』
雷梛 で、腐っていく術をかけられたせいで、臆病になってしまったのかもしれません。
紗里 さんには、何も起きなかったのだから大丈夫ですよね?
僕は、雷梛 の事件以来、常備するようになった魔除けの龍目のお札を、門に張ってから飛び降り、先を走る八咫を追いかけました。
なんとか世檀 さんに追いつき、静まり返った住宅街を一緒に歩いていると、何やら物音が聞こえてきました。それは悲鳴でも、呻き声でもなく、意外な事に楽しそうな歌声。
訳も分からず進むと、大きな焚き火が見え、その周りでは貴族達が楽しそうに歌って踊ってます。どういう事?火祭り?非常事態じゃないんですか?
状況を全く飲み込めていない八咫 と僕が、呆気に取られていると、僕らに気づいた貴族達が、不気味な笑顔で僕らの手を取り、輪の中へ引っ張っていき、焚き火の中を潜るように促します。
「これは“断罪の炎“。
罪深き者には灼熱の熱さとなるが、罪無き者には何とも無い。」
「大丈夫よ。私達、み〜んな潜ったから。ほら、服すら燃えていない。」
「今日からここは、“断罪の炎“を潜れた善人しか住めない街となったのだ。」
「さあ、君達も潜りなさい。」
うわぁ……そんな炎、明らかに怪異現象でしょ。怪しい宗教の勧誘ですか?
どうしようと思い、世檀 さんを探すと、アレ?!いらっしゃいま……せん!
キョロキョロして探すと、なんと僕らを置き去りにして、遥か遠くへ。ちょっと!!
皆さんに、さあさあと強引に手を引かれ、押し出され、焚き火の近くへ連れて行かれ、火の中を見てギョッ!
なんと、焚き火の中には沢山の御遺体の山が……。
『わぁぁっ!!』
「可哀想に。驚いてしまったのね。」
「なんて心優しき少年だ。罪人の死さえも悔やむとは!」
「気にする事はないんだよ。彼らは罪人だからね。」
「そうそう」と、貴族達が、貼り付けたような不気味な笑顔で頷きました。
気にする事はない?って善人とやらが仰るセリフでしょうか?
それより、やはりこの炎は普通ではない様です。御遺体は炎の中なのに、全く煙が立っていませんし、焼ける臭いもしません。そもそも焼けていない様な……。
たじろいでいると、つんざく様な叫びが何処からか聞こえてきました。
何事だろうと辺りを見回していると、曲がり角から、泣き叫び暴れる僕と同じ歳ぐらいの少女と、中年の女性を担いだ集団が笑顔で現れました。
「助けてぇ〜!私は、公爵よぉぉ!!こんな事をしていいと思っているの?死罪よ死罪!」
「せめて娘だけは助けて!お願いぃぃ!」
他の人達もその集団に気づくと、一斉にそちらを向き、盛大な拍手と不気味な笑顔で、その嫌がる母娘を迎え始めたのです。
嫌な予感しかしないっと思っていると、案の定、その母娘は、燃え盛る焚き火の中へ放り込まれてしまいました。
母親は、直ぐに娘を庇うように抱きしめ、焚き火から出ようと、御遺体の山の中でもがきますが、一炎が一部が蛇の様に変形して母娘の体を縛って放しません。
やはりあの炎は怪異の類のようです。となれば迂闊に飛び込んで助ける訳にはいきません。
どうしようかと焦っていると、先程まで泣き叫んでいた娘の方が、庇う様に抱きしめていた母親を突き飛ばし、御遺体を忌々しそうに踏んづけながら、蛇の様な炎に邪魔される事もなく、焚き火の中から出てきたのです。皆んなと同じ、不気味な笑顔で。
「おめでとう!!」
「ようこそ!!新たな民よ!!!」
「素晴らしい!!」
皆、大拍手で、炎から生還した娘を、盛大に褒め称えました。
娘も、さっきのような傲慢な態度とは打って変わり、「ありがとうございます」と喜びの涙を浮かべて感謝を言い、皆んなの輪の中に加わると、皆んなと一緒に歌い踊り始めました。母親は、焚火の中で倒れ、動かなくなってしまったというのに。
もしかしたら、“断罪の炎“とやらを潜ったせいで、皆さんおかしくなってしまったのでしょうか?
「さあ、今度は坊や達の番よ。彼女を見たでしょ?
坊や達の様な平民でも、“断罪の炎“を潜れば、私達の様な聖人になれるわ。
さあ!さあ!」
さあ!さあ!と僕らの横にいた美女が、八咫と僕の腕を組み、豊かな胸を押し付けながら焚き火の方へ連れて行こうとしました。
あの炎の中はマズイです。正気を失ってしまうかもしれません。それに聖人になれる?最後まで娘を気遣った母親の方が死んで、傲慢そうな娘の方が助かったなんておかしいです。まぁ……娘思いだから罪を犯していないとは言い切れませんが。
ですが、どうやって断ったらいいのか……。振り払うにしても美女の胸に腕が当たってしまいそうです。……もう当たってますが。
セクハラにならない様に振り切るには、どうしたらいいのだろう?っと考えていると、僕の顔に、鉄臭い生暖かい液体がビシャっとかかりました。
八咫と僕の腕を組んで歩いていた美女が、僕の方に、ゆっくりともたれかかり、崩れ落ちると、グタッとうつ伏せに倒れてしまいました。
え?え?!と美女を見下ろすと、美しい顔も色っぽい服も血だらけです。
人の気配と殺気を感じ、恐る恐る背後を振り返ると、血に濡れた高価そうな金と宝石が散りばめられたペーパーナイフを持った清楚な顔立ちの20代前後の貴族女性が、物凄い形相で立っていました。
「何が聖人よ!私の夫を寝取った売女がぁぁぁぁ!!!」
僕らは唖然としてしまいました。
周囲の人達も、笑みは絶やしていませんが、唖然と立ち尽くしています。
「……私の罪は、“断罪の炎“に……よって……消えた。」
刺された美女が、血を吐きながら弱々しく答えました。
その発言に挑発されたのか、清楚系女子は、ナイフを振り上げ、何度も何度も狂った様に美女を刺しだしました。
八咫も僕も、清楚系女子を止めようとしますが、彼女の動きはメチャクチャで予想ができず、ナイフを取り上げるどころか、押さえつける事すら出来ません。
「消えたぁぁぁ?!私は許してない!!何が“断罪の炎“よ!!貴方の罪が消えるのは、被害者の私が許した時だけっ!!!ふざけないで!!!!」
ごもっともです。
皆が唖然としている中、20代半ばのイケメン貴族紳士が前に出て、貼り付けたような笑顔で皆んなに言いました。
「非常に難しい問題です。とりあえず、お二人とも“断罪の炎“に裁きを下して頂きましょう。そして、元凶でもある婚約者の男性も探し出し、“断罪の炎“で裁いてもらうのです!」
「それがいい」などと人々は不気味な笑顔で賛同し、盛大な拍手をし始めました。
賛同した人達は、血で汚れる事も、清楚系女子にナイフで切付けられる事すらもいとわず、瀕死状態の美女と、怒り狂ってる清楚系女子を焚き火の中に放り込んでしまいました。無茶苦茶過ぎます!
それが済むと、皆、“婚約者“さんを探しに、笑顔でバタバタと走り去ってしまいました。まるで宝探しにでも行くかの様に。
瀕死状態だった美女は、放り込まれた勢いなのか、炎の意志なのか、もう……死んでいるからなのか、ゴロゴロと御遺体の山から転がり落ち、焚き火の外へ。
清楚系女子は、殺人を犯してしまったからなのか、未だ炎の中。
キョロキョロしている八咫 の腕を、僕はグイッと引っ張りました。
『八咫!今の内に逃げましょう。』
ですが、八咫は僕を見ただけで、動こうとはしません。どうしたのでしょう?
「なぁ。なんでこの辺には霊が一人もいないんだ?」
『え?』
「普通さ、こんだけたくさん死んでたら、霊が何人かいるはずだろ?まして、無理やりこん中に放り込まれたんだぜ?全員が全員、なんの未練もなくあっさり成仏しただなんてありえねぇだろ?」
僕はハッとし、辺りを見回しましたが、八咫が指摘する通り、霊が全く視当たりません。
先程からヤケに大人しいと思っていたら、そのような事を考えてたのですね。いつもの八咫なら、美女に腕を絡まれた時点で、「やめろ!」とか言って、容赦なく腕を払いそうでしたのに。
『……それも、そうですね。』
「死んだオバサンも、この乳がデカい姉ちゃんも、死んだ時、魂も霊も視えなかった。」
『……もしかすると、あの“断罪の炎“とやらが、魂を食べてしまったって事でしょうか?』
「俺も、そう思った。多分、この炎は、怪異なんだよ。」
『飛天は魂を喰らう生物ですから。そうかもしれませんね。』
そんな事を話し合っていると、なんと清楚系女子が、炎の中で起き上がり、ゆっくりと御遺体の山を歩きながら焚き火から出てきたのです。
『嘘?!』
「殺人を犯したんだぞ?」
僕らは驚き、思わず後退りました。なぜなら、その清楚系女子が、さっきまでの鬼の形相とは打って変わって、他の人達のような貼り付けたような不気味な笑顔になり、僕らに歩み寄ったからです。
「私の罪は浄化されました。さあ、あなた方もこの中へ。」
僕らは一目散に駆け出しました。
「おかしいだろ?人を殺しておいて、罪が浄化された?死んだオバサンは、一人以上の殺した殺人鬼だったって事かよ?」
貴族の中には、簡単に平民を殺す方はいますが、それは極々一部。殆どの貴族は、平民を忌み嫌っても殺人までは起こしません。
とはいえ、まともで、保護して欲しそうな住人は、もうここにはいらっしゃらなさそうです。
僕らは、世檀 さんを探す事にしました。
…………が、当然と言うべきかやはりと言うか、どこにもいません。
「あいつ、班長のくせに、俺達をマジで置いていきやがった!」
『……仕方ありませんよ。“離れるな“って唯一の指示に従わなかった僕らが悪いのですから……。』
本心は八咫 と同意見でしたが、火に油を注ぐわけにもいかないので、そう言うしかありません。
状況が分からない今、二人で仲良く頭に血を上らせるのは非常に危険です。
「くそっ!目的地は大聖堂だったな。俺らだけで向かうぞ。」
『そうですね。元から班長なんて居なかったと思えばいいんです。』
「だな。居ると思うからムカつくんだ。」
街中を走っていると、途中、いくつも“断罪の炎“の焚き火を見かけました。おそらく各地で同じような事をやっているのでしょう。
もう関わりたくないので、焚き火を避けながら大聖堂へと向かいますが、迂回を繰り返している内に表通りから離れてしまい……すっかり迷子。
貴族街は、何度か任務で来た事はありますが、この地区には来た事がありません。
おまけに、夜中で暗く、塀が高い住宅街な為、どこも似たり寄ったりに見えます。
何度も何度も同じような場所に出てしまったり、大通りに出るどころか、どんどん道が細くなったり、行き止まりだったりと正に迷路。
まさか、二人揃って方向音痴だったとは……。仲良しにも程があります。
ウロウロしていると、子供の泣き声がどこからか聞こえてきました。
「老婆や!老婆や!老婆やどこへ行ったの?」
声がする方へ行ってみると、5、6歳ぐらいの少年が一人で、通りを泣きながら歩いているではありませんか。
早速僕らは、少年に近づき、声をかけてみました。
「おい、どうしたんだ?迷子か?」
迷子の八咫が、しゃがみ、目線を少年の高さに合わせて訊ねました。
「違うよ。僕の家はここだよ。」
少年は、背後の大きなお屋敷を指でさしました。
「突然、老婆やも、使用人達も、皆んな居なくなっちゃったんだ。父様と母様は、お仕事で居ないし……。お隣さんも居ないし……。」
おそらく、大人達は皆んな、“断罪の炎“の所へ行ってしまったのかもしれません。となると、迂闊に老婆やさん達を探しに行くのは危険な気がします。
「お兄さん達は迷子でしょ?ずーっとウロウロしてるよね?」
バレてましたか……。
『僕らは大聖堂へ行きたいんです。』
「大聖堂なら知ってるよ。父様と母様は、祈祷師なんだ。」
少年の顔が、パーっと明るくなりました。
「じゃあ、大聖堂へ連れてってくれるか?お前も親に会えるから、一石二鳥だろ?」
「うん!」
『八咫!ここが祈祷師のお屋敷なら、きっと結界が張ってあるでしょうし、連れ出すより、家の中の方が安全なのではありませんか?
それに、何かあった時、僕らだけで守り切れるか……。』
「けどさ、こうして屋敷から出てきちまってんじゃ、結界の意味ねぇじゃん。
それに、こんな事態だ。親だって今日は帰ってこれねぇんじゃねぇの?」
『……そう……ですね。』
今の所は、“断罪の炎“がある所さえ避ければ、危険はなさそうですからね。
「俺は、八咫 。こいつはミツチ。お前は?」
「僕は、千禽 だよ。宜しくね。」
『あ、こちらこそ宜しくお願いします。』
千禽 君のおかげで、僕らはあっさり南西門から伸びる表通りに出る事ができ、大聖堂まで続く大通りにも、ものの5分で辿り着きました。
「嘘だろ?こんなにあっさり……。」
八咫が、愕然としました。同意見です。
『迷っていた時間と労力を考えると、呪いでもかかってたんじゃないかと疑いたくなりますね。』
「僕と出会えて良かったね。」
ニッコリと千禽 君が、可愛らしく微笑みました。
「本当だな。ありがとうな千禽 。」
『ありがとうございます。』
とはいえ、安心するのはマダでした。
大通りにも“断罪の炎“による焚き火があちこちに点在しており、その規模は、住宅街にあったような焚火の何倍もの大きさ。そして、周囲で歌い踊っている人の数も凄い数でした。
こんな数の人達に、気付かれでもしたら逃げきれません。それに、沢山の遺体が燃やされてる焚き火なんて、幼いお子さんに見せられません。絶対にトラウマになってしまいます。
八咫もそう思ったようで、僕に目で合図を送ってきました。大聖堂まで走った方がいいと思いと。
『千禽 君。僕がおぶるから乗って。』
僕は、そう言いながらかがみました。が……。
「えっと……。僕、八咫お兄さんの方が力ありそうだから、そっちにおぶってもらうよ。でも、気を使ってくれてありがとう。」
『……どういたしまし…て。』
「ミツチ。100年後に出直して来い!」
八咫が、ドヤ顔で千禽 君を、軽々とおんぶして見せてくれました。
「じゃあ、一気に走って抜けるぞ!」
僕らは一気に走り出しました。大聖堂までおよそ1km。日頃山道を走り込んでいる僕らにとって、平地でキチンと舗装されている道路を走るのは容易い事。3分もかからず着くはず!
途中、何度も何度も、焚火の中に入るよう誘われましたが、無視をし、避けながら走り続けました。ですが、宗教勧誘はしつこく、「さぁ!さぁ!」っと悪夢のように追ってきます。
しかも、その数はどんどん増えてゆき、パタパタという背後からの足音が、バタバタバタ、ドタドタドタドタ、ドドドドドドドド!!!!
怖いんですけど?!
人混みの中を走っていると、いくつか黒い物体が、道路に転がっているのが視界に入りました。その数は、大聖堂に近づけば近づく程増えていくので、ただでさえ人混みの中を走るのは困難なのに、障害物まで……。
「人だ!人が寝てるよ!」
千禽 君が、八咫におぶされながら叫びました。
……寝てる?
街頭に照らされた物体を凝視すると、それは御遺体でした。
何故?御遺体は焚火の中だけではないのでしょうか?それとも、道路に転がっている御遺体は、別の形でお亡くなりになったのでしょうか?清楚系女子に殺された女性の様に.
驚きのあまり、思わず足を止めてしまいそうになりました。
「止まるなミツチ!!」
八咫が怒鳴り、背後の方を青ざめた顔で見ています。
つられて、背後を見ると、予想以上の物凄い数の人達が、「断罪の炎で浄化されろ!」「罪がないと証明しろ!」っと叫び、不気味な笑顔を浮かべながら追っかけて来ています。追いかけられているのは気づいていましたが、まさかこれ程とは。
「八咫お兄さん、一度、あの焚き火に入っちゃおうよ。そうすれば、あの人達はもう追ってこないよ。お兄さん達、何も悪い事はしてないんでしょ?」
千禽 君はそう言うと、大聖堂の真ん前にある、今まで見た中で一番大きな焚き火を指さしました。
そうかもしれませんが、あの中に入るのは、もっと危険です。
そんな中、その大聖堂前の焚き火の周囲で歌って踊っていた人達が、僕らに気づいてしまったようで、一斉にこちらを向きました。不気味な笑顔もセットで。
『どうします?八咫!』
「どうするって。目的地は大聖堂だし……。脇道は引き返すしかねぇし……。商店街だから……。」
「だから、お兄さん達が、あの焚き火の中に入れば大丈夫でしょ?なんでダメなの?」
「千禽 。あの火は危険なんだって!アイツらの様におかしくなるんだって!」
「どこが?皆んな笑顔で、前よりずっと良いと思うけど?」
小さい子には、あの笑顔が自然に見えるのでしょうか?
「こうなったら、二人一緒に風練術をブッ放して、人垣を蹴散らしてやろうぜ。」
『えぇ!!それ……大丈夫なんですか?もし怪我人が出たり、ましてや誰かお亡くなりになってしまったら……。』
「直ぐそこに大聖堂があるんだ。怪我人が出たら祈祷師達が治してくれるさ。っていうか、俺たち程度の術じゃ、死なねぇよ。
それにさ、よく見ろ。大聖堂の周りにだけ誰もいない。結界が張られてるんだ。
アイツらを引き連れてたら、結界を解除してもらえんだろ?」
『……そうでしょうが……。』
背後にも、前方にも、沢山の群衆。しかも、若い人達ばかり。挟まれたら捕まって、問答無用で焚き火に投げ込まれてしまうでしょう。
「いいか、1、2、3の3でブッ放すぞ!」
『分かりました。』
「イチ!」
僕ら二人は、走っていた足を止め。八咫は前方に向き、僕は後方へ向き直りました。
「ニイ!」
両足を肩幅に開き、踏ん張ると、風練術の呪文を頭の中で唱え始め。
「サン!」
八咫と僕の両手から、踏ん張るのがやっとな程の強力な風圧が出、周囲の人垣を吹っ飛ばす事に成功しました。しかも、八咫は、大聖堂前の焚き火の“断罪の炎“まで吹き飛ばしてしまいました。
心の中で、ガッツポーズをし、再び一気に駆け出しました。大聖堂めがけて。その距離はわずか300m。1分もかからず辿り着けるはず!
……でした。
焚き火の御遺体達が、むくりと起き出し、こちらに向かってきたのです。一瞬、本当はお亡くなりになられていなかったのでは?っとも思いましたが、お顔の色は、牛乳の方がまだ生き生きして見える程、青白く、目などは白目が無く、真っ黒。唇も、ずっと海水浴してた人の様に、紫色で、とても先ほどまで焼かれていた人の唇の色とは思えません。そして、吸血鬼のような牙まで。それに爪!長過ぎますし、厚みが、猛獣のよう。おまけに、背中から、棘のような立て髪というか、立て棘のようなものまでと生えてます。
確か、この怪異の名は“屍人憑“。
「罪人を断罪しろ!罪人を断罪しろ!」
屍人憑達は、ゆっくりと僕らに近づきながら、人の声とは思えないような悍ましい響く声で僕らを罵りました。
予想外の出来事に、僕らは声を失ってしまい、立ち尽くしてしまいました。頭の中は真っ白で、?が駆け巡るばかり。
「ミツチ。アイツら貴族様でも人間でもねぇ!屍人憑だ!!術でやるぞ!」
『やるって……。屍人憑ですよ。戦った事なんかないでしょ?』
八咫は、僕の意見も聞かず、火練術を唱え、屍人憑に撃ちました。
屍人憑は、一瞬よろけたものの、ダメージを受けた感じは全くありません。それどころか、体がみるみる大きくなり、高さも横も2倍の大きさに。
八咫が、また火練術を撃とうとするので、僕は慌てて止めました。
『ダメです。法術を撃てば撃つほど、屍人憑は強化していくみたいです。』
「じゃあどうすんだよ。大聖堂は、アイツらの直ぐ後ろなんだぜ?」
八咫はそう怒鳴りながら、背後でまだ倒れている方々を警戒しました。
「八咫お兄さん、ミツチお兄さん!アソコに登って!」
千禽 君が、すぐ側の閉店している大きな2階建ての洋品店の屋根を指しました。
「あんな所に逃げたって、屍人憑に直ぐ追いつかれる。餌食になるだけだろ?」
「いいから早く!」
千禽 君に急かされた僕らは、洋品店の屋根の上に飛び登りました。
八咫の予想通り、巨大化した屍人憑達は、僕らを捕らえようと、いとも簡単に屋根の上に飛び乗り、追いかけてきます。
屍人憑化した御遺体の動きは、見た目の期待通り、人間離れした速さと威力。拳一つで、高価そうな瓦が砕け、屋根に穴が開く程。それが、数えられない程の数で四方から攻撃してくるのです。おまけに、殴ったり蹴ったりした時に砕けた瓦などの破片が、盛大に飛んでくるので、攻撃をなんとか交わせても、その破片が僕らの皮膚を切り裂き、身体に勢いよくぶつかってくる為、体力だけがどんどん削られていきます。
しかも、この急斜面な屋根。不安定ですし、逃げて転がる度に、何度も足を滑らせ、落ちそうになります。なぜ幼い子の提案に乗ってしまったのか、後悔ばかりです。
今からでも、地上に降りた方がいいのでは?そう思い、下を見ましたが、……もう後の祭りでした。
下では、もう屍人憑やら人間やらが、ごちゃごちゃとその下でごった返していて、僕らが落ちてくるのを待ち構えています。
八咫は、背負った千禽 君を守りながらだから、僕よりも体力の消耗が激しいみたいです。代わろうかと近づこうともしましたが、次から次へと屋根に登ってくる屍人憑達が邪魔で近づけません。
大きく立派だった洋品店の屋根は、とうとう穴だらけというか半壊状態になってしまいました。
屋根全体が傾き、崩れ落ちそうになったので、僕らは隣の立派で洒落た宝石店の屋根へ飛び移りました。その際に、何十人かの屍人憑達も屋根の崩落に巻き込まれ、落ちていくのが見えましたが、無事に宝石店の屋根へ飛び移れた屍人憑も多く、先回しをしていた屍人憑もいて、息を整える暇も、八咫に代わって千禽 君をおぶる暇もありません。
術も使えない、かといって格闘技で勝てるとも思えない。逃げるしかないのでしょうか?!
逃げ回っている内に、立派だった宝石店も半壊状態になってしまったので、申し訳ないと思いつつ、隣の靴屋、洋品店、時計屋と屋根を飛び移りながら大聖堂に近づきました。
やがて、最後の一軒、3階建ての百貨店の屋根に飛び移った時、不思議な事が起こりました。
「え?なんで?!」
『どういう事でしょう?』
なんと、人間の群衆が、隣の時計屋の屋根や、百貨店の屋根まで登ってきていて、屍人憑達を襲っているではありませんか。
「店を壊した!」
「強盗だ!」
「大罪だ!」
“断罪の炎“を潜った所為で、正義中毒にされてしまったからなのでしょう。人々は、自分達の倍の大きさの屍人憑に勇猛果敢に挑み、薙ぎ払われようが、蹴り飛ばされようが、噛まれようが、怯む事なく次々と屍人達に、ナイフやら、剣やら、銃などを使って攻撃し続けました。
しばらくすると、人々にヤラれた屍人憑が、一人、二人と次々と屋根から転げ落ち始め、地上に落下。
落下した屍人憑は、“断罪の炎“がある焚き火に入れられるのかと思いきや、下で待ち構えていた正義中毒で興奮状態の人々に殴る蹴るの暴行を加えられ、最後にはピクリとも動かなくなってしまいました。
そして、驚いた事に、動かなくなってしまった屍人憑は、普通の人間の姿に戻ったのです。御遺体ですけど。
ですが、どうして?法術で攻撃すれば巨大化してしまうのに、なぜ、普通の武器なんかで討つ事ができたのでしょう?
「仕方ないよね。人の物を壊すのは、悪い事なんだもん。」
千禽 君が無邪気そうな笑顔で、絶句している僕らを見上げました。
その無邪気そうな目は、正義中毒の人達の張り付いたような笑顔よりも恐ろしく、僕らは腹の底から震えるのを感じました。
「まさか、お前、こうなる事が分かってて、屋根に登れって……?」
八咫の質問に、千禽 君はパチパチと瞬きをしました。
「そうだよ。いい作戦だったでしょ?人間達は、悪い人を許せないだから、お兄さん達よりも、悪人退治を優先するって思ったんだ。それに、あの妖怪達は、もともと罪人だしね。退治されて当然だよ。」
なんて恐ろしい事を……。こんな幼い子が、そんな事を思いつくなんて。
「いい作戦って、沢山の人が怪我して、沢山の人が死んじまったんだぞ!?」
「でも、お兄さん達だって、術を使ったじゃないか。その時、誰も怪我しなかったって言える?
そもそも、さっさと“断罪の炎“を潜っておけば、こんな事にはならなかったし、死んじゃった人も、屍人憑になんかならずに済んだでしょ?」
千禽 君は、オモチャを壊した友達にお説教でもするかのような軽い口調でしたが、その意味は恐ろしく、僕らを黙らせるには十分でした。
「それより!大聖堂の結界を早く解除しないと!お兄さん達が追われている事に、変わりないんだから。」
絶句している僕らを、千禽 君が急かしました。
そうです。早く大聖堂の中に入らなければ!
八咫が言っていた通り、大聖堂全体には、結界が張られており、怪異はもちろん、肉体を持つ人間や動物、虫一匹すら入れなくなっています。
とはいえ、僕らが言っている結界解除は、全体の結界の解除をするわけではありません。
こう言う場合、一部だけ解除できるよう、暗号を……。
『八咫!大変です。』
「なんだよ?」
『暗号……聞いてません。』
「はぁ?!」
焦っていると、背後に人影を感じました。追手かと思い、風練術の構えをし、呪文を唱えながら振り返ると、そこには……。
「『世檀 さん!?』」
呆れた様な顔で世檀 さんは、僕らをジロリと無言で見てから、大聖堂の結界に触れました。
ジジッ……っと小さい音がしてから、目の前の空間が波打つように揺れ始め、扉ぐらいの大きさまで広がりました。おそらくそこから中に入れるという事でしょう。……って、ここ3階なんですけど?飛び降りろと?流石に大怪我します。
僕らの方を振り返ると世檀 さんは、細い顎をクイっと動かし、僕らに入るよう促しました。
クッションになりそうな木や、植え込みがないか探しましたが、ちょっと遠そうです。
躊躇していると、世檀 さんの溜息が聞こえてきました。
「アホ。鉤縄を使え。」
『あぁ……。』
僕らは鞄から鉤縄を取り出し、大聖堂の正面玄関近くに建っている、街灯に引っ掛けました。
先に千禽 君を背負った八咫が入ろうとした時、世檀 さんは、千禽 君の肩をグイッと掴んで止めました。
『あっ、千禽 君は、祈祷師の方のお子さんで……。』
「アホ。こいつは飛天だ。」
一瞬、何を仰られているのか分かりませんでした。だって、もし千禽 君が飛天なら、僕は会った時点で、たまヒュンして気づく筈です。それに、僕の名はアホではありません!まぁ、アホなのは認めますけど……。
「あ〜あ。バレちゃったか。あと一歩で入れると思ったのに。」
なんと!可愛らしかった千禽 君の口調が、ヤサグレた大人の口調に!
八咫も僕もポカンです。
でも今思えば、怪しい点はいくつかありました。人狼から逃れる為に立てた作戦とか、まぁ疑い出したらキリがありませんが。
色々思い返し後悔と反省をしていると、世檀 さんの背後の風景が、グルンっと歪み、その中から2本の角を生やした真っ黒な馬、闇を司る二角獣が現れ、次の瞬間、千禽 君の首と肩を噛みちぎってしまったのです。
僕らはもちろん、あまりにも一瞬のでき事で、千禽 君も油断していたのか、「えっ?!」っとした顔をしたまま、頭が宙を飛び、球のように百貨店の屋根の上で弾んで転がり、そのまま落ちずに雨樋に引っかかりました。
頭を失った体は、飛んでいった頭を探す様なそぶりをしていましたが、二角獣に噛みつかれ、あっという間に全部食べられてしまいました。……わぁぁ…… 。
「まぁいいさ。我々は肉体を持たぬ生命体。いくらでも復活できるし、聖母は力を取り戻したしな。」
頭だけの千禽 君は不気味にヒヒヒっと、無表情の世檀 さんを見上げながら笑いました。
「バカか。二角獣に喰われた魂は、永遠に奴の奴隷だ。飛天だろうが例外じゃない。」
「はぁ?何を……」
千禽 君がそう言い終わる前に、二角獣は風のように翻すと、千禽 君の頭を蹴り上げ、丸呑みしてしまいました。
あっけないボス戦に、八咫も僕もポカン状態で、世檀 さんが、僕らの前を通り過ぎ、鉤縄を使って大聖堂の正面玄関に降り立ってしまっても、何が起きたのか理解できず、身動きすら出来ませんでした。
だって、普通、飛天討伐なんて、特級妖術士が数人で戦って、やっと倒せるか封印できるかどうかの類ですよ?!
あんな一方的に瞬殺で退治できる訳がありません。特級妖術士だったお師匠さんですら、大物妖怪の水大蛇に苦戦してたんですよ?!それを、万年下級の世檀 さんが一瞬で?
それに、二角獣は中級妖怪です。特別強いって類の妖怪ではないですし、飛天なんかに敵うレベルではないはず。まぁ飛天は聖属性と言われてますから、闇属性の二角獣とは相性が悪いかも知れませんが、それでも圧倒的なレベルの差がある筈です。
飛天の中にも、中級妖怪に負けてしまうほど弱い飛天がいるって事でしょうか?
ですが、妖力や邪気を隠せる怪異ほど、力は強いと言われていますし……、そもそも、どうやって千禽 君が飛天だと、一瞬で見破れたのでしょう?
世檀 さん……、あなたは何者?
大貴族
というのも、通常班長は、移動中に任務の詳細や、作戦などを説明するのに、僕らの新しい班長
因みに各班ごとに馬車で移動しているのは、術に使う道具を運ぶのはもちろんですが、後に怪我人などを運ぶ事を想定してでもあります。
「ったく、やってらんねぇよな。何が起きてるのかも、何をするのかも分からねぇ。おまけに班長は、俺らをシカト。
もしかして、小鳥の様に可愛らしい声だから、恥ずかしくて喋れないのかな〜?」
僕と荷台に座っている
まぁ、こんな安い挑発に乗るほど単純な人ら、今頃ペラペラお喋りをしてるはずですね。
お兄さんの
『
それは、
…………………………やはり無視かと思いきや、
「俺から離れるな。」
ボソっとですが、
「喋った!ミツチ、聞いたか?
まさかのイケボとは、ムカつく!」
それは別にいいと思いますが……。
っというか、“離れるな“が作戦なんて、まるで子供達を買い物に連れて行く保護者のセリフ。良い子にしてたら、おやつでも買ってくれるのでしょうか?
太陽がすっかり落ちた頃、カラス門戸一行は、ようやく王都の城郭正門に辿り着きました。
一番外側の平民市街地に入ると、驚いた事に、住人達は普通に過ごしていて、大通り沿いには露店が立ち並び、酔っ払い達が楽しそうに歌ったり、はしゃいだり、喧嘩したりしています。それに、焼き鳥の香ばしい匂いが……。
「なあ、ミツチ。変じゃねぇか?飛天が襲ってきたんじゃねぇのかよ?」
『ええ、僕もそれを思ってました。現れたのは、貴族市街地だけという事でしょうか?』
「だとしても変じゃね?貴族達が逃げて来る様子もねぇし。」
『です……ねぇ……。』
緩やかな石畳の坂道を登り、宿場街へ出ると、高い防壁に囲まれた貴族市街地が見えてきました。王都の貴族市街地は、地方の大きな町ほどもある広さで、中央には祈祷師教会の総本山である大聖堂と王城があります。
馬車に揺られながら貴族市街地の方を見ていると、
「ミツチあれ!空が真っ赤だ。」
『火事……ですかね?』
「だとしたら、余計変じゃね?火事なら平民街の奴らだって気づきそうだろ?」
っとも思いましたが、他の人達も、普通に歩いてます。
『そうですね……。』
「それにさ、焦げる煙の臭いもしねぇ。普通の人はに視えてねぇのかな?」
『なるほど……。普通の火事なら黒い煙も見えるはずですしね。空が赤いのは、怪異のよる現象だって事でしょうか?』
一方その頃、列の一番先頭を走っていた
「詳細は祈祷師教会から直接聞かないと分からないが、数刻前、飛天らが突然現れたらしい。
今、王都にいる祈祷師達は下っ端ばかりで、指揮が出せる様な上層部は全員任務の為に不在。戻るのは、早くても明日。
そんな訳で、我々妖術士に救援要請が来たわけだ。」
よく日焼けした壮健な上級妖術士の
「師匠。飛天の人数はどれぐらいなんですか?後、飛天達の目的はなんですか?」
「いずれも不明だ。」
「つまり……何もって事でしょうか?」
中級妖術士の
「おそらく、祈祷師教会は、情報を出し渋っているんだろう。
祈祷師教会最高権力者のお膝元、王都貴族市街地で事件が起きただけでも不名誉極まりないのに、平民集団である妖術士になんかの手を借りなければならない事態だ。恥辱とでも思ってんだろうな。
よって祈祷師教会からの指示は、住民の保護のみ。注意事項としては、絶対に戦闘はしてはいけないと言う事。」
「それは、私達平民が、戦闘の際に貴族を怪我させてしまうと、後々訴えられてしまうから?又は、招き入れてしまった祈祷師教会の責任となってしまうからでしょうか?」
「そうかもしれないな。まぁ、どちらにしろ飛天の集団と戦闘なんて無理な話だ。しなくていいと言ってくれてるのだから、有り難く受け取っておこう。」
「あの……
事件じゃなく、貴族達に天罰が降ったってだけの話ですよね?なぜ、僕らが、神の以降に逆らって助けなきゃならないんです?」
「あぁすまん。会議の内容を、見習いのお前達にはまだ説明していなかったな。」
悪鬼は今まで、飛天が闇堕ちした存在だと知られてきたが、実はそれは人間が勝手に思い込んでいただけで、悪鬼も飛天も同じだという事などなど。
「じゃあ、飛天は天の使いでも何でもないただの生物で、僕ら人間と同じ様に、良い人もいれば悪い人もいたり、怒ったり恨んだり……普通の感情を持っている。
で、今貴族市街地にいる飛天達は、貴族達に激怒してる奴らって事ですか?」
「そういう事らしい。だから、飛天様だ!って祈ったりするなよ。祈ってる間に殺されるかもしれないからな。
とにかく作戦は、各班ごとに各門から央広場にある祈祷師教会の大聖堂を目指し、救助できる人々を保護しつつ、大聖堂へ誘導する事。」
「けど、分からないわ。
保護だけなのに、なんで全国の妖術士を集める必要があるの?保護だけなら、祈祷師教会だけでやればいいのに。そもそも御貴族様は、あたしら平民なんかに保護されたいかしら?『イヤ〜ん触らないで〜近づかないで〜』って逃げられると思うんだけど?」
「分からん。まぁ、逃げるなら、羊飼いになったつもりで、大聖堂まで追い回してやればいい。楽しそうだろ?」
その
「それと
「あ〜、私に起こる不幸度で、未来に起こるであろう大事件を占うアレですね。
けど、今の所、何も起きてないし、大丈夫なんじゃないですか?」
「だといいがな。」
「それより、ミツチ達の方が心配だわ。」
「なんで?」
「知らないの?
だから、あの人だけはいつも無傷で、仲間はボロボロ。
仲間の事、自分を守る為の道具としか思ってないから、妖術士総本山の精鋭部隊から外されちゃったんだって。」
「コラ!それは、あくまで噂でしょ。自分で見た訳でもないのに、人にペラペラいうんじゃありません!」
真面目な顔で
「だって〜……。この間、町で会った総本山の子達が言ってたんです。注意した方がいいって〜……。」
不安と緊張を乗せた妖術士カラス門戸の一行は、何事かと好奇な目で見つめる平民市街地の人達の視線を集めつつ、貴族市街地の正門前の跳ね橋に辿り着きました。
そこは、以前
通常なら固く閉じられた門の前には、沢山の兵が立ち並び、貴族市街地を囲む高い防壁の上にも松明を持った兵が巡回し、平民が入ってこれないよう目を光らせているはず。なのに、今日は人っ子一人どころか、松明の明かりすら見当たりません。
あと気になるのは、跳ね橋です。日暮と共に、跳ね橋は上げられてしまうのですが、カラス門戸に連絡が来たのは昼間。
事件が起きたから跳ね橋を上げたのか、それとも住民が逃げられない様に飛天が上げたのか……。一体、この塀の中では何が起きているのでしょう?
跳ね橋が上がったままなのと、門がしっかり閉じられているので、皆んなが見守る中、治療担当の
「中には誰もいませんね。番犬も。
荒れた様子もない事から、都市封鎖をしたとも思えませんし、住民達が脱出したとも思えません。
ただ……これを見て下さい。」
「犬の縄……か?食いちぎって逃げたようだな。」
「動物は、怪異に敏感ですからね。事が起こる前に逃げたのかもしれません。」
一行は、しばらく
つまり、この任務は、大した事にはならないと保証されたのです。
「では、計画通り、正門からは上級妖術士
北門は、特級妖術士
南門、上級妖術士
西門、上級妖術士
南西門に
そして東門からは、私、
我々の任務は、民の保護をし、中央広場にある大聖堂に連れて行く事。戦闘は一切許可されていない。
また、
未だ何が起きてるのかは不明ですが、大聖堂が目的地だという事は分かりました。
僕らは、馬車で貴族市街地の門の中では一番小規模の、住宅街に通じる南西門へ向かいました。
門はやはり閉じられ、跳ね橋も上がったまま。衛兵も番犬もいません。
無言で
あまりにも優雅で曲芸の様な動作に、うっかり八咫と僕は見惚れ、「スッゲ〜」『凄い』と声をあげてしまいました。悔しいですが、天才と謳われただけはあります。
僕も!……と感化されたものの、跳ね橋を一回で飛び越えるのに精一杯で、門までは全然足りませんでした。
八咫も感化された様で、鉤縄を一番高い場所にひっかけ、いつもよりも助走を長めにつけ、豪快にジャンプ!!!
八咫の体が高く宙を舞い、堀を飛び越え、そのまま門を飛び越え………………ガンッ!!!!!
後もう少しでしたが、門の天辺の角に思い切り頭突きをし、「フゲッ!」っという情けない声をあげて落下し、勢い余って堀にも落下。ドッボーン!!!!!!
……笑でも取りに行ったのかな?堀の底で見つかるといいですね。
馬車の中で、予備の服に着替えている八咫を尻目に、僕は門をえっちらおっちらとよじ登り、天辺を跨いだ……ブルッ!
突然、悪寒が全身に走りました。これは
「おい!ミツチ早くしろよ。アイツ行っちまったぞ!」
いつの間に追いつかれたのでしょう?着替え終わった八咫が、僕の横で怒鳴りました。
『あ、はい。』
僕は、
なんとか
訳も分からず進むと、大きな焚き火が見え、その周りでは貴族達が楽しそうに歌って踊ってます。どういう事?火祭り?非常事態じゃないんですか?
状況を全く飲み込めていない
「これは“断罪の炎“。
罪深き者には灼熱の熱さとなるが、罪無き者には何とも無い。」
「大丈夫よ。私達、み〜んな潜ったから。ほら、服すら燃えていない。」
「今日からここは、“断罪の炎“を潜れた善人しか住めない街となったのだ。」
「さあ、君達も潜りなさい。」
うわぁ……そんな炎、明らかに怪異現象でしょ。怪しい宗教の勧誘ですか?
どうしようと思い、
キョロキョロして探すと、なんと僕らを置き去りにして、遥か遠くへ。ちょっと!!
皆さんに、さあさあと強引に手を引かれ、押し出され、焚き火の近くへ連れて行かれ、火の中を見てギョッ!
なんと、焚き火の中には沢山の御遺体の山が……。
『わぁぁっ!!』
「可哀想に。驚いてしまったのね。」
「なんて心優しき少年だ。罪人の死さえも悔やむとは!」
「気にする事はないんだよ。彼らは罪人だからね。」
「そうそう」と、貴族達が、貼り付けたような不気味な笑顔で頷きました。
気にする事はない?って善人とやらが仰るセリフでしょうか?
それより、やはりこの炎は普通ではない様です。御遺体は炎の中なのに、全く煙が立っていませんし、焼ける臭いもしません。そもそも焼けていない様な……。
たじろいでいると、つんざく様な叫びが何処からか聞こえてきました。
何事だろうと辺りを見回していると、曲がり角から、泣き叫び暴れる僕と同じ歳ぐらいの少女と、中年の女性を担いだ集団が笑顔で現れました。
「助けてぇ〜!私は、公爵よぉぉ!!こんな事をしていいと思っているの?死罪よ死罪!」
「せめて娘だけは助けて!お願いぃぃ!」
他の人達もその集団に気づくと、一斉にそちらを向き、盛大な拍手と不気味な笑顔で、その嫌がる母娘を迎え始めたのです。
嫌な予感しかしないっと思っていると、案の定、その母娘は、燃え盛る焚き火の中へ放り込まれてしまいました。
母親は、直ぐに娘を庇うように抱きしめ、焚き火から出ようと、御遺体の山の中でもがきますが、一炎が一部が蛇の様に変形して母娘の体を縛って放しません。
やはりあの炎は怪異の類のようです。となれば迂闊に飛び込んで助ける訳にはいきません。
どうしようかと焦っていると、先程まで泣き叫んでいた娘の方が、庇う様に抱きしめていた母親を突き飛ばし、御遺体を忌々しそうに踏んづけながら、蛇の様な炎に邪魔される事もなく、焚き火の中から出てきたのです。皆んなと同じ、不気味な笑顔で。
「おめでとう!!」
「ようこそ!!新たな民よ!!!」
「素晴らしい!!」
皆、大拍手で、炎から生還した娘を、盛大に褒め称えました。
娘も、さっきのような傲慢な態度とは打って変わり、「ありがとうございます」と喜びの涙を浮かべて感謝を言い、皆んなの輪の中に加わると、皆んなと一緒に歌い踊り始めました。母親は、焚火の中で倒れ、動かなくなってしまったというのに。
もしかしたら、“断罪の炎“とやらを潜ったせいで、皆さんおかしくなってしまったのでしょうか?
「さあ、今度は坊や達の番よ。彼女を見たでしょ?
坊や達の様な平民でも、“断罪の炎“を潜れば、私達の様な聖人になれるわ。
さあ!さあ!」
さあ!さあ!と僕らの横にいた美女が、八咫と僕の腕を組み、豊かな胸を押し付けながら焚き火の方へ連れて行こうとしました。
あの炎の中はマズイです。正気を失ってしまうかもしれません。それに聖人になれる?最後まで娘を気遣った母親の方が死んで、傲慢そうな娘の方が助かったなんておかしいです。まぁ……娘思いだから罪を犯していないとは言い切れませんが。
ですが、どうやって断ったらいいのか……。振り払うにしても美女の胸に腕が当たってしまいそうです。……もう当たってますが。
セクハラにならない様に振り切るには、どうしたらいいのだろう?っと考えていると、僕の顔に、鉄臭い生暖かい液体がビシャっとかかりました。
八咫と僕の腕を組んで歩いていた美女が、僕の方に、ゆっくりともたれかかり、崩れ落ちると、グタッとうつ伏せに倒れてしまいました。
え?え?!と美女を見下ろすと、美しい顔も色っぽい服も血だらけです。
人の気配と殺気を感じ、恐る恐る背後を振り返ると、血に濡れた高価そうな金と宝石が散りばめられたペーパーナイフを持った清楚な顔立ちの20代前後の貴族女性が、物凄い形相で立っていました。
「何が聖人よ!私の夫を寝取った売女がぁぁぁぁ!!!」
僕らは唖然としてしまいました。
周囲の人達も、笑みは絶やしていませんが、唖然と立ち尽くしています。
「……私の罪は、“断罪の炎“に……よって……消えた。」
刺された美女が、血を吐きながら弱々しく答えました。
その発言に挑発されたのか、清楚系女子は、ナイフを振り上げ、何度も何度も狂った様に美女を刺しだしました。
八咫も僕も、清楚系女子を止めようとしますが、彼女の動きはメチャクチャで予想ができず、ナイフを取り上げるどころか、押さえつける事すら出来ません。
「消えたぁぁぁ?!私は許してない!!何が“断罪の炎“よ!!貴方の罪が消えるのは、被害者の私が許した時だけっ!!!ふざけないで!!!!」
ごもっともです。
皆が唖然としている中、20代半ばのイケメン貴族紳士が前に出て、貼り付けたような笑顔で皆んなに言いました。
「非常に難しい問題です。とりあえず、お二人とも“断罪の炎“に裁きを下して頂きましょう。そして、元凶でもある婚約者の男性も探し出し、“断罪の炎“で裁いてもらうのです!」
「それがいい」などと人々は不気味な笑顔で賛同し、盛大な拍手をし始めました。
賛同した人達は、血で汚れる事も、清楚系女子にナイフで切付けられる事すらもいとわず、瀕死状態の美女と、怒り狂ってる清楚系女子を焚き火の中に放り込んでしまいました。無茶苦茶過ぎます!
それが済むと、皆、“婚約者“さんを探しに、笑顔でバタバタと走り去ってしまいました。まるで宝探しにでも行くかの様に。
瀕死状態だった美女は、放り込まれた勢いなのか、炎の意志なのか、もう……死んでいるからなのか、ゴロゴロと御遺体の山から転がり落ち、焚き火の外へ。
清楚系女子は、殺人を犯してしまったからなのか、未だ炎の中。
キョロキョロしている
『八咫!今の内に逃げましょう。』
ですが、八咫は僕を見ただけで、動こうとはしません。どうしたのでしょう?
「なぁ。なんでこの辺には霊が一人もいないんだ?」
『え?』
「普通さ、こんだけたくさん死んでたら、霊が何人かいるはずだろ?まして、無理やりこん中に放り込まれたんだぜ?全員が全員、なんの未練もなくあっさり成仏しただなんてありえねぇだろ?」
僕はハッとし、辺りを見回しましたが、八咫が指摘する通り、霊が全く視当たりません。
先程からヤケに大人しいと思っていたら、そのような事を考えてたのですね。いつもの八咫なら、美女に腕を絡まれた時点で、「やめろ!」とか言って、容赦なく腕を払いそうでしたのに。
『……それも、そうですね。』
「死んだオバサンも、この乳がデカい姉ちゃんも、死んだ時、魂も霊も視えなかった。」
『……もしかすると、あの“断罪の炎“とやらが、魂を食べてしまったって事でしょうか?』
「俺も、そう思った。多分、この炎は、怪異なんだよ。」
『飛天は魂を喰らう生物ですから。そうかもしれませんね。』
そんな事を話し合っていると、なんと清楚系女子が、炎の中で起き上がり、ゆっくりと御遺体の山を歩きながら焚き火から出てきたのです。
『嘘?!』
「殺人を犯したんだぞ?」
僕らは驚き、思わず後退りました。なぜなら、その清楚系女子が、さっきまでの鬼の形相とは打って変わって、他の人達のような貼り付けたような不気味な笑顔になり、僕らに歩み寄ったからです。
「私の罪は浄化されました。さあ、あなた方もこの中へ。」
僕らは一目散に駆け出しました。
「おかしいだろ?人を殺しておいて、罪が浄化された?死んだオバサンは、一人以上の殺した殺人鬼だったって事かよ?」
貴族の中には、簡単に平民を殺す方はいますが、それは極々一部。殆どの貴族は、平民を忌み嫌っても殺人までは起こしません。
とはいえ、まともで、保護して欲しそうな住人は、もうここにはいらっしゃらなさそうです。
僕らは、
…………が、当然と言うべきかやはりと言うか、どこにもいません。
「あいつ、班長のくせに、俺達をマジで置いていきやがった!」
『……仕方ありませんよ。“離れるな“って唯一の指示に従わなかった僕らが悪いのですから……。』
本心は
状況が分からない今、二人で仲良く頭に血を上らせるのは非常に危険です。
「くそっ!目的地は大聖堂だったな。俺らだけで向かうぞ。」
『そうですね。元から班長なんて居なかったと思えばいいんです。』
「だな。居ると思うからムカつくんだ。」
街中を走っていると、途中、いくつも“断罪の炎“の焚き火を見かけました。おそらく各地で同じような事をやっているのでしょう。
もう関わりたくないので、焚き火を避けながら大聖堂へと向かいますが、迂回を繰り返している内に表通りから離れてしまい……すっかり迷子。
貴族街は、何度か任務で来た事はありますが、この地区には来た事がありません。
おまけに、夜中で暗く、塀が高い住宅街な為、どこも似たり寄ったりに見えます。
何度も何度も同じような場所に出てしまったり、大通りに出るどころか、どんどん道が細くなったり、行き止まりだったりと正に迷路。
まさか、二人揃って方向音痴だったとは……。仲良しにも程があります。
ウロウロしていると、子供の泣き声がどこからか聞こえてきました。
「老婆や!老婆や!老婆やどこへ行ったの?」
声がする方へ行ってみると、5、6歳ぐらいの少年が一人で、通りを泣きながら歩いているではありませんか。
早速僕らは、少年に近づき、声をかけてみました。
「おい、どうしたんだ?迷子か?」
迷子の八咫が、しゃがみ、目線を少年の高さに合わせて訊ねました。
「違うよ。僕の家はここだよ。」
少年は、背後の大きなお屋敷を指でさしました。
「突然、老婆やも、使用人達も、皆んな居なくなっちゃったんだ。父様と母様は、お仕事で居ないし……。お隣さんも居ないし……。」
おそらく、大人達は皆んな、“断罪の炎“の所へ行ってしまったのかもしれません。となると、迂闊に老婆やさん達を探しに行くのは危険な気がします。
「お兄さん達は迷子でしょ?ずーっとウロウロしてるよね?」
バレてましたか……。
『僕らは大聖堂へ行きたいんです。』
「大聖堂なら知ってるよ。父様と母様は、祈祷師なんだ。」
少年の顔が、パーっと明るくなりました。
「じゃあ、大聖堂へ連れてってくれるか?お前も親に会えるから、一石二鳥だろ?」
「うん!」
『八咫!ここが祈祷師のお屋敷なら、きっと結界が張ってあるでしょうし、連れ出すより、家の中の方が安全なのではありませんか?
それに、何かあった時、僕らだけで守り切れるか……。』
「けどさ、こうして屋敷から出てきちまってんじゃ、結界の意味ねぇじゃん。
それに、こんな事態だ。親だって今日は帰ってこれねぇんじゃねぇの?」
『……そう……ですね。』
今の所は、“断罪の炎“がある所さえ避ければ、危険はなさそうですからね。
「俺は、
「僕は、
『あ、こちらこそ宜しくお願いします。』
「嘘だろ?こんなにあっさり……。」
八咫が、愕然としました。同意見です。
『迷っていた時間と労力を考えると、呪いでもかかってたんじゃないかと疑いたくなりますね。』
「僕と出会えて良かったね。」
ニッコリと
「本当だな。ありがとうな
『ありがとうございます。』
とはいえ、安心するのはマダでした。
大通りにも“断罪の炎“による焚き火があちこちに点在しており、その規模は、住宅街にあったような焚火の何倍もの大きさ。そして、周囲で歌い踊っている人の数も凄い数でした。
こんな数の人達に、気付かれでもしたら逃げきれません。それに、沢山の遺体が燃やされてる焚き火なんて、幼いお子さんに見せられません。絶対にトラウマになってしまいます。
八咫もそう思ったようで、僕に目で合図を送ってきました。大聖堂まで走った方がいいと思いと。
『
僕は、そう言いながらかがみました。が……。
「えっと……。僕、八咫お兄さんの方が力ありそうだから、そっちにおぶってもらうよ。でも、気を使ってくれてありがとう。」
『……どういたしまし…て。』
「ミツチ。100年後に出直して来い!」
八咫が、ドヤ顔で
「じゃあ、一気に走って抜けるぞ!」
僕らは一気に走り出しました。大聖堂までおよそ1km。日頃山道を走り込んでいる僕らにとって、平地でキチンと舗装されている道路を走るのは容易い事。3分もかからず着くはず!
途中、何度も何度も、焚火の中に入るよう誘われましたが、無視をし、避けながら走り続けました。ですが、宗教勧誘はしつこく、「さぁ!さぁ!」っと悪夢のように追ってきます。
しかも、その数はどんどん増えてゆき、パタパタという背後からの足音が、バタバタバタ、ドタドタドタドタ、ドドドドドドドド!!!!
怖いんですけど?!
人混みの中を走っていると、いくつか黒い物体が、道路に転がっているのが視界に入りました。その数は、大聖堂に近づけば近づく程増えていくので、ただでさえ人混みの中を走るのは困難なのに、障害物まで……。
「人だ!人が寝てるよ!」
……寝てる?
街頭に照らされた物体を凝視すると、それは御遺体でした。
何故?御遺体は焚火の中だけではないのでしょうか?それとも、道路に転がっている御遺体は、別の形でお亡くなりになったのでしょうか?清楚系女子に殺された女性の様に.
驚きのあまり、思わず足を止めてしまいそうになりました。
「止まるなミツチ!!」
八咫が怒鳴り、背後の方を青ざめた顔で見ています。
つられて、背後を見ると、予想以上の物凄い数の人達が、「断罪の炎で浄化されろ!」「罪がないと証明しろ!」っと叫び、不気味な笑顔を浮かべながら追っかけて来ています。追いかけられているのは気づいていましたが、まさかこれ程とは。
「八咫お兄さん、一度、あの焚き火に入っちゃおうよ。そうすれば、あの人達はもう追ってこないよ。お兄さん達、何も悪い事はしてないんでしょ?」
そうかもしれませんが、あの中に入るのは、もっと危険です。
そんな中、その大聖堂前の焚き火の周囲で歌って踊っていた人達が、僕らに気づいてしまったようで、一斉にこちらを向きました。不気味な笑顔もセットで。
『どうします?八咫!』
「どうするって。目的地は大聖堂だし……。脇道は引き返すしかねぇし……。商店街だから……。」
「だから、お兄さん達が、あの焚き火の中に入れば大丈夫でしょ?なんでダメなの?」
「
「どこが?皆んな笑顔で、前よりずっと良いと思うけど?」
小さい子には、あの笑顔が自然に見えるのでしょうか?
「こうなったら、二人一緒に風練術をブッ放して、人垣を蹴散らしてやろうぜ。」
『えぇ!!それ……大丈夫なんですか?もし怪我人が出たり、ましてや誰かお亡くなりになってしまったら……。』
「直ぐそこに大聖堂があるんだ。怪我人が出たら祈祷師達が治してくれるさ。っていうか、俺たち程度の術じゃ、死なねぇよ。
それにさ、よく見ろ。大聖堂の周りにだけ誰もいない。結界が張られてるんだ。
アイツらを引き連れてたら、結界を解除してもらえんだろ?」
『……そうでしょうが……。』
背後にも、前方にも、沢山の群衆。しかも、若い人達ばかり。挟まれたら捕まって、問答無用で焚き火に投げ込まれてしまうでしょう。
「いいか、1、2、3の3でブッ放すぞ!」
『分かりました。』
「イチ!」
僕ら二人は、走っていた足を止め。八咫は前方に向き、僕は後方へ向き直りました。
「ニイ!」
両足を肩幅に開き、踏ん張ると、風練術の呪文を頭の中で唱え始め。
「サン!」
八咫と僕の両手から、踏ん張るのがやっとな程の強力な風圧が出、周囲の人垣を吹っ飛ばす事に成功しました。しかも、八咫は、大聖堂前の焚き火の“断罪の炎“まで吹き飛ばしてしまいました。
心の中で、ガッツポーズをし、再び一気に駆け出しました。大聖堂めがけて。その距離はわずか300m。1分もかからず辿り着けるはず!
……でした。
焚き火の御遺体達が、むくりと起き出し、こちらに向かってきたのです。一瞬、本当はお亡くなりになられていなかったのでは?っとも思いましたが、お顔の色は、牛乳の方がまだ生き生きして見える程、青白く、目などは白目が無く、真っ黒。唇も、ずっと海水浴してた人の様に、紫色で、とても先ほどまで焼かれていた人の唇の色とは思えません。そして、吸血鬼のような牙まで。それに爪!長過ぎますし、厚みが、猛獣のよう。おまけに、背中から、棘のような立て髪というか、立て棘のようなものまでと生えてます。
確か、この怪異の名は“屍人憑“。
「罪人を断罪しろ!罪人を断罪しろ!」
屍人憑達は、ゆっくりと僕らに近づきながら、人の声とは思えないような悍ましい響く声で僕らを罵りました。
予想外の出来事に、僕らは声を失ってしまい、立ち尽くしてしまいました。頭の中は真っ白で、?が駆け巡るばかり。
「ミツチ。アイツら貴族様でも人間でもねぇ!屍人憑だ!!術でやるぞ!」
『やるって……。屍人憑ですよ。戦った事なんかないでしょ?』
八咫は、僕の意見も聞かず、火練術を唱え、屍人憑に撃ちました。
屍人憑は、一瞬よろけたものの、ダメージを受けた感じは全くありません。それどころか、体がみるみる大きくなり、高さも横も2倍の大きさに。
八咫が、また火練術を撃とうとするので、僕は慌てて止めました。
『ダメです。法術を撃てば撃つほど、屍人憑は強化していくみたいです。』
「じゃあどうすんだよ。大聖堂は、アイツらの直ぐ後ろなんだぜ?」
八咫はそう怒鳴りながら、背後でまだ倒れている方々を警戒しました。
「八咫お兄さん、ミツチお兄さん!アソコに登って!」
「あんな所に逃げたって、屍人憑に直ぐ追いつかれる。餌食になるだけだろ?」
「いいから早く!」
八咫の予想通り、巨大化した屍人憑達は、僕らを捕らえようと、いとも簡単に屋根の上に飛び乗り、追いかけてきます。
屍人憑化した御遺体の動きは、見た目の期待通り、人間離れした速さと威力。拳一つで、高価そうな瓦が砕け、屋根に穴が開く程。それが、数えられない程の数で四方から攻撃してくるのです。おまけに、殴ったり蹴ったりした時に砕けた瓦などの破片が、盛大に飛んでくるので、攻撃をなんとか交わせても、その破片が僕らの皮膚を切り裂き、身体に勢いよくぶつかってくる為、体力だけがどんどん削られていきます。
しかも、この急斜面な屋根。不安定ですし、逃げて転がる度に、何度も足を滑らせ、落ちそうになります。なぜ幼い子の提案に乗ってしまったのか、後悔ばかりです。
今からでも、地上に降りた方がいいのでは?そう思い、下を見ましたが、……もう後の祭りでした。
下では、もう屍人憑やら人間やらが、ごちゃごちゃとその下でごった返していて、僕らが落ちてくるのを待ち構えています。
八咫は、背負った
大きく立派だった洋品店の屋根は、とうとう穴だらけというか半壊状態になってしまいました。
屋根全体が傾き、崩れ落ちそうになったので、僕らは隣の立派で洒落た宝石店の屋根へ飛び移りました。その際に、何十人かの屍人憑達も屋根の崩落に巻き込まれ、落ちていくのが見えましたが、無事に宝石店の屋根へ飛び移れた屍人憑も多く、先回しをしていた屍人憑もいて、息を整える暇も、八咫に代わって
術も使えない、かといって格闘技で勝てるとも思えない。逃げるしかないのでしょうか?!
逃げ回っている内に、立派だった宝石店も半壊状態になってしまったので、申し訳ないと思いつつ、隣の靴屋、洋品店、時計屋と屋根を飛び移りながら大聖堂に近づきました。
やがて、最後の一軒、3階建ての百貨店の屋根に飛び移った時、不思議な事が起こりました。
「え?なんで?!」
『どういう事でしょう?』
なんと、人間の群衆が、隣の時計屋の屋根や、百貨店の屋根まで登ってきていて、屍人憑達を襲っているではありませんか。
「店を壊した!」
「強盗だ!」
「大罪だ!」
“断罪の炎“を潜った所為で、正義中毒にされてしまったからなのでしょう。人々は、自分達の倍の大きさの屍人憑に勇猛果敢に挑み、薙ぎ払われようが、蹴り飛ばされようが、噛まれようが、怯む事なく次々と屍人達に、ナイフやら、剣やら、銃などを使って攻撃し続けました。
しばらくすると、人々にヤラれた屍人憑が、一人、二人と次々と屋根から転げ落ち始め、地上に落下。
落下した屍人憑は、“断罪の炎“がある焚き火に入れられるのかと思いきや、下で待ち構えていた正義中毒で興奮状態の人々に殴る蹴るの暴行を加えられ、最後にはピクリとも動かなくなってしまいました。
そして、驚いた事に、動かなくなってしまった屍人憑は、普通の人間の姿に戻ったのです。御遺体ですけど。
ですが、どうして?法術で攻撃すれば巨大化してしまうのに、なぜ、普通の武器なんかで討つ事ができたのでしょう?
「仕方ないよね。人の物を壊すのは、悪い事なんだもん。」
その無邪気そうな目は、正義中毒の人達の張り付いたような笑顔よりも恐ろしく、僕らは腹の底から震えるのを感じました。
「まさか、お前、こうなる事が分かってて、屋根に登れって……?」
八咫の質問に、
「そうだよ。いい作戦だったでしょ?人間達は、悪い人を許せないだから、お兄さん達よりも、悪人退治を優先するって思ったんだ。それに、あの妖怪達は、もともと罪人だしね。退治されて当然だよ。」
なんて恐ろしい事を……。こんな幼い子が、そんな事を思いつくなんて。
「いい作戦って、沢山の人が怪我して、沢山の人が死んじまったんだぞ!?」
「でも、お兄さん達だって、術を使ったじゃないか。その時、誰も怪我しなかったって言える?
そもそも、さっさと“断罪の炎“を潜っておけば、こんな事にはならなかったし、死んじゃった人も、屍人憑になんかならずに済んだでしょ?」
「それより!大聖堂の結界を早く解除しないと!お兄さん達が追われている事に、変わりないんだから。」
絶句している僕らを、
そうです。早く大聖堂の中に入らなければ!
八咫が言っていた通り、大聖堂全体には、結界が張られており、怪異はもちろん、肉体を持つ人間や動物、虫一匹すら入れなくなっています。
とはいえ、僕らが言っている結界解除は、全体の結界の解除をするわけではありません。
こう言う場合、一部だけ解除できるよう、暗号を……。
『八咫!大変です。』
「なんだよ?」
『暗号……聞いてません。』
「はぁ?!」
焦っていると、背後に人影を感じました。追手かと思い、風練術の構えをし、呪文を唱えながら振り返ると、そこには……。
「『
呆れた様な顔で
ジジッ……っと小さい音がしてから、目の前の空間が波打つように揺れ始め、扉ぐらいの大きさまで広がりました。おそらくそこから中に入れるという事でしょう。……って、ここ3階なんですけど?飛び降りろと?流石に大怪我します。
僕らの方を振り返ると
クッションになりそうな木や、植え込みがないか探しましたが、ちょっと遠そうです。
躊躇していると、
「アホ。鉤縄を使え。」
『あぁ……。』
僕らは鞄から鉤縄を取り出し、大聖堂の正面玄関近くに建っている、街灯に引っ掛けました。
先に
『あっ、
「アホ。こいつは飛天だ。」
一瞬、何を仰られているのか分かりませんでした。だって、もし
「あ〜あ。バレちゃったか。あと一歩で入れると思ったのに。」
なんと!可愛らしかった
八咫も僕もポカンです。
でも今思えば、怪しい点はいくつかありました。人狼から逃れる為に立てた作戦とか、まぁ疑い出したらキリがありませんが。
色々思い返し後悔と反省をしていると、
僕らはもちろん、あまりにも一瞬のでき事で、
頭を失った体は、飛んでいった頭を探す様なそぶりをしていましたが、二角獣に噛みつかれ、あっという間に全部食べられてしまいました。……わぁぁ…… 。
「まぁいいさ。我々は肉体を持たぬ生命体。いくらでも復活できるし、聖母は力を取り戻したしな。」
頭だけの
「バカか。二角獣に喰われた魂は、永遠に奴の奴隷だ。飛天だろうが例外じゃない。」
「はぁ?何を……」
あっけないボス戦に、八咫も僕もポカン状態で、
だって、普通、飛天討伐なんて、特級妖術士が数人で戦って、やっと倒せるか封印できるかどうかの類ですよ?!
あんな一方的に瞬殺で退治できる訳がありません。特級妖術士だったお師匠さんですら、大物妖怪の水大蛇に苦戦してたんですよ?!それを、万年下級の
それに、二角獣は中級妖怪です。特別強いって類の妖怪ではないですし、飛天なんかに敵うレベルではないはず。まぁ飛天は聖属性と言われてますから、闇属性の二角獣とは相性が悪いかも知れませんが、それでも圧倒的なレベルの差がある筈です。
飛天の中にも、中級妖怪に負けてしまうほど弱い飛天がいるって事でしょうか?
ですが、妖力や邪気を隠せる怪異ほど、力は強いと言われていますし……、そもそも、どうやって
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