十一 三人になる

文字数 1,990文字

 久美の休暇が終った。
「じゃあ、行ってくるね。七時に駅で待っててね」
「行ってらっしゃい」
 久美は省吾に抱きしめられて送りだされた。

 朝八時に出勤して夕方七時に錦糸町駅で省吾と待ち合わせ、駅ビルのスーパーで買い物をする平日がつづいた。

「試験勉強、順調だね」
 久美は省吾の腕を取ってスーパーの通路を歩きながら省吾にほほえんだ。
 省吾が久美を見ていう。
「久美さんの感性はすごいな。ぼくの心を読んでるよ」

「あなたの顔を見たら、成果が上がってるのを感じるよ」
 このところ省吾のまぶたがすっきりしてる。体調が良い証だ。そして試験勉強に集中するときの目つきに変ってる。省吾自身の気持ちも独身の時とちがってる・・・。。
 省吾はあたしを守りつづけると決めたことで強くなった。これで仕事があって子どもがいたら、なお懸命になるだろう・・・。
 あたしが妻だから強く影響してる。省吾にとってあたしは無くてはならない存在、省吾のエネルギー源だ・・・。

 久美は立ち止まった。優しいまなざしで省吾を見つめ、省吾を抱きしめた。
「合格まちがいなし。心配ないよ!合格だよ!」
 久美は、省吾が羽毛に包まれたような安らぎに満ちた心地良い感覚に包まれるのを感じた。久美がデザインしたアクセサリーに感じる感覚だ。
 あたしの気持ちが伝わってる。省吾は物理もドイツ語も及第点を取れる・・・。


 夏休みが終り、大学にもどった省吾は追試を受けた。ドイツ語も物理も、試験中、指導教授が省吾の答案を見て、
「満点だから、退出していいよ」
 といってほほえんだ。
 追試なので満点の評価はされない。たいてい「可」、よくて「良」だ。ABC評価なら、「C」、よくても「B」だ。
 九月の連休前に追試の結果が発表された。満点が評価されたらしく、ドイツ語も物理も評価は「B」だった。

 週末金曜の夕方。
 大学からもどった省吾は、待ち合わせた夕方七時に錦糸町駅で久美に会った。
「ありがとう。ドイツ語も物理もBだった。久美さんのおかげだよ!」
 省吾は人目もはばからず、久美を抱きしめて礼をいった。
「あなたが、がんばったからだよ」
 久美も省吾を抱きしめて頬ずりし、顔を離して省吾の目を左右交互に見つめ、
「あたし、赤ちゃんができた・・・」
 とささやいて涙ぐんでいる。

 省吾は思いきり久美を抱きしめ、耳元でいった。
「わあっ!うれしいなっ!これで、お母さんとお父さんだね!
 今後のことをいろいろ決めよう。マンションはこのままにして、ぼくのところに引っ越すだろう。仕事は、リモートにするだろう?」
 省吾は喜んで、先のことを考えている。

 久美は顔を離し、笑顔で省吾の目を見つめていう。
「あわてないの!まず、実家に連絡だよ。
 それから、おめでたと合格のお祝い!」
 久美はうれしかった!省吾といっしょになれたときにも増して、気持ちが高揚している。

「うん、そうだね」
「そしたら、実家に連絡するね!」
「ああ、いいよ。久美さんの実家が先だよ」
「うん・・・」


「ああ、お母さん。忙しいのに、ゴメンね。省ちゃん、ぜんぶ単位取れたよ」
 久美は省吾に抱きしめられたまま実家へ電話している。
「だいじょうぶだよ。良かったね。一安心だね」
「それから、赤ちゃんできたよ」
「ほんとに?本当なんだね?」
「うん、今朝、二度、確認した。まちがいないよ」
「まあっ!うれしいね!省ちゃん、どうしてる?」
「今、私を抱きしめて、母さんの声を聞いてるよ」
「おや、まあ!そこ、駅でしょう?人の声がするわ」
「うん、省ちゃん、そんなこと気にしてないよ。母さんへ連絡する方が大事だから、二人で話を聞いてるの。省ちゃんに代るね・・・」
 久美は省吾の耳元にスマホを移動した。

「省吾です。久美さんはのおかげで単位を取れました。子どももできました。
 ありがとうございます。今後のこともあるから、連休に帰って、相談しますね。
 楽しみにしててくださいね」
 省吾は笑顔だ。
 省吾の声を聞き、通行人が笑顔でうなずきながら通りすぎてゆく。

「ええ、もちろんよ。省ちゃんの家に連絡したの?」
「これからです。まずは久美さんのお母さんが先ですよ。
 そしたら、代りますね・・・。
 省吾はスマホを久美の耳元にもどした。

 お母さん。このあと、省ちゃんの家へ電話するから、お母さんからは電話しないでね。
 通話中になって話せなくなるから」
「はい、わかりました。今日はお祝いだね」
「うん、省ちゃんの家へ電話したら、買物する。
 また、今後のことをいろいろ教えてね」
「はい。そしたら、気をつけてね。私からまた連絡するね」
「はいまたね」
 電話が終ると、久美はすぐさま省吾の実家へ電話して、二人で事の次第を伝えた。
 

「さて、連絡はすんだ。何を食べたい?」
「鯛の刺身!」
「やっぱりね!富田さんだね!」
「富田さんにも知らせようね!」
「うん!!」
 二人は駅ビルのスーパーへ移動した。
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