十七 あたしのなかのあなたへ

文字数 1,613文字

 三年後の九月。
 省吾の母が仏壇の前に座っている。
 しばらくすると、久美が二歳くらいの久美に似たかわいい女の子を抱いて現れた。女の子の名は耀子。久美に抱かれ、紅葉のようなかわいい小さな手を伸ばし、
「おとうさん、いるよ」
 とほほえんでいる。

 耀子は手を伸ばして、省吾の手を握ろうとした。曜子の手は、すっと省吾の手をすり抜け、耀子はまた、省吾の手を握ろうとする。

 久美が耀子にいう。
「おとうさん、いっしょにいるね・・・」
 耀子が久美を見あげた。
「おとうさんの、て、さわりたい・・・」

「おとうさん、ずっと耀子とお母さんを守ってるよ・・・」
 久美は優しく耀子にほほえんだ。
「おとうさん、いっしょにいるね」
 耀子が省吾の腕を撫でようとする。

 省吾が耀子の頬に息を吹きかける。
 耀子がくすぐっそうに笑っている。
「もっと、して!」


『ああ、いいとも。何度でもするよ』
 そう伝えながら、省吾は羽毛に包まれたような安らぎに満ちた心地良い感覚で、耀子を抱きしめた。
 子どもの頃、久美さんの弟を訪ねたとき、久美さんが、いらっしゃいと優しいまなざしと笑顔で迎えてくれるたびに感じた、あの表現しようのない心地良い感覚は、現在の僕を示していたのだろうか・・・。


 省吾の母はいった。
「久美さん、いい人がいたら再婚してね・・・。
 省吾は、いつはっきり目覚めるのかわからないから、離婚してね・・・」

 久美は省吾の母を見つめた。
「あたし、耀子の妹弟を生みます。省ちゃんと約束して省ちゃんの子どもを産めるように準備してあるから・・・」
 久美は耀子を抱きしめた。省吾の気配を感じる。
「省ちゃんは眠ったままだけど、少しずつ意識がもどってます。時間はかかるけど、いつか回復します」

「省吾。久美さんに、再婚を勧めてあげなさいよ・・・」
 母は仏壇にむかってつぶやいた。

「省吾はそこにいません。まだ、生きてます!
 私と耀子から生きる希望を奪う気ですか?
 二度とそんなこといわないでください」
 久美は耀子を抱きしめてそういい、心の中でつぶやいた。

 省ちゃん。
 あなたにに助けられたから、あたしも耀子もここにいます。
 あなたがいつも、あたしたちのそばにいて、
あたしと耀子を愛してくれるから、
これからも、省ちゃんの子どもを生みます。

 あなたが、宝石のデザインをできるように、
コンピューターをセットしてくれたから、
私は実家でJewelry Pandoraの仕事をつづけてます。

 あなたの母は、あなたが目覚めるのを認めないけれど、
あたしは、あなたが少しずつ回復してるのを感じています。
 病院であたしが子どもたちから聞いたあなたの夢は、耀子に話してあげました。
あれは、耀子へのメッセージなのね・・・。

 あたしのなかのあなた、
これからも、あなたが感じてることをあたしに伝えてね・・・。


 その後。
 省吾は少しずつ意識を回復した。

 久美と省吾が再会する前の冬。
 久美の弟・龍二が交通事故で頭と首を損傷して入院し、一時的に半身不随になっていた。
 その後。久美の弟はリハビリで回復し、入院中に親しくなった看護師と結婚した。
 現在は臨床検査技師をしている。

 久美は話ができるようになった省吾を見つめながら、久美の弟の入院が省吾の未来を象徴していたの感じた。
「省ちゃんも、動けるようになるよ。耀子を抱きしめられるようになるよ。
 あの弟の龍二が動けるようになったんだからね」
 耀子が久美と同じようにいう。
「うごけるようになるよ・・・。
 て、にぎってね・・・」
 省吾は、省吾の手を握る耀子の手を握りかえした。

「おとうさん、て、にぎれたよ・・・」
 耀子が久美を見てほほえんだ。

 久美は、耀子が誰かとともに 省吾をリハビリしているような気がした。
 もしかして、省吾が私に伝えた夢はうわごとではなく、省吾が意識を回復して私に話していたのか・・・。
 それなら、省吾はずいぶん前から意識を回復してた・・・。   (了)
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