十二 眠らないで!
文字数 1,332文字
秋分の日。
朝、東京を出て、二時間たらずでJRに乗り換えた。
久美は何かが気になった。
省吾の母に会うからではない。周囲の気配がいつもとはちがう。
何かが変化している。
何か得たいの知れぬ重苦しい気配が周囲を包んでいる気がする。
「電車が遅れてるね」
「うん・・・」
久美が省吾に電車の遅れを話したとたん、電車の速度が上がった。
遅れをとりもどす気だ・・・。
「スピードが上がったわ・・・」
「この先に大きなカーブがあるから、速度が落ちるよ・・・」
省吾はそういうが、電車の速度は落ちない。
久美の顔色が変った。
周囲を包む重苦しい気配が酷くなっている。
省吾に何を話したらいいかわからない・・・。
「妙だぞ!もうすぐカーブだ。速度が落ちない。
久美さん、ここにいたら危ない!後部へ行こう!早く、早く!」
「わかったわ!」
「急いで後ろへ行くんだ!」
「うわっ!」
電車が傾いた!
「久美さんこっちに来て!」
久美は省吾に全身を抱きしめられてその場に屈んだ。
省吾は久美の身体にキャリアーバッグを押しつけた。
電車が大きく傾き、轟音をたてて、車両の連結部が潰れ、久美は省吾に抱きしめられたまま、傾いた通路から、激しく飛ばされ、窓に叩きつけられた。
電車の残骸の中で久美は気づいた。久美は省吾にしっかり抱きしめられている。久美の腹部とふたりの頭部は、二つのキャリーバッグで保護されていた。
「省ちゃん・・・、起きて・・・。家に帰ろ・・・」
久美は省吾の腕を解いて、身体の正面を保護したキャリーバッグをどけ、ゆっくり起きあがった。省吾を見ると、省吾の頭部にキャリーバッグあり、省吾の背中は車両の残骸に埋もれている。
省吾が目を開けた。
「ああ、起きてる・・・。怪我は・・・ないか?」
「うん、あなたが守ってくれたから、怪我しなかったよ・・・」
久美は省吾に背後から抱かれ、キャリーバッグで身体の正面を保護され、奇跡的に外傷はなかった。久美の目に涙があふれた。
省吾が久美を見て笑顔になった。
「よかった・・・」
省吾はほほえんだまま、目を閉じた。
「ねむったら、ダメだよ。ねないでね。ねたら、目が覚めなくなるよ・・・」
省吾の背後は車両の残骸だ。何が省吾の身体に刺さっているのかわからない。身体を揺り動かせない。
久美の励ましで、省吾は目を開けた。
「眠いんだ・・・。早く、子ども産んでね。弟妹を産めるようにしてね・・・」
「うん、わかったよ・・・。あなたの子ども、何人も生むようにするね・・・」
「ああ、たのむ・・・」
「省ちゃん起きて!眠ったらだめ!眠らないで!」
久美がそう叫ぶ声を聞きながら、省吾は目を閉じた・・・。
久美と省吾は救急車で病院へ運ばれ、集中治療室に収容された。
「田村さんは重傷ですが、重体ではありません。
だいじょうぶ。元気になりますよ。
ふたりとも頭部を保護していたから、後遺症は残らないでしょう。
それにしても、みごとな防御姿勢だったようですね。
奧さんも胎児も無事ですよ。奧さんは二日間、様子を見ましょう。
田村さんは回復するまで、しばらくかかりますよ。
感染症を避けるためICUには入れません。部屋の外から見舞ってください・・・」
医師は久美と省吾の家族に、そう伝えた。
朝、東京を出て、二時間たらずでJRに乗り換えた。
久美は何かが気になった。
省吾の母に会うからではない。周囲の気配がいつもとはちがう。
何かが変化している。
何か得たいの知れぬ重苦しい気配が周囲を包んでいる気がする。
「電車が遅れてるね」
「うん・・・」
久美が省吾に電車の遅れを話したとたん、電車の速度が上がった。
遅れをとりもどす気だ・・・。
「スピードが上がったわ・・・」
「この先に大きなカーブがあるから、速度が落ちるよ・・・」
省吾はそういうが、電車の速度は落ちない。
久美の顔色が変った。
周囲を包む重苦しい気配が酷くなっている。
省吾に何を話したらいいかわからない・・・。
「妙だぞ!もうすぐカーブだ。速度が落ちない。
久美さん、ここにいたら危ない!後部へ行こう!早く、早く!」
「わかったわ!」
「急いで後ろへ行くんだ!」
「うわっ!」
電車が傾いた!
「久美さんこっちに来て!」
久美は省吾に全身を抱きしめられてその場に屈んだ。
省吾は久美の身体にキャリアーバッグを押しつけた。
電車が大きく傾き、轟音をたてて、車両の連結部が潰れ、久美は省吾に抱きしめられたまま、傾いた通路から、激しく飛ばされ、窓に叩きつけられた。
電車の残骸の中で久美は気づいた。久美は省吾にしっかり抱きしめられている。久美の腹部とふたりの頭部は、二つのキャリーバッグで保護されていた。
「省ちゃん・・・、起きて・・・。家に帰ろ・・・」
久美は省吾の腕を解いて、身体の正面を保護したキャリーバッグをどけ、ゆっくり起きあがった。省吾を見ると、省吾の頭部にキャリーバッグあり、省吾の背中は車両の残骸に埋もれている。
省吾が目を開けた。
「ああ、起きてる・・・。怪我は・・・ないか?」
「うん、あなたが守ってくれたから、怪我しなかったよ・・・」
久美は省吾に背後から抱かれ、キャリーバッグで身体の正面を保護され、奇跡的に外傷はなかった。久美の目に涙があふれた。
省吾が久美を見て笑顔になった。
「よかった・・・」
省吾はほほえんだまま、目を閉じた。
「ねむったら、ダメだよ。ねないでね。ねたら、目が覚めなくなるよ・・・」
省吾の背後は車両の残骸だ。何が省吾の身体に刺さっているのかわからない。身体を揺り動かせない。
久美の励ましで、省吾は目を開けた。
「眠いんだ・・・。早く、子ども産んでね。弟妹を産めるようにしてね・・・」
「うん、わかったよ・・・。あなたの子ども、何人も生むようにするね・・・」
「ああ、たのむ・・・」
「省ちゃん起きて!眠ったらだめ!眠らないで!」
久美がそう叫ぶ声を聞きながら、省吾は目を閉じた・・・。
久美と省吾は救急車で病院へ運ばれ、集中治療室に収容された。
「田村さんは重傷ですが、重体ではありません。
だいじょうぶ。元気になりますよ。
ふたりとも頭部を保護していたから、後遺症は残らないでしょう。
それにしても、みごとな防御姿勢だったようですね。
奧さんも胎児も無事ですよ。奧さんは二日間、様子を見ましょう。
田村さんは回復するまで、しばらくかかりますよ。
感染症を避けるためICUには入れません。部屋の外から見舞ってください・・・」
医師は久美と省吾の家族に、そう伝えた。