第12話 唐物抜荷潜入開始!

文字数 2,845文字

 それから2日後の朝。店を開けると、

「村山薬種店」の手代、庄助が一番乗りで、店に入って来た。

「お嬢様から、書状を預かって参りました」
 
 庄助が、俵右衛門の元に歩み寄ると書状を差し出した。

「ご苦労さん」
 
 俵右衛門が書状を受け取った。

「帰っていいぞ。もう、用は済んだはずだぜ」
 
 久兵衛は、庄助が帰らずにいたので声をかけた。

「読んでもろたら、その書状を持ち帰るようにとお嬢様から言われています」
 
 庄助が、久兵衛に言った。

 俵右衛門は書状に目を通すと、庄助に返した。

すると、庄助は、俵右衛門に証文を差し出した。

俵右衛門は一瞬、戸惑いの表情を見せたが、証文に、署名と捺印して庄助に手渡した。

「手前はこれにて失礼します」
 
 庄助はお辞儀した後、足早に、店を出て行った。

「あの手代、店にいた男子衆とは、感じが違う気がするぜ」
 
 久兵衛がつぶやいた。

「庄助は、毎日、店の奥で1人こもって薬の調合してる故、

客あしらいに慣れていねぇのでねぇですか」
 
 俵右衛門が、薬棚の引き出しを閉めると言った。

「そうかもな。それで、入港日はいつになった? 」

「今月の中旬です。親分、滞在が長引くことになりますが、大丈夫ですか? 」

「休暇届を長めにしておいた故、問題ない」

「明日、八千代さんの店で、講員の寄合があります」

「いよいよだな」
 
 久兵衛が鼻息を荒くした。

「はい」
 
 俵右衛門が緊張した面持ちで告げた。

 これまで、あらゆる捜査を行ってきた久兵衛でさえも、

今回のおとり捜査はいつになく緊張する。

 素人の俵右衛門は尚のこと、心配で仕方がないだろう。

店が暇だったため、久兵衛と俵右衛門は、おとり捜査の作戦を練ることにした。

 おとり捜査であることは、久兵衛、俵右衛門、番頭の伊三郎の3人しか知らない。

 久兵衛は、新潟町で薬種店を営む商人として、

俵右衛門と共に村山八千代を中心とした薬商人たちで運営している講に参加する。

講に参加している人たちの間では、互いのことを詮索しないことになっている。

講の参加が許された商人たちの元には、取引の場所と日時が書かれた書状が届けられる。

入港日前に、講の長である「村山薬種店」の女主人、八千代は、

講員たちを店に集めて、欲しい商品の注文を取って仲介役の「三条屋」に手渡す。

その後、注文した品々は、「村山薬種店」に届けられ、

注文した講員たちは、「三条屋」と取引して、商品を買うといった流れだ。

 講の長として、「三条屋」の協力の元に

講員を集めて取引場所を提供すると、謝礼金が出る上、

格安で唐物を手に入れることが出来る。

 講の長は、直接、不正品を運んで来る船と取引せずに済むため、

まんがいち、発覚した場合、不正品と知らずに買ったと

他の講員同様被害者のフリをすることが出来るというわけだ。

 翌日の夕方。2人は、「村山薬種店」へ勇み足で向かった。

夕闇にまぎれて、どこからともなく現れた商人たちが次々と、

「村山薬種店」の裏門をくぐり母屋の中に消えて行く奇妙な光景が、くり広げられていた。

「きたりもん(他所者)ばかりですな」
 
 座敷に入るなり、俵右衛門がつぶやいた。

 講員たちは互いに会釈する程度で、親しく言葉を交わす者はおらず、

互いに様子をうかがっているように見えた。

 久兵衛の隣に座った眼鏡をかけた猫背の商人は、

座るなり懐から帳面を取り出して何やら書き留めている。

「さっきから、何を書いているんだい? 」
 
 久兵衛が脇からのぞこうとすると、

眼鏡をかけた猫背の商人はあわてて、帳面を閉じた。

「どうぞ、お気になさらずに」
 
 眼鏡をかけた猫背の商人はそそくさと、久兵衛たちから離れた場所に移動した。

「地元の商人は、手前どもだけみてぇですね」
 
 俵右衛門が耳打ちした。

「そうだな」
 
 久兵衛が言った。

 店の方で用意された弁当を食べている時だった。座敷の外がにぎやかになった。

「お食事の最中に失礼します。

今回の取引を仲介して頂く「三条屋」さんが、

皆様にごあいさつなさりてぇと言うていますいね」
 
 八千代が、座敷の中央に立つと告げた。

そのすぐ後に、「三条屋」忠助と名乗る薬売りが座敷に入って来た。

「「三条屋」でごぜぇます。皆様。お初に、お目にかかります。

こたびは、遠いところから、お集まり頂きありがとうごぜぇます。

食後、順番に、ご注文を賜りてぇと存じます。よろしくお願い申し上げます」
 
 「三条屋」忠助が深々と頭を下げた。

その瞬間、どこからともなく拍手がわき起こった。

 久兵衛は、食事を取っている間、

周囲の人たちの様子を注意深く観察した。

互いに詮索し合わないことにはなっていたが、

黙ったままでは間が持たないらしく、いつの間にか、

隣同士や向かい同士で、世間話がはじまりことのほかにぎやかになった。

 食後、八千代が、「三条屋」忠助や手代たちを引き連れて再び姿を現した。

「いましがた、配った紙には、仕入れ予定の品の目録が記されています。

目録にない品を注文してぇ場合は、相談に乗ります故、お声をかけくだせえ」
 
 手代の1人が声を張り上げた。

 久兵衛は、品名を見ただけでどれだけの値打ちがあるのか、一目でわかった。

仲番所の潜入捜査が、ここに来て役に立ったのだ。

 目録に記されている商品の値は、正規で買うよりも、はるかに安い。

 新潟町の店に売られている唐物は、

江戸や上方よりも安いと評判になれば、

遠方から買いに来る人が出て来て店は繁盛すること間違いなしだ。

「「吉田屋」さん」
 
 俵右衛門が、久兵衛の背中を軽くたたいた。

 注文票に記入した後、後ろの方から記入済の注文票を手渡して行き、

1番前に座る者が集めた注文票を手代に渡すことになっているらしい。

 久兵衛はあわてて、注文票を記入すると、

俵右衛門の注文票の上に載せて前の商人に手渡した。

「いっぺん、見させてもらいますて。

ご相談が必要な場合のみ、手前から声を掛けさせてもらうすけ、

しばしの間、この場でお待ちくんなせ」
 
 「三条屋」忠助は、連れて来た手代3人を座敷の隅に集めると注文票の確認をはじめた。

「何も問題ねぇといいですて」
 
 俵右衛門が落ち着かない様子で言った。

その後、4、5人呼ばれただけで、注文票の確認が終わった。

「皆様。ご苦労様でした。注文票は、責任持ってお預かり致しますいね。

荷が入り次第、ご連絡させてもらいます」
 
 「三条屋」忠助が言った。

「三条屋」忠助と手代たちが退席した後、解散の流れになり、

講員たちが、1人、2人と席を立ち、座敷をあとにした。

「そろっと、帰りますかね」
 
 俵右衛門が告げた。

「案外、ばれねぇもんだな」
 
 店を出た後、久兵衛が安堵のため息をついた。

「毎回、顔ぶれが違うみてぇです」
 
 俵右衛門が言った。

「どうりで、皆、他人面して、やけに、よそよそしいと思うたんさ」
 
 久兵衛が大きくうなずいた。

「あれだけの数のカモが集まれば、儲けも大きいでしょうね」 
 
 俵右衛門が言った。

「んだ。三条に、あんな悪商人がいたとはねえ」
 
 久兵衛が言った。 

 
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