第14話 老人の言葉

文字数 723文字

いいかね、よくお聞き、
お前さんは生きていない。

身体が生きているだけなのだよ。
お前さんは、別のところにいるのだ。

お前さんが、お前さんだとする、
自分ってやつは、
ヤドカリみたいにこの身体に宿っているだけなのだ。

ここに在る、居るのは、借りの姿なのだ。
貝殻を借りて、そこでもぞもぞ足を動かし、蠢いているだけなんだよ。

お前さんは、いつも流れているのだ。
形もないし、姿もない。
それが実体なのだ。

「あ、ここにいる」と意識した時のみ
お前さんが、存在していることになるのだ。

だからお前さん自身は、「無い」のだよ。
じつは、どこにも、無いのだよ。

それでお前さんは、いろんなものに触れては
笑ったり怒ったり、悲しんだり淋しがったり、
できるのだ。
実体がないから、そんな器用な真似ができるんだ。

真実は、「無い」ところにあるんだよ。
無いから、「真実」といえるのだ。

お前さんは、もともと無いのだから、
何もそんなにムキになる対象も存在しないのだよ。

悩んだり、懊悩に身悶えし、自分を傷つける必要なんか
どこにも存在しないのだよ。

だからお前さんは、今までも生きてこれたのだ。
「自分」があって、それが永遠に変わらない真実だとしたら

お前さん、とっくに滅びちまってたよ。

「無い」のは、すばらしいことなのだ

それを、「ある」とするなんて、
空気に絵を描こうとするようなものだ
ない空気を吸おうとするようなものだ

なぁ。
無いままで 自分なんて無いままで
そのまま行けばいいんだよ
流れていいんだよ、流されていいんだよ

「無い」 それが永遠のことなんだよ

さぁ 身体は夜を感じている、
ゆっくり眠ることだね

朝も夜も
お前さんが感じることではない。

一夜の宿をとるように
今 感じている
貝殻の外が
明暗 繰り返してるだけなんだよ。
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