第11話 訃報
文字数 8,018文字
毎日の困った来訪者に、罪悪感をかき乱されておりましたが、蓮林 村長が、与えて下さった有り難い修行のおかげで、常にソーシャルディスタンスを保つ事ができました。
木を植えたり、間伐したり、枝打ちしたり、下草刈りをしたりの林業風のフルコース修行なので、距離を保ってないと危ないのです。
リスのように、朝から晩まで上から下へ登ったり降りたり。キツイですが、これを繰り返せば蓮林 村長の様に、霊感も妖怪と契約して得る妖力が無くても、法力だけで沢山の怪異を討伐できるようになれるかも知れません!そして、来月の試験も合格!楽しみですね。
「なぁ、これって、修行じゃなくて、単に働かされてるだけじゃね?」
八咫 が余計な一言で、ハッと気付かされてしまいました。
どうやら、これは修行ではなく、林業体験コースだったようです。おかしいですね。
勘違いがあったとはいえ、福利厚生はバッチリで、「いらない」と遠回しに言ったり、ハッキリ言ったりと熱心に伝えているのに、ガン無視したお年寄りが、やたら食べ物やら服やら何かを、お会いする度に必ず恵んでくれます。
お地蔵さんと間違われているのかも?と解釈をしてみますが、名前を八咫 と呼んだり、時には紗里 と呼んだりします。
……まぁ、名前どころか、性別も覚えて頂けませんが、至れり尽くせりです。
そんなこんなで、いっぺん鏡でも見たら自主成仏したくなるかもというぐらい、気持ち悪い姿の蛾の小物妖怪江躯 の残党による襲撃が2、3回あり、江躯 の鱗粉によって花粉症を拗らせた狂村人に何度か殺されかけた事以外は、大した問題もなく、江躯 も見かけなくなり、平和に2週間が経った頃、北の方から物々しい武装した一行と、数台の馬車。それに挟まれる様に、鉄格子のはまった牢が荷台となっている護送車が、この九九村 村にやってきました。
村人達は、農作業の手を止め、遠巻きに肩を寄せ合い、好奇心と怯えが入り混じった視線を、珍しい一行に向けていました。
どうやら、この村の人達のビックリ度の沸点は低いみたいです。よほど退屈っ……平和な日々を送っているのですね。
素人が見ても分かる程見事な黒い馬に乗り、一行の中で一番立派な武装兵が、蓮林 村長の目の前で止まると、馬から降り、兜を脱ぎました。
「蓮林 村長。今回もここで兵と馬を少し休ませてやりたい。かまわないか?」
完全武装をした年嵩の衛兵が、蓮林 村長に話しかけました。
「もちろんです。馬史 戊雲 護衛長様。どうぞ我が家をお使い下さい。」
蓮林 村長はそう言うと、兵達を、自宅へと案内しました。
お互いの名前を知っているって事は、少なくとも何度かここへ来ているのかもしれませんね。
僕の横にいた村人が、護送車の牢の中にいる人を指でさし、ヒソヒソ声で驚く様な事を言いました。
「護送車があるってこたぁ、座鳴 炭鉱からだろ?絶対、あの牢の中ん人、重犯罪者だよ。」
なるほど、村の人達が怯えているのは、兵士達にではなく、牢の中の人に対してなのですね。
座鳴 炭鉱刑務所は、ここからずっとずーっと北の海岸砂漠が広がる高地にあります。
そこでは、硫黄、金、銀、石英が採れる為、この国の主な資金源となっているそうです。
そして、鹿野宮 家の領地。
「怖えぇな。逃げ出したら、どうすんだ?」
「けど、座鳴 炭鉱からってこたぁ、刑期を終えたってこったろ?釈放されんのに、逃げる訳ねぇよ。」
「いやいや、座鳴 炭鉱に送られんのぁ、終身刑の奴らだぁ。出れんのは、死ぬ時だけだぁ。」
八咫 と僕は、同時に唾をゴクリと飲み込みました。
しばらく、村人達のヒソヒソ話に耳を傾けていると、八咫 の隣にいる中年女性が、ビックリする様な事を言い出しました。
「あれまぁ、ありゃ〜、圭亜 の領主様じゃねぇか?」
村人達がざわめきました。
僕の視力(普通)では、あまり良く見えませんでしたが、炭鉱士の服装をした、体格の良い中年男性らしいという事はなんとなく分かりました。
「なに言ってんだよ。領主は、兵士達に殺されたじゃねぇか!気が狂っちまったからよぉ。」
「けんど、あたしゃ、あのお屋敷に、毎日野菜を届けてたんだ。見間違うはずがないよぉ!」
「確かに、似ておるけんど……、あんなに若くなかったと思うがねぇ。」
「そんだよぉ。11年も経ってんだ。生きてたら、あんたん所の爺さんぐらいになってんよ。」
僕は、恐る恐る八咫 の顔を盗み見ました。
八咫 の目は大きく見開き、唇は噛み締め、両手の拳は硬くギュッと握り、ワナワナと震えていました。
後ろめたさからくる恐怖で、僕は思わず後退り、立ち去ろうと……した時でした。
八咫 が、僕の左腕をグイと掴んだのです。怖い顔で……。
『八咫 。ごめんな…… 』
「ミツチ!近寄ってみんぞ!」
『えっ⁉︎』
僕は、八咫 にグイグイ引っ張られながら、護送車の近くにある茂みに移動し、茂みの中に身を潜めました。
殆どの護衛士達は、蓮林 村長の家へ行ってしまいましたが、3人の護衛士達が、見張りとして残っています。そして、見る限り、囚人はその男性一人だけ。
護衛士達に見つからない様、僕らはそっと茂みをかき分けました。
「あの男、領主じゃない。けど、どっかで見た事がある気がする。」
じっと牢の中の男性を見つめながら八咫 は、囁く様に言いました。
僕も、恐々とその男性を見つめました。
『えっ⁉︎』
思わず声を上げてしまったので、僕は慌てて両手で口を塞ぎました。
「どうした⁉︎」
心配そうな顔で八咫 が、口パクで聞いてきました。
『ごめんなさい。』
僕も口パクで謝りつつ、目を凝らして、もう一度男性を見つめました。逞しい大柄の日焼けした男性。間違いありません。あの人は……。
「大丈夫か⁉︎」
心配そうな顔で八咫 が、肘で僕を突きました。
『あの男性、鹿野宮 家の若旦那様、唐久 様の怪異現象で現れた生き霊です。僕を投げ飛ばした。』
僕は、八咫 に耳打ちしました。
「マジかよ⁉︎」
八咫 が口パクで叫び、僕は何度も頷きました。
「けど、俺は視てない。じゃあ俺は、どこであの男を見たんだ?クソッ思い出せない!確かに、見覚えがあるのに!」
八咫 が、小声で怒鳴りました。
確かに、唐久 様のお部屋に駆けつけたのは、お師匠さんだけで、八咫 は来ていません。
もう一度、男性をジロジロ見てると、背後から声をかけられました。
「ミツチ!八咫 !」
ビクッとし、恐る恐る振り返ると、見覚えのある若い兵が経っていました。
その人は、唐久 様のお部屋で、怪異の見張りをしていた時にご一緒した大和 班の紗雨 さんでした。八咫 とは、水門を開ける時にご一緒したはずです。
『紗雨 さん!』
「紗雨 の兄ちゃん!」
「君達、こんな所で何をしてるんだ?」
「何って、修行だよ。布能洲 寺はこの近くだし……。
紗雨 の兄ちゃんこそ、こんな所で何してんだよ?王都にいるはずだろ?大和 班長達も見当たらないし。
……まさか、鹿野宮 家をクビになったのか⁈」
「違うよ!っていうか、聞いてないのか?」
八咫 と僕は顔を見合わせ、首をかしげました。
「実は、君達が引きあげた翌日に鹿野宮 家は政界から身を引く事が決まってね。御一家は、国境付近の座鳴 領地に隠居されたんだ。」
『「えぇっ⁉︎」』
全然知りませんでした。確かに、あの怪異をおさめるには、隠居がベストだとは思いますが、翌日って……。
「本当に、何も聞いてないんだな。今、貴族街も政界も、大混乱だよ。
っという訳で、私達護衛士も一緒に引っ越したんだ。
で、今は、座鳴 刑務所の刑務官さ。」
「へ〜。なぁ、その王都へ、囚人を送ったら、直ぐに戻るのか?」
少し心配そうな顔で八咫 は、紗雨 さんに訊ねました。
「勿論そのつもりだよ。遊びに行く訳じゃないからね。けど、どうして?」
「や、別に何でもないんだ。」
たぶん、八咫 が気にしたのは、安托士 が王都から逃げ出した……っという事でしょう。近い将来、王都は安全ではない……かもしれないと。
僕らは、軽く近況報告を互いにし合ってから、本題に入りました。
『所で紗雨 さん。あの人って、唐久 様の怪異現象で現れた生き霊ですよね?』
僕は、牢の中の男性を指しました。
「あぁ……。ミツチも驚いただろ?まさか、当人がいるとは。」
『あの人って、何者なんですか?』
紗雨 さんは、優しい顔を厳しい顔に変え、冷たい口調で答えました。
「あの人は、圭亜 事件の元凶である栄亞奠 領主の嫡男。栄亞奠 由椏 だ。」
領主の嫡男……栄亞奠 由椏 ……。それって……。
全身から血の気が、サーっと引くのを感じました。
「まさか……。」
八咫 は呟く様に言いながら、チラリと目線だけで、呆然としている僕を見ました。
「何の罪で……ムショに?圭亜 事件を起こした一族の一人だから?」
「それもあるけど……、他にも栄亞奠 家が起こした数々の汚職事件の責任ってところかな。」
『汚職事件……?』
「そう。由椏 がっていうか、父親の領主が相当な悪人でね。
領主を中心に、家族ぐるみで、ヤクザ者の方がマシだと思える程の悪事を、散々やってきたらしい。
で、その数が多過ぎて、裁判だけでも10年はかかったそうだよ。」
僕らは、改めて、牢の中にいる男性を見つめました。
まさか、あの男性が僕の父親だなんて……信じられません……。しかも、家族全員が大罪人だったとは……。太良 さん達が口籠もるはずです。
それとは別に、僕はショックを受けていました。
子供の頃から、親にさえ会えば、記憶が蘇るんじゃないかと、ずっと……淡い期待をしていたからです。
でも、記憶は全く蘇りませんでした。こうして見つめていても、何一つ思い出せません。
そして、あの男性も、僕に気づいた様子はありません……。
勿論、最後に会ったのは4歳ですから、全然違うのは分かります。
……それでも、父親だから……気づいてくれるんじゃないか……と、愚かな期待をしてしまっていたのです。
「け、けど、ムショから来たって事は、刑期が終わったからって事だろ?な?」
僕が過去の事を知ってしまったと言う事は、八咫 はまだ気づいていないようですが、それでも僕に気を遣ってくれたのでしょう、八咫 は取り繕うように訊ねました。
ですが、紗雨 さんは、口元を固く結び、首を横に振りました。
「栄亞奠 由椏 は、鹿野宮 唐久 様、殺害未遂容疑で、王都で裁判にかけられる。既に終身刑だから、有罪になれば……死刑と言われてるよ。」
僕は、言葉を失いました。
八咫 は、ごくりと唾を飲み込んでから、僕が聞きたい事を代わりに聞いてくれました。
「変じゃねぇか、ずっとムショにいたんだろ?なんで殺人未遂なんかできんだよ⁈」
「祈祷師の何人かが、唐久 様の怪異を調査した時、栄亞奠 由椏 の生き霊が現れて、唐久 様を殺そうとしたと訴えたそうだ。
栄亞奠 家の汚職を、唐久 様が暴いた事を逆恨みしたんだろうって。」
『そんなバカな!紗雨 さんも見ましたよね?
あの生き霊は、最初、唐久 様で、その後、女性になって、子供になって、それからあの……あの男性になったんですよ?
あの人の生き霊じゃありません。』
「分かってるよ。私も大和 班長も、羅須 も見てたんだから。けど、そんな証言は意味がないんだ。」
『どう言う事ですか?』
紗雨 さんは、僕らを、他の護衛士達から離れた場所に誘導してから、声を潜めて説明をしてくれました。
「半年前、大規模な汚職事件が発覚したんだけど、栄亞奠 由椏 が、その汚職に関わった人物のリストと、証拠を持っているらしいんだ。」
「それって、あの男に死んでもらわないと困るから、でっち上げたって事かよ⁉︎」
興奮気味に八咫 が、声を潜めて怒鳴りました。
「そういう事。だから、証言なんかしても無視された挙句、目をつけられるだけさ。」
『そんな……。唐久 様は、証言して下さらないんですか?』
「残念ながら、あの時、唐久 様は寝てただろ?ご自身に起こった事だけど、見てはいないから、証人にはなれないんだ。」
「まさか、唐久 様も、証言されたら困る輩の一人なのか?」
八咫 の言葉に、紗雨 さんが、手を顔の前で振りました。
「違う違う。その逆だよ。唐久 様が、この大規模汚職事件を暴いたんだ。」
「そういえば、栄亞奠 家の汚職事件を暴いたのも、唐久 様なんだっけ?
唐久 様は、そういう仕事をしてたのか?」
「唐久 様が、というか鹿野宮 一族が、法関係の職務に就かれてたんだ。
まぁ……だから、逆恨みされる事も凄く多くてね。脅迫状なんかしょっ中だったよ。
全く気にされていないと思っていたけど、実際は、生き霊まで出してしまわれる程、罪悪感を感じておられたんだな……。お可哀想に。隠居されて正解だよ。」
紗雨 さんは、軽く拳を口元にあてると、うんうんと頷きました。
「唐久 様は、なんて言ってんだよ?自分がせっかく暴いた事件なのに、犯人達の都合のいい様に事件が揉み消されんだぞ?」
「知らないよ。そんな事。一介の護衛士なんかに、ペラペラ話されるお方じゃない。
けど、由椏 にとって、後任者が悪かったって感じかな。」
「悪い奴なのか?」
「いや……悪い人じゃない。どちらかと言うと、彼の方は善人だ。」
「悪人の方を持つんだろ?悪人じゃん!」
「そういう判決を下してしまったのなら……、そうかもしれない。
けど、あのお優しいお方を鬼に変えてしまったのは、栄亞奠 由椏 自身だからね。仕方ないよ。」
『……な、何をしたんですか?』
どうせ怖い話だとは思いますが、聞かずにはいられませんでした。
「酷い話さ。
彼の方の娘さんっていうのが、栄亞奠 由椏 の最初の奥さんでね。」
えっ?僕はハッとしましたが、紗雨 さんは、僕の反応を気にした様子はなく、話を続けました。
「由椏 は、父親の命令で、彼女の身分の高さと父親の役職を利用する為だけに、強引に結婚したんだ。けど、5年経ってもなかなか子供ができないっていうんで、一方的に離婚をした。
まぁここまでは、貴族の間では良くある話なんだけど、酷いのはここからだ。
元妻は、離婚後、妊娠していた事がわかった。けど、その事が由椏 の父親、圭亜 の領主の耳に入ってしまうと、子供を奪われてしまうに違いない。
そう思った彼女は、隣国の親戚を頼って引越し、男の子を出産した。
母子は、そのままその隣国で平和に暮らしていたそうだけど、息子が4歳の時、その事が圭亜 の領主の耳に入ってしまい、案の定、彼女の息子は拉致されてしまったんだ。」
「拉致?いくら自分の孫だからって、そんな事していいのかよ?その子の母親の家は、身分が高いんだろ?」
「勿論、そんな事、許されるはずはない。母親は、唐久 様に訴え、直ぐに捜査が開始された。
けれど、その間に圭亜 の事件が起きて、彼女の息子は、生贄にされ、……死んだそうだよ。」
死んだ……。世間では、僕は死んだ事になっているのですね。
「しかも、母親は、そのショックで自殺。奥さんは、それが原因で心の病に。
孫と、娘、いっぺんに亡くし、妻まで病になってしまったんだから、彼の方が、復讐の鬼となってしまったのも当然だろ?」
八咫 の僕も、言葉を失ってしまいました。
母が死んでいたなんて……。しかも、僕の所為で……。
もし、記憶を失くさず、直ぐに母の元へ戻っていれば、母は死なずに済んだのでしょうか?
というか、父親との記憶がないのも当然でした。僕はずっと母親の家族の元にいて、誘拐後に、生贄にされてしまったのですから!
『あの……因みに、彼の方って……。』
紗雨 さんは、ため息を吐いてから、首を横に振りました。
「申し訳ないけど、それだけは言えないよ。」
『なぜですか?』
「君たちを信用していないわけじゃないけど、彼の方の変な噂が、巷で立たれては困るからね。」
『じゃぁ、なぜ、僕らにその話を?』
「ん〜……なんでだろう?
誰か、このモヤモヤが分かってくれる人に、聞いてもらいたかったのかな?」
赤髪の短髪頭をポリポリと掻きながら、紗雨 さんは苦笑いをしました。
僕も、分からなくなりました。
さっきまで、誰かの利益の為に、父が冤罪で死刑になるなんて酷いと思ってしまっていたのに、今は……祖父に同情し、父は復讐されて当然と思ってしまっています。
けど……、それは誰も幸せにならない様な気がします。
「変だよ。家族なのに、なんでそんな事ができんだよ⁈
利用できるとかできないとか、物じゃねぇんだよ!
誘拐する程欲しがったのに、なんで生贄なんかにしたんだよ⁈
いらないなら、母親に返せよ!」
そう叫んだ八咫 の目線の先には、護送車の中の男が……、僕の父がいました。
「八咫 !声が大きい!
気持ちは分かるけど、結婚も、離婚も、生贄を決めたのも、あの人の父親、領主であって、彼じゃないんだよ。」
紗雨 さんが、口元に人差し指をあて、辺りをキョロキョロしながら言いました。
「同罪だ!嫌なら、反対すればいいだろ⁈知ってて反対しないのは、賛成したのも同じだ!」
八咫 の悲痛な叫びに、他の護衛士達も、村人達も振り返り、唖然としてしまいました。ずっと下を向いている僕の父を除いて……。
その態度に、八咫 は更に頭にきたのか、紗雨 さんの制止を振り払い、ツカツカと護送車に近寄ると、ぎゅっと鉄格子を掴みました。
「おい!聞いてんのか!オッサン‼︎」
「…………。」
僕の父は、チラリと八咫 を見ましたが、直ぐに下を向いてしまいました。
「そうかよっ!親父もクソなら、テメェもクソか!ある意味、同情しなくて済むな。冤罪で死刑になろうが!」
その八咫 の言葉に、父がボソリと言い返しました。
「……あの父に、誰が逆らえたと言うんだ?」
「人の所為にしてんじゃねぇ!自分はどうしたかったんだよ⁈」
「特に何も……。……というか、別に生贄にしたっていいじゃないか。息子は、死病にかかってたんだ。死期がちょっと早まっただけだろ?」
「このやろうっ!!」
八咫 は、檻の中に手を伸ばし、父の胸ぐらを掴みました。
慌てて紗雨 さんや他の護衛士達が、八咫 を引き離なしにかかり、紗雨 さんの武術技によって、八咫 は、簡単に地面にうつ伏せにさせられてしまいました。
「も〜八咫 !なんで、そんなに怒るんだ?君には関係ない話だろ?」
紗雨 さんの質問に答える代わりに、八咫 は、仏頂ズラを見せただけでした。
その時、自然と僕の目から、涙がボロボロと溢れてきました。
別に、父の冷たい態度が、期待と違っていたらか悲しかった訳ではありません。
八咫 の気持ちが嬉しかったからです。
「えぇ⁉︎ミツチ?なんで⁉︎なんで泣いてんの?」
紗雨 さんが、押さえ込んでいた八咫 を離し、慌てて立ち上がると、ポケットからハンカチを取り出して、涙と鼻水でぐちょぐちょに濡れた僕の顔を、優しく拭いてくれました。
「同情して泣いてんの?困ったな〜。」
『ごめんなさい。紗雨 さんの所為じゃないんです。ちょっと最近、色々あったから……感情的に……。』
僕は、涙と鼻水を袖で拭いながら、どうにか答えました。
紗雨 さんは、僕らを見てから、うんうんと何故か頷きました。
「そうだよね。辛いよね。
親同然の師匠が、突然、妖術士を辞めて、阿奈 様と結婚する事になったんだから。情緒不安定にもなるよ。」
その言葉に、僕らは、えっ⁉︎っと顔を上げました。
「紗雨 の兄ちゃん!今なんて⁉︎」
八咫 が、紗雨 に迫りました。
「えっ?情緒不安定?
っていうか、八咫 近い!」
「そこじゃない!お師匠が何だって⁉︎」
近いと注意をされたのに、八咫 は、更に顔を近づけました。
「は?結婚の話?阿奈 様との?」
「何で?何でそうなったんだよ!」
「し、知らないよ!引越しの報告と同時に聞いたんだ。」
「聞いてねぇよ!!」
「私に言われても……。」
そんなやり取りをしていると、蓮林 村長の家で休憩をしていた護衛士達が戻ってきました。
そして、その頭上には、全部退治したと思っていた蛾の妖怪、江躯 が羽ばたいていたのです。
木を植えたり、間伐したり、枝打ちしたり、下草刈りをしたりの林業風のフルコース修行なので、距離を保ってないと危ないのです。
リスのように、朝から晩まで上から下へ登ったり降りたり。キツイですが、これを繰り返せば
「なぁ、これって、修行じゃなくて、単に働かされてるだけじゃね?」
どうやら、これは修行ではなく、林業体験コースだったようです。おかしいですね。
勘違いがあったとはいえ、福利厚生はバッチリで、「いらない」と遠回しに言ったり、ハッキリ言ったりと熱心に伝えているのに、ガン無視したお年寄りが、やたら食べ物やら服やら何かを、お会いする度に必ず恵んでくれます。
お地蔵さんと間違われているのかも?と解釈をしてみますが、名前を
……まぁ、名前どころか、性別も覚えて頂けませんが、至れり尽くせりです。
そんなこんなで、いっぺん鏡でも見たら自主成仏したくなるかもというぐらい、気持ち悪い姿の蛾の小物妖怪
村人達は、農作業の手を止め、遠巻きに肩を寄せ合い、好奇心と怯えが入り混じった視線を、珍しい一行に向けていました。
どうやら、この村の人達のビックリ度の沸点は低いみたいです。よほど退屈っ……平和な日々を送っているのですね。
素人が見ても分かる程見事な黒い馬に乗り、一行の中で一番立派な武装兵が、
「
完全武装をした年嵩の衛兵が、
「もちろんです。
お互いの名前を知っているって事は、少なくとも何度かここへ来ているのかもしれませんね。
僕の横にいた村人が、護送車の牢の中にいる人を指でさし、ヒソヒソ声で驚く様な事を言いました。
「護送車があるってこたぁ、
なるほど、村の人達が怯えているのは、兵士達にではなく、牢の中の人に対してなのですね。
そこでは、硫黄、金、銀、石英が採れる為、この国の主な資金源となっているそうです。
そして、
「怖えぇな。逃げ出したら、どうすんだ?」
「けど、
「いやいや、
しばらく、村人達のヒソヒソ話に耳を傾けていると、
「あれまぁ、ありゃ〜、
村人達がざわめきました。
僕の視力(普通)では、あまり良く見えませんでしたが、炭鉱士の服装をした、体格の良い中年男性らしいという事はなんとなく分かりました。
「なに言ってんだよ。領主は、兵士達に殺されたじゃねぇか!気が狂っちまったからよぉ。」
「けんど、あたしゃ、あのお屋敷に、毎日野菜を届けてたんだ。見間違うはずがないよぉ!」
「確かに、似ておるけんど……、あんなに若くなかったと思うがねぇ。」
「そんだよぉ。11年も経ってんだ。生きてたら、あんたん所の爺さんぐらいになってんよ。」
僕は、恐る恐る
後ろめたさからくる恐怖で、僕は思わず後退り、立ち去ろうと……した時でした。
『
「ミツチ!近寄ってみんぞ!」
『えっ⁉︎』
僕は、
殆どの護衛士達は、
護衛士達に見つからない様、僕らはそっと茂みをかき分けました。
「あの男、領主じゃない。けど、どっかで見た事がある気がする。」
じっと牢の中の男性を見つめながら
僕も、恐々とその男性を見つめました。
『えっ⁉︎』
思わず声を上げてしまったので、僕は慌てて両手で口を塞ぎました。
「どうした⁉︎」
心配そうな顔で
『ごめんなさい。』
僕も口パクで謝りつつ、目を凝らして、もう一度男性を見つめました。逞しい大柄の日焼けした男性。間違いありません。あの人は……。
「大丈夫か⁉︎」
心配そうな顔で
『あの男性、
僕は、
「マジかよ⁉︎」
「けど、俺は視てない。じゃあ俺は、どこであの男を見たんだ?クソッ思い出せない!確かに、見覚えがあるのに!」
確かに、
もう一度、男性をジロジロ見てると、背後から声をかけられました。
「ミツチ!
ビクッとし、恐る恐る振り返ると、見覚えのある若い兵が経っていました。
その人は、
『
「
「君達、こんな所で何をしてるんだ?」
「何って、修行だよ。
……まさか、
「違うよ!っていうか、聞いてないのか?」
「実は、君達が引きあげた翌日に
『「えぇっ⁉︎」』
全然知りませんでした。確かに、あの怪異をおさめるには、隠居がベストだとは思いますが、翌日って……。
「本当に、何も聞いてないんだな。今、貴族街も政界も、大混乱だよ。
っという訳で、私達護衛士も一緒に引っ越したんだ。
で、今は、
「へ〜。なぁ、その王都へ、囚人を送ったら、直ぐに戻るのか?」
少し心配そうな顔で
「勿論そのつもりだよ。遊びに行く訳じゃないからね。けど、どうして?」
「や、別に何でもないんだ。」
たぶん、
僕らは、軽く近況報告を互いにし合ってから、本題に入りました。
『所で
僕は、牢の中の男性を指しました。
「あぁ……。ミツチも驚いただろ?まさか、当人がいるとは。」
『あの人って、何者なんですか?』
「あの人は、
領主の嫡男……
全身から血の気が、サーっと引くのを感じました。
「まさか……。」
「何の罪で……ムショに?
「それもあるけど……、他にも
『汚職事件……?』
「そう。
領主を中心に、家族ぐるみで、ヤクザ者の方がマシだと思える程の悪事を、散々やってきたらしい。
で、その数が多過ぎて、裁判だけでも10年はかかったそうだよ。」
僕らは、改めて、牢の中にいる男性を見つめました。
まさか、あの男性が僕の父親だなんて……信じられません……。しかも、家族全員が大罪人だったとは……。
それとは別に、僕はショックを受けていました。
子供の頃から、親にさえ会えば、記憶が蘇るんじゃないかと、ずっと……淡い期待をしていたからです。
でも、記憶は全く蘇りませんでした。こうして見つめていても、何一つ思い出せません。
そして、あの男性も、僕に気づいた様子はありません……。
勿論、最後に会ったのは4歳ですから、全然違うのは分かります。
……それでも、父親だから……気づいてくれるんじゃないか……と、愚かな期待をしてしまっていたのです。
「け、けど、ムショから来たって事は、刑期が終わったからって事だろ?な?」
僕が過去の事を知ってしまったと言う事は、
ですが、
「
僕は、言葉を失いました。
「変じゃねぇか、ずっとムショにいたんだろ?なんで殺人未遂なんかできんだよ⁈」
「祈祷師の何人かが、
『そんなバカな!
あの生き霊は、最初、
あの人の生き霊じゃありません。』
「分かってるよ。私も
『どう言う事ですか?』
「半年前、大規模な汚職事件が発覚したんだけど、
「それって、あの男に死んでもらわないと困るから、でっち上げたって事かよ⁉︎」
興奮気味に
「そういう事。だから、証言なんかしても無視された挙句、目をつけられるだけさ。」
『そんな……。
「残念ながら、あの時、
「まさか、
「違う違う。その逆だよ。
「そういえば、
「
まぁ……だから、逆恨みされる事も凄く多くてね。脅迫状なんかしょっ中だったよ。
全く気にされていないと思っていたけど、実際は、生き霊まで出してしまわれる程、罪悪感を感じておられたんだな……。お可哀想に。隠居されて正解だよ。」
「
「知らないよ。そんな事。一介の護衛士なんかに、ペラペラ話されるお方じゃない。
けど、
「悪い奴なのか?」
「いや……悪い人じゃない。どちらかと言うと、彼の方は善人だ。」
「悪人の方を持つんだろ?悪人じゃん!」
「そういう判決を下してしまったのなら……、そうかもしれない。
けど、あのお優しいお方を鬼に変えてしまったのは、
『……な、何をしたんですか?』
どうせ怖い話だとは思いますが、聞かずにはいられませんでした。
「酷い話さ。
彼の方の娘さんっていうのが、
えっ?僕はハッとしましたが、
「
まぁここまでは、貴族の間では良くある話なんだけど、酷いのはここからだ。
元妻は、離婚後、妊娠していた事がわかった。けど、その事が
そう思った彼女は、隣国の親戚を頼って引越し、男の子を出産した。
母子は、そのままその隣国で平和に暮らしていたそうだけど、息子が4歳の時、その事が
「拉致?いくら自分の孫だからって、そんな事していいのかよ?その子の母親の家は、身分が高いんだろ?」
「勿論、そんな事、許されるはずはない。母親は、
けれど、その間に
死んだ……。世間では、僕は死んだ事になっているのですね。
「しかも、母親は、そのショックで自殺。奥さんは、それが原因で心の病に。
孫と、娘、いっぺんに亡くし、妻まで病になってしまったんだから、彼の方が、復讐の鬼となってしまったのも当然だろ?」
母が死んでいたなんて……。しかも、僕の所為で……。
もし、記憶を失くさず、直ぐに母の元へ戻っていれば、母は死なずに済んだのでしょうか?
というか、父親との記憶がないのも当然でした。僕はずっと母親の家族の元にいて、誘拐後に、生贄にされてしまったのですから!
『あの……因みに、彼の方って……。』
「申し訳ないけど、それだけは言えないよ。」
『なぜですか?』
「君たちを信用していないわけじゃないけど、彼の方の変な噂が、巷で立たれては困るからね。」
『じゃぁ、なぜ、僕らにその話を?』
「ん〜……なんでだろう?
誰か、このモヤモヤが分かってくれる人に、聞いてもらいたかったのかな?」
赤髪の短髪頭をポリポリと掻きながら、
僕も、分からなくなりました。
さっきまで、誰かの利益の為に、父が冤罪で死刑になるなんて酷いと思ってしまっていたのに、今は……祖父に同情し、父は復讐されて当然と思ってしまっています。
けど……、それは誰も幸せにならない様な気がします。
「変だよ。家族なのに、なんでそんな事ができんだよ⁈
利用できるとかできないとか、物じゃねぇんだよ!
誘拐する程欲しがったのに、なんで生贄なんかにしたんだよ⁈
いらないなら、母親に返せよ!」
そう叫んだ
「
気持ちは分かるけど、結婚も、離婚も、生贄を決めたのも、あの人の父親、領主であって、彼じゃないんだよ。」
「同罪だ!嫌なら、反対すればいいだろ⁈知ってて反対しないのは、賛成したのも同じだ!」
その態度に、
「おい!聞いてんのか!オッサン‼︎」
「…………。」
僕の父は、チラリと
「そうかよっ!親父もクソなら、テメェもクソか!ある意味、同情しなくて済むな。冤罪で死刑になろうが!」
その
「……あの父に、誰が逆らえたと言うんだ?」
「人の所為にしてんじゃねぇ!自分はどうしたかったんだよ⁈」
「特に何も……。……というか、別に生贄にしたっていいじゃないか。息子は、死病にかかってたんだ。死期がちょっと早まっただけだろ?」
「このやろうっ!!」
慌てて
「も〜
その時、自然と僕の目から、涙がボロボロと溢れてきました。
別に、父の冷たい態度が、期待と違っていたらか悲しかった訳ではありません。
「えぇ⁉︎ミツチ?なんで⁉︎なんで泣いてんの?」
「同情して泣いてんの?困ったな〜。」
『ごめんなさい。
僕は、涙と鼻水を袖で拭いながら、どうにか答えました。
「そうだよね。辛いよね。
親同然の師匠が、突然、妖術士を辞めて、
その言葉に、僕らは、えっ⁉︎っと顔を上げました。
「
「えっ?情緒不安定?
っていうか、
「そこじゃない!お師匠が何だって⁉︎」
近いと注意をされたのに、
「は?結婚の話?
「何で?何でそうなったんだよ!」
「し、知らないよ!引越しの報告と同時に聞いたんだ。」
「聞いてねぇよ!!」
「私に言われても……。」
そんなやり取りをしていると、
そして、その頭上には、全部退治したと思っていた蛾の妖怪、
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