第38話 砲術修行

文字数 3,608文字

 奉行所開設にあたり、海防の強化を訴えて来た修就は、

広間役や定役に対して、「砲術稽古」を職務として義務づけ、

町役人に対しては、「荻野流師範」の修就に入門して、

「砲術稽古」を受けるよう申し渡した。

一方、新潟において、召し抱えた役人や

足軽たちは戸惑っているようにも見えた。

湊の安全を管理する洲崎番所の役人たちにいたっては、

異国船についての知識があまりにも乏しく、

脅威をさほど感じていないように見受けた。

修就は、「洲崎沖合江異国船相見候節心得之覚」を通達して、

さらに、実際に異国船が出没した際の具体的な策を通達した。

この通達は、異国船を発見したら、御役所へ通報して、

水戸口へ速やかに天渡船を5艘出すこと。

長岡藩・村上藩・新発田藩へ

援兵を出すよう村継ぎを送るなど記された指示書になっている。

また、支配組頭が、洲崎番所に出張した場合、

1番船・2番船・3番船を出して、異国船が平和の模様であれば、

赤旗を振り、1番船から順次、2番、3番と報せることになった。

早速、修就は自ら、工事現場の検分を行った。

着任当初は、新潟で雇った役人はもちろん、

江戸から連れて来た家来たちの中にも、

砲術に不慣れで鉄砲の取り扱いすら知らなかった者もいたが、

修就は、奉行所を新設すると共に、

「海防強化」を宣言し、広間役や定役には、

砲術修業を職務として義務付け奉行所の役人たちには、

「荻野流砲術師範」である修就に、入門して訓練を受けるよう命じた。

家来たちの中でも、砲術訓練に日々、勤しんでいることが認められて

「抱筒目録」や「抱筒免許」の取得者が多数出た他、

定役の古谷栄太郎が「砲術師範役」を仰せつかった。

長男の順次郎も無事、「抱筒目録」を賜ることが出来て、

お奉行の倅の面子を保った。

修就が、新潟に赴いた時からずっと、猛特訓させたかいあり、

海岸に設けた打ち場において、

大筒の発射訓練ができるぐらいに上達した。

8月22日。修就は、新潟海岸の砂浜に、

「丁打ち場」を造るよう家来たちに命じた。

新潟海岸の砂浜は広く、広い所では7、8丁ある。

広い所に、波打ち際に沿って射撃場を設けさせた。

大筒の打ち場から、1丁目ごとに杭を打って行き、

隣の関屋村との境界に射撃の目当てとなる

大きな目印を立て弾道に沿った小高い砂丘の上に

5か所の矢見塚を設けた。この作業は、丸1日かけて行われた。

「8月26日と27日に、新潟海岸の丁打ち場にて丁打ち訓練を行う。

町民へ網などの訓練の邪魔となる漁具を出しておかぬこと、

町方から手伝いを出すこと、

お茶出しは、町方で受け持つ旨通達せよ」
 
 修就は、家来たちに、砲術訓練の実施を言い渡すと共に、

町民への通達を指図した。

高札には、新潟海岸で砲術訓練が

実施される旨の通達が掲げられた。

初の鉄砲稽古の報せは瞬く間に、新潟町だけでなく、

近郷の村々にも伝わった。

 訓練初日。夜が明けると、

修就は、組頭両名を随えて奉行の屋敷を出た。

この日は朝から快晴で、

地平線から昇る朝日に合掌した後、訓練に臨んだ。

予定通り、大筒の発射訓練が行われた。

「本日はこれまで」
 
 日が暮れたころ、長男の順次郎が終了の合図をした。

 訓練はまだ残っていたが、初日ということもあり、

暮れ六つに切り上げた。

うす暗い道を修就は提灯をつけて帰宅した。

屋敷に帰宅してまもなく、御武器掛の北山惣右衛門が報告にやって来た。

「殿。北山殿がお見えですよ」
 
 夕餉の後、修就が寝所で書物を読んでいると、

障子越しに、お滝が来客を告げた。

「相分かった」
 
 修就は書物を閉じると、惣右衛門の待つ客間へ向かった。

 客間の近くまで来ると、にぎやかな話し声が廊下まで響いていた。

「近所迷惑じゃ。声をもっと抑えなさい」
 
 修就は、客間に入るなり苦言を呈した。

 大筒の話で盛り上がっていた惣右衛門と順次郎は肩をすくめた。

「本日の玉見のご報告に参上致しました」
 
 惣右衛門が背を正すと告げた。

「ご苦労。早速、伺うと致そう」
 
 修就は冷静に告げた。

「500匁玉は17丁余り飛び、100匁玉は関屋村境の目印の遥か遠く、

19丁から20丁まで飛んでございます」
 
 惣右衛門が、修就に弾丸を差し出した。

それを見て、修就は満足気にうなづいた。

「この調子で明日も頼むぞ」
 
 修就が告げた。

「御意」
 
 惣右衛門が頭を下げた。

 惣右衛門が帰宅したと知らず、

お滝が、酒と肴を客間へ運んで来た。

「あら、北山殿は? 」
 
 お滝が周囲を見まわすと訊ねた。

「惣右衛門なら帰ったぞ。

明日も、早朝から夜おそくまで訓練じゃ。

酒が残っては差し支える」
 
 修就が咳払いすると答えた。

 翌朝。戸をたたく音で目を覚ました。

玄関へ走って行く足音を聞きながら、修就は起きた。

縁側に出て空を見上げると、すっかり、白みがかっていた。

「殿。組頭が到着なされました。

早く、身支度を整えてくだされ」
 
 お滝があわてた様子で、駆け寄って来た。

「順次郎はいかがした? 」
 
 お滝に身支度を手伝わせながら、

修就が訊ねたその時、障子が開いた。

「父上。お急ぎくだされ。

お奉行が遅刻しては、家来に示しがつきませんよ」
 
 順次郎はすでに、身支度を整えていた。

「2日酔いはないか? 」
 
 玄関に向かう途中、修就が、順次郎に訊ねた。

「平気です。毎夜のように晩酌しておりましたら、

2日酔いにならなくなりました。

新潟の水はきれい故、良い酒を醸造出来るそうですよ。

米も魚もおいしくて、そのせいか、

江戸にいたころよりも、太ってしまいました」
 
 順次郎が楽しそうに言った。

 2日目の訓練は、これまでの訓練の復習のつもりで臨まれた。

 6ツ半から開始した。この日は、狼煙を上げる訓練も行われた。

 狼煙は、昼と夜に上げられた。

訓練が終了するころには、夜が更けて、空に星が瞬いていた。

2日間の訓練を終えて、修就を前に、

訓練を受けた者たちが、

「ありがとうございました」とあいさつした時、

訓練を少し離れた場所で、

見物していた人々の間から拍手が沸き起こった。

2日の間、数万あまりの見物人が集まり、

ちょっとしたお祭り騒ぎとなった。

順調にも見えた武術・砲術の訓練だったが、

10月に入ると、雲行きがあやしくなった。

野宮市太夫、書物方の杉浦忠蔵。

町方定廻り差免公事方当分勤の若菜三男三郎以下、

定役・並役を含む18名が、

「砲術不精二付」として破門となったのだ。

修就と共に、砲術を指導していた古谷から、

仕事を理由に何度か、

訓練を休んでいる者たちがいることを聞いた修就は、

名の挙がった家来たちを呼び出して激怒した。

「訓練にも出ず、貴様らは、いったい、何をしておったのじゃ? 」
 
 それから、修就は淡々と、

海防を強化するねらいとそのためには、何をするべきかを説いた。

修就の逆鱗に触れたとして集められた

家来たちは神妙な面持ちで、修就の説教を受けた。

それから数日後、若菜の呼びかけで、

破門された家来たちが、修就の元を訪ねて正式に詫びを入れた。

しかし、修就の怒りは解けないことから、

修就の門下には入ることは許されず、

砲術師範役の古谷栄太郎の門下に入ることを許された。

砲術訓練に必要な経費などは幕府から支給されていたが、

新潟に割り当てられた大筒は、

9門だけで満足の行く数ではなかった。

そこで、修就は、幕府の支給に頼らずとも、

新潟で調達出来ないか調べた。

その結果、広間役を通じて、

新潟町片原通二之町在住の鋳物師の

土屋忠左衛門に大筒の製造を命じた。

「土屋。おぬしには、1貫目と、500目の鋳筒製造を頼みたい」
 
 修就は、土屋を奉行の屋敷に呼び出すと申し付けた。

「お奉行様。すみませんが、

鉄砲のこしらえかたは知らぬ故、受けられません」
 
 土屋は大砲は作ったことがなかったらしく、1度は辞退した。

「大事ない。それがしが図面を引く。

おぬしは、図面通りに仕上げてくれればそれで良い」
 
 修就から、鋳立て方の教えを受けながら、

土屋は、初回に1貫目玉、その後、500目玉鋳筒の積書を出した。

修就の図面は、鋳物師の土屋も驚くほどの完成度の高さで、

大筒の鋳立ては初めてだった土屋だが、

100目玉・300目玉・500目玉の大筒を次々と鋳造した。

さらに、修就は、火薬の原料となる硝石についても

寺院の土から手製しようと試みるが、

幕府から認可されず取り止めた。

慣れてくると、玉薬の製造を組頭の関源之進を

はじめとする6名がつきっきりの「御用係」に命ぜられた。

幕府からは、公費による大筒稽古打は、

5、6年に1度の予定で心得ること。

ただし、自前でやるのは勝手であると指示があった。

修就は、松代藩の金児忠兵衛から

購入したモルチール筒も加え、

自分の費用で「打揃」をすることにした。

修就はおりを見て、砲術訓練からは身を引き、

古谷栄太郎と藤田織部に、

指導を委ねて町政に専念することとした。

また、修就は、砲術の他にも家来や部屋住たちに、

水泳、馬術、剣術などの武芸も世話役を定めて訓練を行わせた。

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