第8話 湊斗くんの頼み
文字数 1,723文字
訊ねられて湊斗くんはごくり、とその喉を鳴らす。たぶんとっても緊張してるな、これは。一体なにを言うのかな? みんなはわかるか? ヒントは『片道切符』。そうそう。もうわかったね? でもそれってすごすぎやしないかい? ねえ。
「あの。……ここで働かせてもらえませんか!?」
館長、今度は「はあ?」とその顔に書いてある。すごくわかりやすい人だな。いやはや。でも無理もない。だってこのチンチクリンの少年が言ってんだぜ? ここは映画の世界ですか、オマエは今日から『千 』ですか、って思われてもおかしくないよ。館長は湊斗くんの実年齢はまだ知らないんだろうけどさ、小学生だもんね、見た目が。
勧められて二階のプラネタリウムホールの出入口前スペースに並ぶ長椅子に向かい合うような形で腰を下ろしていた。館長にそんなつもりはなかったのかもしれないけど、自然と『面接』って感じになってこれは好都合。
「えっと……まず、歳はいくつ?」
訊ねる館長の脇から安田さんが気を利かせてお茶を出してくれた。けど熱い緑茶ときたもんだ。なぜって館内にずっといるふたりは冷房で身体が冷え切ってるから。ここで「温度差」っていうとこれはある意味でとても的確かもしれない。
会釈をして受け取るけど、まあ観賞用さながらテーブルに置いておくよね。言わずもがな、湊斗くんは暑いんだ。飲んだ途端に汗になって全部外へ噴き出すぞ。
「今年15歳になります。中三です」
「え、中三……」
そうなんですよ。中三なんですよこの小学生に見える少年は。館長、かなり驚いたみたいだね。でも待て。重大なことを忘れちゃいないか。
「中学生じゃ働けないでしょ」
その通り。ザッツライト! もっともな話だ。でもそんなことは湊斗くんもわかってんでしょ。
「卒業したら、です。来年春から」
「アルバイトは募集してないんだけど」
「アルバイトじゃなくて、職員としてです」
「……いやいや、中卒じゃさすがに」
うはは! すごいな。こんなことみんな言えるかい? まさか就活として来ていたなんてね。たった今日本中の全おとながひっくり返ったね。
「ダメですか? なんでですか?」
おお……。情熱だけはあるんだね。けど館長はそんな熱い少年を少し呆れた風に見つつ隣に置いた荷物をちらりと見て質問で返した。
「家は……遠いの?」
うっ、これは痛いところを突かれた。
「……遠い、です、かなり」
「どこ?」
追い込まれた家出少年、渋々白状する。ここから電車、新幹線と乗り継いでほぼ丸一日かかる都会のど真ん中が居住地だと。館長は案の定かなり驚いた反応を見せたけど、そのまま彼を突き返すことはせずに話の続きを聞いてくれた。うん、いい人だ。
「……でもなんでこんな田舎に? プラネタリウムに就職したいんなら、家の近くにだっていくらでもあるでしょ」
「好きなんですよ! 星が!」
これにはさすがの館長もキョトンだ。湊斗くんも自分の声量に自分でも驚いて「あ……すみません」とボソボソ言って長椅子に座り直す。耳まで茹で上がって真っ赤。ったくキャワイイんだから。
「館長さんなら、わかりませんか? 星の、宇宙の、天体の素晴らしさ。なんでこの土地かって、都会じゃ見えないからですよ。ずっとここに住んでる人にはわかんないかもだけど、すっごいんです! この辺りの星空! ほんと、宇宙なんです! だからここで、俺どうしても働きたいんです!」
実際のところ今日この土地に来たばかりの湊斗くんはまだこの土地の星をその目で見たわけじゃない。それでもそこまで言えたのはこの天文館にたどり着くまでに感じた田舎特有の澄んだ空気のせい、かもしれない。
観られる。ここでなら。肉眼でどこまでも。たしかにそう期待させる空気ではあったね。
さて。湊斗くんの命運やいかに。
「……くく」
館長は、笑った。
「……な、なんで笑うんですか」
熱さの反動で恥ずかしさが込み上げたらしい。バカにされたのか、だとしたらちょっと辛い。しかしその返答はまたしても予想外のものだった。
「っく、はは、ごめん、っいや、いいよ、キミ。昔の僕にそっくりで」
「え?」
それはこの館長の言葉がなぜ受付の安田さんのように訛っていないのかも説明するものだった。
「あの。……ここで働かせてもらえませんか!?」
館長、今度は「はあ?」とその顔に書いてある。すごくわかりやすい人だな。いやはや。でも無理もない。だってこのチンチクリンの少年が言ってんだぜ? ここは映画の世界ですか、オマエは今日から『
勧められて二階のプラネタリウムホールの出入口前スペースに並ぶ長椅子に向かい合うような形で腰を下ろしていた。館長にそんなつもりはなかったのかもしれないけど、自然と『面接』って感じになってこれは好都合。
「えっと……まず、歳はいくつ?」
訊ねる館長の脇から安田さんが気を利かせてお茶を出してくれた。けど熱い緑茶ときたもんだ。なぜって館内にずっといるふたりは冷房で身体が冷え切ってるから。ここで「温度差」っていうとこれはある意味でとても的確かもしれない。
会釈をして受け取るけど、まあ観賞用さながらテーブルに置いておくよね。言わずもがな、湊斗くんは暑いんだ。飲んだ途端に汗になって全部外へ噴き出すぞ。
「今年15歳になります。中三です」
「え、中三……」
そうなんですよ。中三なんですよこの小学生に見える少年は。館長、かなり驚いたみたいだね。でも待て。重大なことを忘れちゃいないか。
「中学生じゃ働けないでしょ」
その通り。ザッツライト! もっともな話だ。でもそんなことは湊斗くんもわかってんでしょ。
「卒業したら、です。来年春から」
「アルバイトは募集してないんだけど」
「アルバイトじゃなくて、職員としてです」
「……いやいや、中卒じゃさすがに」
うはは! すごいな。こんなことみんな言えるかい? まさか就活として来ていたなんてね。たった今日本中の全おとながひっくり返ったね。
「ダメですか? なんでですか?」
おお……。情熱だけはあるんだね。けど館長はそんな熱い少年を少し呆れた風に見つつ隣に置いた荷物をちらりと見て質問で返した。
「家は……遠いの?」
うっ、これは痛いところを突かれた。
「……遠い、です、かなり」
「どこ?」
追い込まれた家出少年、渋々白状する。ここから電車、新幹線と乗り継いでほぼ丸一日かかる都会のど真ん中が居住地だと。館長は案の定かなり驚いた反応を見せたけど、そのまま彼を突き返すことはせずに話の続きを聞いてくれた。うん、いい人だ。
「……でもなんでこんな田舎に? プラネタリウムに就職したいんなら、家の近くにだっていくらでもあるでしょ」
「好きなんですよ! 星が!」
これにはさすがの館長もキョトンだ。湊斗くんも自分の声量に自分でも驚いて「あ……すみません」とボソボソ言って長椅子に座り直す。耳まで茹で上がって真っ赤。ったくキャワイイんだから。
「館長さんなら、わかりませんか? 星の、宇宙の、天体の素晴らしさ。なんでこの土地かって、都会じゃ見えないからですよ。ずっとここに住んでる人にはわかんないかもだけど、すっごいんです! この辺りの星空! ほんと、宇宙なんです! だからここで、俺どうしても働きたいんです!」
実際のところ今日この土地に来たばかりの湊斗くんはまだこの土地の星をその目で見たわけじゃない。それでもそこまで言えたのはこの天文館にたどり着くまでに感じた田舎特有の澄んだ空気のせい、かもしれない。
観られる。ここでなら。肉眼でどこまでも。たしかにそう期待させる空気ではあったね。
さて。湊斗くんの命運やいかに。
「……くく」
館長は、笑った。
「……な、なんで笑うんですか」
熱さの反動で恥ずかしさが込み上げたらしい。バカにされたのか、だとしたらちょっと辛い。しかしその返答はまたしても予想外のものだった。
「っく、はは、ごめん、っいや、いいよ、キミ。昔の僕にそっくりで」
「え?」
それはこの館長の言葉がなぜ受付の安田さんのように訛っていないのかも説明するものだった。