九 熱いうちに食べて

文字数 1,233文字

「ご飯、さめちゃったね」
 冷たいもの食べると胃腸に負担がかかる。久美は冷えたご飯が気になった。刺身もビールも冷えている。冷房控えめでも、冷気が肌に当たると、そこだけ冷える。久美も省吾も薄手のトレーナー上下を着ている。

「シャワーを浴びた後、トレーナーに着換えるようにいったのは、このことだったのか。久美さん、冷房病や夏ばての対策してるんだね」
「そうなの。外は暑い。仕事先は冷える。通勤時は暑い。
 家で冷えたら、寒暖耐久テストするのと同じよ」

「ご飯が冷えても硬くなければ平気だ。気にしない。
 熱々のものより、少し冷めた方が食べやすいんだ」
「わかったわ。でもね、熱いものは、熱いうちに食べてね。
 それが、あたしにかぎらず。作った人に対する、思いやりだよ」
 久美はご飯をよそって食卓に置きながら、省吾を見てぷっと頬を膨らませ、すぐさま、笑顔になった。怒ってはいない。

「あなたがよそで、他の人の気遣い無視したら、あたしもそういう人に見られちゃう。
 もう、あなたとあたしで、あたしたちだから、家族を変な目で見られたくないの。
 あたし、ポーッとしてるように見えるでしょう?富田さん、そういってた。
 あなたにも、そう見える?」
 久美は何も考えていないように見えるが、観察力が鋭い。見てないようでよく見ている。仕事がらいろいろ考えている。

「ぼくは小さいときから久美さんを見てる。久美さんがしっかり者だとわかる。
 久美さんは幼く見えるから、初対面の人なら、久美さんをぼんやりした人と思うかも知れないが、話せば、そうではないのがわかるよ。
 幼く見えるかわいい久美さん、いつまでも、かわいいままでいてほしいな」
「そしたら、ご飯食べて、お風呂入って、試験勉強して、抱きしめてね。もっとかわいくなれるよ」
 久美は真顔で省吾を見た。

「ええっ!試験勉強するの?」
「ちょっとでいいから教科書読んで考えなさい。そうしないと物理もドイツ語も、記憶の彼方へ消えてくよ」
「どういうこと?」
「考えを持続させないと、アイデアは浮かばないよ・・・」
 久美は、考え続けてると、連思ゲームみたいにいろんなことが思い浮かぶようになるから、自然と物理的なことやドイツ語のこと考えられるようになると説明した。つまり、不得手な教科ではないと自己を洗脳するのだ・・・。

「わかりました。ご飯食べて、勉強するよ。お風呂はその後だ。
 洗脳なんかしなくても、久美さんのことは、いつも、考えてる」 
「あたしも省吾のことを考えてるよ。
 ビール飲む?冷やしすぎてないから、心配ないよ」
 物理とドイツ語の勉強しろといいながら、久美はビールを勧めた。

「意地悪してないよ。開けたまま飲まないなら、捨てることになる。飲んだ方がいいよ。そんなに、酔ってないでしょう?」
「まだ酔ってない。よし、飲んで食べて、少し休んで、勉強するよ」
「その意気だよ。省ちゃんらしくなったね。
 省吾がやらねば、誰がやる!っていってたね」
 久美は省吾の過去を思いだして笑った。

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