第32話 名裁き

文字数 1,628文字

 天保15年、2月中旬のことだ。

新発田領鍋潟新田の百姓、与兵衛、京松、国松、藤内の4名が

鉄砲を所持して、新潟町の信濃川沿いにある

鳥屋野潟島へ鴨の密猟に出掛けた。

しかし、与兵衛たちが乗った舟は、雪解け水に流されて、

新潟町の新津屋小路御番所前に流れ着いたところ、

新潟奉行所の町役人に見つかり取り押さえられた。

吟味に対して、与兵衛たちは、

鉄砲は田畑を荒らす猪や鹿を退治するために

領主から借りた物だと弁解した。

そこで、奉行所は、新発田藩に事実を確認して、

証言する役人の出頭を要請した。

2月21日。報せを受けた新発田藩はあわてて調べたが、

鉄砲を貸したとする事実はなかった。

鉄砲を所持して他領に入るのは大罪にあたる。

新発田藩は、大罪人を自藩から出したくない一心で、

密かに手をまわして、

町方定廻り差免公事方当分勤の若菜三男三郎に相談した。

新発田藩から相談を受けた若菜は、修就に報告して指示を仰いだ。

「新発田藩も、愚かなことをしたものじゃ。

奉行所が、百姓が所持しておった鉄砲が、

新発田藩が貸し出した物ではないことを見抜けぬとでも思ったのか? 

そうかといって、真っ正直に裁けば、

百姓を大罪に処せねばならなくなる故、

新発田藩も何かと困るじゃろ。

若菜、この一件は、おぬしに任せることにする」
 
 修就は、若菜に委ねることにした。

「さすれば、新発田藩の役人に、

百姓と口裏合せるよう入念に、入れ知恵致しましょう」
 
 若菜が小声で告げた。

 2月25日。お白洲には、

新発田藩の役人、村役人、百姓4名が呼び出された。

お奉行自らが吟味すると聞いた新発田藩の面々は、

驚きを隠せない様子であった。

修就の傍らに座った若菜は、新発田藩の役人に目配せした。

新発田藩の役人も目で返事した。

修就は上段の間から、白洲に並ぶ者たちを見渡すと声高々に告げた。


「そこのもの、村方田畑を散らす猪鹿おどしのため、

領主様より貸し渡された鉄砲を持ち、

猪鹿をおどしに出て当節の出水に流され、

新津屋小路御番所に流れ着いたものに相違ないな? 」

「相違ございません」
 
 百姓4名は、平伏したまま口を揃えた。

「新発田藩では、猪鹿おどしのため、

村方へ鉄砲を貸し渡していたことに相違ないな? 」
 
 修就は今度は、新発田藩の役人に訊ねた。

「相違ございません」
 
 新発田藩の役人も平伏したまま返事をした。

「では、当奉行所としては、4人の者共はお構えなし。

但し、4人の身柄並びに鉄砲は村役人預けとする」
 
 修就はひと呼吸置くと、判決を言い渡した。

後日。新発田藩では、重役の評議をした上、

新潟奉行所の役人に会釈をすることになった。

そこで、沼垂詰の遠藤勇三郎を使者としてお奉行の修就には、

銀子3枚、白縮1反。組頭両名には、

銀子に2枚、白縮1反。広間役6名には500疋。

奉行御用人両名には200疋。

組頭御用人両名には、100疋が届けられた。

いつもは贈物を受け取らない修就もこの時ばかりは、

新発田藩の痛々しいまでの気遣いを

無下に出来ず贈物を受領した。

この裁きを機に、若菜は、

新発田藩から信頼を得ることとなった。
 
また、新潟奉行所の晋請にも進展が見られた。

4月7日。役宅予定地の寺町寺大門を

組頭両名が晋請目録掛と合同で検分を行い、

その2日後、書物方の杉浦忠臓たちに、

「御晋請御用切」を申し付けた。

晋請の際に必要な人足については、

以前、町民から晋請に対して、

人足を差し出す申し出があったが

肴屋17軒~150名の人足、川売商から、

400名の人足の申し出があった。

その後、「御役所御申請仕様書」が完成して、

検断・年寄~下役人に至るまで、

冥加金や人足差出願が出された。

 翌、5月1日。新潟奉行所晋請の入札が実施された。

見事、落札したのは、新発田町の次郎八という地主であった。

次郎八は、新発田町に住む

高千石余も所持する大地主であると共に、

廻米の廻船御用を差配する商人としての顔を持つ。

地役人入札では、新潟町片原四之町の

藤太郎他2名の組が、金769両余で落札した。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み