第14話 生贄

文字数 9,276文字

 雷梛(らいな)の町の人達に、体が腐っていく呪術がかけられている事を知った僕らは、洋品店の外へ出て、外で動けなくなっている盗賊達を、もう一度観察する事にしました。

「お前達は、軽症な奴を探しておいておくれ!できれば、受け答えができる奴を。」

 そう僕らに指示を出すと、蓮林(れんりん)村長は走って町の中心地の方へ行ってしまいました。

「お、おい!」

 八咫(やた)がそう声をかけた頃には、既に村長は、豆粒ほど小さく見えるぐらい遠くに。元気いっぱいですね。

 盗賊達の症状は、どれも同じ様なものだろうと思っていましたが、人によってバラバラでした。
 既に、足が黒く変色し始めている者もいれば、まだ赤く腫れているだけの者も。その差は、町の中心地から正門に続く表通りにいた人ほど症状が酷く、表通りから離れた場所にいた人ほど症状が軽い様でした。

「きっと、これをやった怪異は、正門から表通りを通りながら術を発動したのかもしれないな。」

 八咫(やた)の推理に、僕は頷きつつ、冷や汗が背中を流れるのを感じました。
 
『だとすると、この怪異は、わざわざ近寄らなくても、広範囲にわたって術をかけられるという事ですね。つまり、こうしている間にも、呪術がかけられてしまう危険がある……。』
「ヤベェな……。
 けど、そんなヤベェ奴、姿を目にしなくても、邪気がヤベェはずだ。気配に注意しておこうぜ!」

 僕らは、正門から一番離れた位置にある民家で、僕らの呼びかけに反応できる中年の盗賊を見つけました。
 その中年男性は、箪笥の中を物色している最中に固まってしまった様で、右手にはネックレス、左手には指輪を持っていました。
 八咫(やた)は、その男性の手から、ネックレスと指輪を取り上げ、箪笥の中に戻してから、改めて質問をしました。

「俺の声が聞こえてる?」
「うぅ……。」
「痛みは?」
「うぅうぅうぅ……。」
「全く?何も感じない?」
「うぅ……。」

 僕は少し安心したものの、直ぐに考えを改めました。だってそれは、痛みで気絶する事ができないという事。意識があるままずっとこの状態で、腐っていく自分の姿を見つめながら死んでいくのです。

「そうか……。……こうなった時、何か見た?」
「うぅうぅ……。…………うぅ、ううううぅ!」

 何か訴えたそうですが、何を仰っているのか全くわかりません。八咫(やた)は顔をしかめ、少し悩んでから、また質問をしました。

「こうなった時は見てないけど、その前に、怪しい奴を見たって事?」
「うぅ!」
「そいつは、化け物?」
「…………ううぅ…………。うぅ……。」
「え?どっち?」
『化け物に見えなかったけど、今思えば、怪しかったって事でしょうか?』
「うぅ!」

 八咫(やた)が、おぉ!っと嬉しそうに声を上げました。

「よし、つまりその化け物は、人の姿をしてたって事か?」
「うぅ!」
「因みに、あんたに霊感は?」
「うぅうぅうぅ……。」
「誰にでも見える、人の姿をした化け物か……。」
「うぅ!」
「男?」
「………う………うぅ……。」

 ハイかイイエで答えられる質問を細かく繰り返して分かったのは、この事件を起こした怪異の正体は、人の姿をした20代の男性である事。そして、午前3時に彼はその男性を見かけた。
 その後、この家で物色していたら急に動けなくなっていた……。っという事らしいです。多分。

 僕らは、蓮林(れんりん)村長と合流する為に、正門の方へ向かう事にしましたが、村長の方が、僕らを先に見つけてくれました。どうやって、僕らがこんな裏路地にいる事を知ったのでしょう?
 色々と聞きたい所ですが、僕らは、先ほどの得た情報を、村長に報告しました。

「誰にでも見える人の姿の怪異って事は、大物妖怪か、悪鬼だろう。やはり私達の手には負えないね。」

 大物妖怪や悪鬼など、力が強い怪異は、霊感がない人にでも見える姿に化ける事ができます。安托士(あんたくと)の様に。
 第六感が鋭ければ、それは人ではないと判断できますが、普通の人では、全く見分けがつかなく、知らないうちに怪異に惑わされている場合が多いので、非常に厄介です。
 ほら、よく聞く怪談に、とんでもない美男美女と結婚したものの、実はその正体は怪異で、日増しに精気を吸い取られ、程なくして死んでしまうという話。

「とにかく、大物って分かったんだ。総本山に報告すれば、直ぐに上級以上の妖術士を派遣してくれるんじゃね?」

 八咫(やた)が、正門の方に向かい始めたので、僕らも続きました。

『そうですね。急いで戻りましょう!』
「って言うかさ、さっきの役人、なんでこの町の人達が腐ってきてるって事言わなかったんだよ?分かってれば、もっと早く調査を終わらせられたのに!」

 八咫(やた)がむくれました。

「建物の中に町の人を移動させてから、一度も中を確かめてないんだろう。ある意味、良い判断だね。」
「何でだよ⁉︎無責任だろ?」
「原因が分からないんだ。下手に、町の中に長居すれば、盗賊達の様に、ミイラ取りがミイラになっちまうかもしれないだろ?
 戊雲(ぼうん)様達が、無事にこの町から出られたのは、運が良かっただけ。」

 おっしゃる通りです。僕らが安全なんて保証はどこにもありません。こうしている今も。
 僕らの足は、自然と足早になりました。

 裏路地から、表通りに出た所で、突然、高所に立った様な、下半身がゾワっとする感覚が起こり、一瞬体が硬直してしまいました。
 急いで辺りを見渡しましたが、何も視えません。邪気も感じません。ですが、明らかに異様な気配があります。

「あ、あれ……。」

 八咫(やた)が、大通りの中心地方面で何かを見つけた様で、足を止めました。
 僕もその視線の先を見ますが、その先には噴水広場が見えるだけ。祭りの会場でもあったのか、特に祭りの装飾が派手に施され、屋台がずらりと並んでいます。怪異が起こってなければ、今頃、人がわんさかいて、さぞかし胸踊る光景だった事でしょう。

 じっと目を凝らしていると、その噴水広場から、誰かがこちらへ歩いてくるのが見えました。
 お役人……でしょうか?
 一瞬そう思いましたが、そうでないという事が、直ぐに分かりました。
 その人が近づくにつれ、先ほどから感じていた下半身がゾワッとくる感覚が強くなり、全身の鳥肌が逆立ち、嘔吐してしまいそうなぐらいです。
 あんなのが人であるはずがありません。あれが、この町を悲劇にした大物怪異でしょう!
 
『は、は、早く……逃げ……ない……と……。』

 八咫(やた)達に向かって言いましたが、声が小さすぎたのか、二人には聞こえなかったようです。しかも、二人には僕が感じている様な感覚がないのか、「役人か?」とか呑気に言ってます。

「ミツチ、どうしたんだい?!」

 恐怖で足がすくみ、腰を抜かしてしまった僕に気づいた蓮林(れんりん)村長が、慌てて僕に駆け寄りました。

『あ……あの人が、怪異の正体です!に、に逃げないと!』
「え?!」
 
蓮林(れんりん)村長は、顔を曇らせ、こちらに歩いてくる人の方を見ました。
 その人は、普通の人間に見えます。華奢な感じの……中性的な顔立ちの美青年で、変わっているのは、見た事もないような異国風の服に、異国風の顔立ち。

「怪異って……、普通の人に見えるぜ?邪気もねぇし……。」

 八咫(やた)は肩をすくませました。

「そんなのどっちだっていい。とにかく逃げるよ!」

 蓮林(れんりん)村長は、僕の言葉を信じてくれたようです。
 戸惑いながらも八咫(やた)は、僕を立たせてくれました。ですが、僕の足は全く動いてくれません。というか、歩こうとするとまた足が崩れてしまいそうで、立っているだけで精一杯です。しかも目線が、あの怪異から離せません。
 既に、あの怪異の術にかかってしまったのでしょうか?!

「ほらっ!!」

 蓮林(れんりん)村長に背中をバシッと叩かれ、ようやく動けるようになった僕は、二人と一緒に、脱兎の如く駆け出しました。どうやら恐怖で動けなかっただけのようです。

 一番近い門は、僕らが入ってきた正門。集中して走りたいのに、背後から怪異が迫ってくるのを、鳥肌が全力で反応してしまい、集中できません。しかも、鳥肌が立てば立つほど脳の司令塔がパニックを起こし、何度も足がもつれそうになってしまうので、上手く走れません。
 痛いほど早く脈を打つ心臓が、もう限界だと悲鳴を上げ始めた頃、やっと正門があと100mの所に。
 ですが、焦っているせいか、その100mが恐ろしく長く感じます。腹立つ事に、さっき若い役人が、立ち去るついでに、倒していった盗賊達の体が転がっているので、余計走りにくいです。

『わぁぁ!!ご、ごめんなさい!』

 なんとか盗賊達を飛び越えたり避けたり、つまづきながら門まで辿り着いた僕らでしたが、なぜか潜り戸が開きません。
 押しても引いても無駄でした。どうやら外側から鍵をかけられてしまったようです。

『そんな!』
「開けろ!開けてくれっ!」
「ちょっと誰かいないのかい?開けておくれ!」

 僕らは、ドンドンと一生懸命潜り戸を叩きますが、扉が開く気配はありません。

「絶対開けるな!」
「なんかあったんだ!」

 扉の向こう側から、そう喚く人々の声が聞こえます。なんと、僕達を見捨てるつもりのようです。この人手なしっ!

 背後を振り返ると、人の姿をした怪異が、もう直ぐそこまで。

「村長!なんとかできないのかよ!?」
「坐禅を組むんだ!」

 非常に簡単な指示です。訳が分かりませんが。
 「神頼みかよ」等と文句を垂れる八咫(やた)を無視して、蓮林(れんりん)村長は、地べたに腰を下ろすと、坐禅を組んで、目を閉じてしまいました。
 僕の中の邪神が現れ、助けてくれないのかな?とも期待しましたが、そんな気配は微塵も無く、  もうダメ!だと覚悟した八咫(やた)と僕は、蓮林(れんりん)村長の横で、坐禅を組み、ギュッと目を閉じました。もう、なる様にしかなりません。

 所が、人の姿をした怪異は、僕らの直ぐ近くにいるはずなのに、何もしてきません。
 指を少し動かしてみますが、まだ動きます。
 恐る恐る、目を開け、顔を怪異の方に向けると、怪異は、穏やかな微笑みで僕らを見つめていました。

「ほぉ……。確か其方は、九九村(くく)村の長だったな。」

 その怪異は、優しげに蓮林(れんりん)村長に向かって言いました。

「其方には、恩がある。……

は見逃してしんぜよう。」
「え?」

 蓮林(れんりん)村長は、怪異を見上げ、小首を傾げました。

「其方のおかげで、我らは力をつける事ができたのだ。」

 怪異は、クククと笑いましたが、蓮林(れんりん)村長は曇らせたままです。

「なんの話でしょう?」
「我らの輩を大事に封印しておいてくれただろ?」

 輩?封印?それは、九九村(くく)村に封印されていた悪鬼ニルフさんの事でしょうか?
 じゃあ、逃したのは、この人?!だとすると、この人も悪鬼!!
八咫(やた)蓮林(れんりん)村長も僕と同じ事を考えたのか、ニルフさんもここにいるんじゃないかと、キョロキョロしました。

「安心せよ。ここにいるのは我だけだ。」

僕らの考えを読んだ悪鬼は、クスクスと笑うと、自分のお腹を指でさしました。

「ニルフは、我らが大事に食した。」

えっ?!
僕らは、美しい悪鬼の顔を見上げました。

「仲間を喰ったのか?」

八咫(やた)が、掠れるような声で言いました。

「力をつける為には、糧が必要であろう?其方らが、生き物を喰らうように。」

怪異が、他の怪異を喰らうのは知っていましたが、悪鬼は同族を喰らうなんて……。

「まさか、最近、各地で悪鬼や大物怪異の姿が消えてるのって……。」
「我らが食した。崇高な目的の為に。」
「目的?」

八咫(やた)の質問に、悪鬼は答えず、蓮林(れんりん)村長に立ち去る様に言いました。

「こ、子供達も、見逃して下さい。」

 蓮林(れんりん)村長が、声を震わせながら懇願してくれました。

「それは、なりません。崇高な目的を達成するには、大量の生贄が必要なのです。」
「生……贄?」
「それなら、代わりに私の命を奪って下さい。」
「わかりました。なら、一人だけ見逃しましょう。さあ、選んで下さい。」
「そんな!」

 蓮林(れんりん)村長は、何度も怪異に、二人とも見逃す様に訴えましたが、答えは変わりませんでした。

『なら、僕の命を奪って下さい。』
「「ミツチ!?」」

 僕は、八咫(やた)に耳打ちしました。

『大丈夫です。邪神がなんとかしてくれます。』

 嘘でしたが、可能性としては賭けてみるしかありません。僕との契約もありますし。

「よかろう。」

 悪鬼は、口から紫色の煙を吐くと、僕と蓮林(れんりん)村長に吹きつけました。
 僕は、目を閉じ、姿勢を正して座り直しました。その直後、たちまち体が石化した様に動かなくなり、感覚も消えたかの様に何も感じなくなりました。
 頭の中で、邪神に助けを乞いましたが、ピンチなのに何もしてくれません。

「おっおい!ミツチ!」

 八咫(やた)がパニックになって、僕らの周りであたふたしているのが、足音と、息づかいでわかります。
 ごめんなさい。どうやら作戦は失敗です。

 悪鬼は、用は済んだとばかりに、スーッと気配を消しました。

「き、消えた!門の扉の中に消えた!」
 
 八咫(やた)が、そう実況をしてくれた直後でした。門の外から、大勢の阿鼻叫喚が。

「何?なんだ?なにがっ⁈わーっ!!!」
「助けて!なんなの⁈きゃーーーーーーーーっ!!!」
「何が起こってる⁈逃げろ!!!」
「ぎゃーーーーーーー!!!」
 
 悪鬼は、門の外にいる大勢を狙った様でした。
 
「ミツチ、村長!今直ぐ寺へ戻って、助けを呼んでくるからな!
 ぜってぇ、腐るなよ!」

 塀をガリガリとよじ登る様な音がした後、「直ぐ戻ってくるからな!」っと頭上の方で又八咫(やた)の声がしてから、八咫(やた)の気配が消えました。
 無事に、戻れると良いのですが……。八咫(やた)が慌てて足を滑らせ、崖から落ちたりしないか心配です。
 坐禅をする事で、悪鬼の術を回避する事ができるのかと期待もしていましたが、そんな事もなかった様です。まぁ、坐禅しておけば、安定して、倒される事もないでしょうし、目を閉じてるから、目にゴミや虫が入ってくる心配も無いでしょう。
 とはいえ死ぬんですから、そんな心配をしても仕方がないですね……。

 “馬鹿者!!“

 頭の中で邪神の声がしました。

 『あぁ。良かった。早く助けて下さい。』
 “無理だ!“
 『え?』
 “飛天にやられたら、助けられんと言っただろ?だから、早く遠くへ逃げろと忠告したのだ!“
 『飛天?悪鬼じゃなくて?』
 “飛天も悪鬼も同じだろ?“
 『え?いえいえ、悪鬼とは、天人が闇堕ちてなった者の事ですよね?』
 “誰がそんな事言った?“
 『一般常識?』
 “そんなの、人間が勝手に言い出して、勝手に信じてる事だ。
 ワシだって、邪神なんかにも水神になんかにも、そもそも神なんかになった覚えはない。人間が勝手にそう呼んでるだけだ。“
 『えっ⁈そうなんですか?
  ……え〜……。じゃあ、神様っていないんですか?』
 “それは知らん。言える事は、ワシの種族は、貴様らが思っている様な”神”という存在ではない。
 ワシらや飛天は、肉体を持たない生命体なだけで、肉体がないから死なず、ちょっと地上の生物より、強いだけだ。
 アリにとっての、人間が飛天で、象がワシらのようなもんだろうな。
 という訳で、ワシらに祈っても無駄という事だ。“
 『そんな……。
 じゃあ、この状況どうしたら良いんですか?』
 “自分で考えろ!ワシは、お主が死んだら、お前の魂を取り込み、他の生命体に寄生するか、昔の様に、山に宿ればいいのだから、別に困りはしない。
 お主に宿ってやったのは、人間の食い物に興味があったってだけだ。まぁ飲酒とやらを体験せずに死ぬのは無念だが……。“
 『そんなのが目的で、僕の体に?』
 “それ以外に何が?
 初めは、興味などなかったんだが、ワシの憎悪が剣に封印された後、和尚がワシに塩大福をくれてな。それの美味い事美味い事。感動した!! 
 貴様に宿り、病を治しつつ生かせば、もっと美味い物が食えるぞっそう聞いたから、契約をし、宿ってやったんだ。“
 『嘘ですよね?食べ物に釣られて、僕に宿ったんですか?』
 “山は、沢山の生き物達を愛でるにも、昼寝にも最高の場所だが、食事ができんのだ。ほら、山には口も舌もないだろ?
 山の生き物達が、寿命で亡くなった時、魂を頂く事はあるが、魂には味がないしな。“
 『…………魂を頂くって、死んだ魂は、天国に行かないのですか?』
 “天国?人が想像して作った土地か?人間とは、想像力豊かだな。
 ワシの腹の中が、その天国だと良いな。ワハハハハハハ!!“

 色々幻滅しました。
 その後も、よほど喋りたかったのか邪神は、持論をあれこれ語っていましたが、後もう少しで死ぬのかと思うと、何も頭に入ってきませんでした。
 せめて、死ぬ前に、母方の祖父母に会っておきたかったです。

 “あぁ?なるほど、アレがまた生えたから、生贄が大量に必要なのか……。“

 突然、邪神が妙な事を言い出しいました。

 『え?』
 “ほら、見てみろ。アレを。“

 そう言われても、目を閉じてるので何も見えません。

 『見えませんが……。』
 “おぉそうだった。ハハハハ!
 いいか、元飛天の国があった場所に、今、巨大な木が生えておる。“
 『飛天の国?……それってシャルですか?!大昔に滅んだ?』
 “そんな名だったか?人が名付けた名など覚えておらん。“
 『いえいえ、ずっと僕の中にいたのなら、それぐらい授業で習ったでしょ?』
 “授業?知らん。食う時以外は寝ておったからな。“
 『本当に、食べ物にしか興味ないんですね。』
 “う、うるさい!とにかくだ、あの巨大な木が現れ、天に届くまで成長し、空を覆い尽くすほどの枝や葉が生い茂り、大輪の花が咲くと、飛天達の母、”聖母”が復活する。そして、聖母によって、この国に天変地異が起きるのだ。“

 信じられません。雷梛《らいな》の町で起きている事こそ、既に天変地異に近いのに、更に酷い事が、この国全体を襲うなんて……。

 『なぜ、飛天達は、この国に天変地異を起こさせたいのですか?』
 “もちろん、飛天の国が滅ぼされたからだろ。その復讐だ。以前にもその話はしただろ!“
 『つまり、飛天達は、天変地異をこの国に起こさせたいから、その”聖母”を復活をさせたいと?』
 “違う。飛天達は聖母の駒に過ぎん。聖母がこの国に復讐したいから、駒である飛天達が動き回っておるんだ。“
 『じゃあ、聖母の意思で、復活していると?』
 “そうだ。普段は何をしてんのかは知らんが、ふと復讐を思い出し、気まぐれであの巨木が現れんだろうな。
  で、その合図を視た飛天達が、聖母が復活できる様、せっせと生贄を集めておるんだろう。“
 『ですが、なぜ、今更復讐を?』
 “今更?ワシの話を聞いておらんかったのか?”アレが

生えた”と言っただろ?
  飛天の国が滅ぼされてから、14回はあの巨木が現れておったな。“
 『えぇっ!?14回も?』
 “気まぐれだと思うのは、定期的ではないからだ。
 とにかく、復活し、天変地異が起これば、飛天の国を滅ぼした7つの王家の末裔である長が全て死ぬまで続く。地震や、竜巻やら、洪水やらがな。“
 『死ぬまで?7人全員って事ですか?』
 “そうだ。“
 『その復讐を止める方法は、ないのですか?』
 “復讐を止める方法はないが、聖母による天変地異を回避する方法はある。
 それと、人間達は、その回避方をとうに解明し、4回目以降からは実行し、回避できておる。“
 
 僕は、胸を撫で下ろしました。なんだ、もう解明されてたんですね。良かった。
 
 『因みに、それはどうやって?』
 “7つの王家の末裔である長達を、聖母復活の前に、生贄として捧げる事だ。
 聖母の目的は、7つの王家の血筋を根絶やしにする事だからな。“
 『えっ?!』
 “貴様の親父も、連れて行かれただろ?“
 『は?!えっ?!
  父が連行されたのは、貴族達の大規模汚職事件を隠蔽する為に、鹿野宮(かのみや)家の若旦那様、唐久(とうく)様の暗殺容疑がかけられてしまったから……。その裁判の為ですよ?』
 “フン!それは表向きだろ?
 きっとその裁判には、なんやかんや理由をつけて、他の6人も喚ばれてるんじゃないか?
 宴会や何かなら、欠席する者もおるだろうが、人生や一族の名誉なんかがかかっておれば、這ってでも出席するだろう。“
 『嘘ですよね?!
 で、でも、あんな巨大な木が現れたら、裁判だろうが一歩も外から出ないんじゃないですか?まして、国王なんて。』
 “あれが視えるのは、第六感が優れた者だけだ。
 今頃、あの巨木が視える妖術士や祈祷師共が、大慌てで生贄の儀式の準備をしておるだろう。
 現に、和尚もずーっと寺には戻っておらんだろ?“

 邪神は、ガハハハっと大笑いをしました。
 信じられませんが、そうかもしれません。父だって、裁判さえなければ、刑務所から出る事などなかったでしょう。しかも、暗殺容疑を言い出したのは、確か祈祷師……。
 それに、和尚様が、理由も言わず長期出張なんて……、今までなかった事です。

 『でも、なぜ、こんな離れた町の人達を生贄に?これから巨木の所へ運ぶのでしょうか?』
 “運ぶ必要はないし、場所も関係ない。
 原理は、普通の植物と一緒。大量の生贄が朽ちる事で、腐葉土となり、あの木を成長させるのだ。“
 『じゃ、じゃあ、雷梛(らいな)の町の下に、その巨木の根が?』
 “その通り。もう400年近くも経っておるから、根は、もう全土に広がっておるのではないか?“
 『それって、ここ以外でも、町の人達が生贄に?』
 “さあな。
 おぉ!貴様や、この町の者達が助かる方法を思い出したぞ!“
 『なんですか?!』
 “ふふん。貴様らの命が尽きる前に、7つの王家の末裔である長達が生贄に捧げられる事だ。“

 そんな……。
 最後に見た父の姿を思い出してしまいました。この世に絶望し、諦め切った姿を。
 祖父の駒として利用され、祖父の罪を背負いずっと投獄され、その挙句、祖先が犯した罪のせいで、生贄にされるなんて……。
 
 『そういえば、僕に、父と一緒に国外へ逃げるように言いましたよね?
 それって、どういう意味ですか?
 もしかして、生贄が国外へ逃げれば、生贄にならなくてもいいって事ですか?』
 “正確にいえば、あの巨木の根が届かない場所だ。
 気配が分からなければ、血族が耐えたと判断するだろう。“
 『じゃあ、生贄なんか捧げないで、さっさと国外へ逃げさせればいいじゃないですか?!』
 “はぁ?何言ってんだ。
 人間共は、それを知らぬから、律儀に生贄を捧げておるんだが?“
 『なぜ、それを早く教えて下さらなかったんですかっ?!!』
 “言っただろ?親父を連れて逃げろって。
 詳しく話してやろうと思っていたのに、貴様が話の腰をボキボキ折りまくったから、時間切れとなってしまったんだ!
 ったく、これだから反抗期のガキは嫌いなのだ。人の言う事は聞かない、悪い事は全て人の所為。信じらんな〜い。“

 むむっ……。
 色々反論したい所ですが、言われた通りでもあります。あの時、黙って最後まで話を聞いていたら、生贄の必要はないと伝えられたのに!
 早くその事を知らせないと!でも、どうやって知らせたら……?
 
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登場人物紹介

八咫(やた)  


布能洲《ふのす》寺、カラス門戸の妖術士見習い。15歳。


性格:楽観的でお調子者だが、たまに、冴えた事を言う。素直で、努力家。

能力は:妖術士の中では、一番第六感が弱いが、体力は見習いの中で一番で、駿足は妖術士の中で、一番。

以前は、兄と住んでいたが、ある怪異事件によって兄が死んでしまった。その後、布能洲《ふのす》寺で引き取られる事になった。

ミツチ


布能洲《ふのす》寺、カラス門戸の妖術士見習い。14歳。

性格:心配性で、頭でっかちになりがちだが、謙虚で、誰にでも優しい。

能力:妖術士の中では、一番の第六感の持ち主だが、その分、邪気に当てられやすい。小柄で、痩せ気味なため、体力があまりないが、勉強家。

幼い頃、水妖に襲われ、カラス門戸の妖術士達に助けられた。だが、記憶を失っていた為、布能洲《ふのす》寺で引き取られる事になった。

嶺文(れいぶん)


八咫とミツチの師匠。

布能洲(ふのす)寺カラス門戸の上級妖術士。年齢不詳。

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