第7話 天原天文館
文字数 1,705文字
さて。駅を出て目指すのはどこなのかってぇと、どうやら『天文館』がこの近くにあるらしい。これは担任教師が「せっかくだから立ち寄ってみるといい」と紹介してくれたんだ。
にしても緑が深いな。そして蝉がうるさい。けたたましい。道は舗装こそされてはいるものの車の往来はほぼなく白く砂けてひび割れが目立つ。おっとイタチのような動物が横切った。
動物といえばさっきから背後数メートルに気配があるね。たぶんさっき駅にいたサビ柄のデブ猫だ。なんでついてくるんだ?
そうこうするうちに目的地にたどりついたらしい。
古びた茶色いレンガ風の外観。濃い緑色のツタが絡んでいて、建物の周りには草が深く茂る。年代ものの黒い門には、……なんだこりゃ。えらく読みづらい字だが、ふむ。どうやらこう書かれているらしい。
『天原天文館』
「てんげん」……じゃない。「あまばら」だ。この辺りの地名だね。『天原天文館 』。天文館っていうのはご存知、プラネタリウムなどでおなじみのお星様の博物館、みたいなところ。おっとデブ猫が先に門をくぐって行った。ここの猫なのか? まさかね。
「ここだ……」
《やぁっと着いたねえ》
無視にはもう慣れた。怒りも憤りもないさ。俺はただ温かにこの少年を見守るだけだよ。
湊斗くんがガラス製の重いドアを開くと、そこには古い施設特有の芳ばしいような香りが漂っていた。館内は冷房が効いていて火照った身体にとってこれはありがたい。ここに冷えた麦茶でもあればもうサイコー! なんだが、さすがにそこまで求められないな。ここは親戚の家ってわけじゃないんだから。
入口すぐにある受付にはふくよかな淑女がひとりいた。よく見るとカウンター内の椅子に腰掛けたままうたた寝をしている。う、これは話し掛けづらい。が、がんばれ湊斗くん。
「……すみません」
遠慮気味に声をかけた。しかし返事はない。残念だがたぶん聞こえてない。
「あの」
今度は少し強めに言った。すると淑女はまるで封印が解かれた石像のようにゆっくりとその目を開きごごごごご……という音、は鳴らないがそんなふうに動いて「あれま、いややわ」と照れた笑みを見せた。あら。案外チャーミング。
「あの……館長さん、お見えでしょうか」
湊斗くんが緊張したような堅い声でそう問いかける。すると「はあ……ちょっと待ってくださいねえ」と淑女は困惑しつつも柔らかな口調で応えてカウンターからのっそりと出てきた。ゾウ、それはまるでゾウみたいだった。
「こちらですぅ」
言いながらゾウのおしりをふりふり薄暗い階段を登ってゆく。階段は少年の通う学校のものになんとなく似ているが幅はそれよりも広く、手すりは木製でそれなりに立派なものだった。
明るく吹き抜けになっている二階からは先ほどまでいたロビーが見下ろせる。これまたお洒落レトロな木製の柵に沿って廊下を突き当たりまで進むと『館長室』と札がかかったデカい木の扉が見えた。
淑女の名札をちらりと盗み見ると『安田 』と書かれていた。そのゾウのマダム、安田さんは、コンコンコン、とその扉をノックして声をかける。
「館長ー? お客さんですよー?」
西日本特有の田舎訛り。湊斗くんにとっては聞き慣れないイントネーションだよね。てっきり館長も同じなのだろうと思ったが、実際会ってみるとその予想はいろいろと外れた。
「いやあ、お待たせしてすいません……え」
どうやらそれは相手も同じだったようだけど。
「こちらが館長のほし……んん、ええとぉ……にし、そう、西野 さん。ほじゃ、私はこれで」
安田さんは愛想良くにこりとして軽く頭を下げると、くるりと向きを変えてまたのそのそと歩いていった。
さて……。天文館の館長といえば物静かな老人、というイメージがよくあるけど、俺たちの目の前にいるこの館長はまだ若いおじさんだった。白髪もほとんど目立たない。たぶん湊斗くんのお父っつぁんと同じくらいか、あるいは年下かもしれない。
「館長さん、あ、なんていうか、その……お若いんですね」
ついて出たらしい湊斗くんの言葉に館長は面食らった顔をしてから苦く笑う。「おまえこそな」とその顔に書いてあった。
「で、僕に何の用で?」
にしても緑が深いな。そして蝉がうるさい。けたたましい。道は舗装こそされてはいるものの車の往来はほぼなく白く砂けてひび割れが目立つ。おっとイタチのような動物が横切った。
動物といえばさっきから背後数メートルに気配があるね。たぶんさっき駅にいたサビ柄のデブ猫だ。なんでついてくるんだ?
そうこうするうちに目的地にたどりついたらしい。
古びた茶色いレンガ風の外観。濃い緑色のツタが絡んでいて、建物の周りには草が深く茂る。年代ものの黒い門には、……なんだこりゃ。えらく読みづらい字だが、ふむ。どうやらこう書かれているらしい。
『天原天文館』
「てんげん」……じゃない。「あまばら」だ。この辺りの地名だね。『
「ここだ……」
《やぁっと着いたねえ》
無視にはもう慣れた。怒りも憤りもないさ。俺はただ温かにこの少年を見守るだけだよ。
湊斗くんがガラス製の重いドアを開くと、そこには古い施設特有の芳ばしいような香りが漂っていた。館内は冷房が効いていて火照った身体にとってこれはありがたい。ここに冷えた麦茶でもあればもうサイコー! なんだが、さすがにそこまで求められないな。ここは親戚の家ってわけじゃないんだから。
入口すぐにある受付にはふくよかな淑女がひとりいた。よく見るとカウンター内の椅子に腰掛けたままうたた寝をしている。う、これは話し掛けづらい。が、がんばれ湊斗くん。
「……すみません」
遠慮気味に声をかけた。しかし返事はない。残念だがたぶん聞こえてない。
「あの」
今度は少し強めに言った。すると淑女はまるで封印が解かれた石像のようにゆっくりとその目を開きごごごごご……という音、は鳴らないがそんなふうに動いて「あれま、いややわ」と照れた笑みを見せた。あら。案外チャーミング。
「あの……館長さん、お見えでしょうか」
湊斗くんが緊張したような堅い声でそう問いかける。すると「はあ……ちょっと待ってくださいねえ」と淑女は困惑しつつも柔らかな口調で応えてカウンターからのっそりと出てきた。ゾウ、それはまるでゾウみたいだった。
「こちらですぅ」
言いながらゾウのおしりをふりふり薄暗い階段を登ってゆく。階段は少年の通う学校のものになんとなく似ているが幅はそれよりも広く、手すりは木製でそれなりに立派なものだった。
明るく吹き抜けになっている二階からは先ほどまでいたロビーが見下ろせる。これまたお洒落レトロな木製の柵に沿って廊下を突き当たりまで進むと『館長室』と札がかかったデカい木の扉が見えた。
淑女の名札をちらりと盗み見ると『
「館長ー? お客さんですよー?」
西日本特有の田舎訛り。湊斗くんにとっては聞き慣れないイントネーションだよね。てっきり館長も同じなのだろうと思ったが、実際会ってみるとその予想はいろいろと外れた。
「いやあ、お待たせしてすいません……え」
どうやらそれは相手も同じだったようだけど。
「こちらが館長のほし……んん、ええとぉ……にし、そう、
安田さんは愛想良くにこりとして軽く頭を下げると、くるりと向きを変えてまたのそのそと歩いていった。
さて……。天文館の館長といえば物静かな老人、というイメージがよくあるけど、俺たちの目の前にいるこの館長はまだ若いおじさんだった。白髪もほとんど目立たない。たぶん湊斗くんのお父っつぁんと同じくらいか、あるいは年下かもしれない。
「館長さん、あ、なんていうか、その……お若いんですね」
ついて出たらしい湊斗くんの言葉に館長は面食らった顔をしてから苦く笑う。「おまえこそな」とその顔に書いてあった。
「で、僕に何の用で?」