第13話 実在してます

文字数 1,213文字

 部屋に戻ると館長が「ごめん、言うの忘れてた」と苦笑いしながら彦星くんに虫刺され用の薬を渡してくれた。見ると腕と脚、首まで、出ていたところはかなり蚊に刺されていた。あちゃー。気づくと途端に痒くなるよね。ちなみに俺は神だから刺されないんだよね。いいだろ。

 「あ、どうも」と受け取ってすぐに塗り始める彦星くんに館長は「荷物そこね」と座敷の隅を指さした。

「使える部屋のこととか、生活のことはあとで美織に説明してもらうから。まあ気楽にやってよ。それとさっき会ったと思うけど『なゆう』っていう……高校一年の娘なんだけど。普段は東京の高校に行ってるんだけど、夏休み中はここにいるらしいから。よろしく」

 高校一年、ってことは彦星くんよりひとつ年上だ。館長はそれから「あ、そうそう」と自分のカバンを探り始めた。

「あった、これね。一応素性のわかんない未成年を雇ったり住まわせたりはできないから。今日時間ある時に書けるとこだけでも書いといて」

 渡された紙は……ほほう。履歴書だった。もちろん中三の彦星くんは初めて書く。なんだか大人として扱われたようでちょっと嬉しいな。でも同時に身が引き締まる気もしてるみたいだ。

「ああでもそのうち風呂に呼ばれるだろうから、その準備が先かな」

 彦星くんが「わかりました」と返事をすると館長は「じゃ」と軽く手を挙げた。

 誰もいなくなって、座敷を見渡す。八畳の座敷が二つ続いていて、でかいテーブルが二つくっつけて置かれている。その上にあった食器は既に片付けられたあとで、コップが少しと、水滴や食べこぼしがあちこちにある。たぶんこれから拭くところなんだろうね。

 座布団は散らかったままになっていたから片付けを手伝うべきか彦星くんは一瞬迷ったみたいだ。けど「風呂の用意しといて」という館長の言葉を思い出したのか今回は手を出さないことにしたみたいよ。

 ちなみに俺は物には基本的には触れられないからなにもしない。風を起こしたりとかは多少できるけどね。怪現象にならない程度に。

 彦星くんは隅の荷物のところにしゃがんで、カバンのチャックを開いた。風呂の用意をするのかと思ったら、『天体図鑑』が最初に顔を出した。これはさっき天文館で食い入るようにその背表紙に視線を刺していた彦星くんに気がついた館長が「よかったら持っていく?」と貸してくれたもの。

 さっきまで見ていた星空を思い出してるんだろーね、嬉しそうに、なんならちょっと気持ち悪くニヤニヤしながらそのページをめくっていた。

「あのう……」

 そこに現れたのは館長の娘のなゆうちゃん。声をかけてくれてるんだけど、あーあ。彦星くん、集中してて全然気づいてないね。

《おーい、彦星くん。なゆうちゃんが話しかけてくれてるよー》

 ま、俺の声は常から無視なんだけどさ。

「あ、あの……やっぱり、実在してるんですね……?」

 実在……? 話がわからずその顔を見た。そしたらなんと。

 ばっちり目が合った。

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