第34話 開かれた町政

文字数 1,318文字

「何をしておるのじゃ? 」
 
 天保15年、7月朔日の朝。修就は、仮御役所に出勤した時、

門前で、町役人2名が、複数の町民を門の外へ

押し出しているところに遭遇した。

仮御役所へ押しかけた町民の1人が、

少し離れた場所で見ていた修就に

気づいて駆け寄ると、土下座して書状を差し出した。

「お奉行様。これをご覧になってくだせえ」
 
 修就が、差し出された書状を受け取ろうとしたその時、

騒ぎを聞いて駆けつけた町方定廻り差免公事方当分勤の

若菜三男三郎が2人の間に入ると、

直訴した町人の手から書状を奪い取りその場で破り捨てた。

「お奉行様に直談致すとは何事じゃ」
 
 若菜は、その町人を厳しい口調でいさめた。

その町人はすぐさま、その場で取り捕えられた。

修就は無言のまま、門をくぐると中へ入った。

 若菜が、修就を追いかけて来た。

「お奉行様。申し訳ありませんでした。

2度と、あのようなことがないようとくと

申し付けました故、ご安心くだされ」
 
 若菜は、修就の目の前にまわり込むと弁解した。

「以前から、張訴はあったのか? 」
 
 修就が着席すると訊ねた。

「はあ。こたびで、3度目でございます。

張訴は禁止されております故、

見つけ次第、訴文はすべて、焼き捨てております。

7月13日夜の張訴については、署名があった故、

翌日、訴人を呼び出して、

町役人へ願立て、2度と、張訴しないよう申し渡した次第」

「その都度、注意するしかなかろう。

1度でも、張訴を認めれば、町政は混乱を極める」
 
 修就は、長岡藩領時代の町政について

検断たちから聞いた話をふと思い出した。

かつて、新潟町では、町民もあらゆる形で、

町政に関わっており、町全体が一丸となって、

新潟町を作り上げている雰囲気があったという。

例えば、髪結渡世者は、冥加金を免除される代わりに、

2組に分けられ、1組は「防火」に、

もう1組は「防犯」の冥加勤をしていた。

「防犯組」は、岡っ引と同じ仕事を引き受けており、

下手人の探索や夜間の巡回をしたらしい。

「この3ヶ月の間に、3度も張訴がございました。

以前、検断の松浦殿が町の惣代として、

お奉行様に提出した意見書が

改革の施策に反映されておると、

町民の間で、風聞が広まっていることもあって、

今後も、増えることは間違いありません」
 
 若菜の口調は、どこか歯切れが悪く聞こえた。

「かの吉宗公は、目安箱を設けて町民の意見を

市政に役立てようとなさったが、

あいにく、わしは今、抱えている施策で手一杯じゃ。

なれど、町民の訴状が、

他人を陥れるものでなければ焼き捨てなくても良かろう。

目安箱の場合も、無記名の訴状は

焼き捨て御免となっていったが、

きちんと署名がなされておる訴状には、

吉宗公も目をお通しになられて、

取り入れるに値する意見は取り入れられたと聞いておる」
 
修就は、町政の改革のためには、

町民の協力は必要不可欠である事を強調した。

「お奉行様の仰せになることは、正論でございます。

 わしは、今、進めている施策が十分、

町民の意見に適っておると信じておりますが、

人間というものは、1つ願いが叶うと

また1つ、2つと限りなく欲が出て来るものなのです。

決して、手を抜いてはならぬと存じます」
 
 若菜が厳しい表情で進言した。

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み