第10話 西野家
文字数 1,439文字
鬼嫁っていうのは見た目のことじゃないのでね。現にこの奥様はとっても美人だ。猛進する猪さえ、直線に飛ぶ渡り鳥たちさえ振り向くほど。
「美織です。よろしくね、彦星 くんっ」
「ひ……ひこぼし?」
今度は湊斗くんのほうが声を裏返らせる番だった。
「だってそんな感じじゃない? 星好き男子、『彦星くん』がピッタリだよ! いいよね? ね?」
「えっと……あ、はい」
可否どころか名乗ることさえも許さない高圧笑顔。湊斗くん……いや、彦星くん、もはや笑っていた。ははは。
「がんちゃんの車で来てるの。みんなで乗って帰ろ? なゆうちゃんももう帰ってるよ」
彦星くんにはわからない話をしながら階段を降りると、受付カウンターでデカいおじさんと安田さんが立ち話をしているところだった。あら? その脇にはさっきのデブ猫が。ちゃっかりおマンマを頂戴していた。
「おう星野くん、おつかれさん」
「ども。がんさん」
館長が会釈をするそのデカいおじさん、岩永 さん、通称がんさんは館長から彦星くんのことを簡単に聞くと「ほー、星野 二世か!」と言ってデカい笑顔を見せた。彦星くんはぺこりとお辞儀をしつつ、オリオンみたいだ、とボソリとつぶやく。力自慢の狩人、オリオン座のオリオンさんか。たしかにな。
それはさておき。あのー、少し前から気になってはいたけど、この館長はたしか『
そうして着いたのは緑溢れる山を背にした古い日本家屋。お世辞にも立派、とは言い難いけどそれなりに趣きがあって悪くない。表札にはやはり『西野』の文字。この件はもういいかな。
玄関の脇には簡単な木のベンチが置いてある。その隣には、自転車と鉢植えの朝顔。庭は狭いけど一応あって、茂る草の中には茶白に枯れた紫陽花と背の高い向日葵の蕾がにゅっと顔を出していた。その庭の隅には中くらいの大きさの木。分厚くて強そうな濃い色の葉を何枚も重ねている。そしておそらくそこにいるのであろう蝉の声がさっきからとってもやかましい。というか裏の山からもギャンギャン蝉の声がしている。ううう。もはや騒音だな、こりゃ。
「どうぞー」と美織さんに勧められて中に入る彦星くん。板張りの廊下を進んで座敷に着くと途端に「えっ」と声が出た。そこには想像を超える数のご馳走が並べられていたからだ。
「今日から娘のなゆうちゃんが帰省してるの。それでちょっと奮発ってわけ」
飛ばされたウインクは戸惑いつつ受け取ったもののそんな家族団欒の場によそ者の自分がいてもいいとは思えない。……って顔だった。
「え、と……だれ?」
戸惑っている人はもうひとり。ご馳走を前にちょこんと座る女の子だ。おそらくこの子が娘さんの『なゆうちゃん』だね。
「ああ、この子は『彦星くん』。今日からうちで下宿することになった、星くんの……弟子?」
「弟子じゃない。天文館で働きたいっていうから、ちょっと面倒みるだけだよ」
美織さんの紹介を受けて館長が呆れ顔でそう訂正した。
「あ……よろしくお願いします」
彦星くんがぺこりと頭をさげるとなゆうちゃんもぺこりとさげ返した。それからなにか言いたげにこちらを……お? へ? こちらを見てる?
「おー、うんまそやのー」
「ええんかな、私まで呼ばれてしもて」
がんさんと安田さんがなだれ込むように入ってきてその視線は俺から逸れた。いや、気のせいだったかな?
考える間もなく宴会が始まった。
「美織です。よろしくね、
「ひ……ひこぼし?」
今度は湊斗くんのほうが声を裏返らせる番だった。
「だってそんな感じじゃない? 星好き男子、『彦星くん』がピッタリだよ! いいよね? ね?」
「えっと……あ、はい」
可否どころか名乗ることさえも許さない高圧笑顔。湊斗くん……いや、彦星くん、もはや笑っていた。ははは。
「がんちゃんの車で来てるの。みんなで乗って帰ろ? なゆうちゃんももう帰ってるよ」
彦星くんにはわからない話をしながら階段を降りると、受付カウンターでデカいおじさんと安田さんが立ち話をしているところだった。あら? その脇にはさっきのデブ猫が。ちゃっかりおマンマを頂戴していた。
「おう星野くん、おつかれさん」
「ども。がんさん」
館長が会釈をするそのデカいおじさん、
それはさておき。あのー、少し前から気になってはいたけど、この館長はたしか『
西
野』さんじゃなかったっけ? だとしたら『星
野』は……あだ名? 賑やかな車内で彦星くんがその真相を聞くことは叶わなかった。そうして着いたのは緑溢れる山を背にした古い日本家屋。お世辞にも立派、とは言い難いけどそれなりに趣きがあって悪くない。表札にはやはり『西野』の文字。この件はもういいかな。
玄関の脇には簡単な木のベンチが置いてある。その隣には、自転車と鉢植えの朝顔。庭は狭いけど一応あって、茂る草の中には茶白に枯れた紫陽花と背の高い向日葵の蕾がにゅっと顔を出していた。その庭の隅には中くらいの大きさの木。分厚くて強そうな濃い色の葉を何枚も重ねている。そしておそらくそこにいるのであろう蝉の声がさっきからとってもやかましい。というか裏の山からもギャンギャン蝉の声がしている。ううう。もはや騒音だな、こりゃ。
「どうぞー」と美織さんに勧められて中に入る彦星くん。板張りの廊下を進んで座敷に着くと途端に「えっ」と声が出た。そこには想像を超える数のご馳走が並べられていたからだ。
「今日から娘のなゆうちゃんが帰省してるの。それでちょっと奮発ってわけ」
飛ばされたウインクは戸惑いつつ受け取ったもののそんな家族団欒の場によそ者の自分がいてもいいとは思えない。……って顔だった。
「え、と……だれ?」
戸惑っている人はもうひとり。ご馳走を前にちょこんと座る女の子だ。おそらくこの子が娘さんの『なゆうちゃん』だね。
「ああ、この子は『彦星くん』。今日からうちで下宿することになった、星くんの……弟子?」
「弟子じゃない。天文館で働きたいっていうから、ちょっと面倒みるだけだよ」
美織さんの紹介を受けて館長が呆れ顔でそう訂正した。
「あ……よろしくお願いします」
彦星くんがぺこりと頭をさげるとなゆうちゃんもぺこりとさげ返した。それからなにか言いたげにこちらを……お? へ? こちらを見てる?
「おー、うんまそやのー」
「ええんかな、私まで呼ばれてしもて」
がんさんと安田さんがなだれ込むように入ってきてその視線は俺から逸れた。いや、気のせいだったかな?
考える間もなく宴会が始まった。