十三 夢のまた夢

文字数 1,235文字

 省吾は夢を見た。

 小児科病棟に早野ランナがいる。ランナはリハビリ中だ。
 ランナは事故にあい、手と腕と脚が動かなかった。それで手術した。それなのに手も足も動かない。

 ランナは思っていた。
『あたしの身体なのに、あたしではどうにもならない。どうやったら手と足が動くようになるのか何もわからない。どうやったら身体は動くようになるだろう』

 省吾はランナの思いを理解していた。ランナのリハビリはずいぶん大変らしい。
 車椅子の省吾が、車椅子のランナと廊下ですれちがうと、省吾は担当の先生が話したように、くりかえしランナの心につぶやいた。
『ランナは手術したんだ。うまくいったよ。ランナが脚を動かす練習をするんだ。赤ちゃんも歩く練習をするよ。動くように練習するよ。
 がんばってね』
 するとランナは、ランナの心が省吾に伝わっているのを感じ、恥ずかしそうにうなずいた。

 暖かい秋の日の午後。ランナは眠った。
 ランナのお母さんは、動かないランナの手をさすり、ずっとランナの寝顔を見ていた。

 ランナは夢を見ていた。

 目覚めると私はベッドサイドテーブルに両手をのせた。
 左手を動かした。右手は動かない。
 左手を握ってグウにして、開いてパアにする。ゆっくりそれをくりかえした。右手も同じように動かそうとするが、動かない。

 私は右手の上に鏡を置いた。左手が映って右手のように見える。
 私は私の身体に祈った。私の右手、うごいてね・・・。
両手をゆっくり握り、そして、ゆっくり開く。それをなんどもくりかえす。
 左手と鏡の中の右手が、ゆっくり、握る、開く、をくりかえしている。
 私の右手、うごいてね・・・。
 私は実の右手を動かすイメージをくりかえした。
 なんども、なんども、くりかえした・・・。
 
 おや?
 目覚めたランナは、おかしな夢を見たなあと思った。それでも、夢で見たことを実際にしてみたいと思った。
「お母さん、鏡をとって・・・」

 何日かすると、左手の握る開くを映している、右手の上の鏡がわずかに動いた。
 鏡を除けてベッドサイドテーブルの右手で、握る、開くをくりかえすと、右手の指先が動いている。
 ランナはふたたび右手の上に鏡を置いて左手を映し、ゆっくり、握る、開くをくりかえした。


 翌日の朝。
「うわあっ!」
 病棟に歓声がひびいた。ランナの病室からだ。バタバタと看護師が病室へ走り、担当の先生も駆けつけた。

 しばらくすると駆けつけた全員とランナのお母さんが省吾の病室に来た。
「ありがとうございます。ランナにリハビリの方法を教えてくれたんですってね・・・」
 省吾は目だけでランナのお母さんと病室に来た人たちにあいさつした。
 久美は省吾の目の動きに気づかず、省吾の手をさすって状況を飲みこめないままキョトンとしている。

 その日の午後。ランナが車椅子に乗って省吾の部屋にきた。
「ショウゴさん。ありがとう。
 リハビリ、がんばるよ。心で手と脚をうごかすんだね・・・」
 ランナは笑顔で自分の病室へもどっていった。
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